お願いです!ワンナイトのつもりでした!

郁律華

文字の大きさ
29 / 33
番外編2

悪夢にさよならはできないけれど

しおりを挟む
暗闇の中で声が反響する。
景色が回る。
嫌だ、嫌だ、イヤだ。
逃げなければいけない。でも、どこへ?
私はどこへいけばいい?

はっと目を覚ますと、まだ夜は開けていなかった。
少しだけ空が明るんできているが、早朝である。
起き上がると、冷や汗をかいていた。
タオルを取り出して拭うと、パーカーを羽織って窓を開ける。
月がぽっかりと太陽を待つように浮かんでいた。
「さすがに朝の空気はひんやりしてるな。」
窓を開けたまま床に座ってしばらく外を眺める。
今日は休みだ。
ちょっとくらいこんな時間があってもいいだろう。
そのままぼんやりと空が朝に変わるまで見上げてしまった。

仕事は落ち着いてきている時期ではあるものの、日常的なものは減るはずもなく、パソコンの画面とにらめっこしながらキーボードを叩く日々である。
下手をすると、昼ご飯を食べることを忘れてしまうため、引き出しの中にはチョコレートが入っている。
燃料切れになると、チョコレートを口にいれて作業再開させる。
カレンダーを見ると、連休が近づいてきていた。
これは、前倒しで仕事をしなければ後々がキツいな。
スケジュールを組み直しながら、作業を進めた。

仕事帰りはスーパーに寄りながら、お手軽に作れそうなものを頭の中で考えながら帰宅する。
作り置きの料理と電子レンジで調理可能なレシピがありがたい。
ふむ、ピーマンが安かったから買ったけど、レンジで調理しておひたしにでもするか。
あとは休日に作っておいた蒸し鶏と……サラダもと。
夜のニュース番組を確認しながら、ご飯を食べて片付けを行い、お風呂に入って寝る。
これがいつもの私の日常。
そう、至って普通の毎日なはずなのだ。


最近、夢を見る。
夢というようなハッキリしたものではないが、闇の中で溺れているのだ。
苦しい。景色が回る。
何か言葉が聞こえた気がする。
嫌だ、逃げなくては。
でも、どこへいったらいいのだろう?


目を覚ませば早朝。またかと思った。
元々、そんなに深く寝れることが少ないのに睡眠時間が短いとさらに疲れやすくなるので避けたいところだ。
二度寝してみよう。
……寝坊しそうになった。


「やっと、連休だー!」
「そうですね。」
「桐川さんはどうするの?」
「家で疲れをとりますよ。」
近くの席の同僚と何気ない会話をする。
連休前となるとみんな楽しみになるものだ。
旅行や買い物などの予定が聞こえる。
琢磨は休みだろうか?あの社畜はメッセージアプリに既読はつけてくるものの反応が薄い。
まず、生きているだろうか。
そう思っているとメッセージアプリに通知がきた。
『連休もぎ取った。俺、今日は定時に上がれそう。』
『羨ましい…一時間の残業見込み。』
『がんばってパスタ作るからくる?』
『いく』
本日の晩ご飯ゲットだ!
パスタなら何とかなるらしい。
ちょっと笑ってしまった。
さて、残りもがんばりますか!

琢磨の家へ行くと、琢磨はキッチンでパスタを茹でており、テーブルにはサラダとおかずが少し置かれていた。
「お疲れ様ー!あ、ちゃんとしてる。」
「お疲れ。まあ、スーパーのお総菜に頼ってるけどな。」
「それでもえらいじゃない。」
荷物を置きに行き、手を洗ってキッチンを覗きにいく。
「ミートソースパスタになりました。」
「おおー!」
皿に盛り付けられていくのを眺めて、飲み物を冷蔵庫から取り出す。
連休前だが、お互いに疲れているため、お酒をいれると悪酔いする可能性もあるから、飲むなら後である。
「いただきます!」
「召し上がれ。」
琢磨の作ってくれたパスタは美味しかった。
久しぶりにほっとした気がした。

ご飯を作ってくれたお礼としてお皿を洗おうとすると、むしろ洗い終わった食器を乾燥用の棚に置くように言われ、待機する。
腕の筋肉相変わらずよろしいですね。
皿を受け取りながら並べていき、終わると
琢磨が背を向けてキッチン回りの整理をし始めた。
その背中を見ていると無性に抱きつきたくなった。
「おっと。清香?」
「ちょっとだけ。」
ちょっとだけくっついたらたぶん、安心できるから待ってほしい。
私が離れると琢磨が私の手を取り、ソファに一緒にソファへと座らせた。
「琢磨?」
「清香、あんまり寝れてない?」
「え?いや、寝てるけど。」
寝てるけど、睡眠が浅いのと途中で起きるだけだ。
二度寝もしている。
「今日は泊まっていきな。添い寝してあげる。」
「えっ、夜戦?」
「お望みならしたいところだけど、今日はしない。大人しく寝る。」
珍しい。そんなにひどい顔をしていただろうか?
琢磨を見れば真剣な顔をしている。うーん。
「分かった。」

お風呂を借りて、そのままベッドに横になり琢磨にくっつく。
琢磨も私を抱き締めた。
「そばにいるから。」
「うん。おやすみ。」
「おやすみ。」
すんなりと眠りに落ちていった。
今日は大丈夫な、はず。


また、闇に溺れる。
景色が回る。前よりも少しだけ鮮明だ。
あれは―嫌だ!やめてくれ!
それはもう終わったことだ!
助けて!イヤ!
でも、誰が助けてくれる?
息が、苦しい。


「…よか!清香!」
肩を揺さぶられて目が覚める。
気がつけば、息の仕方が分からない。
咳込めば、息は吸えても吐くことができない。
胸を押さえて前かがみになれば、琢磨が私の背中を擦っていた。
「大丈夫、大丈夫だから、清香。力を抜いて。」
胸元を押さえている手の上に琢磨の手を重ねられる。
その手の温かさに少しずつ力が抜けて、呼吸が安定していった。
ようやく落ち着いてきた時に見上げれば、琢磨が心配そうに私を見ていた。
ひどく夢に魘されていて、その結果のようだ。
「清香、良かった。」
「わ、私…」
思わずポロポロと目から涙が落ちてきた。なんでだ。
宥めるように抱き締められる。
思わずビクリと肩が震えてしまった。
「そばにいる。どこにだって助けにいく。」
「た、くま…」
「清香は悪くない。抱え込む必要だってない。無理しなくていい。」
そうか、あの時の夢か……いや、正確にはあれらの記憶の夢を見ていたのか。
だから寝れなかった。魘された。
そして、琢磨が焦っている。

涙が止まると少し落ち着いてきた。
悪夢で泣くなんて子どもみたいだ。
「最近、なんだが夢を見てた。」
「うん。」
「何の夢だか分からなかったけど、気づいてくれたんだね。」
「……顔を見たときから無理してるなとは思ってたし、抱きついてきてきたときに、これは帰しちゃダメだなと思った。」
「ありがとう。」
「清香の辛いときはそばにいる。苦しいときは助けに行く。」
「うん。」
「無茶をするなっていっても、清香は無茶をすると思うから、無理矢理にでも止める。」
「う、うん?」
最後のはどういうことだ。こら。
確かにちょっとがんばってしまうことはあるけど、そんな無茶はしてないつもりだ。たぶん。
「俺は清香の手を握ってる。だから、清香も俺の手を握っててくれ。」
あー、この一言は私にとっては殺し文句だ。ズルい。
「離さないでね。私もちゃんと握ってる。」
それから悪夢は見なかった。



清香が再び眠ったのを確認すると、その寝顔を見つめた。
穏やかな寝顔に安堵を覚える。
清香が家に来たときから疲れているなとは思っていたが、抱きつかれてとっさに悟った。
少し細くなった線と頼りなさそうに一瞬揺れた瞳を見れば一目瞭然だ。
追い詰められている。
しかし、何かあれば言うはずだし、準備した晩ご飯も食べている。
家に帰せばさらに悪化させることも考えられた。
無意識でも何か溜め込んでしまうのが清香だ。
怒りたくても怒りをどう表現するのか分からず、悲しみは一人で解決してしまう。
ひとまず様子を見ようと思った矢先に、清香が魘されていた。
「イヤ!……触ら、ないで!来ないで!いやあああああ!」
あまりに悲痛すぎる叫びだった。
これは起こさなければまずい。呼吸も荒くなっている。
慌てて起こすと、清香は過呼吸寸前だった。
手に触れれば驚くほど冷たくなっていた。
過呼吸で人は死ぬことはないが、パニック状態が続けば意識を失うことだってあり得る。
声をかけながら落ち着かせると、ようやく安定してきた。
話を聞けば、清香は魘されていたことには気付いたようだったが、どうしてかは理解していない。
涙も気付いていなかったのだろう。
宥めるように抱き締めれば、ビクリと肩を震わせた。
ここまで追い詰められるまでだったか。
もっと早くに気づいてやれればと思った。
そして、ここまで無意識に清香を追い詰められるのはあの時の、あれらの時のことだ。
清香を今でも苦しめているその存在が憎い。


桐川清香は過去にいくつかのトラウマがある。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

密会~合コン相手はドS社長~

日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...