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お客さん1
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「湊。大好きだよ。」
「結月!そっちに行っちゃ駄目だ!」
トラックから衝突した鈍い音が響いた。
「結月!」
結月の頭から血が流れている。
結月が、俺の頬を血塗れの手で撫でた。結月の血は生暖かい。
「湊。愛してる。」
結月の目からは光が消えていった。
「結月。死んだら駄目だよ。俺お前とやりたいことがたくさんあるんだよ。」
結月の身体は冷たくなっていく。
目が覚めた。朝か。またあのときの夢か。俺の顔は涙で濡れていた。カップラーメンのきつい匂いが漂っている。換気をした。雨が降っていた。結月が大事にしていた多肉植物が目に入る。雨に濡れて少し萎れていた。結月と初めて多肉植物の専門店に行ったときの思い出がよみがえる。
「この植物かわいい!」
「ほんとだかわいいね。」
「これなんていう植物ですか。」
「それはですね。パキフィツムっていうんですよ。葉っぱが丸っこくてかわいいですよね。おすすめです。」
「これかわいい。」
結月の笑顔が子供のように無邪気で可愛かった。愛おしい。
「これ買います。」
「いいの?」
「二人で育てようよ。」
結月は百点満点の笑顔で頷いた。
多肉植物の店を出た。
「ありがとう!湊。これ一生大事にする。」
「大袈裟な。」
「大袈裟じゃない。ずっと大切にする。」
結月は多肉植物が入った紙袋を大事に抱えた。
「結月のそういうところ好きだよ。」
結月の頬は杏色に染まった。
「湊。ありがとう。」
湊の頬にたまらず口づけをした。
俺は雨の中多肉植物を抱き抱えて子供のように泣きじゃくった。
結月。会いたい。会って話がしたい。いつものように俺の名前をもう一度呼んでほしい。
多肉植物を家の中に入れた。
今日はゴミの日だったな。カップラーメンの容器をゴミ袋の中に詰め込んだ。一週間も放置していたので匂いは強烈だった。
傘を差しゴミ袋を持って外に出た。雨が降っている独特の匂いが鼻につく。ゴミ袋をおいて部屋に戻ろうとした時に、黒い毛並みの猫を見かけた。その猫は俺の目をじっと見つめた。引き寄せられるように猫に着いていった。
どこに行くんだろう?
信号を渡り、狭い路地裏に入った。路地裏に入った瞬間強い光が目に入った。強い光と共に結月との思い出が甦る。結月の声、匂いすべてが思い出される。今のは何だったんだろう。あれ。猫がいない。
その代わりに小さな古びた喫茶店があった。
カランコロン
ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。」
若くて爽やかなマスターだった。
「寒かったでしょう。雨の中。」
「どうぞどうぞ。こちらにお座りになってください。」
雨の中歩いてきたので身体が冷えきっている。店内を見渡した。古時計がチクタクと音をたてている。棚の上にかごがあった。その中に毛布が入っている。
「その毛布使っていいですよ。」
「ありがとうございます。」
かごの中に入っている毛布を取った。その時、カタンと音がした。何かが落ちたようだ。写真立てが落ちた音だった。点滴を着けた男の人と女の人と子供の写真だった。
「その写真はですね。私の娘と妻です。可愛いでしょう。」
マスターは音も立てずに背後に立っていた。
「そうですね。」
席に戻った。
「ご注文は何にしますか?」
「今日の珈琲はマンデリンです。」
「じゃあそれで。」
「少々お待ちください。」
毛布のお陰で暖かくなってきた。珈琲豆をガリガリと砕く音がする。フィルターにペーパーをセットし砕いた豆を入れた。そこにお湯をゆっくりと注ぐ。香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。珈琲をカップに注ぐ。
「お待たせしました。本日の珈琲マンデリンです。」
まずは香りを楽しむ。美味しい。珈琲の苦い味がする。安心したのか涙が溢れでてきた。
「どうされましたか、お客さん。」
「すみません。感情が高ぶって…。」
マスターは落ち着いた口調で話しかけてきた。
「大丈夫ですか?何か辛いことでもありましたか。」
「大好きな人を一瞬で失った。」
椅子から崩れ落ちた。
「お聞かせください。楽しかった日々や、辛い出来事を。」
「はい。」
椅子に座り直した。
「私の大好きな人は…。」
「ありがとうございました。」
「ありがとうございます。いろいろ話を聞いてくれて。」
店を出た瞬間、風が吹いた。喫茶店は消えていた。
何だったんだろう。でも、結月と向き合えた気がする。
その店はもう二度と現れなかった。
「結月!そっちに行っちゃ駄目だ!」
トラックから衝突した鈍い音が響いた。
「結月!」
結月の頭から血が流れている。
結月が、俺の頬を血塗れの手で撫でた。結月の血は生暖かい。
「湊。愛してる。」
結月の目からは光が消えていった。
「結月。死んだら駄目だよ。俺お前とやりたいことがたくさんあるんだよ。」
結月の身体は冷たくなっていく。
目が覚めた。朝か。またあのときの夢か。俺の顔は涙で濡れていた。カップラーメンのきつい匂いが漂っている。換気をした。雨が降っていた。結月が大事にしていた多肉植物が目に入る。雨に濡れて少し萎れていた。結月と初めて多肉植物の専門店に行ったときの思い出がよみがえる。
「この植物かわいい!」
「ほんとだかわいいね。」
「これなんていう植物ですか。」
「それはですね。パキフィツムっていうんですよ。葉っぱが丸っこくてかわいいですよね。おすすめです。」
「これかわいい。」
結月の笑顔が子供のように無邪気で可愛かった。愛おしい。
「これ買います。」
「いいの?」
「二人で育てようよ。」
結月は百点満点の笑顔で頷いた。
多肉植物の店を出た。
「ありがとう!湊。これ一生大事にする。」
「大袈裟な。」
「大袈裟じゃない。ずっと大切にする。」
結月は多肉植物が入った紙袋を大事に抱えた。
「結月のそういうところ好きだよ。」
結月の頬は杏色に染まった。
「湊。ありがとう。」
湊の頬にたまらず口づけをした。
俺は雨の中多肉植物を抱き抱えて子供のように泣きじゃくった。
結月。会いたい。会って話がしたい。いつものように俺の名前をもう一度呼んでほしい。
多肉植物を家の中に入れた。
今日はゴミの日だったな。カップラーメンの容器をゴミ袋の中に詰め込んだ。一週間も放置していたので匂いは強烈だった。
傘を差しゴミ袋を持って外に出た。雨が降っている独特の匂いが鼻につく。ゴミ袋をおいて部屋に戻ろうとした時に、黒い毛並みの猫を見かけた。その猫は俺の目をじっと見つめた。引き寄せられるように猫に着いていった。
どこに行くんだろう?
信号を渡り、狭い路地裏に入った。路地裏に入った瞬間強い光が目に入った。強い光と共に結月との思い出が甦る。結月の声、匂いすべてが思い出される。今のは何だったんだろう。あれ。猫がいない。
その代わりに小さな古びた喫茶店があった。
カランコロン
ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。」
若くて爽やかなマスターだった。
「寒かったでしょう。雨の中。」
「どうぞどうぞ。こちらにお座りになってください。」
雨の中歩いてきたので身体が冷えきっている。店内を見渡した。古時計がチクタクと音をたてている。棚の上にかごがあった。その中に毛布が入っている。
「その毛布使っていいですよ。」
「ありがとうございます。」
かごの中に入っている毛布を取った。その時、カタンと音がした。何かが落ちたようだ。写真立てが落ちた音だった。点滴を着けた男の人と女の人と子供の写真だった。
「その写真はですね。私の娘と妻です。可愛いでしょう。」
マスターは音も立てずに背後に立っていた。
「そうですね。」
席に戻った。
「ご注文は何にしますか?」
「今日の珈琲はマンデリンです。」
「じゃあそれで。」
「少々お待ちください。」
毛布のお陰で暖かくなってきた。珈琲豆をガリガリと砕く音がする。フィルターにペーパーをセットし砕いた豆を入れた。そこにお湯をゆっくりと注ぐ。香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。珈琲をカップに注ぐ。
「お待たせしました。本日の珈琲マンデリンです。」
まずは香りを楽しむ。美味しい。珈琲の苦い味がする。安心したのか涙が溢れでてきた。
「どうされましたか、お客さん。」
「すみません。感情が高ぶって…。」
マスターは落ち着いた口調で話しかけてきた。
「大丈夫ですか?何か辛いことでもありましたか。」
「大好きな人を一瞬で失った。」
椅子から崩れ落ちた。
「お聞かせください。楽しかった日々や、辛い出来事を。」
「はい。」
椅子に座り直した。
「私の大好きな人は…。」
「ありがとうございました。」
「ありがとうございます。いろいろ話を聞いてくれて。」
店を出た瞬間、風が吹いた。喫茶店は消えていた。
何だったんだろう。でも、結月と向き合えた気がする。
その店はもう二度と現れなかった。
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