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第一章 ディバース・ワールド
第一章-12 『運命の天秤』
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勘違いで連行されたライアは、魔導院の一角にある尋問室に監禁されていた。
首にはMJRという前にリリィが付けられていた拘束具を嵌められて放置されること数時間。
水だけが置かれた部屋でライアは1人溜息を吐く。
「ったく、これじゃ結成式に出られねぇな......」
シルフィと言う少女が証言してくれていれば、とっくに解放されてもおかしくなかったのだが、未だに尋問室の前には人の気配は無い。
まさか、騙されて罪をなすりつけられたのかとも思ったが、そんなことをするだけの価値がライアにあるだろうか?
リリィを貶めようとしていたにせよ、今のライアとの関わりは無いのだから意味は無いだろう。
そんなことを考えながら退屈な時間を過ごしていると、部屋のドアが急に乱雑に開かれた。
ようやく尋問が始まるようだ。
ライアを尋問するのは先程相対していたポニーテールの騎士少女と、その後ろにいた少女の合わせて2人。
「貴方には今更尋問することもありませんが、いい加減罪を認めたらどうですか?」
「だから何度も言ってんだろ。俺はあの子を助けただけだ。聞けば分かるだろ?」
「ええ、聞きました。あんなか弱い少女を脅しつけて自分に都合の良いことを言うよう仕向けた貴方の罪は余計に重いですよ」
「そこまでして俺に罪を押しつけたいのかよ? 証拠を捻じ曲げて犯罪者に仕立て上げるのがあんたらのやり方なのか? そもそも尋問したいならもっと早く来てくれよ、退屈すぎて疲れるよ」
バチィィン!!
直後に、少女の平手がライアの頬を打った。
傷一つ無い滑らかな掌は、少女が生粋の魔導士であることを伺わせる。
「黙りなさい!! 貴方は自分のした罪の重さがよく分かっていないようですね。略取誘拐罪は一生牢獄の中で過ごす判決が与えられることもある大罪、それを貴方は犯したのですよ?」
「はぁ? 大した証拠もなしに有罪ってのか? 随分酷い仕組みなんだな。それとも何だ、俺を待たせてた時間を使って証拠探しでもしてたのか?」
「そんなことをするまでもありません。既に証拠は上がっているのですから。先程までは私は新部隊の結成式に出席していました。騎士も皆忙しいのですから、貴方如きに時間を割く暇などあるわけないでしょう?」
「おいおい、俺はその新部隊に入る予定でここに来たんだぜ?」
「馬鹿馬鹿しい、そんな嘘が今更通じるとでも思っているのですか? 証拠は上がっていると言ったでしょう? 今回魔導院に侵入した犯罪者は2人、その内小柄な方は逃走している所を既に確保済みです。もう1人の写真も、設置された魔導鏡にしっかりと記録されています。この黒髪で黒服の男は貴方で無ければ誰だと言うのですか!!」
少女が差し出した鏡のような魔導具には、確かにライアとよく似た男の後ろ姿が映し出されていた。
だが、映像に映る風景の場所に足を踏み入れた事は無いし、何より画像は粗いが髪型がライアと若干違うように見えた。
「確かに似てるけどさ、これは俺じゃないよ。そもそも俺はこんなに髪が長くはないんだけど?」
「見苦しいですね、大差無いようにしか見えませんよ?」
「何を言っても無駄かよ......。ならせめて騎士を呼んでくれないか? アルヴィンでもヒルデガードでもいい。その方が話が通じそうだ」
「まったく貴方は何様のつもりですか? 貴方のような犯罪者が蔓延っているせいで騎士は皆手一杯と言ったでしょう? それに、私だって騎士の端くれ、話なら十分聞きましたよ?」
「へえ、あんまり話が通じないから騎士じゃないと思ってたよ。服装だけは似てるけどな」
「このっっ!! 無礼者っっ!! もう会うことは無いでしょうが、一応名乗って差し上げます。私は魔導院アルマンダル所属、従魔導騎士が1人、メイシア・ハルヴェイン。これが貴方を逮捕した騎士の名です。牢獄に行って恨み続けるもよし、思い出して反省するもよし、後は貴方の勝手です。もう話すことはありませんから、これにて失礼します。次にここに人が来るときは、貴方に罪状と刑期を言い渡すときですから、精々頭を冷やしておくと良いでしょう」
そう言い放って、2人の少女は去って行った。
ーーーまあ、もともと俺に行く当てなんか無かったんだしな、牢獄に行こうが大差無いか。
ーーー......。
ーーーいや、違う。
ーーー俺はリリィを助けるって、そう決めただろ?
ーーーまずは、ここから出ないとな。
ライアは尋問室の中で、思考回路を巡らせて策を練る。
拘束具を首に付けられてはいるが、手足を縛られているわけじゃない。
ただの魔導士相手ならこれで十分だが、ライアには単なる錘に過ぎない。
次にメイシアとかいう騎士少女が来たとき、強硬手段を取ってでも逃げ出してみせる。
幾つもの案を練りながら、時間は過ぎて行く。
***
《魔導院アルマンダル-応接室前》
応接室前に1人の少女の姿があった。
魔女と呼ばれし少女が廊下を歩いてきただけで、皆は道を空けて行く。
特に今日は、彼女から発される怒気のせいで尚更皆は畏怖の念を抱いていた。
応接室のドアが開くと、彼女は肩を震わせながら部屋に入っていく。
その姿はまるで、殴り込みに向かうならず者の長のようであったと、目撃者の間で暫く語り継がれる事を彼女が知る由もないのだが。
「ヒルデガード卿、これは一体どういう事ですか?」
「おお、リリアンネ君か。どうしたね、そんなに怒って。その調子では理解者など得られんぞ?」
「大きなお世話です、とでも言えば良いでしょうか? 私がなぜ来たか、聡明な卿が分からないとでも仰いますか?」
「悪いが知らないな。私とて忙しいんだ、仕事が多すぎてな。いちいち君達の動向を知っている余裕など無い」
「これは卿にとっても、この国にとっても重大な案件でしょう? もう噂になっています。第3王女の誘拐未遂事件、その犯人が捕らえられた事も」
「ああ、それのことか。なら知っているさ。だが、それと君に何の関係が?」
「彼は......ライアは犯人なんかじゃありません!! そんなことをする人じゃ無い。証拠画像も一部で出回っているそうですが、あれは別人です!! 私はライアの後ろ姿を何度も見てきたんですから、分かります。あれはライアじゃない、冤罪ですっ!!」
「ほう、熱心なことだが、君と彼は一体どんな関係なんだね?」
「えっ、あっ、そ、それはっ......。と、ともかく、彼は犯人じゃない!! こんな冤罪は発覚すれば大問題ですよ!!」
「仮に冤罪だとして、発覚しなければそれは立派な罪だ。事件が乱発する今、そんな事を言っている余裕は無い」
「え......。何を、言っているんですか、卿は。それでも騎士ですか!? 冤罪のまま牢獄行きなんておかしい!! そう思わないんですか!?」
「熱心なのは分かるが、それは誰の為に言っているんだ?」
「へっ......? 誰の......? それはっ、ライアの為に決まってるじゃないですかっ!!!」
「違うな、君が言っているのは自分の為だ。彼の事件に託けて、自分の嘗ての罪を、冤罪だと主張したいだけに過ぎない!!」
「え......。あっ......。ちがっ......。そんなことっ......。」
「違わないさ。現実に君は罪にこそ問われなかったが、世間は君を無罪だとは見ていない。世間がそう判断し、そうレッテルを貼ったのなら、それは大衆の中で事実となる。もう個人の力でどうこうできる話じゃなくなるわけだ。君はそんな過去を忘れたい、自分を正当化したい為に彼を山車にして糾弾したんだろう?」
「ちがい......ますっ......。卿に相談した私が愚かでした。私はこれで失礼します。貴方たちの正義はそうやって、冤罪で無実の人を貶める事なのでしょうからっ!!」
「待ちたまえ、最後に1つ、言いたいことがある」
そのまま去ろうとするリリィをヒルデガードが呼び止める。
その口調はここまでと違い、冷静でいて、それで悲哀を感じさせるものだった。
「もし本当に彼が冤罪だとしても、運命が彼を助けるなら、彼はここでは終わらない。私はそう信じている」
「今更何をっ......。運命だの何だの言って誤魔化すつもりですか?」
「そんなつもりは無いさ。ただ1つ言えるのは、この世界には個人の力では到底対処しきれない巨大な力というものがある。それを私は運命と呼んでいるんだよ」
「私は宗教の話を聞きにきたんじゃありません。もう帰らせて頂きますから」
「まあ少し待て、ここからが本題だ」
神妙な面持ちでヒルデガードは言葉を紡ぐ。
「もし君の過去の事件が冤罪だとしても、その運命は君に味方しなかった。それだけの話だ。抗えない程の力が君を飲み込んだ結果、君は魔女の誹りを受けているだけなのかも知れない。だが、結果として君は冤罪を晴らせなかった。運命の天秤に見放された哀れな敗者ということだ。そしてそれは君だけの話じゃ無い。随分と前に私も、私の大切な人もその運命に見放されたんだ。彼と一緒に、私も運命に逆らえなかった。それから私は、抗えない運命という物を知ったのさ」
「それはっ......どういうことですか?」
「だからこそ、そんな巨大な力を正面から受けて敗者になる者もいれば、後ろから受けて勝者になる者がいるのも道理だと思っているのさ」
「何が、言いたいんです?」
「つまり、彼が冤罪だとしても、運命が彼に味方するならば必ずや彼は舞い戻るだろう。その奔流が彼の行動を後押しするのか、それとも周りの人間を動かすかは知らんがな」
言い終わると、ヒルデガードはゆっくりと椅子に腰掛けた。
「引き留めて悪かったな。今の私の話を、狂人の戯言と取るか先人の知恵と取るかは君の勝手だ。騎士を目指すなら、その先は自分で考えるといい」
そうして、応接室での会談は幕を閉じる。
部屋から出ると何人かの野次馬がジロジロと見ていたが、リリィは気にせずに足を進めていた。
会談で得られたのは、予想外の報酬。
騎士の人生観について語られただけに思えたが、その意図は違うだろう。
ヒルデガード卿のスタンスは極めて単純だ。
運命が干渉不能な存在ならば、それに抗うのは無意味だと言われた。
それは裏返せば、運命の天秤が物事の決定権を持つという大義の元での行動の自由の約束だ。
彼女は運命を信じていたんじゃない。
抗えない力があるからこそ、何をしたところで無意味なのだと。
抗えない力があるからこそ、何をしても無力なのだと。
無力だからこそ、赦されることもあるのだと。
ヒルデガード卿は、とんだ食わせ物の騎士だ。
運命という言葉を盾にして、自分の行動を正当化しようとしているのだ。
その行動そのものが騎士として恥ずべき事だろうと、社会的に認められない事だろうと。
ーーーその行動如きで捻じ曲がる現実なら、それを運命だったのだと決めつけてしまえば良い。
ーーーヒルデガード卿は私を魔女だと、犯人だと決めつけて嗤っていたんじゃない。
ーーー同じく運命に狂わされた者として、私を試しているんだ。
リリィの心は決まっていた。
予想外の展開だが、これでいい。
人に頼ろうとしていた自分が間違っていたんだ。
これまでも、そうしてきたんだから。
だから今回こそは必ず、自分の手で切り拓いてみせる。
「待っててね、ライア。必ず私が助けてあげるからっ!!」
運命の天秤は、再び揺れ始めた。
首にはMJRという前にリリィが付けられていた拘束具を嵌められて放置されること数時間。
水だけが置かれた部屋でライアは1人溜息を吐く。
「ったく、これじゃ結成式に出られねぇな......」
シルフィと言う少女が証言してくれていれば、とっくに解放されてもおかしくなかったのだが、未だに尋問室の前には人の気配は無い。
まさか、騙されて罪をなすりつけられたのかとも思ったが、そんなことをするだけの価値がライアにあるだろうか?
リリィを貶めようとしていたにせよ、今のライアとの関わりは無いのだから意味は無いだろう。
そんなことを考えながら退屈な時間を過ごしていると、部屋のドアが急に乱雑に開かれた。
ようやく尋問が始まるようだ。
ライアを尋問するのは先程相対していたポニーテールの騎士少女と、その後ろにいた少女の合わせて2人。
「貴方には今更尋問することもありませんが、いい加減罪を認めたらどうですか?」
「だから何度も言ってんだろ。俺はあの子を助けただけだ。聞けば分かるだろ?」
「ええ、聞きました。あんなか弱い少女を脅しつけて自分に都合の良いことを言うよう仕向けた貴方の罪は余計に重いですよ」
「そこまでして俺に罪を押しつけたいのかよ? 証拠を捻じ曲げて犯罪者に仕立て上げるのがあんたらのやり方なのか? そもそも尋問したいならもっと早く来てくれよ、退屈すぎて疲れるよ」
バチィィン!!
直後に、少女の平手がライアの頬を打った。
傷一つ無い滑らかな掌は、少女が生粋の魔導士であることを伺わせる。
「黙りなさい!! 貴方は自分のした罪の重さがよく分かっていないようですね。略取誘拐罪は一生牢獄の中で過ごす判決が与えられることもある大罪、それを貴方は犯したのですよ?」
「はぁ? 大した証拠もなしに有罪ってのか? 随分酷い仕組みなんだな。それとも何だ、俺を待たせてた時間を使って証拠探しでもしてたのか?」
「そんなことをするまでもありません。既に証拠は上がっているのですから。先程までは私は新部隊の結成式に出席していました。騎士も皆忙しいのですから、貴方如きに時間を割く暇などあるわけないでしょう?」
「おいおい、俺はその新部隊に入る予定でここに来たんだぜ?」
「馬鹿馬鹿しい、そんな嘘が今更通じるとでも思っているのですか? 証拠は上がっていると言ったでしょう? 今回魔導院に侵入した犯罪者は2人、その内小柄な方は逃走している所を既に確保済みです。もう1人の写真も、設置された魔導鏡にしっかりと記録されています。この黒髪で黒服の男は貴方で無ければ誰だと言うのですか!!」
少女が差し出した鏡のような魔導具には、確かにライアとよく似た男の後ろ姿が映し出されていた。
だが、映像に映る風景の場所に足を踏み入れた事は無いし、何より画像は粗いが髪型がライアと若干違うように見えた。
「確かに似てるけどさ、これは俺じゃないよ。そもそも俺はこんなに髪が長くはないんだけど?」
「見苦しいですね、大差無いようにしか見えませんよ?」
「何を言っても無駄かよ......。ならせめて騎士を呼んでくれないか? アルヴィンでもヒルデガードでもいい。その方が話が通じそうだ」
「まったく貴方は何様のつもりですか? 貴方のような犯罪者が蔓延っているせいで騎士は皆手一杯と言ったでしょう? それに、私だって騎士の端くれ、話なら十分聞きましたよ?」
「へえ、あんまり話が通じないから騎士じゃないと思ってたよ。服装だけは似てるけどな」
「このっっ!! 無礼者っっ!! もう会うことは無いでしょうが、一応名乗って差し上げます。私は魔導院アルマンダル所属、従魔導騎士が1人、メイシア・ハルヴェイン。これが貴方を逮捕した騎士の名です。牢獄に行って恨み続けるもよし、思い出して反省するもよし、後は貴方の勝手です。もう話すことはありませんから、これにて失礼します。次にここに人が来るときは、貴方に罪状と刑期を言い渡すときですから、精々頭を冷やしておくと良いでしょう」
そう言い放って、2人の少女は去って行った。
ーーーまあ、もともと俺に行く当てなんか無かったんだしな、牢獄に行こうが大差無いか。
ーーー......。
ーーーいや、違う。
ーーー俺はリリィを助けるって、そう決めただろ?
ーーーまずは、ここから出ないとな。
ライアは尋問室の中で、思考回路を巡らせて策を練る。
拘束具を首に付けられてはいるが、手足を縛られているわけじゃない。
ただの魔導士相手ならこれで十分だが、ライアには単なる錘に過ぎない。
次にメイシアとかいう騎士少女が来たとき、強硬手段を取ってでも逃げ出してみせる。
幾つもの案を練りながら、時間は過ぎて行く。
***
《魔導院アルマンダル-応接室前》
応接室前に1人の少女の姿があった。
魔女と呼ばれし少女が廊下を歩いてきただけで、皆は道を空けて行く。
特に今日は、彼女から発される怒気のせいで尚更皆は畏怖の念を抱いていた。
応接室のドアが開くと、彼女は肩を震わせながら部屋に入っていく。
その姿はまるで、殴り込みに向かうならず者の長のようであったと、目撃者の間で暫く語り継がれる事を彼女が知る由もないのだが。
「ヒルデガード卿、これは一体どういう事ですか?」
「おお、リリアンネ君か。どうしたね、そんなに怒って。その調子では理解者など得られんぞ?」
「大きなお世話です、とでも言えば良いでしょうか? 私がなぜ来たか、聡明な卿が分からないとでも仰いますか?」
「悪いが知らないな。私とて忙しいんだ、仕事が多すぎてな。いちいち君達の動向を知っている余裕など無い」
「これは卿にとっても、この国にとっても重大な案件でしょう? もう噂になっています。第3王女の誘拐未遂事件、その犯人が捕らえられた事も」
「ああ、それのことか。なら知っているさ。だが、それと君に何の関係が?」
「彼は......ライアは犯人なんかじゃありません!! そんなことをする人じゃ無い。証拠画像も一部で出回っているそうですが、あれは別人です!! 私はライアの後ろ姿を何度も見てきたんですから、分かります。あれはライアじゃない、冤罪ですっ!!」
「ほう、熱心なことだが、君と彼は一体どんな関係なんだね?」
「えっ、あっ、そ、それはっ......。と、ともかく、彼は犯人じゃない!! こんな冤罪は発覚すれば大問題ですよ!!」
「仮に冤罪だとして、発覚しなければそれは立派な罪だ。事件が乱発する今、そんな事を言っている余裕は無い」
「え......。何を、言っているんですか、卿は。それでも騎士ですか!? 冤罪のまま牢獄行きなんておかしい!! そう思わないんですか!?」
「熱心なのは分かるが、それは誰の為に言っているんだ?」
「へっ......? 誰の......? それはっ、ライアの為に決まってるじゃないですかっ!!!」
「違うな、君が言っているのは自分の為だ。彼の事件に託けて、自分の嘗ての罪を、冤罪だと主張したいだけに過ぎない!!」
「え......。あっ......。ちがっ......。そんなことっ......。」
「違わないさ。現実に君は罪にこそ問われなかったが、世間は君を無罪だとは見ていない。世間がそう判断し、そうレッテルを貼ったのなら、それは大衆の中で事実となる。もう個人の力でどうこうできる話じゃなくなるわけだ。君はそんな過去を忘れたい、自分を正当化したい為に彼を山車にして糾弾したんだろう?」
「ちがい......ますっ......。卿に相談した私が愚かでした。私はこれで失礼します。貴方たちの正義はそうやって、冤罪で無実の人を貶める事なのでしょうからっ!!」
「待ちたまえ、最後に1つ、言いたいことがある」
そのまま去ろうとするリリィをヒルデガードが呼び止める。
その口調はここまでと違い、冷静でいて、それで悲哀を感じさせるものだった。
「もし本当に彼が冤罪だとしても、運命が彼を助けるなら、彼はここでは終わらない。私はそう信じている」
「今更何をっ......。運命だの何だの言って誤魔化すつもりですか?」
「そんなつもりは無いさ。ただ1つ言えるのは、この世界には個人の力では到底対処しきれない巨大な力というものがある。それを私は運命と呼んでいるんだよ」
「私は宗教の話を聞きにきたんじゃありません。もう帰らせて頂きますから」
「まあ少し待て、ここからが本題だ」
神妙な面持ちでヒルデガードは言葉を紡ぐ。
「もし君の過去の事件が冤罪だとしても、その運命は君に味方しなかった。それだけの話だ。抗えない程の力が君を飲み込んだ結果、君は魔女の誹りを受けているだけなのかも知れない。だが、結果として君は冤罪を晴らせなかった。運命の天秤に見放された哀れな敗者ということだ。そしてそれは君だけの話じゃ無い。随分と前に私も、私の大切な人もその運命に見放されたんだ。彼と一緒に、私も運命に逆らえなかった。それから私は、抗えない運命という物を知ったのさ」
「それはっ......どういうことですか?」
「だからこそ、そんな巨大な力を正面から受けて敗者になる者もいれば、後ろから受けて勝者になる者がいるのも道理だと思っているのさ」
「何が、言いたいんです?」
「つまり、彼が冤罪だとしても、運命が彼に味方するならば必ずや彼は舞い戻るだろう。その奔流が彼の行動を後押しするのか、それとも周りの人間を動かすかは知らんがな」
言い終わると、ヒルデガードはゆっくりと椅子に腰掛けた。
「引き留めて悪かったな。今の私の話を、狂人の戯言と取るか先人の知恵と取るかは君の勝手だ。騎士を目指すなら、その先は自分で考えるといい」
そうして、応接室での会談は幕を閉じる。
部屋から出ると何人かの野次馬がジロジロと見ていたが、リリィは気にせずに足を進めていた。
会談で得られたのは、予想外の報酬。
騎士の人生観について語られただけに思えたが、その意図は違うだろう。
ヒルデガード卿のスタンスは極めて単純だ。
運命が干渉不能な存在ならば、それに抗うのは無意味だと言われた。
それは裏返せば、運命の天秤が物事の決定権を持つという大義の元での行動の自由の約束だ。
彼女は運命を信じていたんじゃない。
抗えない力があるからこそ、何をしたところで無意味なのだと。
抗えない力があるからこそ、何をしても無力なのだと。
無力だからこそ、赦されることもあるのだと。
ヒルデガード卿は、とんだ食わせ物の騎士だ。
運命という言葉を盾にして、自分の行動を正当化しようとしているのだ。
その行動そのものが騎士として恥ずべき事だろうと、社会的に認められない事だろうと。
ーーーその行動如きで捻じ曲がる現実なら、それを運命だったのだと決めつけてしまえば良い。
ーーーヒルデガード卿は私を魔女だと、犯人だと決めつけて嗤っていたんじゃない。
ーーー同じく運命に狂わされた者として、私を試しているんだ。
リリィの心は決まっていた。
予想外の展開だが、これでいい。
人に頼ろうとしていた自分が間違っていたんだ。
これまでも、そうしてきたんだから。
だから今回こそは必ず、自分の手で切り拓いてみせる。
「待っててね、ライア。必ず私が助けてあげるからっ!!」
運命の天秤は、再び揺れ始めた。
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