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凶弾
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エヴァの目覚めは最悪だった。昨夜は涙に暮れ、全く寝付けなかったというのに、早く起きてしまった。彼女は仕方なくベッドから起き上がり、身支度をした。
幸い太陽は既に昇っているため、朝日を頼りに図書室で借りていた本をバルコニーで読むことにする。内容が全く頭に入らない本をペラペラとめくっていたとき、何かが破裂する甲高い音と馬の悲鳴が聞こえた。
その甲高い音は、軍に所属するエヴァにとって、馴染みのものだった。火薬が弾ける音、それは銃声であったのだ。
エヴァは部屋にホウキとカバンを取りに戻り、バルコニーから飛び出した。開けた場所まで飛ぶと、馬がキングレイ邸に向かって駆けてくる。ジョンが遠乗りに出かけていたことを、エヴァは即座に悟った。
真剣な顔つきのエヴァはホウキの先を上に向け、高く上昇した。獲物を狙う鷹のように、遠くまで見渡す。そして倒れている人影を見つけると、急降下し、そばに近寄った。
「ああ、エヴァ、来てくれたのか……弾は肩に当たった、これなら重症にならないだろう……私を狙ったスナイパーは三流以下だな……」
気丈に振る舞うジョンは血が流れ続ける肩を、強く抑えていた。エヴァはカバンからスカーフを取り出し、傷口の近くを縛る。そして毛布を取り出し、ジョンの隣に敷いた。
「ジョン、私が来たからには、もう大丈夫よ。さあ、この毛布に転がって。私が屋敷まで運ぶわ」
エヴァは冷静な声をだした。しかしその体は、恐怖に震えていた。
歯を食いしばっているジョンは頷き、すぐに毛布の上に移動した。彼はエヴァの不安を敏感に感じ取っていたが、痛みのせいで、気の利いた言葉を出せなかった。
そしてエヴァは焦りでこんがらがる呪文を唱える。彼女は軍に所属しているが、親しい人が暴力によって傷つくことを初めて見たため、エヴァの心は不安と緊張でいっぱいだった。
「君よ、我が望みを聞き入れ、天上へ舞い上がれ。我が示す先へ、かの者を運びたまえ」
しかし毛布はびくともしなかった。
「なんで!」
エヴァは生まれて初めて魔法が上手くいかなかった。こんな大切なときに失敗するなんて! 目頭が熱くなり、心臓はうるさく主張する。ジョンがいない世界なんて、生きたくないわ。最悪を想定し、エヴァの体から力が抜けていく。
目の前が真っ暗になっているエヴァの地面についた手を、ジョンの大きな手が上から優しく包み込んだ。
「落ち着いて、エヴァ。私は君を残して死なない。絶対に……さあ、深呼吸して」
ジョンは飛びそうな意識を必死に保っていた。真っ青な顔のエヴァを一人にしたくなかったからだ。
エヴァは言われたとおり深呼吸をし、もう一度、ゆっくりと呪文を唱えた。
「君よ、我が望みを聞き入れ、天上へ舞い上がれ。我が示す先へ、かの者を運びたまえ……お願い!」
先ほどは全く動かなかった毛布が宙に浮き、次の命令を待っている。
「ジョン、できたわ! すぐに運んでみせるからね、大丈夫よ」
エヴァは泣きそうな笑顔で、ジョンを覗き込んだ。
「それはよかった……」
ジョンはエヴァに笑みを返すと、意識を失った。
そしてエヴァはホウキに女性用の乗馬用鞍に座るように、横向きに座った。そして毛布と一緒にキングレイ邸に大急ぎで帰る。
撃たれたジョンはすぐに寝室に運ばれた。
「まだ医者はこないの!?」
エヴァは20分前に呼んだ医者が、まだ来ない怒りをクリスにぶつけた。
「きっともうすぐ来ますよ。でなければ、ジョン様を治してもらったあとに殺してやります」
クリスも怒り心頭だった。ジョンの部屋の前には使用人が集まり、自分たちの主人が助かるように祈っていた。
それから5分してから、ようやく年若い医者のセドリック・フォーブッシュと執事のセスが現れた。
「遅れてしまい、申し訳ありません。道に迷ってしまいまして……」
ボサボサの黒髪に大きな黒縁メガネのセドリックは、いかにも学生のように見えた。クリスとエヴァは本当に大丈夫かと視線を合わせる。
「あはは、みなさん、よく僕に能力がないように思われるんです。でも大丈夫ですよー」
セドリックは頭を掻きながら、笑った。それに同意するように、セスが頷いた。
「最近この辺りに来られた先生ですが、腕は一番と評判です」
そうして治療が始まった。セドリックの手先は器用で、ジョンの中に留まっていた銃弾は素早く抜き取られ、縫合も一瞬だった。
エヴァは知りうる限りの様々な神に、ジョンの無事を祈った。治療の時間が短くても、彼女にとって永遠に感じた。
「高熱が出ると思いますが、それは体が戦っている証です。なので、解熱剤は出しますけど、あんまり心配しないでください。そして汗を大量にかかれると思うので、一時間ごとに拭いてあげるといいでしょう。その際に水を飲ませることを忘れないでくださいね」
セドリックはそう言うと、カバンを持って立ち上がった。
「立て込んでいるので、少々、失礼しますね。夜に急変されると危険なので、また伺いますから、安心してください」
そう言ってセドリックは、退出した。クリスとセスもそれに続いて出て行った。
エヴァは、血の気の引いているジョンの顔を優しく撫でる。この気持ちが一方通行ではないと知ったばかりなのに、離れ離れになるかも知れなかった恐怖に、エヴァの体は今も震えている。
「ああ、ジョン……やっぱり私は、あなたと一緒にいたいの」
エヴァは、シーツの下にあったジョンの手を両手で取り、額に当てた。そして未だ眠っている彼に誓う。
「私、あなたのそばにいるわ。絶対に離れない、絶対に守ってみせる」
エヴァの誓いは、ジョンの寝息に混じり、部屋の空気に溶けていった。
幸い太陽は既に昇っているため、朝日を頼りに図書室で借りていた本をバルコニーで読むことにする。内容が全く頭に入らない本をペラペラとめくっていたとき、何かが破裂する甲高い音と馬の悲鳴が聞こえた。
その甲高い音は、軍に所属するエヴァにとって、馴染みのものだった。火薬が弾ける音、それは銃声であったのだ。
エヴァは部屋にホウキとカバンを取りに戻り、バルコニーから飛び出した。開けた場所まで飛ぶと、馬がキングレイ邸に向かって駆けてくる。ジョンが遠乗りに出かけていたことを、エヴァは即座に悟った。
真剣な顔つきのエヴァはホウキの先を上に向け、高く上昇した。獲物を狙う鷹のように、遠くまで見渡す。そして倒れている人影を見つけると、急降下し、そばに近寄った。
「ああ、エヴァ、来てくれたのか……弾は肩に当たった、これなら重症にならないだろう……私を狙ったスナイパーは三流以下だな……」
気丈に振る舞うジョンは血が流れ続ける肩を、強く抑えていた。エヴァはカバンからスカーフを取り出し、傷口の近くを縛る。そして毛布を取り出し、ジョンの隣に敷いた。
「ジョン、私が来たからには、もう大丈夫よ。さあ、この毛布に転がって。私が屋敷まで運ぶわ」
エヴァは冷静な声をだした。しかしその体は、恐怖に震えていた。
歯を食いしばっているジョンは頷き、すぐに毛布の上に移動した。彼はエヴァの不安を敏感に感じ取っていたが、痛みのせいで、気の利いた言葉を出せなかった。
そしてエヴァは焦りでこんがらがる呪文を唱える。彼女は軍に所属しているが、親しい人が暴力によって傷つくことを初めて見たため、エヴァの心は不安と緊張でいっぱいだった。
「君よ、我が望みを聞き入れ、天上へ舞い上がれ。我が示す先へ、かの者を運びたまえ」
しかし毛布はびくともしなかった。
「なんで!」
エヴァは生まれて初めて魔法が上手くいかなかった。こんな大切なときに失敗するなんて! 目頭が熱くなり、心臓はうるさく主張する。ジョンがいない世界なんて、生きたくないわ。最悪を想定し、エヴァの体から力が抜けていく。
目の前が真っ暗になっているエヴァの地面についた手を、ジョンの大きな手が上から優しく包み込んだ。
「落ち着いて、エヴァ。私は君を残して死なない。絶対に……さあ、深呼吸して」
ジョンは飛びそうな意識を必死に保っていた。真っ青な顔のエヴァを一人にしたくなかったからだ。
エヴァは言われたとおり深呼吸をし、もう一度、ゆっくりと呪文を唱えた。
「君よ、我が望みを聞き入れ、天上へ舞い上がれ。我が示す先へ、かの者を運びたまえ……お願い!」
先ほどは全く動かなかった毛布が宙に浮き、次の命令を待っている。
「ジョン、できたわ! すぐに運んでみせるからね、大丈夫よ」
エヴァは泣きそうな笑顔で、ジョンを覗き込んだ。
「それはよかった……」
ジョンはエヴァに笑みを返すと、意識を失った。
そしてエヴァはホウキに女性用の乗馬用鞍に座るように、横向きに座った。そして毛布と一緒にキングレイ邸に大急ぎで帰る。
撃たれたジョンはすぐに寝室に運ばれた。
「まだ医者はこないの!?」
エヴァは20分前に呼んだ医者が、まだ来ない怒りをクリスにぶつけた。
「きっともうすぐ来ますよ。でなければ、ジョン様を治してもらったあとに殺してやります」
クリスも怒り心頭だった。ジョンの部屋の前には使用人が集まり、自分たちの主人が助かるように祈っていた。
それから5分してから、ようやく年若い医者のセドリック・フォーブッシュと執事のセスが現れた。
「遅れてしまい、申し訳ありません。道に迷ってしまいまして……」
ボサボサの黒髪に大きな黒縁メガネのセドリックは、いかにも学生のように見えた。クリスとエヴァは本当に大丈夫かと視線を合わせる。
「あはは、みなさん、よく僕に能力がないように思われるんです。でも大丈夫ですよー」
セドリックは頭を掻きながら、笑った。それに同意するように、セスが頷いた。
「最近この辺りに来られた先生ですが、腕は一番と評判です」
そうして治療が始まった。セドリックの手先は器用で、ジョンの中に留まっていた銃弾は素早く抜き取られ、縫合も一瞬だった。
エヴァは知りうる限りの様々な神に、ジョンの無事を祈った。治療の時間が短くても、彼女にとって永遠に感じた。
「高熱が出ると思いますが、それは体が戦っている証です。なので、解熱剤は出しますけど、あんまり心配しないでください。そして汗を大量にかかれると思うので、一時間ごとに拭いてあげるといいでしょう。その際に水を飲ませることを忘れないでくださいね」
セドリックはそう言うと、カバンを持って立ち上がった。
「立て込んでいるので、少々、失礼しますね。夜に急変されると危険なので、また伺いますから、安心してください」
そう言ってセドリックは、退出した。クリスとセスもそれに続いて出て行った。
エヴァは、血の気の引いているジョンの顔を優しく撫でる。この気持ちが一方通行ではないと知ったばかりなのに、離れ離れになるかも知れなかった恐怖に、エヴァの体は今も震えている。
「ああ、ジョン……やっぱり私は、あなたと一緒にいたいの」
エヴァは、シーツの下にあったジョンの手を両手で取り、額に当てた。そして未だ眠っている彼に誓う。
「私、あなたのそばにいるわ。絶対に離れない、絶対に守ってみせる」
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