柔よく剛を制す

薬袋 藍(ミナイ ラン)

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第1章 官吏試験編

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「兄様、ただいま」

「晏寿、結果はどうだったか?」

晏寿が帰った途端に、怜峯は官吏試験の結果を聞いてきた。
心なしか緊張しているようにも見える。

「受かってたよ」

晏寿は簡潔に結果だけを伝えた。
すると怜峯は安堵したように肩の力を抜いた。

「よかった…。
これで糸家からの縁談を断る理由ができた」
「大げさな…」
「それで?いつから仕事が始まるんだ?」
「明日から」

そう言いながら晏寿は持っていた荷物を下ろす。

「そうか。なら今日は体をゆっくり休めなければいけないな」
「あ…兄様」
「ん?」


怜峯は今日から秀英たちと共同生活を送らなければならないことをもちろん知らない。
晏寿はバツが悪そうに口を開いた。

「あの…実は、明日から仕事を共にする人達と一緒に住まなければならなくて。
これから荷造りして、今日中に行かなきゃいけないんだよね」
「同室の人は男か?」
「うん、女だからって特例は認められないって」
「そんな…」


怜峯は愕然とする。

妹を虎穴へと付き落とした気持ちになった。
晏寿の身を案じて官吏試験を受けさせたのに、まさか男と同室とは。
試験に合格しても自宅から通うものだと考えていた自分に対して、怜峯はいらだちを覚えた。

「で、でも大丈夫だよ。
良い人そうだったし」
「晏寿、人の良さそうな奴ほど裏はどんな顔をしてるかわからないんだぞ」
「そうなの?」
「第一、同室の人って誰なんだ?」
「えっと、伯秀英と…」
「伯秀英?」

怜峯はまさか妹の口から聞くとは思わなかった名前が出てきたので、聞き返してしまった。

「伯秀英って…
伯家の子息のか?」
「たぶん…」
「晏寿、お前、席次は何番目だ?」
「…次席」

晏寿は聞こえるか聞こえないかの声量で答えた。そして、聞いた怜峯もその答えに驚愕する。

「上位のほうで合格はするとは思ってはいたがまさか次席とは…
主席は伯家の?」

晏寿はこくりとうなずいた。

「それで、晏寿は伯家の子息と相部屋なんだな」
「いや、もう一人いて」
「それは誰なんだ?」
「容景雲」

「!!」

景雲の名前を聞いて、怜峯は目を見張り焦りだした。

「伯家の子息はともかく容景雲だと?
あいつは危険だ。
今すぐあいつだけでも部屋を変えてもらいなさい」
「え?どうして…?」
「容景雲は…
妓楼では名前を知らない人はいないくらいの女たらしだ。
そんな奴と同室なんて明日には腹に子ができてしまう」

晏寿は景雲のことを掴めない人物としか思っていなかったためそんな人だと思っておらず、内心びっくりしていた。

(でも、話に聞くほど悪い人なのかな…)

そうも感じていたため、素直に怜峯の話を受け入れなられなかった。

「でも兄様、もう決まったことだから。準備してそろそろ出なきゃ」
「晏寿、話はまだ終わってない」
「今更いろいろ言っても無理なの。
これからは自分の身は自分で守るから」

そう言って無理やり話を中断し、晏寿は準備へととりかかった。





もともと荷物は少ないため、
準備はすぐに済んだ。
荷物を玄関まで運び、きっとまたいろいろ言われるだろうが怜峯に一言言って出ようと考えていた。

「兄様」

自室で仕事をしていた怜峯の後姿に声をかける。
怜峯は振り向いて晏寿の顔をじっと見た。

「…行くのか?」
「はい」

怜峯の言い方はまだ未練がはっきりとわかる言い方で、晏寿はここまでかたくなになる兄に対して苦笑が起こるが何とか止めた。

「…わかった」
「もう何も言わないの?」
「言ったところで聞くような妹じゃないことくらいわかってる。
いつでも帰ってくるんだぞ。体には気をつけろ」
「ありがとう、兄様も」

最後の最後にしぶしぶながらも怜峯に認めてもらえ、晏寿はほっとした気持ちになりながら家を発った。








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