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17. 学園祭
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週末、グランストーン音楽学院の学園祭を訪れた。午前中は学内で選抜された学生のオーケストラの演奏があった。シエルは前から1段目の列にいた。いつになく真剣な面持ちでフルートを吹いている。
演奏が終わったあと、私は講堂を出てシエルのクラスの出し物を見てみようと、別棟にある一階の教室へ向かった。
「どうぞ」
教室の前にいた短めの黒髪のアジア系らしき少女に促され、開けられたドアの間から一歩足を踏み入れる。中はジャズバーのようになっていた。薄暗い照明、床に並べられた丸テーブル、ホワイトボードの前の段はステージになっていて、真ん中にマイクスタンドが、右奥にキーボード、左奥にドラムが一台置かれている。
10分ほどして、トランペットやサックス、サクソホーン、トロンボーンなどを持った5人ほどの少女が登壇した。遅れてシエルもやって来た。私が後ろの壁に寄りかかって見ているのに気づいたシエルが、一瞬私に向かって微笑みかけた。シエルたちはドラムとキーボードの前に並んだ。ドラムの後ろに短い金髪のショートヘアの少女が座り、キーボードの後ろに眼鏡をかけた髪の長い大人しそうな少女が腰掛けた。先ほどのアジア系らしき少女もヴァイオリンを持って、シエルたちの列の中に加わる。最後に赤毛の長い髪の少女がマイクの前に立ち、演奏が始まった。
曲名は、"It's Only a Paper Moon" 私の好きな、『ペーパームーン』という映画の主題歌になった曲だ。
マイクの前の少女が低めのトーンで歌う。そのスモーキーな声に、思わず聴き惚れてしまった。
演奏を聴いているうちに、何度も繰り返し観た白黒映画の映像がくっきりと蘇ってきた。
詐欺師のモーゼと、知り合いの子どもであるアディという少女が人々を騙して聖書を売りつける。アディはかなりのやり手で、子どもの純粋さを信じきっている大人たちは、簡単に騙されて聖書を買ってしまう。最初は利害関係だけでつながっていたと思われる二人だったが、モーゼの中にアディに対する父親のような愛情が芽生え、段々と二人の間に父子のような絆が育まれていく。
一曲目の演奏が終わると、テーブル席にいた人々から拍手が上がる。赤毛の少女が、歌っている時とは別人のような無邪気な笑顔で客席に向かって両手を振って舞台を降りた。
次の曲は、イタリアの名作映画『ニューシネマ・パラダイス』の『愛のテーマ』という曲だった。奇遇にも、この映画もロマンと一緒に観たことがあった。ロマンは最後のシーンを観ながら、ふざけたふりをしてキスをしようとした私を拒んだ。その時の胸の痛みを、今でも鮮明に覚えている。映画のラストに感動したこと、ロマンが私を拒んだ時のことーー。思い出して涙が出そうになるのを必死に堪えた。
演奏が終わると、シエルがやってきて私にストローの挿されたカップに入った飲み物を手渡した。中身はグレープソーダらしい。
「演奏、すごく良かったわ。どっちも私の好きな映画の曲だった」
「本当? 気に入ってくれて良かったわ」
シエルは私の横に、同じような姿勢で壁にもたれて立った。舞台の上では、今度はロックバンドの演奏が始まるらしい。
「あなた、途中で泣きそうになってたわ」
「見られてた?」
「うん」
気恥ずかしくて黙っている私に、シエルは何も聞かなかった。代わりに私を外に連れだし、他のクラスの出し物を見て回ろうと誘った。
「声楽科の三年生が、ピロシキを売ってるらしいわ」
「ピロシキを?!」
「ええ」
彼女に騙され続けて疑り深くなっている私の視線に気付いてか、シエルは「本当よ」と言った。
「行ってみる?」
演奏が終わったあと、私は講堂を出てシエルのクラスの出し物を見てみようと、別棟にある一階の教室へ向かった。
「どうぞ」
教室の前にいた短めの黒髪のアジア系らしき少女に促され、開けられたドアの間から一歩足を踏み入れる。中はジャズバーのようになっていた。薄暗い照明、床に並べられた丸テーブル、ホワイトボードの前の段はステージになっていて、真ん中にマイクスタンドが、右奥にキーボード、左奥にドラムが一台置かれている。
10分ほどして、トランペットやサックス、サクソホーン、トロンボーンなどを持った5人ほどの少女が登壇した。遅れてシエルもやって来た。私が後ろの壁に寄りかかって見ているのに気づいたシエルが、一瞬私に向かって微笑みかけた。シエルたちはドラムとキーボードの前に並んだ。ドラムの後ろに短い金髪のショートヘアの少女が座り、キーボードの後ろに眼鏡をかけた髪の長い大人しそうな少女が腰掛けた。先ほどのアジア系らしき少女もヴァイオリンを持って、シエルたちの列の中に加わる。最後に赤毛の長い髪の少女がマイクの前に立ち、演奏が始まった。
曲名は、"It's Only a Paper Moon" 私の好きな、『ペーパームーン』という映画の主題歌になった曲だ。
マイクの前の少女が低めのトーンで歌う。そのスモーキーな声に、思わず聴き惚れてしまった。
演奏を聴いているうちに、何度も繰り返し観た白黒映画の映像がくっきりと蘇ってきた。
詐欺師のモーゼと、知り合いの子どもであるアディという少女が人々を騙して聖書を売りつける。アディはかなりのやり手で、子どもの純粋さを信じきっている大人たちは、簡単に騙されて聖書を買ってしまう。最初は利害関係だけでつながっていたと思われる二人だったが、モーゼの中にアディに対する父親のような愛情が芽生え、段々と二人の間に父子のような絆が育まれていく。
一曲目の演奏が終わると、テーブル席にいた人々から拍手が上がる。赤毛の少女が、歌っている時とは別人のような無邪気な笑顔で客席に向かって両手を振って舞台を降りた。
次の曲は、イタリアの名作映画『ニューシネマ・パラダイス』の『愛のテーマ』という曲だった。奇遇にも、この映画もロマンと一緒に観たことがあった。ロマンは最後のシーンを観ながら、ふざけたふりをしてキスをしようとした私を拒んだ。その時の胸の痛みを、今でも鮮明に覚えている。映画のラストに感動したこと、ロマンが私を拒んだ時のことーー。思い出して涙が出そうになるのを必死に堪えた。
演奏が終わると、シエルがやってきて私にストローの挿されたカップに入った飲み物を手渡した。中身はグレープソーダらしい。
「演奏、すごく良かったわ。どっちも私の好きな映画の曲だった」
「本当? 気に入ってくれて良かったわ」
シエルは私の横に、同じような姿勢で壁にもたれて立った。舞台の上では、今度はロックバンドの演奏が始まるらしい。
「あなた、途中で泣きそうになってたわ」
「見られてた?」
「うん」
気恥ずかしくて黙っている私に、シエルは何も聞かなかった。代わりに私を外に連れだし、他のクラスの出し物を見て回ろうと誘った。
「声楽科の三年生が、ピロシキを売ってるらしいわ」
「ピロシキを?!」
「ええ」
彼女に騙され続けて疑り深くなっている私の視線に気付いてか、シエルは「本当よ」と言った。
「行ってみる?」
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