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34. ブリオッシュ
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病院前のバス停からバスに乗り、少し歩きたいと感じたので早めにバスを降りて道を歩いていると、歩道の向かいを歩いてくるクレアと会った。彼女は私を見て、いつものように目を細めて優しく微笑んだ。
「エイヴェリー、久しぶりね」
私と彼女はしばらく肩を並べて歩きながら、最近あったことや読んだ本の話など他愛のない話をした。路肩の街路樹は色づいて、足元には落ち葉が散らばっている。それを踏んだ時の音が好きなのだと、クレアは言った。
「あなたに会いたいと思いながら歩いてたの。そしたら会えた」
「相変わらずの口説きっぷりね」
「誰にでもこんなことを言うわけじゃないわ」
彼女がプレイガールでないことは知っているけれど、いずれ経験を積めば、その才能を開花させるのではないかと思っている。
「さっき、ジャンヌに会ってきたわ」
「本当に?」
「ええ、なんだか少しスッキリしたわ。霧が晴れたみたい」
「よく会いに行こうと思えたわね」
「彼女も人間なんだって分かったわ。極悪人じゃない、ただの私たちと同じ一人の女の子」
脆さや自分勝手さ、そして優しさを持った一人の少女。それがジャンヌであり、私であり、他の多くの同じ歳の子どもたちなのではなかろうか。
「ねぇクレア、この後お茶しない?」
「ええ、いいわよ」
「ブリオッシュって、どこで食べられるの?」
何気なくしたその質問のあとで、クレアは足を止めて私を見た。
「エイヴェリー、それって……つまり……」
「違うわよ、深い意味はないわ。ただ食べたくなったの。あなたが言ってたから、よっぽど美味しいものなんじゃないかって」
確かにここでブリオッシュを食べようと言うのは、この間の告白のOKの返事と受け取られかねない。ただお腹が空いて、たまたまクレアが隣にいて、前に言っていた食べ物の名前を思い出して口にしただけなのだが、なんだか思わせぶりなことをしたようで申し訳ない気持ちになる。
「なんだ」
口を尖らせるクレアに向かってゴメンと謝る。
「食べられるところなら知ってるわ、ここから歩いて十五分くらいのところにあるカフェで」
「じゃあそこに行きましょう」
クレアは相変わらずクレアだった。その若葉のような瑞々しさも、穏やかな輝きを放つ若草色の瞳も、相手の心を包み込むような柔らかな笑顔も。
カフェに着き、窓際の一番奥の席に向かい合って座った私に、クレアは何度も意味深に微笑みかけた。
「ねぇクレア、これは別に恋人になったとかなろうとかそういう意味じゃないのよ」
「知ってるわ。だけど嬉しいの。大好きなあなたと、こうして二人でいることが」
「恥ずかしくないの? そんなこと言って」
「恥ずかしくなんてないわ。本当の気持ちだもの」
クレアといると安心する。心の棘が抜け落ちて、穏やかに感情が凪いでいくような気持ちになる。彼女とのこんなやりとりも嫌いではない。彼女の気持ちも嫌ではない。ただ私と彼女の愛の形が違うだけなのだ。少なくとも今は。
間も無く、雪だるまのような形をしたブリオッシュが積み上げられた皿が運ばれてくる。こんがりと焼けた菓子パンから、バターと小麦粉の香ばしい香りがする。一つを取って口に運ぶ。甘くて、芳醇で、浸っていたくなるような味。
「美味しいわ」
「そうでしょ? ここのは絶品なのよ」
クレアが微笑む。そして、パンの一つを手に取った。
二十分ほどして店員がやってきて、パンのおかわりは要らないかと訊ねた。くださいと、クレアと私の声が重なり合う。直後、私たちは顔を見合わせて笑い合った。
外ではムクドリが鳴いていた。
END
「エイヴェリー、久しぶりね」
私と彼女はしばらく肩を並べて歩きながら、最近あったことや読んだ本の話など他愛のない話をした。路肩の街路樹は色づいて、足元には落ち葉が散らばっている。それを踏んだ時の音が好きなのだと、クレアは言った。
「あなたに会いたいと思いながら歩いてたの。そしたら会えた」
「相変わらずの口説きっぷりね」
「誰にでもこんなことを言うわけじゃないわ」
彼女がプレイガールでないことは知っているけれど、いずれ経験を積めば、その才能を開花させるのではないかと思っている。
「さっき、ジャンヌに会ってきたわ」
「本当に?」
「ええ、なんだか少しスッキリしたわ。霧が晴れたみたい」
「よく会いに行こうと思えたわね」
「彼女も人間なんだって分かったわ。極悪人じゃない、ただの私たちと同じ一人の女の子」
脆さや自分勝手さ、そして優しさを持った一人の少女。それがジャンヌであり、私であり、他の多くの同じ歳の子どもたちなのではなかろうか。
「ねぇクレア、この後お茶しない?」
「ええ、いいわよ」
「ブリオッシュって、どこで食べられるの?」
何気なくしたその質問のあとで、クレアは足を止めて私を見た。
「エイヴェリー、それって……つまり……」
「違うわよ、深い意味はないわ。ただ食べたくなったの。あなたが言ってたから、よっぽど美味しいものなんじゃないかって」
確かにここでブリオッシュを食べようと言うのは、この間の告白のOKの返事と受け取られかねない。ただお腹が空いて、たまたまクレアが隣にいて、前に言っていた食べ物の名前を思い出して口にしただけなのだが、なんだか思わせぶりなことをしたようで申し訳ない気持ちになる。
「なんだ」
口を尖らせるクレアに向かってゴメンと謝る。
「食べられるところなら知ってるわ、ここから歩いて十五分くらいのところにあるカフェで」
「じゃあそこに行きましょう」
クレアは相変わらずクレアだった。その若葉のような瑞々しさも、穏やかな輝きを放つ若草色の瞳も、相手の心を包み込むような柔らかな笑顔も。
カフェに着き、窓際の一番奥の席に向かい合って座った私に、クレアは何度も意味深に微笑みかけた。
「ねぇクレア、これは別に恋人になったとかなろうとかそういう意味じゃないのよ」
「知ってるわ。だけど嬉しいの。大好きなあなたと、こうして二人でいることが」
「恥ずかしくないの? そんなこと言って」
「恥ずかしくなんてないわ。本当の気持ちだもの」
クレアといると安心する。心の棘が抜け落ちて、穏やかに感情が凪いでいくような気持ちになる。彼女とのこんなやりとりも嫌いではない。彼女の気持ちも嫌ではない。ただ私と彼女の愛の形が違うだけなのだ。少なくとも今は。
間も無く、雪だるまのような形をしたブリオッシュが積み上げられた皿が運ばれてくる。こんがりと焼けた菓子パンから、バターと小麦粉の香ばしい香りがする。一つを取って口に運ぶ。甘くて、芳醇で、浸っていたくなるような味。
「美味しいわ」
「そうでしょ? ここのは絶品なのよ」
クレアが微笑む。そして、パンの一つを手に取った。
二十分ほどして店員がやってきて、パンのおかわりは要らないかと訊ねた。くださいと、クレアと私の声が重なり合う。直後、私たちは顔を見合わせて笑い合った。
外ではムクドリが鳴いていた。
END
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ありがとうございます!(*^^*)
エイヴェリーの成長が現れた最後でした。
彼女達の今後にも要注目ですね。
良い友達に恵まれて本当に良かった。
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「ジャンヌに向かって言い放つクレア。彼女のような天才女優にそんな台詞を吐かれ、いくれ三年といえど言い返せるはずもない。」→「いくら」でOKでしょうか?
諏訪野さん
そうなんです、クレアは包容力あって優しい子で、ソニアはドライに見えて友達思い、オーシャンは色んな意味で人間らしい子なんですよね。
いつも誤字報告ありがとうございます😂
ジャンヌ、なかなかのヒールっぷりですね。女子校のリアルないじめ描写が怖い…!
そうなんです、ジャンヌと別作品のディアナの感じがよく似ていてこんがらがり、別作品の中でディアナをジャンヌと呼び違えるというすっとこどっこいぶりを発揮して読者さんを笑わせてしまいました😂