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風のフルート奏者③
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夕食の後、四人でオーシャンの部屋に集まった。黒で統一された部屋の壁には『スター・トレック』や『サイコ』などの映画のポスターが貼ってあり、好きな映画のDVDやコミックの並ぶ本棚の上には、丸い水槽があった。中にいる魚はベタというらしい。ベージュの体で、長い背鰭を優雅に靡かせて水の中を泳いでいる。闘争本能が強く、オスを2匹同じ水槽に入れると殺し合いの喧嘩をするらしい。
「双子って、同じ人を好きになるってほんと?」
ソニアが、以前私がオーシャンにしたのと同じ質問をした。ベッドの上であぐらをかくオーシャンと、その隣に腰掛けるシエルは顔を見合わせた。
「ないかも」
シエルが首を傾げながら短く答える。
「俺が好きになる奴が、シエルを好きになることはよくあるな」
とオーシャン。
「じゃ、姉妹で取り合いになることはないわけ?」
ソニアが興味深げに尋ねる。
「ああ‥‥‥。できたらなりたくねーな。シエルには勝てる気がしねえ」
「心配しなくても、あなたと同じ人を好きになることはない。万が一なったとしても、私が身を引くわ」
シエルはオーシャンの枕元にあった中指を立てた可愛くない猫のぬいぐるみを手に取って、なんてね、と最後に付け足した。
流れでソニアはオーシャンの部屋に、私はシエルの部屋に泊まることになった。シエルは映画を観ようと言って、『メガダンゴ』というDVDを本棚から取り出した。
「これ、イギリスのB級映画なのよ。オーシャンはクソつまんないって言ってたけど、私は好きなのよね」
DVDをプレイヤーに入れ、映画が始まる。内容は、巨大なダンゴムシに街全体が襲われるというよくあるパニックものだった。大量のメガダンゴムシが坂を転がって来て、人々を轢死させるシーンは圧巻だった。最終的に、主人公率いる生存者グループが、ビルの上からダイナマイトや大砲で攻撃して退治するのだが。
驚いたのは役者も無名でかなりのB級、いや、C級映画なのだが、作品の最後に監督やキャストのインタビューが入っていたことだった。それも、誰も彼も作品ができるまでの過程や舞台背景、役作りなどについてかなり真剣にコメントしていた。
「正直、このインタビューはいらないかな」
同じことを考えていたらしいシエルが、苦笑いを浮かべた。
「そうね。それに、もっといいタイトルなかったのかしら」
「確かに。『メガダンゴ』はないわ」
二人でひとしきり笑ったあと、交互にシャワーを浴び、私はシエルのベッドに、シエルは下に敷かれたマットレスの上に仰向けになった。
「あなたって、どんな人が好みなの?」
消灯の後、暗い天井を見つめながらシエルに尋ねた。
「うーん、特にタイプってないかな」
「そう‥‥‥」
「あなたは?」
「私もそうね」
「タイプ以前に私、人を好きになったことがないのよ」
「そうなの?」
「うん、友達には変だって言われるの。だけど、誰かにドキドキしたり、その人のことばかり考えたり、触れたいと思うことがない」
「ただの一度も?」
「ただの一度も」
私の言葉を繰り返すシエル。
「ママは私のことを何だって知りたがる。好きな子はいないのか、付き合いたい人はいないのかってしつこいから、いない、できたこともないって答えたら、年頃の女の子がそれはおかしいって言われて。セラピーに連れてかれそうになったのよ」
「別におかしいことなんてないと思うけど」
「でしょ? ママはいつも大袈裟なの。私は自分を変だなんて思ってない。恋をしなくたって生きてけるわ。楽器をやって友達もいて、毎日それなりに楽しいし」
「恋をしても辛いだけよ」
私は逆に、シエルのように誰のことも愛したことがない方が楽だとすら思っていた。相手がロマンでなければ、こんな気持ちにすらならなかったかもしれないが。
「こう考えてみたら? あなたは今すごく辛い時だけど、他の人を愛した時に小さなことに幸せを感じられるようになるかも」
「他の人を愛せる日なんて、来るのかしらね」
「来るわ、きっと」
ロマン以外の人を愛する自分が、全く想像できなかった。それほどまでに、私にはロマンが全てだった。私の世界はロマンによって決められ、色づいていた。だが、このままで幸せになれるはずがないとも思っていた。ロマンが私の気持ちに応えることはない。だからと言って、私を好きになる人を好きになれるかといえば違う。
まもなく、シエルの静かな寝息が聞こえてきた。彼女はかなり寝つきがいいらしい。
もし私がこの世から消えたら、ロマンは悲しむだろうか。優しくて繊細な彼女のことだから、私を傷つけたことを後悔するに違いない。もし母が父と出会っていなければ、私とロマンは出会うことがなかった。ある意味で、皮肉な運命だ。いっそこの運命ごと、メガダンゴムシに潰してもらえたらいいのに。
「双子って、同じ人を好きになるってほんと?」
ソニアが、以前私がオーシャンにしたのと同じ質問をした。ベッドの上であぐらをかくオーシャンと、その隣に腰掛けるシエルは顔を見合わせた。
「ないかも」
シエルが首を傾げながら短く答える。
「俺が好きになる奴が、シエルを好きになることはよくあるな」
とオーシャン。
「じゃ、姉妹で取り合いになることはないわけ?」
ソニアが興味深げに尋ねる。
「ああ‥‥‥。できたらなりたくねーな。シエルには勝てる気がしねえ」
「心配しなくても、あなたと同じ人を好きになることはない。万が一なったとしても、私が身を引くわ」
シエルはオーシャンの枕元にあった中指を立てた可愛くない猫のぬいぐるみを手に取って、なんてね、と最後に付け足した。
流れでソニアはオーシャンの部屋に、私はシエルの部屋に泊まることになった。シエルは映画を観ようと言って、『メガダンゴ』というDVDを本棚から取り出した。
「これ、イギリスのB級映画なのよ。オーシャンはクソつまんないって言ってたけど、私は好きなのよね」
DVDをプレイヤーに入れ、映画が始まる。内容は、巨大なダンゴムシに街全体が襲われるというよくあるパニックものだった。大量のメガダンゴムシが坂を転がって来て、人々を轢死させるシーンは圧巻だった。最終的に、主人公率いる生存者グループが、ビルの上からダイナマイトや大砲で攻撃して退治するのだが。
驚いたのは役者も無名でかなりのB級、いや、C級映画なのだが、作品の最後に監督やキャストのインタビューが入っていたことだった。それも、誰も彼も作品ができるまでの過程や舞台背景、役作りなどについてかなり真剣にコメントしていた。
「正直、このインタビューはいらないかな」
同じことを考えていたらしいシエルが、苦笑いを浮かべた。
「そうね。それに、もっといいタイトルなかったのかしら」
「確かに。『メガダンゴ』はないわ」
二人でひとしきり笑ったあと、交互にシャワーを浴び、私はシエルのベッドに、シエルは下に敷かれたマットレスの上に仰向けになった。
「あなたって、どんな人が好みなの?」
消灯の後、暗い天井を見つめながらシエルに尋ねた。
「うーん、特にタイプってないかな」
「そう‥‥‥」
「あなたは?」
「私もそうね」
「タイプ以前に私、人を好きになったことがないのよ」
「そうなの?」
「うん、友達には変だって言われるの。だけど、誰かにドキドキしたり、その人のことばかり考えたり、触れたいと思うことがない」
「ただの一度も?」
「ただの一度も」
私の言葉を繰り返すシエル。
「ママは私のことを何だって知りたがる。好きな子はいないのか、付き合いたい人はいないのかってしつこいから、いない、できたこともないって答えたら、年頃の女の子がそれはおかしいって言われて。セラピーに連れてかれそうになったのよ」
「別におかしいことなんてないと思うけど」
「でしょ? ママはいつも大袈裟なの。私は自分を変だなんて思ってない。恋をしなくたって生きてけるわ。楽器をやって友達もいて、毎日それなりに楽しいし」
「恋をしても辛いだけよ」
私は逆に、シエルのように誰のことも愛したことがない方が楽だとすら思っていた。相手がロマンでなければ、こんな気持ちにすらならなかったかもしれないが。
「こう考えてみたら? あなたは今すごく辛い時だけど、他の人を愛した時に小さなことに幸せを感じられるようになるかも」
「他の人を愛せる日なんて、来るのかしらね」
「来るわ、きっと」
ロマン以外の人を愛する自分が、全く想像できなかった。それほどまでに、私にはロマンが全てだった。私の世界はロマンによって決められ、色づいていた。だが、このままで幸せになれるはずがないとも思っていた。ロマンが私の気持ちに応えることはない。だからと言って、私を好きになる人を好きになれるかといえば違う。
まもなく、シエルの静かな寝息が聞こえてきた。彼女はかなり寝つきがいいらしい。
もし私がこの世から消えたら、ロマンは悲しむだろうか。優しくて繊細な彼女のことだから、私を傷つけたことを後悔するに違いない。もし母が父と出会っていなければ、私とロマンは出会うことがなかった。ある意味で、皮肉な運命だ。いっそこの運命ごと、メガダンゴムシに潰してもらえたらいいのに。
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