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サンコの病院
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翌朝猫たちのトイレと部屋を掃除しご飯をあげているとき、サンコの左目が開かないことに気づいた。いつも緑色のぱっちりお目目なのだが。まぶたが腫れていて目やにと涙が出ていた。善二さんは朝早くからワカメ仕事に行っているため、道子さんに連絡をとり一緒にサンコを病院に連れて行くことになった。
「一度善二が仔猫たちをワクチンに連れて行ったとき、顔が怖くて声が大きいから動物たちが怖がっちゃったらしくてね……うさぎなんか警戒音を出してたんだって。だから病院は私が連れていくの」
道子さんの言葉に納得した。善二さんを知っている私やこの家の猫たちはちっとも怖いとは思わないけれど、他の動物たちからしたら威圧感があって怖いのかもしれない。
善二さんが帰ってきたので留守番を頼み、仔猫部屋でサンコを捕獲してキャリーに入れた。そこに善二さんが現れ、交通費と治療費といって一万円を道子さんに渡した。
「ついでに何か食ってこい、余ったら俺にも何か食いもん買ってこい」
「あら、今日は太っ腹ね。いつもケチのくせに」
道子さんに揶揄われた善二さんは「何だと、人聞きの悪い!」と青筋を立てた。
「だって本当のことでしょ」
「お前だってこの間、消臭剤を便所に落としたろう! 弁償しろ!」
「手が滑ったんだよ、今の時代にぼっとん便所なのが悪いのさ。大体にして消臭剤くらい何よ、そんなことでいちいちガミガミねちねちうようよ言って、ちっさい男だね!」
「消臭剤を甘く見るな、高いやつで一個400円もする代物だ! 俺にケチケチ言ってるが、お前は金遣いが荒すぎるんだ! 趣味の悪い服ばっか買いよってこの妖怪浪費ババアめ!」
「そう言うけどね、にゃんこたちにいくら寄付したと思ってんだい!! この口悪頑固クソジジイが!!」
"ゴーーーーン!!"
2人の口喧嘩がヒートアップしてきたので止めようとしたとき、兄弟たちと走り回っていたつきみの脚がステンレスの餌皿に当たってゴングのような音が鳴り響いた。舌戦の終わりを告げる無情なゴングの音に、一瞬部屋はしずまり返った。私は笑いを堪え、やがて道子さんは盛大に吹き出し、一方の善二さんはさっきと違う意味合いの青筋を立てていた。
ひとまず場が和み喧嘩がおさまったとみて、サンコの入ったキャリーを持って外に出て、道子さんの車の後部座席に置き私は助手席に乗った。
運転席の道子さんは「あの馬鹿の顔を一秒たりとも見ていたくない」とぶつぶつ言いながらエンジンをかけ、車を発車させた。サンコは後部座席で大きな声で鳴いている。稀に車が好きな猫もいるが、大体の猫は車を嫌がる。
「なんだかんだ二人、仲良いですよね」
「腐れ縁ってやつだよ、じゃなきゃあんな男ごめんだね」
道子さんは顔をしかめた。
「少しうらやましい気もします。腐れ縁といえるほどの人がいないので、私」
「でも友達はいるでしょ?」
「いないです、そんなにほしいとも思わなくて」
「珍しいね」
「よく変わってるって言われるんですけど……自分ではこのほうが楽で。あ、でもよく世話を焼いてくれる年上の人ならいます」
「男? 女?」
「女の人ですよ」
頭に浮かんでいたのは存田さんだった。友達も呼べる間柄かは分からないが、今職場で一番話すのは彼女だ。
「あんた、彼氏はいないのかい?」
「はい。あまり恋愛に興味なくて……猫がいればいいなみたいな」
「これまた珍しいね。でも分かるよ、猫がいるとそれだけで満足する気持ち」
「不思議ですよね、猫って。好き勝手に生きてるように見えてちゃんと人のことを見ていて、落ち込んでるときそっとそばにいてくれたり、かと思えばこっちが構おうとするとそっけなかったり、柱を引っ掻いたり齧ったり、いたずらしたり……」
道子さんは私の顔をちらっと見て、「猫の話をしてるときは楽しそうだよ、あんた。本当に猫が好きなんだね」と笑った。
「はい、好きです。猫が世界一好きです」
「一度善二が仔猫たちをワクチンに連れて行ったとき、顔が怖くて声が大きいから動物たちが怖がっちゃったらしくてね……うさぎなんか警戒音を出してたんだって。だから病院は私が連れていくの」
道子さんの言葉に納得した。善二さんを知っている私やこの家の猫たちはちっとも怖いとは思わないけれど、他の動物たちからしたら威圧感があって怖いのかもしれない。
善二さんが帰ってきたので留守番を頼み、仔猫部屋でサンコを捕獲してキャリーに入れた。そこに善二さんが現れ、交通費と治療費といって一万円を道子さんに渡した。
「ついでに何か食ってこい、余ったら俺にも何か食いもん買ってこい」
「あら、今日は太っ腹ね。いつもケチのくせに」
道子さんに揶揄われた善二さんは「何だと、人聞きの悪い!」と青筋を立てた。
「だって本当のことでしょ」
「お前だってこの間、消臭剤を便所に落としたろう! 弁償しろ!」
「手が滑ったんだよ、今の時代にぼっとん便所なのが悪いのさ。大体にして消臭剤くらい何よ、そんなことでいちいちガミガミねちねちうようよ言って、ちっさい男だね!」
「消臭剤を甘く見るな、高いやつで一個400円もする代物だ! 俺にケチケチ言ってるが、お前は金遣いが荒すぎるんだ! 趣味の悪い服ばっか買いよってこの妖怪浪費ババアめ!」
「そう言うけどね、にゃんこたちにいくら寄付したと思ってんだい!! この口悪頑固クソジジイが!!」
"ゴーーーーン!!"
2人の口喧嘩がヒートアップしてきたので止めようとしたとき、兄弟たちと走り回っていたつきみの脚がステンレスの餌皿に当たってゴングのような音が鳴り響いた。舌戦の終わりを告げる無情なゴングの音に、一瞬部屋はしずまり返った。私は笑いを堪え、やがて道子さんは盛大に吹き出し、一方の善二さんはさっきと違う意味合いの青筋を立てていた。
ひとまず場が和み喧嘩がおさまったとみて、サンコの入ったキャリーを持って外に出て、道子さんの車の後部座席に置き私は助手席に乗った。
運転席の道子さんは「あの馬鹿の顔を一秒たりとも見ていたくない」とぶつぶつ言いながらエンジンをかけ、車を発車させた。サンコは後部座席で大きな声で鳴いている。稀に車が好きな猫もいるが、大体の猫は車を嫌がる。
「なんだかんだ二人、仲良いですよね」
「腐れ縁ってやつだよ、じゃなきゃあんな男ごめんだね」
道子さんは顔をしかめた。
「少しうらやましい気もします。腐れ縁といえるほどの人がいないので、私」
「でも友達はいるでしょ?」
「いないです、そんなにほしいとも思わなくて」
「珍しいね」
「よく変わってるって言われるんですけど……自分ではこのほうが楽で。あ、でもよく世話を焼いてくれる年上の人ならいます」
「男? 女?」
「女の人ですよ」
頭に浮かんでいたのは存田さんだった。友達も呼べる間柄かは分からないが、今職場で一番話すのは彼女だ。
「あんた、彼氏はいないのかい?」
「はい。あまり恋愛に興味なくて……猫がいればいいなみたいな」
「これまた珍しいね。でも分かるよ、猫がいるとそれだけで満足する気持ち」
「不思議ですよね、猫って。好き勝手に生きてるように見えてちゃんと人のことを見ていて、落ち込んでるときそっとそばにいてくれたり、かと思えばこっちが構おうとするとそっけなかったり、柱を引っ掻いたり齧ったり、いたずらしたり……」
道子さんは私の顔をちらっと見て、「猫の話をしてるときは楽しそうだよ、あんた。本当に猫が好きなんだね」と笑った。
「はい、好きです。猫が世界一好きです」
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