上 下
33 / 86

集団憑依 ③

しおりを挟む
 天使の攻撃を受ける食堂内、悪魔に憑りつかれた老人達は奇声を上げ、苦しみ悶える。外から見る中の光景は、電気椅子に座り最後の時を迎えた囚人達に見えた。
 座ったまま、絶命するかのように意識を失う者。
 泡を吹きながら、椅子に縛られたまま転げまわる者。
 最後まで悪魔があがいているのか、手足を縛る縄を引きちぎりサッシ窓に椅子を投げつけ、暴力的な行動に移ろうとする者。
 しかし、悪魔達の抵抗も空しく、一人、また一人と倒れ行く。老人達に憑りついていた悪魔は、地獄へと引き戻されていった。
「隼人君、まだ、警戒を怠るなよ!」と、正人は長老と一緒に施設内へ入って行った。
 施設内の老人の動きは止まったが、隼人は何か歯がゆさを感じていた。 
 本当にこれで終わったのか?
 大物の悪魔も今の天使の軍勢の攻撃で祓われたのか?
 こんな簡単に終わらない気がする!

 施設の中から正人が声を上げた、「全員で7名、確認した」
 正人の声を聞いた賀茂が、咄嗟に叫んだ。
「違う、私が祓った者を差し引くと、残りは全員で8名だ。1人足りない!」
 悪魔に憑りつかれた残り一人は、どこに消えたのか?
 全員に緊張が走った時、ベルゼブブに憑りつかれた山野は、じっと天使からの攻撃に耐えるため壁の片隅に出来た影の中に居た。
 光の攻撃から逃れるため、闇に潜んでいたのだ。
 ほんの一瞬、彼らに隙が出来るのを息を潜めてじっと待つ。
 隼人は、壁際で白目をむいた山野が立っているのを、いや、浮いているのを見つけた。山野の後ろには、大きな蝿の姿をした異形が姿を現す。
 嫌な予感が当たってしまったかと、隼人は銃身を山野に向けた。
「壁際に立っています、奥の壁です!」、隼人は全員に聞こえるように声を張り上げた。
 ベルゼブブは、反撃を開始する。部屋の中にいた正人と長老には全く目もくれず、俺と桜の方に手を伸ばすと、山野の目玉が一回転し奇声を発す。
 サッシの窓ガラスが全て割れ、中庭の芝生の上に散らばった。
 散乱したガラス片は、ゆっくりと宙に浮かび上がり、程よい高さで止まる。
 明らかに桜を直接攻撃しようと、狙っている。
「危ない、二人ともそこから逃げるんだ!」、正人と賀茂の声がする。
 油断していたのか、足がすくんだのか、桜は動けずその場にじっとしていた。隼人は、銃をガンホルダーに入れると桜の腕を掴んだ。
「桜、何している、早く逃げるぞ」
「駄目、足が動かない」
 思わぬ展開に動揺した桜は、守護天使に自分を護るよう命令する事さえ忘れてしまっていた。

 隼人と桜の二人が逃げる為にベルゼブブは、時間を与えない。この機会を待っていたと言わんばかりに高笑いするような声を出した。
 宙に浮いていたガラス片が、勢いよく桜に目がけて放たれる。
 間に合わない! その瞬間、隼人は無意識に両手を広げ桜の前に立った。
 彼女を守るため、体を盾にして飛んでくるガラス片を受け止める。
「ぐっ・・・」
 体中にガラス片が当たった、大小様々な欠片、一番大きなガラスが胸や腹に刺さっていた。
―――しまった、何も考えずに行動してしまった。
 じわじわと傷みが体中に走り出すと、口の中で鉄の味がして来た。
「バカ、どうして逃げなかったのよ」と、桜は倒れる隼人の頭を持ち上げ膝枕した。
「は、は、は、・・・かっこ悪いな」、体から血が抜けて行く感覚、段々と寒くなる。
「このTシャツ」、桜は隼人が着ていた血まみれのTシャツに触れた。
「お前が、くれたTシャツ。破れてしまった」
「怪我が治ったら、また、買ってあげる」、桜が涙ぐみ、声が震えていた。
 隼人の脳裏に死の文字が浮かぶ、ああ、ヤバいな。
 この出血、刺さっているガラス片の量、明らかに俺は死ぬな。
 彼に後悔は無かったが、薄れて行く意識の中で命の儚さを感じていた。
「駄目、目を閉じないで。お願いだから・・・」 
 泣き叫ぶ桜の声が遠くなっていく、ここまでか、隼人は死を覚悟した。
しおりを挟む

処理中です...