滅んでしまった王国の元騎士は自由気ままな暮らしを満喫したい

川村直樹

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北の要塞 2

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 この要塞は、二つの壁で守られている。

 一つは、ダンディルグ王国側の壁。

 この城壁は、魔の森を外側から囲み外部からの侵入者を防ぎ、断崖絶壁の海岸まで続いていた。海岸側には、ダンディルグ王国唯一の海軍が駐在する港があり、軍艦が停泊している。

 また、壁の内部には執務室、兵舎、貯蔵庫などの施設があったので防御壁と言うよりは、細長い建物の様な構造になっていた。

 もう一つは、カルラシア王国側の壁。

 こちらの壁は、ダンディルグ側の壁と同じように魔の森から海岸まで伸びているのだが、単純に外部からの侵入を防ぐために建造されているので、ただの分厚い石の壁だった。

 ルストニア将軍に連れられ壁の上からカルラシア王国側を見ると、噂とは異なる光景をクリスとカレンは目の当たりにした。

「こ、これは・・・」、何故、噂とここまで食い違うのかクリスは思わず考え込んだ。

「えっ、軍隊じゃないよね。カルラシアから来た難民?」

「ふっ、そうだ。ここから見る限り彼等は軍人じゃない。カルラシアを逃れ、ここに辿り着いた難民に見える」

「それじゃあ、グランベルノ王国軍が来たと言う噂は、デマ・・・?」

「そこなんだよね。私も難民として彼等を受け入れるべきなのか悩んでしまう」

「確かにそうですね。噂は信ぴょう性の低い話ですが、それでも軍と難民を間違えるはずはありませんから」

「クリス君もそう思うだろ。難民と断定しなくても、噂が広まるならカルラシア側から人が押し寄せたとなるよね。それが、軍隊が来たと噂が流れた。何か引っかかる」

「でも、師匠。間違いなく彼等は、難民ですよ。噂はあくまで噂なんだから、彼等を受け入れて保護しましょうよ」

「まて、カレン。それは、あまりにもリスクが大きすぎるよ」

「クリス君の言う通りだ。簡単に受け入れられないんだ」

「えっ、二人とも。どうしてよ、ほら、ちゃんと見てよ。武装している人は、どこにも居ないじゃない」

「武装していないけど、難民の中にグランベルノ王国の兵士が紛れていたらどうする」

「た、確かにそうだけど。そこまで疑わなくちゃいけないの?」

「カレン、二千ほどの難民の中にたとえ百人ほどの兵士がいても問題無いと思っているのなら、それは間違いなんだ。その百人の敵が、我々にとって命取りになってしまう」

「そうだよ、もし、後方に大隊が控えていたらどうするんだよ。要塞内部で戦闘が始まり混乱している間に城門が開けられたら、ここは陥落してしまう」

「そうだ、その可能性は高いな。何か経験した事がある様な口ぶりだな、クリス君」

「ええ、フリント王国で何度か経験しました。グランベルノ王国には、潜入と暗殺、策略を専門とする特殊部隊が居ますからね。奴らが本気なら、半数以上の難民が敵では無いかと考えてしまいます。だからこそ、ここは慎重に動いた方が良いかと」

「賢明な考えだよ。しかし、君はフリント王国に居たのか」

「ええ、隠してもしょうがないですね。私は、元フリント王国第四隊に所属していた騎士です」

「鮮血の死神部隊か、恐れを知らない部隊に居た君がそこまで慎重に考えているなら、私もその意見に賛成だな」

「じゃあ、どうするのよ。このまま、彼等を放っておけないでしょ」

 口を尖らせ横を向いたカレンの頭をルストニア将軍が撫でた。その微笑ましい光景は、本当に父親が娘に接する姿の様に映る。

 直ぐにどうするか答えを将軍が話さなかったのは、今回の様な問題は国王の指示を仰がなければならないからだ。

 難民が押し寄せた時点で、彼等を受け入れるか否かを決めるために不審な点も含め全てラングス王に報告しているので、後は指示を待つだけだった。

 久しぶりの再会に将軍は、カレンとクリスの二人と一緒に夕食を取りながら、ゆっくり話を聞きたかったので、急ぐ二人を引き止めた。

 父親と娘の様な関係なら積もる話もあるだろうし、カレンも話したそうな感じで嫌な素振りは見せなかったので、彼等は一晩この要塞で過ごすことにした。

 夕食を楽しんだ後は、特別に来賓用の部屋が用意されていた。

 クリスとカレンは、ソファに並んで座った。

 無事に北の遺跡で試練を終えたカレンは、緊張の糸が途切れたのか少し疲れた感じだった。

 何も言わずもたれかかるカレンは、上目遣いでクリスを見つめる。二人だけの時間、クリスはそっとカレンの頬に触れると、そのまま顔を近づけた。 

 抱きしめ合い口づけを交わす二人は、今から甘い夫婦生活を営むつもりだった。今からは、誰にも邪魔されない時間だったはずなのに、そんな最中に横やりが入った。

「カレン、今、何か聞こえたよな」

「うん、叫び声だと思うけど」

 常人には聞こえない声が二人の耳に届いた。

 何か良からぬ事が、要塞内で起ころうとしている。嫌な予感がする、そんな思いを抱いた二人は、異変を確かめるべく乱れた着衣を整えて部屋を出た。

 少し時間を遡るが、クリス達が将軍と一緒に夕食を楽しんでいた時、野営をしていた難民たちが騒ぎ始めた。

 騒ぎに気が付いた兵士達が壁の上から注視していると、数名の難民が門の前までやって来た。何か急を要する事態が発生したのか、兵士達の間に緊張が走る。

「大変申し訳ないのですが、急病人が出たので、どうか助けてもらえませんか」、門の前で子供を抱く女が叫んだ。

「なんだ、なんだ。どうしたんだ、何があった」と、門の上から新兵のサマリが女に聞いた。

「子供が熱を出して苦しんでいます。薬があれば、分けていただきたいのですが」

「たく、しょうがないな」と、薬を取りに行こうとした。

「ちょっと待て、安易に信用するのは危険だ。上官に確認してからにしろ」

 経験豊富なベテラン兵士のゴランが、軽率な行動を心配してサマリの肩を掴み彼を止めた。振り向いたサマリは、お人好しなのか警戒心が薄いのか制止するゴランの手を払った。

「そんな、相手は女と子供ですよ。それに同じくらいの子供を持つ身としては、放っておけません。薬を渡したら直ぐに戻りますので、心配しないでください」

 走って階段を降りて行く若者に困った顔をしたゴランは、何も起きなければ良いがと、不安な気持ちになった。

 ほどなくして、屈んで通り抜けられるくらいの幅で門が開いた。
 薬の入った袋を手にしたサマリが、女の方へ走って行く。

 薬を渡したら直ぐに戻ると話していたはずなのに、女と何か話をした後、そのまま女に連れられて難民が野営する方へ向かってしまった。

「あいつ、一体何を考えてるんだ。直ぐに戻ると言ってたのに、何処へ行くんだよ」、壁の上から見守っていたゴランは、新兵の行動に眉をひそめた。

 怪しい行動は見られなかったが、野営の中に入ったサマリの姿は暫く見えなくなった。

 彼の戻りが遅くなるようなら、上官に報告して一旦門をしめた方が良いかと、ゴランが最悪な状況に備えようとしていると、子供を抱く女と新たに別の女を引き連れた兵士が城の方へ走って来た。

「ふう、直ぐに戻って来たな。心配させやがって、帰ったら説教してやる」と、頭の中の考えを口にしたゴランに、周りで警備をしていた仲間達が笑った。

 サマリの取った行動は、平穏な町の中でなら何も問題の無い些細な事だった。

 熱を出した子供を助けるために、親切心から薬をあげる。ただそれだけの事だったのに。

 油断した彼等は、ここが戦場に一番近い場所だと言う事を忘れていた。

 親切心をも策略に利用されてしまうからこそ、むやみに壁の外に出ないように教えられていた彼らが犯した小さなミスは、想像以上に大きくなって跳ね返ってくる。
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