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「勇者様と呼べよ」
 勇者の後ろから少年が声を投げかける。
 型どおりの言葉だ。
 ところが、勇者の方は、自分の言葉を受け止めて、何かを考え始めた。
 他の村人とは違う。
 決められた原則通りの反応じゃないし、反応を停止した状態とも違う。
 少しの間待ってから、もう一度たずねてみた。
「あんたはどこから来て、どこへ行くんだ」

「俺は……」
 ふいに、勇者が声を上げた。
 苦しげな表情が顔に浮かんでいる。
 その先を言いよどんでいる。
 耐え切れずに問いを重ねた。
「僕はこれまで、数限りなく、あんたのような連中と、この村で、同じような道案内の会話をしてきた。そして、そのあとは、魔将を倒したと聞いて、こうやって集まり、騒いできた。ついさっき、そのことを思い出したんだ。これはどういうことだ」
 勇者はようやく重い口を開いた。
「俺は、こことは違う世界から来た」

 その言葉を発したとたんに、一行全員の動きが凍りついた。
 さっきの若者と同じだ。
「その世界では、こんな風に力を持っていなかった」
 自分の周りの人々が動かなくなったことに気づいているのかいないのか、勇者は言葉を続けた。
「毎日毎日、同じことの繰り返し。強い者にへつらい、弱い者をさげすんで、同じ程度の者どうしで怒りや苦しみをぶつけ合い、押しつけ合い続けてきた」
 黙っていると、さらに話は続いた。
「たぶん、あんたが繰り返し出会ってきたのは……」
 そうだった。そのことが聞きたい。
「俺と同じようにこの世界に来た人間だろう。そうだ……」
 さらに唇が動いて、何かを話そうとした。
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