【完結】やり直し聖女は裏切りの勇者の愛から逃げ切りたい

椿かもめ

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48.隠された狂気

「ええ、まあそうですね。勇者殿の仰ってることは間違っておりません。ですが失踪日に邂逅する予定だからと言って、失踪自体に関係しているとは……」

「いいえ。大変申し上げにくいのですが、殿下が関係していることは確実です」

 そう告げたテオドルスは自身の背後に置かれた大きな荷物を差し出した。それは金の装飾が施されている豪華な額縁だった。

「こちらの絵画をご覧ください」

 テオドルスが差し出したのは一枚の絵画だった。
 その中に描かれていたのは──。

「なぜ……貴殿がこの絵を…………」

 エミールの瞳が驚嘆に見開かれる。今度こそ本心からののもので、戦慄く唇は彼の動揺を映し出しているように見えた。

「この絵は先日の火事で燃えたはずで……」

「どうやらそうではなかったようですね。このはその火事で焼かれるのをうまく免れたようです」

 テオドルスは優雅に、そして強かに言い募る。それはまるで相手の息の根を止めんとするかのようだった。

「この絵画の作者は殿下、あなたですね」

 絵画の端に描かれたサイン。
 画家らしく崩れた字体ではあるが、ハッキリとエミール・ラルクヘイヤと記載されていた。そして同時にその絵画の描かれた日付も。

「描かれた日付は失踪よりも後ですね。これはどういうことか説明していただけますか」

「……以前、先代聖女を見かけたときのことを思い出しながら描いたのですよ」

 エミールのその言葉に私は反論を述べた。

「それはあり得ません! この絵画に描かれている先代聖女様のペンダント。以前見せていただいたことがありますが、とても複雑な形状をして、とてもじゃないですが数度見ただけでは描くことはできません」

 どうなのですか、と隣のテオドルスが尋ねる。
 質問を投げかけられた当人はというと、俯き押し黙ってしまった。

 自分が天才画家で一度見たものは忘れないと主張するならば理解できるかもしれない。けれどもしそれほどの腕があるのならば、ここ二十年数年のいずれかで話題に上がっていただろう。
 逆にそれほどの腕を持っていながら隠していたとなれば、それこそ何故だと問われるはずだ。なにせエミールといえば影が薄く、王太子に相応しいか疑問視され続けた国王の後継で。才能を出し惜しみする環境が許されている身分ではないからだった。

 護衛の1人がごくりと唾を飲み込む音が響く。この広間にいるすべての人から疑惑の目が向けられているが、エミールはそれでも押し黙ったままだった。

 そんな中、ひどく冷静──いや冷酷な瞳をしたテオドルスが一言告げる。

「殿下が生まれてからの歴代聖女はとても入れ替わりが激しいものでした。以前は聖女の代替わりといえば、三十年や四十年置きというのも当たり前で。けれど近頃はまるで誰かからの指示を受けたかのように、五年ごとに変わることを定められています。それは何故か」

 テオドルスは見たことがないほど冷めた表情をしていた。まるで親の仇を目の前にしているかのような、恨みの籠った眼だった。

 その瞳を見て、彼が何度も人生を繰り返して生きていることを思い出す。きっとその中で、エミールに対する怨恨が降り積もるがあったのだろう。
 そしてそのを彼は決して誰にも話さない。私たちの生きた場所とは異なるそれを知ってしまえば、きっとよくないことが起こると確信しているから。

 私に対して『やり直しをしている』と告白したことも、ある意味賭けだったのだろうと思う。

 テオドルスは一呼吸つき、広間にいるすべての人間の耳に届くよう、声を張り上げ糾弾した。

「それは殿下──エミールが歴代聖女を攫い、監禁し、私利私欲のために利用するためだ!」

 勇ましい声が部屋全体に反響する。空気が震え、窓ガラスがみしみしと音を立てた。

 誰もその場から動けなくなるほど、威圧感のある怒声だった。その声を聞けば、誰もがテオドルスを勇者だと認識するはずだ。それほどまでに雄々しく、壮烈な叫びだった。

 それを断ち切ったのは糾弾された本人──エミールだった。

「────だからなんだ。……っだからなんだというんだ! 王族がっ、王太子がっ、聖女とは言っても所詮は平民の女を自分のものにすることの何が悪いっ! 貴様たち平民が誰のおかげでそうやってのうのうと生きていられると思ってるっ! それはすべて王族のおかげだろう! 下民たちが何をぐちぐちとっ────」

「……っもういいっ!」

 狂乱し、ただ利己的な主張をするエミールを遮ったのは玉座に腰を据える国王だった。張り上げた声とは裏腹に、その表情は見るからに青褪めていた。国王は玉座の肘掛けを叩きつけ、エミールへ鋭い視線を寄越す。そして口を開こうとしたその瞬間。

「……うっ」

 王の口から漏れ出たのは──血液だった。
 口元を覆いふらつく国王に護衛たちは目を見開き、気を取られているようだった。私とテオドルスも予想外の出来事に呆然とその場に立ち尽くした。だがすぐ気を取り戻し、護衛も私たちも動き出す。

 しかし皆が一様に取り乱すその中で、1人だけ──まるでその事態を予想していたかのように口元に弧を浮かべている人物がいた。

「……っエミール、お前! 国王陛下をっ」

 テオドルスは理性を失ったように嗤い続けるエミールを押し倒す。そのまま両手を拘束して地面へと叩きつけた。混乱していた護衛らも続き、反逆の王太子を取り囲んでその自由を奪った。

 私も国王の元へ駆けつけ、常備している上級ポーションをその口元に含ませる。一体何を盛られたのか分からないが、大体の毒は打ち消せるはずだった。けれど国王の顔色は依然、血の気の失せたままで。

 エミールはまるで癇癪を起こした子供のように喚き散らして発狂する。

「……っ、聖女っ、聖女を寄越せっ。聖女はすべてっ、私のものだっ!」

「何を盛った! 言え!」

 護衛の1人が問い詰める。

「あははははは、馬鹿なやつらだっ! ポーションなんて効くわけないのにっ!」

 その言葉を耳にした瞬間、テオドルスは目を見開いた。そして拘束していたエミールの胸ぐらを掴み、怒鳴りつける。

「あの毒かっ! 体内に入ったら最期、確実に死に追いやる! ……っ、もう完成していたのか!」

「ひひひひひひ、知らないっ、知らないよっ、いひひひひ」
 
 エミールはこの結末を予想していたのか。
 だから事前に国王に毒を盛ったのだろうか。

 王太子だった男の狂った笑い声が広間に響き続ける。
 それはまるで勝負に負けた犬の悲しい遠吠えのようにも聞こえた。

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