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3話
しおりを挟む──もう全て終わりにしたい。
「ねえ、シーム。聞いてるのかい?」
頭上から聞こえた声にはっ、と顔を上げる。考え込んでいたことで気が付かなかったのだろう。いつのまにかエッカルトはそばに立っていた。
エッカルトはシームの腕を取り「こっちきて」告げる。かなりの握力にシームは顔を歪める。腕を走る痛みに小さく息を漏らした。
いつも穏やかな姿しか見たことがなかったが、その背中は苛立ちを感じさせるものだった。
強引に屋敷へと連れてこられたのは、昨日、浮気を目撃したあの寝室だった。
部屋に入った途端──突如エッカルトは振り返り、シームの華奢な肩を掴む。
「……強引に連れてきてしまったね。シームがあんな顔で言い淀んでるからさ、落ち着いたところの方がいいかなって思ったんだよ」
「……そうなんだ……」
「────で、どうしたのかい? そんな青ざめた顔をして」
先ほどの苛立ちを感じさせない穏やかな声色。シームはエッカルトに視線を送ることに耐えられず、俯きながら口を開く。
「……わ、別れよう……ぼ、僕、もうエッカルトのこと好きじゃなくなったんだ」
嘘だ。
「エッカルトと付き合えてすごく嬉しかったけど、やっぱり君と僕じゃ釣り合わないなって……」
本当は別れたくなんかない。
自分がこれ以上傷つきたくないから、すべてから逃げているのだと分かっている。
「エッカルトといられて本当に楽しかった。今までありがとう」
目の奥がツンと痛み、瞳に水の幕が張る。零れ落ちそうな涙を見られぬよう、顔を伏せ続けることしかできない。
しばらくの間、二人の間を沈黙が跨る。
だがそれを打ち切るように、頭上から聞こえてきたのは──まるで飽きれるような、馬鹿にするかのような「ふっ」という吐息だった。
シームが顔を上げる。
そして思わず呼吸を止めた。
エッカルトの表情が全て消え失せ──紫の瞳がじっと己を見下ろしていたからだった。
それまでエッカルトのそんな顔つきは見たことがなく。背筋が凍るほど冷たく、まるで身動きが取れなかった。
ひどく動揺したシームとは対照的に、エッカルトは恐ろしいほど落ち着いた口調で話しだした。
「言いたいことはそれだけ?」
「……っ」
「シーム、君は本当に──────俺を苛つかせるね」
見下ろす紫の瞳から目を離すことができない。それは深く、暗く、澱み、濁り──深淵を覗き込むかのようだった。
初めて彼に会った時とも同じ瞳をしていた。
シームは最初からわかっていた。柔和で穏やかな口調で話すエッカルトという男は表の顔でしかないということを。いつも仮面を被り、自らを偽り続けているのだと。
仮面を脱いだエッカルトを知ることも見たことがないまま月日は流れていった。
そして今も彼の中には闇が存在し続けている。
そしてそんな男にそんな瞳に──シームは魅了されたのだ。
エッカルトはシームの首を手のひらで包み込む。息苦しさはないが、自分が首を掴まれているいるということに気がつくのに数秒かかったのは、彼に目を奪われていたからだろう。
突如強引に引き寄せられ、体がふらりと傾く。エッカルトの体がクッションとなるものの、いきなりのことに理解が追いつかなかった。
「──ッ!!」
親指で喉仏を押さえつけられ、息苦しさに涙が滲む。そんなシームをエッカルトは見下ろしていた。先ほどと打って変わり、眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠すことなく、まるでシームを咎めるような声色で言葉を紡ぐ。
「──苦しい? 辛い? やめてほしい?」
息苦しさが押し寄せ、それから逃れようと無意識に強く唇を噛み締めた。
意識が完全に遠のく前に手が離される。
よろけて床に崩れ落ちそうになるシームの腰を支えたエッカルトはそのまま近くのバッドに押し倒した。呼吸を荒げるシームとは裏腹に、エッカルトは己の黒いズボンのポケットを探る。怒りの表情から一変し、楽しげに口元を緩めた。そして──。
「──俺は幸運かもしれない。偶然こんなの持ってるなんて」
手には謎の液体の入った小さなボトルがあった。首を絞められ判断力の落ちたシームはそんな様子を呆然とみていた。
そしてエッカルトはその瓶の中身を己の口元に含み。
「……っぅっ!!」
シームの顔に影が落ち、二人の唇が重なる。
口付けを自覚したシームは目を見開き息を止める。眼光鋭く己を見つめるエッカルトに動揺しすることしかできなかったが、突如生暖かい液体が口内に入り込みびくりと身体を揺らす。
無意識のうちに液体を飲み込み、息苦しさから逃れんと顔をかたむけようとした。しかし気がつけばエッカルトによって顔を固定されていた。
「…………っんん!」
突如口内に侵入してきた舌に驚き、シーツを握りしめる。口蓋をなぞられ、歯列をなぞられ、己の舌に絡みつくそれになす術もなく──ただひたすらに蹂躙され続けた。
浮気をされても首を絞められてもシームはエッカルトのことを愛している。けれど、なぜ自分にこんなことをするのか分からないという困惑の感情が大きく、強引なエッカルトから受け身にならざるを得なかった。
長い口付けが終わる頃には頭にモヤがかかり始めていた。突如ひどい睡魔が襲ってきて、シームはそれに身を委ねる他なかった。
唇から熱が遠のき、一抹の寂寥が胸を締め付ける。ぼんやりとした視界の奥でエッカルトの声が聞こえた。
「少しの間やすんでて。シームが嫌がっても────俺は絶対に逃さないから」
瞼を閉じ、意識を闇へと溶かす。
エッカルトは口元に笑みを浮かべながらシームの頭を撫で、丸い額に口付けを落とす。
深く重い執着が形を成し、すぐこそまで迫ってきていることをシームはまだ知る由もなかった。
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