23 / 48
23.キスの味
私は突然現れたロレンシオの存在に面くらい、ぽかんとした。
「どうした? お前、俺の名前呼んでたじゃないか。何か用事でもあったのか?」
「……えーっと、別にそういうわけではないんですけど」
気づけば名前を呼んでいたなんて恥ずかしくていうことができない私は目線を外して口を尖らせる。
なんとも言えない面持ちで眉を上げたロレンシオは私の隣に並んで星を見上げる。
その顔はどこか疲れているように感じ、私は思わず盗み見ていた。
「……なんだ? 人の顔を盗み見て。今日のお前はなんだかよくわからないな。いつもはこれでもかってくらい分かりやすいのに」
「そ、そうですかね? ……いやー、ロレンシオ。どこか疲れているように見えて……」
「まあな。……俺は元々舞踏会とか社交界とか好きじゃないんだ。謀略ばかりの知恵比べ、そんな貴族は好きじゃない。剣を振っている方が100倍マシだ」
そう言って眉間を揉む。
ふわりと吹いた風が月光に照らされたロレンシオの金髪を靡かせ、思わず私は見惚れてしまった。彼はこんなときでさえ、美しい。
「ろ、ロレンシオ様はたしかにあんまり好きじゃなさそうですよね。私はこういうの経験したことがなかったので、すごく興味深かったです!」
「そうか。楽しめたのなら良かった」
白い歯を見せて顔を綻ばせるロレンシオは初対面のときに比べてずっと優しい表情を向けてくれていた。
何故だか胸がぎゅっと痛くなり、私は胸元で両手を結ぶ。顔を上げていることが出来なくなり俯いた私にロレンシオは声をかける。
「……どうした? 腹でも壊したか?」
「…………っ、」
声が出なかった。
そのかわり眦から涙がこぼれ落ちる。
理由もなく泣いてしまうなんておかしいと自分で思いながらも、勝手に流れる涙を止めることはできなかった。
ロレンシオは突然泣き出したことに瞠目し、私の顔を覗き込んでくる。
「……ど、どうした…………」
慰め方が分からないのか手を彷徨わせる、おろおろする姿は滑稽ですらあった。それでも自分のことを心配してくれることに嬉々たる気持ちを覚える。そんなことを喜ぶ私は性格が悪いのかもしれない。
私は唇を軽く噛み、己の心を全て吐き出さんと言葉にする。
「分かんないんです。でも、なんでか涙が止まらなくなって。……ロレンシオ様とアデリーナ様の並んでる姿を見るたびに私とは違う世界の人なんだなって苦しくって仕方がないんです。こんなのおかしいですよね。……だって、私、幽霊なのに」
「…………っ」
一息に思っていたことを吐き出すと少しだけスッキリした気持ちになった。
一方のロレンシオはなんとも言えない面持ちでどうしてだか頭を片手で支えるようにして苦悶の表情を浮かべている。
金色の髪の隙間から見える耳は暗がりの中でも赤く染まっているのが微かにわかるほどで。
私はそれを疑問に思いながらも続けて口を開いた。
「ロレンシオ様はあの綺麗なアデリーナ様と結婚するつもりなんですよね……すごくお似合いでした……憎らしいほど」
二人が踊る場面を思い出すとどこか腹が立ってきた私は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
我ながら子供っぽいとは思う。まるで両親が二人で出かけてしまい、それを拗ねてある子供みたいだ。
ロレンシオはまだ口を開かなかった。
先ほどよりも顔全体が火照っているようにも見えるが、暗いせいかはっきりとは分からない。
私はロレンシオにどうしたのかと尋ねようと顔を彼に向けようとした。──そのとき。
「…………っ、んっ!」
突如、ロレンシオの顔が接近し、唇が重なった。柔らかくて温かいはじめての感触に至近距離のロレンシオを呆然と見やる。
あまりのことに目を閉じる時間もなかった。
私、ロレンシオ様にキスをされている。
そう自覚した途端、血が沸騰したかのように全身が熱くなり、顔に血が上った。おそらく今の私はりんごのように真っ赤に染まっているに違いない。
しばらくして唇が離れると、私は夢に浮かされたようにロレンシオの碧眼を見つめた。
凝視されていることに照れを覚えたのか、ロレンシオはさらに目線を背けた。
「……悪かった。泣いてる女を泣き止ませる方法なんてこれ以外分からなかった」
「……ロレンシオ様は泣いてる女性なら誰彼構わずキスをするんですか……」
「ちがっ、そ、そんなわけないだろっ。そ、それはお前、だからで……」
後半は小声になってよく聞き取れなかったが、否定の言葉を耳にして安堵を覚える。
あの堅物生真面目ロレンシオが、キス魔だったら私は一生寝込んでしまうに違いない。
気が抜けたのか、涙は止まっていた。
冷えた指先とは裏腹に心の中は温かい。
「……ねぇ、ロレンシオ様。キス、もう一回しませんか?」
「………っ、そ、れは」
「お願いします。キスしてください」
私はロレンシオの返事を聞く前に彼の腕に飛び込み、唇を重ねる。
身長差で首が痛かったが、そんなことは気にならなかった。
声にならない声を上げたロレンシオだったが、気づけば私の腰に手を回し、強く唇を押し付けてくる。
私たちは互いの唇の熱に溺れた。
その様子を誰が見ていることを知ることなく──。
あなたにおすすめの小説
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
仮面王の花嫁
松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。
しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。
初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日
クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。
いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった……
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新が不定期ですが、よろしくお願いします。
片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた
来栖 蘭
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。
高校生くらいから何十回も告白した。
全て「好きなの」
「ごめん、断る」
その繰り返しだった。
だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。
紛らわしいと思う。
彼に好きな人がいるわけではない。
まだそれなら諦めがつく。
彼はカイル=クレシア23歳
イケメンでモテる。
私はアリア=ナターシャ20歳
普通で人には可愛い方だと言われた。
そんなある日
私が20歳になった時だった。
両親が見合い話を持ってきた。
最後の告白をしようと思った。
ダメなら見合いをすると言った。
その見合い相手に溺愛される。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。