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策士貴族の驚愕
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王城にレオの死亡の報告に赴くと、我が友人ゼルダ・ハルメア・ランゼリアに思いきり殴られた。ゼルダは泣いていなかったが、激しく怒り狂っていた。私の首を引っ付かんでがくがく揺さぶり様々なことを叫び散らかし、陛下の命令で摘まみ出された。「なぜ私にレオの件を知らせなかった」「私ならば助けられたものを」「お前がレオを殺したのだ」云々。
陛下は頭が痛そうな顔で、弟の醜態を見送った。
「……あれが、そなたの息子を二人も奪ったことになるのだな」
「いえ、陛下。お悔やみになる必要はございません。ただ、私の管理不足があっただけでございます」
襟を直して一礼する。ゼルダが大層傲慢で、しかも都合のいい思考回路をしているのは長年の付き合いだから知っていた。それでも友人「だった」。……もう、悪友だとか親友だとかの昔の関係に戻ることは、二度とないだろう。
「長男の死の半年後、後継にすえた途端に次男は命を奪われました。……しばらく猶予を頂きたく」
「……そなたから言い出すとは思っていなかったのだがな」
「大事な問題でございましょう。これから神皇国は荒れます。ルスツ王国ともやっと締結できた協定があります。これ以上私事で余所見をする暇はありません」
「……かように冷酷な男だったのか、そなたは。そなたの跡継ぎが死したというのに」
「で、あれば。葬儀の前後に長期の休暇を頂きたく思います。一ヶ月ほど」
レオは生前かなり鋭かったが、余計なそぶりを見せなければいいだけだ。陛下やゼルダにはなおさら。これまで長い付き合いのこの方たちに腹の裡を見破られたことはない。
冷酷、冷血。今さらだ。守るもののためならば修羅になる。
温厚な見かけに騙されてる人間の多さが、私の地位を押し上げてくれていることは、感謝するべきだろう。お陰で今、ある程度の自由を持っているのだから。
優秀で人望に富み、期待に応える義務感もあればお忍びに節度を持って遊び回るような奔放な一面をもっていた自慢の長男は、神皇国が陰からルスツ王国を支援して我が国と争わせている間に、「王弟のお気に入り」で「筆頭貴族家次期当主」だったゆえに殺された。その謀略には、長男の才と我が家の繁栄を妬んだ売国奴も関わっていた。神皇国も特別に彼らの雇った兵を用いて追い詰めた。……当時の私は、愚かにも、神皇国の疑いつつも確証を得られないまま、息子を死地に送っていたのだ。
長男の死の真相を突き止め、神皇国の関与を洗い出し、長男が友人と教えてくれた青年と偶然出会い、策を練り――次男を餌にした。復讐のために。
もう失いたくないがために、次男を失う道を選んだ。
レオの葬儀は、かつて彼を住まわせていた地方の屋敷で執り行った。対外的には囚われていた城が焼け落ちたのに巻き込まれての焼死で、子どものものと思われる小さな焼死体のそばに遺品を見つけた形だった。もちろん関与を示す神皇国の証拠も見つかるように置いてきた。
二月前に次期当主としてレオナール・ディオのお披露目をしたばかりで、この葬式だ。空いた席を狙う若者やそれをつれた親、私を気遣って見舞いに来てくれた友人たちに見守られる祭壇の上の棺。炭と遺品が入っているだけ。
どこもかしこも、誰も彼も空っぽだ。笑いが込み上げてくる。
誰もが、本当の意味でレオの死を悼んではいないのに。私でさえも。
次期当主の葬儀はしめやかに行われた。棺の段に花を手向ける時は全員同じように痛ましく棺を見下ろしているので、ますます笑えた。可哀想に、まだ若いのに――それでいて、この私にさりげなく後継者について尋ねてくるのだから。
屋敷の裏手に、既に棺のための穴を掘ってもらっている。そこへ運び出そうと男手が集まり始めた頃だった。
ふと、初めて次男が喋ったときのことを思い出した。
リオがでろでろにとろけた顔でレオをあやし、亡き最愛の妻の子守唄に兄弟で眠りこけていたことも。
近所の貴族家の男とたまたま出会ったときに初めて嘔吐し、その弱さを知った。しばらく庭で一人で遊びながら己の弱さを疎んでいるのを、リオと共にはらはら見つめていたこと。宰相位を継いで忙しくなり会えなくなると、都の本邸まで習い始めた下手くそな字で書かれた体を労るようにという手紙をもらったこと。
リオが死んだ報を受けて唖然としていたことや、アルフ殿に出会い頭に失礼をやらかし簡単に反撃されたこと、活発に剣を振り回し始めたこと、ことあるごとに反抗期満面に睨んでくること……。
愛していたよ、レオ。私が死ぬまでお別れだ。
「――これはこれは、皆さまお揃いで」
かつん、と小気味いい靴音が、広い講堂に響き渡った。
その地点から、その音から、しぃんと静寂が広がっていく。覆い尽くしてゆく。真っ白に。献花のような純白に。
何色かに、染められる時を待つように。
「我が家にお集まり頂いているところ恐縮なのですが、何をなさっているのかお伺いしてもよろしいでしょうか」
立ち上がり、棺に寄り集まろうとしていた男たちが、まるで見てはいけないものを見たように呆然と後ずさっていく。
その中を突き抜け、靴音はますます私をめがけて響き来る。ためらいなく、淀みなく。一直線に、恐れなど知らず、間違ったと知っても潔く己を折る柔軟さが、強さの糧となり轍を刻む。
妻譲りのその赤い瞳など、永遠に見れなくなってもいいと思っていたのに。
「このレオナール・ディオ、地獄より這い上がって参りました」
もう、私とその者の間に遮るものなどなかった。たった一人。私と一番近しい血縁の者は今や背後の棺の中だというのに。
――なぜ、ここに来たのだレオ。
「父上、あなたの息子はまだ、ここに」
陛下は頭が痛そうな顔で、弟の醜態を見送った。
「……あれが、そなたの息子を二人も奪ったことになるのだな」
「いえ、陛下。お悔やみになる必要はございません。ただ、私の管理不足があっただけでございます」
襟を直して一礼する。ゼルダが大層傲慢で、しかも都合のいい思考回路をしているのは長年の付き合いだから知っていた。それでも友人「だった」。……もう、悪友だとか親友だとかの昔の関係に戻ることは、二度とないだろう。
「長男の死の半年後、後継にすえた途端に次男は命を奪われました。……しばらく猶予を頂きたく」
「……そなたから言い出すとは思っていなかったのだがな」
「大事な問題でございましょう。これから神皇国は荒れます。ルスツ王国ともやっと締結できた協定があります。これ以上私事で余所見をする暇はありません」
「……かように冷酷な男だったのか、そなたは。そなたの跡継ぎが死したというのに」
「で、あれば。葬儀の前後に長期の休暇を頂きたく思います。一ヶ月ほど」
レオは生前かなり鋭かったが、余計なそぶりを見せなければいいだけだ。陛下やゼルダにはなおさら。これまで長い付き合いのこの方たちに腹の裡を見破られたことはない。
冷酷、冷血。今さらだ。守るもののためならば修羅になる。
温厚な見かけに騙されてる人間の多さが、私の地位を押し上げてくれていることは、感謝するべきだろう。お陰で今、ある程度の自由を持っているのだから。
優秀で人望に富み、期待に応える義務感もあればお忍びに節度を持って遊び回るような奔放な一面をもっていた自慢の長男は、神皇国が陰からルスツ王国を支援して我が国と争わせている間に、「王弟のお気に入り」で「筆頭貴族家次期当主」だったゆえに殺された。その謀略には、長男の才と我が家の繁栄を妬んだ売国奴も関わっていた。神皇国も特別に彼らの雇った兵を用いて追い詰めた。……当時の私は、愚かにも、神皇国の疑いつつも確証を得られないまま、息子を死地に送っていたのだ。
長男の死の真相を突き止め、神皇国の関与を洗い出し、長男が友人と教えてくれた青年と偶然出会い、策を練り――次男を餌にした。復讐のために。
もう失いたくないがために、次男を失う道を選んだ。
レオの葬儀は、かつて彼を住まわせていた地方の屋敷で執り行った。対外的には囚われていた城が焼け落ちたのに巻き込まれての焼死で、子どものものと思われる小さな焼死体のそばに遺品を見つけた形だった。もちろん関与を示す神皇国の証拠も見つかるように置いてきた。
二月前に次期当主としてレオナール・ディオのお披露目をしたばかりで、この葬式だ。空いた席を狙う若者やそれをつれた親、私を気遣って見舞いに来てくれた友人たちに見守られる祭壇の上の棺。炭と遺品が入っているだけ。
どこもかしこも、誰も彼も空っぽだ。笑いが込み上げてくる。
誰もが、本当の意味でレオの死を悼んではいないのに。私でさえも。
次期当主の葬儀はしめやかに行われた。棺の段に花を手向ける時は全員同じように痛ましく棺を見下ろしているので、ますます笑えた。可哀想に、まだ若いのに――それでいて、この私にさりげなく後継者について尋ねてくるのだから。
屋敷の裏手に、既に棺のための穴を掘ってもらっている。そこへ運び出そうと男手が集まり始めた頃だった。
ふと、初めて次男が喋ったときのことを思い出した。
リオがでろでろにとろけた顔でレオをあやし、亡き最愛の妻の子守唄に兄弟で眠りこけていたことも。
近所の貴族家の男とたまたま出会ったときに初めて嘔吐し、その弱さを知った。しばらく庭で一人で遊びながら己の弱さを疎んでいるのを、リオと共にはらはら見つめていたこと。宰相位を継いで忙しくなり会えなくなると、都の本邸まで習い始めた下手くそな字で書かれた体を労るようにという手紙をもらったこと。
リオが死んだ報を受けて唖然としていたことや、アルフ殿に出会い頭に失礼をやらかし簡単に反撃されたこと、活発に剣を振り回し始めたこと、ことあるごとに反抗期満面に睨んでくること……。
愛していたよ、レオ。私が死ぬまでお別れだ。
「――これはこれは、皆さまお揃いで」
かつん、と小気味いい靴音が、広い講堂に響き渡った。
その地点から、その音から、しぃんと静寂が広がっていく。覆い尽くしてゆく。真っ白に。献花のような純白に。
何色かに、染められる時を待つように。
「我が家にお集まり頂いているところ恐縮なのですが、何をなさっているのかお伺いしてもよろしいでしょうか」
立ち上がり、棺に寄り集まろうとしていた男たちが、まるで見てはいけないものを見たように呆然と後ずさっていく。
その中を突き抜け、靴音はますます私をめがけて響き来る。ためらいなく、淀みなく。一直線に、恐れなど知らず、間違ったと知っても潔く己を折る柔軟さが、強さの糧となり轍を刻む。
妻譲りのその赤い瞳など、永遠に見れなくなってもいいと思っていたのに。
「このレオナール・ディオ、地獄より這い上がって参りました」
もう、私とその者の間に遮るものなどなかった。たった一人。私と一番近しい血縁の者は今や背後の棺の中だというのに。
――なぜ、ここに来たのだレオ。
「父上、あなたの息子はまだ、ここに」
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