どーでもいいからさっさと勘当して

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ごめんなさい

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 三兄妹は揃って目を丸くした。
 対してドルフとハルトはさも当然のような顔をしている。

「え、その、お立ちください!」

 我に返ったヒルダが慌てて声をかけても、ジュストは――王国随一の権勢を誇る公爵家の嫡男は、跪いて頭を下げたまま「いいや」と言った。

「昨日は妙齢の婦女子に対して男として最低の暴言を吐いてしまった。私は騎士ではないので剣を折ることもできず、嫡男は下りても研究は人生そのものでなくなれば死ぬので、他にあなたの前で私ができることはないのだ」
「もう充分ですから!」
「ルフマンがあなたにしでかしたことも原因は私だった。誠に申し訳ない」

 ピキンとヒルダは固まった。今もまだ顔を見たくないし実際に顔を合わせていない少年の顔が脳裏を走る。ばっとドルフを振り返ると、般若もかくやという表情で重々しく頷いていた。
 つまり、ルフマンのあの暴挙は、ジュストの入れ知恵だったと。
 さあお好きに料理してくれとばかりに、ジュストはヒルダの顔を下から伺っている。

「……そ、それは……ジュスト・バルメルクさまは、まさか普段からあのようなことを……」
「違う」

 まさかの色魔疑惑。ぎょっとするジュストだが、ヒルダは疑わしげだ。こっそり半歩後ずさっている。

「胸を張って言うが、私の女性関係は真っ白だぞ。ルフマンに教えたのはただの事例だ、事例」
「……本当ですか?」

 ヒルダの視線を受け、ドルフとハルトが神妙に答えた。

「心底胸を張らないでほしいと思っているが、その通りだ」
「ジュストさまは研究がなによりも第一でして……私の言葉にどれほど信憑性があるかはわかりませんが、一応、保証します」
「お二人がおっしゃるなら……」
「わかってくれたか」
「はい。それで、改めて昨日のことなんですが」

 ヒルダも頭の高さを揃えるために膝をついた。スカートなので両膝を揃えて目線を合わせると、ジュストの驚いた目とかち合った。

「あたしも、失礼な態度だったと反省しています。ライゼン先生も。お気遣い頂けたのに、そのあとにご迷惑をおかけしました。ドルフさま、昨夜は無断で外泊してしまったこと、申し訳ありませんでした」
「そんな、ヒルディアお嬢さま!」
「……ヒルディア嬢、アホ息子はまだそこに置いておいて、立ちなさい。私たちは怒っていないよ」

 ドルフはヒルダの背後で見守る体勢の兄妹をちらりと見て、ため息をつきながらヒルダへ手を差し伸べた。恐る恐る載っかった手をやんわりと握って上に引くと、ヒルダはゆっくりと立ち上がった。

「あなたの元婚約者と出会したんだってね。婚約解消の経緯について、改めて聞いてもいいかな。未練は?」
「全くありません。経緯にしてみても、あの人の署名入りの書面に最後に私が書き込んだ、というそれだけです。偽著の判別はできませんでした。あの人の筆跡の証拠となるものを、あたしは持っていませんでしたので」

 ヒルダは昨日できなかった分、今だけは毅然としてドルフに向き合った。長年受けてきた傷を、生傷のままにしたのはヒルダ自身だった。痛むかどうかはヒルダの心次第。なら、もう、痛くないと声高に言うしかないではないか。癒えている。前に進んでいる。あなたたちのお陰で、と。

「あたしは、あたしの手で不毛な関係を終わらせました。相手がなんと言おうと、そのことに間違いはないのです」
「……そうか」

 ヒルダの心境の変化に勘づいたのか、ドルフは言葉を噛み砕くようにゆっくり頷き、ぎらんと瞳を閃かせた。

「あなたがけじめをつけたと言うのなら、あとは後援者である私のけじめだね?」
「えっ、あ……はい、そう、なりますね」
「ちなみに今ここで養子縁組しないかい?」
「それは遠慮します」

 突拍子もない発言に目を白黒させながらもきっぱり答えると、残念そうな顔になった。それをジュストが意外そうに見ている。正確には、この世の滅亡を目にしたような表情をしている。

「父にこんな顔をさせるとは、あなたは想像以上に豪傑なのだな」
「豪傑?」
「お前は二度と口を開くな」
「ご子息の言葉選びのセンスは独特ですね、公爵」
「ジュストさま、女性にその言葉は普通褒めていません。褒めているのはわかりますが」

 ジュストは居合わせた男性全てにダメ出しされたがめげなかった。さすが父親にも後継ぎ問題で真っ向から喧嘩を売る神経の太さだ。だが、ドルフとしては息子の余計な失点をヒルダに晒したい趣味はない。

「アホ息子はもういい。ヒルディア嬢、この目であなたの安全が確認できたので、一旦私とアホ息子はこの席を辞させてもらうよ」
「あたしのためにお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いいんだ。気にするのなら、今日の晩餐は一緒に」
「……平服でもよろしいのですか?」

 公爵家内を既に庶民の服で闊歩しているヒルダだが、それはその格好で許される範囲内のことしかしていないからだ。公爵と共にテーブルにつき、その身分にふさわしい料理が並べられるのならば、当然ふさわしい装いとマナーが求められる。公爵家の正餐に招かれたとなれば、ドレスアップが前提として、装飾品には貴金属に宝石、髪から爪の先までも手入れをしなくては招待主に失礼になる。夜会という多数の者が大きく門を開けて招かれるものとは意味合いが大きく異なるので、求められる緊張感は桁違いだ。
 ドルフのことだから、身支度の用意はドルフ側で手配だろうからそれは心配ない。気になるのは、直接に外堀を埋めにきていることだ。なぜヒルダを養子に望んでくれているのか、常々ヒルダは疑問に思っている。が、警戒したヒルダとその背後でじわりと剣呑に目を細めた至宝たちに、ドルフは肩をすくめた。

「平服がふさわしい晩餐になるのさ。ヒルディア嬢は我が家の茶会にも何度か出席しただろう、あれと同じと考えていい」

 それぞれの専門用語が共通語のように飛び交う、名だたる研究者たちの定期交流会――確かに公爵家の茶会にしては華やかさの欠片もないし、なんだったら優雅さもないと、王立学園の研修生として顔を出したヒルダは知っている。時々思考に没入した研究者たちがぶつぶつと経文を唱えているような有り様で、事情を知らない者が見れば黒魔術でもやっているのかと勘違いされそうな光景がそこここに現れる。

「お茶会と正餐がご一緒なのですか?」
「もちろん普段は違うが、そこのアホ息子が、外ならばともかく、うちでドレスコードを守れると思わない方がいい」
「社交はせめて頑張りますが、わざわざ自宅でまで堅苦しくする必要はないでしょう」
「と、こういうわけでね。アホ息子が帰ってきたときは時々緩くしているんだ。ハルト君や他の使用人も席に混じるから、本当に気にしなくていい」
「はあ……」

 これはずいぶん奇特な公爵家なのではないかと今さらながらに思った。比較対象がないので何とも言えないが、少なくともスートライト侯爵家とは全然違う。これがドルフの性格なのか、元々の家風なのか。

「さて、これまで話に置いておいて悪かったね、セシル殿、アデライト嬢」
「いいえ、今日の私たちはヒルダの付き添いというだけなので」
「姉さまのことも私たちのことも、公爵さまには以前からお世話になっておりますから」

 セシルはともかく、アデルの言葉は、ドルフを準身内と見なしているゆえだ。ヒルダとセシルそうと気づいたし、ドルフも「それはよかった」とにこりと微笑んだ。

「いずれ、あなた方を我が家の晩餐に招待しよう。もちろん正式なものだ。今日のところは夕方までで我慢してもらうが。――ハルト君」
「はい。僭越ながら、ドルフさまとジュストさまに代わり、私がお相手させていただきます」
「テラスかこの部屋か選べるから、好きになさい」

 ドルフはそう言い置くと、ジュストを連れて、あっさり部屋を出ていった。兄上とアデルをいい意味でお客さま扱いしていない様子に、さすがだなとヒルダは思った。距離の取り方がうまい。

「……さて、では昨日のことも含めて全て仕切り直させてもらいますね」

 柔らかい咳払いのあと、ハルトはそう言って兄妹を見て微笑んだ。
 貴族を前に物怖じしない、包容力と知性に磨かれた穏やかながら強い芯を感じさせる表情は、あの「ライゼン先生」のものだった。

「セシルさま、ヒルディアお嬢さまはお久しぶりです。アデライトお嬢さまは……赤ん坊の頃だったので覚えていらっしゃらないでしょうから、初めまして、でよろしいですか?」
「お久しぶりです、ライゼン先生」
「公爵からヒルダ伝に聞いていましたが、こうして直にご壮健なご様子を拝見できて嬉しいです、先生」
「私、覚えていませんでしたが、兄さまと姉さまに聞きました。初めまして、ライゼン先生!」

 ハルトは目を丸くして、くしゃりと表情を笑ませた。
 ヒルダの領地における立場はもう知っている。昨日の家出だって、追い詰めたのはジュストだが、きっかけはハルトの存在だろうとわかっていた。それなのに。

 (ライゼン先生かあ……)

 いくらでも詰られる覚悟はできていたのに、これは反則だ。
 でも、それでこそとも思うのだ。ハルトのたった二人……いや、三人の教え子。未熟で、不安定で、大人の思惑に翻弄されていくばかりだったあの三人がこうしてまっすぐに立ち、目の前に肩を並べていることを、ハルトは誰よりも嬉しく、いとおしく思った。
 誇らしく思う資格はない。ハルトの最低限の線引きだ。

「教師冥利につきますね。もう教師ではないですが」

 湿っぽさを吹き飛ばすためのジョークは、口にした直後に笑えないやつだと気づいた。
 案の定、素直に表情をひきつらせた三人に、ハルトはごまかすように苦笑した。














 廊下に出たバルメルク父子は、向かう方向が同じなのでなんとなく肩を並べて歩き始めた。

「父上、ずいぶんまだるっこしいことをしておりますな」
「なんの話だ」
「心当たりはおありでしょうに。それほどあの娘は難敵ですか」
「敵ではないし、お前も一晩でずいぶんと物分かりがよくなったものだな」
「陥落させようとしているのに、父上ともあろう人がまさか真っ向勝負にこだわるとは。確かに絶氷が側にいる以上、下手な搦め手は悪手にしかならないだろうが……」
「お前は先に、ルフマンがせっかく作っておいた報告書を全て読んでおけ」
「おや、まだ半分しか目を通せていないとお分かりに」
「でなければそんな発言などできはしない」
「それはそれは。続きを楽しく読めそうです」

 父との会話でも、好きな部分だけ聞いて他を飄々と聞き流すジュストであった。ドルフは常々、なぜこんな風に育ってしまったのかと思っている。時には苛つくし頭が痛くなるし、ため息をつきたくなる。今回はため息が出た。
 ジュストが今さら、ヒルダ個人にやっと興味を抱いたことがわかったためだ。これまではハルト関係で認識していたのが、考え直したらしい。

「父上、厄介だと言いたげなお顔はやめていただきたい」
「自覚をしているようで何よりだ。彼女はハルト君やルフマンとは違う。好きに振り回してくれるなよ」
「簡単に振り回されてくれない連中を例に挙げた時点で、多少は諦めていらっしゃいますね。まあ、ご安心を。未来の義妹に無体な真似はいたしません」
「昨日の己を振り返ってから胸を張れ」
「あれはもう反省しましたし」

 角を曲がったところで、隠れるように立っていたルフマンの頭を、ジュストがぽんと叩いた。ルフマンは、ヒルダたちのいる部屋の扉をちらりと見て、とことこと二人の後をついてきた。

「ドルフさま、ヒルダさんは……」
「目が少し腫れていたが、その程度だ。元気そうだったよ」

 昨日、ヒルダが失踪したと聞いたルフマンの気の動転っぷりと言ったらなかった。大人ぶる余裕もなく、捜索に騎士を手配するユーゼフの側をずっとうろちょろして、邪魔だからとジュストのところに預けられたのだ。それが、今日無事に帰って来たと聞いて、いても立ってもいられずここまで駆けつけたわけだ。
 しかし、ヒルダの前に姿を見せないというドルフの命令はいまだ有効で、ルフマンも禁を破るつもりはないようだった。

「よかったです」

 ほっと息をつく様子が健気に見えてしまったドルフはそっと視線を逸らした。長く保護者をしていて腹黒いあれこれをよく知っているはずなのに、それをたやすく凌駕する「普通の子ども」らしさだった。

「……確かにこれは、考え直さなくてはなりませんな」

 ルフマンの頭を再び撫でながらジュストがぼそっと言ったのは、ドルフと同じ心境からだろう。容赦なく子どもの扱いをするユーゼフやジュスト相手でも、まるっきり子どもの振る舞いをしないのがルフマンだった。それが、自身が謹慎をする羽目になった原因のヒルダに対してはどうだ。

「そういえば、領地では一時期大輪と不仲だったと報告書にありましたが。同時期、絶氷とも疎遠だったと」
「……まあ、結果は見た通りだ」
「……だとすれば天性のものか」

 ジュストは喉の奥で唸った。
 ヒルディア・スートライト。噂は平凡、公に功績として残したものはない。しかし「化け物」の琴線にはそっと触れて揺らしていく。しばし離れたところで忘れられぬほど、更に追い求めるほどに、存在を心に残す。魔性とも呼べるような代物だ。
 ドルフがヒルダの才を認めながら強引に囲い込もうとしないのは、できないからだと、ジュストは今になって気づいた。

(幼い頃に王妃と面識があったと書いてあったが、まさか王妃もその一員か?)

 幼少から王都に来るまでのざっくりした記録の中にあえて差し込まれていたのでなぜかと思っていたが。よもやついでに国王や王太子まで引っ張り出してくるわけではなかろうな。
 続きを読めばその答えも記されているだろうと思えば、俄然読む気が増した。

「ルフマン、今夜はいつもの無礼講だ。彼女も参加する。気をつけるんだよ」
「はい。でもドルフさま、こっそり見るだけならいいですか?」
「……うん、いいよ。うん。彼女に気づかれないならね」

 それにしても健気だ。バルメルク父子の内心が再び一致した。誰だコイツとまでは思わないが、ずいぶんと可愛くなったものである。

(……ふむ、晩餐会までに報告書を読んでから、打診してみようか)

「ジュスト」
「まだなにも申し上げていません」
「まだと言うことはやはりか」
「さすが父上、息子の性格をご理解頂けているようで、大変嬉しく思います」
「私は全く嬉しくない」
「結局はあの娘次第ですよ」

 一周回って面白くなってきていたジュストは、父親とルフマンの疑わしげな顔ににっこりと笑い返してみせた。

「いつにも増して楽しい休暇になりそうです」
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