少年の行く先は

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第一部

4-1

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 南の比較的治安が悪い部分を担当する治安維持機関ティリベルの警備部第二大隊、その隊長であるマークス・ボードウィンは、この日も頭をかきむしった。

「……一体何なんだ!!」

 目の前に置かれるのは簡単な報告書。しかし中身は異常の一言に尽きた。これを持ってきた副隊長のベルン・アルシエラも、上司の絶叫に全面的に同意だった。
「これで五回目ですね……」
「人数は累算三十人――そいつら締め上げてさらに取っ捕まえたから、もっといるな」
 ここ一週間の記録を二人で思い浮かべながら、揃ってげんなりとした。彼らの率いる第二大隊は警備部でもかなりの精鋭揃いだ。廃墟街を中心にならず者たちのたむろする区域を預かっており、頻繁に出動を重ねていれば嫌でも実力がつくというものだった。その点で危険が多いため、新人は第二大隊には配属されないようになっている。
 特にここ数ヶ月は南からの流入が多く、実戦の機会は豊富にあった。彼らは他隊と連携しながら、見事にそれら全てを捌いてみせたのである。そんなわけで、対悪党について専門家とも呼べる彼らは自隊に並々ならぬ誇りを持っているが、最近、それが脅かされる事態が発生していた。

 市民からの通報が事の起こりであった。
 一週間前からほぼ毎日、夜中のうちに、何者かにならず者たちが捕らえられていたのである。揃って後頭部や首にこぶや痣をこしらえた他は、ろくな生傷もない異様な姿で。彼らは王都で悪事を働けるくらいには腕に覚えがある連中であり、ましてや一度に発見されるのは一人や二人ではきかない人数だ。
 第二大隊の人間は、「犯人」は相当な手練れだと見ている。彼らを留置所へ放り込むついでに聴取を行ったところ、揃って「眼帯の槍使いの男」としか言わず、愕然としてもいた。たまには訳がわからないまま激痛を覚え気絶し、お縄になった者もいる。的確に急所のみを狙い、大人数をほぼ一瞬で倒していく――第二大隊の精鋭たちもさすがにそこまでできる人間はいない。
 できるとすれば、近衛騎士たちやたぐいまれな剣の腕を持つティリベル副長官のような者だが、そんな人間は当然限られる。
「それで、今回も目撃証言は同じか?」
「ええ。……あ、黒髪って新しく一致したものが得られましたけど」
「……セフィアさまは違うだろ、さすがに。眼帯なんでつけるんだよ」
「わかってますよ。しかし、みな納得できるくらいの実力がありますからねぇ……。本人から否定してもらったらいかがですか?」
 ベルンの進言に、マークスは分かりやすく顔をしかめた。ティリベル内には若き平民の副長官に好意的な者と、反発する者がいる。しかし主に部下には慕われている青年だった。かつて異例の女性官吏の副長官着任もかなりの波紋を呼んだが、それにも負けず劣らず彼も辣腕をふるい、特にここ数ヶ月はたった一人で長官を補佐する以上に即位式をはじめとしてティリベルの巨大な業務をこなしてみせた。
 マークスもベルンも、その腕前を改めて評価していた。なので顔をしかめたのは侮っているからではない。むしろ逆だった。
「身内の恥を上司にさらしてどうするんだ」
「ですよねぇ……。でも、はっきりさせておかないと、うちの猪たちが勝手に夜警に出張っていきそうなんですよね、というか宣言されました」
「おいこら何やってんだあいつら」

 ちなみに第二大隊は精鋭が集っているが、総じて脳筋でもある。新人がいないということは、他隊からの引き抜きによって人員を確保しているのと同義だが、腕前で選ぶとこう偏ってしまったのだった。猪突猛進、後先考えない連中ばかりで、当然始末書の数が多く、尻拭いする法務機関ルーリィには一番嫌われている部署だし、たまに他隊から「問題児の集団」だと揶揄られたりしている。隊長のマークスも副隊長のベルンも否定できないところが辛い。何より悲しいのは、どうやっても改善の余地がない部分だ。反省をしないのである。
「間違えて歓楽街に行ってみろ。文句食らうだけだろ。下手したら心証最悪になるぞ」
 南には歓楽街もある。あそこは一種の治外法権で、官憲は日中はともかく夜間の見廻りをやってしまうと、歓楽街が全体で出資して雇っている防衛隊の面目を潰すことになる。
 マークスも一人身で、結構そちらには足を向けているので、ここで厄介ごとにはしたくない。ベルンもまた、まだ既婚者で余裕があったが、揉め事は避けたいのが人情だった。
「そう言ったんですけどね、やっぱり矜持がありますからね……捕まえられたのを捕まえ直すのってかなり情けないですし。私もそこは納得してるんですけど、あわよくばその『犯人』と出会ったら即座に戦闘っていうのも狙ってますよ、皆」
「ほんとに猪ばっかだな……。まともなのが五人程度しかいないのがやっぱり苦しいよな。くそ、だからルーク・シールズとか欲しかったのに」
「ああ……確かに、彼は仕事は真面目ですからね……女性の話題を出さなければ」
 ベルンは第四大隊から引き抜かれて来たので、ルーク・シールズについては同年代ということもあり、かなり親しかった。引き抜きの話もベルンと同時に打診されていた。書類仕事にも真面目であり、マークスが知るほどの剣の実力なのだ。
 しかし第二大隊は選ばれし脳筋の集う、ある意味で魔の巣窟である。仕事一辺倒で結婚願望のない者が多いどころか、仕事上歓楽街と親しくなるので、貴族女性からはわりと好かれないし、出会いもない。冷静な彼は出世と未来の嫁(笑)を天秤にかけて、未だ訪れぬ明るい人生を選んだのだった。
「無理だろあいつ。結婚したいとか言ってるだけじゃねぇか」
「やめてあげましょうね、隊長。夢は大事ですよ……」
「アイザスの野郎も部下に現実を見させりゃいいもんを……」














 ちなみに、この件で頭を悩ませているのは第二大隊だけではない。北の第五大隊や中央の第四大隊も似たような事態に陥っていた。南ほどの捕縛人数ではないが、やはり頻度が高い。そして彼らもやはり自隊の失態に近いこの件をむやみに他に喋ろうとはしなかった。
 そこに風穴を開けたのが、商人の気質で友好関係が幅広いシュカだった。
「なーなー」
 世間話の相手としてはローナが一番シュカにはやりやすかった。反応が少しずれているので面白いというのもある。
「最近、こんな噂があるだけどよ」
「噂?」
「眼帯の槍使い」
 ローナは首をかしげた。噂もなにも、現在ローナたちの隊の先輩たちが頭を抱えている問題だ。下っ端のローナたちはようやく見習い期間が終わったところで、聴取にも参加しているが、まだまだ下っ端らしく気楽に過ごしていた。ただ、仕事取られてるなーとは思っている。
「第五の管区ところでも似たようなことがあったらしいぜ。目撃証言も同じだし、ほとんど目立った傷がなくて縄に繋がれてるのも同じ。夜中のうちに捕まえられて、朝っぱらから回収に行くのが日常になりかけてるって」
「…………」
 ローナは沈黙した。シュカの交遊関係はとても広い。学生時代のつてもあるし、警備部で新たに広げているのも含めると相当な顔の広さだ。

 問題は、情報を集めておきながら使い道を全く考えていないシュカのアホさだ。世間話として提供したのだろうが、休日にこんなことを言われたローナの気持ちになってほしかった。
(……なんで夜会の招待状のときは頼りになったのに……)

 現在昼下がり、昼食後のことである。二人で仲良く休暇を満喫しているところだった。シュカの家に呼ばれ寛いでいたローナは、呆れつつも少し考え、じっとしていることが結局できずに、やむなしと立ち上がった。
「どした?」
「……今から、ティリベル行くぞ」
「え?なんで?」
「お前のその情報、かなり大ごとなんだって自覚あるか?」
「え?なんで?」
 全く同じ言葉で問いかけるシュカの頭を、ローナは思わずスパンと叩いた。学生時代も似たようなことをよくやった。
 シュカは基本、能天気すぎるのだ。この間のがおかしかっただけでこれが平常運転なのだと思い直す。
「とりあえず、行って、アイザスさまに同じこと話してみろ。おれと同じ反応するはずだから」
 えー休日なのにーとごねるシュカをローナは引きずったが、シュカの実家の家族たちは、よく事情はわからないながらも息子のシュカを庇うこともせず、ローナに「また遊びに来てね」と声をかけてくれた。
 ローナはシュカ同様に心が広い彼らが好きだったので、はにかんで礼を言った。

 そして、ローナの予言は当たった……というか、予想より激しくシュカは怒られた。

「馬鹿野郎!!なんでそれを早く言わない!!」

 ローナもシュカも、ここまで憤激する上司たちを初めて見た。シュカが涙目になる勢いで怒濤のようにアイザスが一通り叱責したあと、副隊長のヤナバもねちねちと文句を言い、ルークたち先輩らからも絞め上げられた。連れてきたローナも巻き込まれたのは、不幸だったとしか言いようがないだろう。

 そこからはとんとん拍子に話が進んだ。シュカのもたらした情報から、アイザスは同じ悩みを抱えている大隊の長に召集をかけて協議し、その日のうちに一つの結論を出したのだった。

 いわく。
 別に「犯人」は悪いことをしたわけではない。むしろ治安の維持に一役以上買っている。ヘーゼルが依然として脅威である(まだ一般に壊滅の報は公表されていない)以上、ありがたいことではあった。
 ティリベルはダールと違い夜警の体制がないので、こちらの怠慢も言及されたところでどうしようもない部分があるが、各大隊で警戒を強化するとのこと。その際、もしその「犯人」を見つけたのであれば、即座に「お話し」すること。

「獲物を先取りされちゃおれらが無能ってことになるし、南に不安要素が転がっている状況で得体が知れねぇ奴を野放しにゃしておけんだろ」
 このアイザスの言葉が全てだ。

 ちなみに、第二の脳筋部隊の面々はこれで意欲をいやに増し、焦ったマークスは「もし夜警を無断でやったら二ヶ月後の御前試合出場禁止!!」と罰則をつけて、部下たちの身も世もない絶叫を浴びたのだった。
 脳筋部隊の弱点をよく心得ている隊長である。

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