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クルガ編
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支援物資の確認と運搬に生気を取り戻している氏族の間を潜り抜けるように家へと向かう。途中途中で肩を叩いたり膝裏を蹴ったり首に上腕をぶつけようとしてきたりする連中を躱して歩いているうちに、段々とただ見送る人だけが増えてきた。「やったなクー坊!」って言われたって別に睨んでもいないし、そもそも睨んだところで止めてくれないくらい、族長に敬いが足りない氏族のはずだが、なんだか、「やったな、クーぼ……お、おう」くらい、話しかける勢いが急速に落ちている。
若干遠巻きにしているのは何なのか。
「クルガ兄、その子だれ?」
呼び止めてきた従妹のミルカに、人を指差しちゃいけませんと反射的に窘めようとして、振り返った。
ぬーんとした無表情がついてきていた。
「いやなんで!?」
他のラルトィ族のやつらについて行ったと思っていたのに。なんで尾行してやがるんだ。ウミという娘は無表情のままおれを見て、ミルカを見て、すっと腰を折った。
「はじめまして。私はクルガさまのお嫁に参りました。ラルトィ族のウミと申します。これからお世話になります」
「いや待てーーーーー!」
止めたが遅かった。支援物資に湧いていた連中が、今度は「嫁」という単語に湧いた。沸き上がった。雪すら一瞬で蒸気になりそうなくらい。
「坊!お前についに嫁か!」
「ラルトィ族の子かい!?この雪じゃ大変だったろう!?」
「お嫁ってなにー?」
「ほんとに襲わなくてよかったあ……」
わっとおれごと取り囲もうとしてくるので、その輪を掻い潜って逃げた。今は時間が惜しいのだ。現実逃避ではない。なんとしてでも、熨斗つけてでも返してやるんだから、自称嫁はそこでじっと囲まれていろお願いします!
必死に自室まで走って文箱を用意する。礼状より先に質問状を作りたくなったのだが、やっぱり固まっていた墨を溶かす水が手元になく、仕方なく木窓の縁から氷混じりの雪を掬い取って硯に入れた。筆で混ぜるが、書き出すまでに時間がかかりそうだ。下敷きに紙を広げ、文鎮を載せ、その両脇を囲うように両肘をついて、額を押さえた。
「……いや、嫁って、なんで送り付けてきた……」
ラルトィ族とレィミヤ族は、氏族としての名目では対等でも、力関係ではラルトィ族が上だ。古くから従属関係にあるのは、肉体労働は好きだが単純脳みそなレィミヤ族が、面倒ごとをラルトィ族に任せられるからだ。あちらとしても武門のレィミヤ族を囲っておけるし、それだけでこのエーミル国の統治を運営する氏族会議ではわりと優勢なのである。
支援物資は涙が出そうになるほど嬉しかった。それだけでレィミヤ族が従順になるのには充分だ。嫁を余分に送りつけるなんて、レィミヤ族に対する別の思惑があるとしか思えない。
「嫁を送るほどの思惑ってなんだよ……」
氏族間の強固な同盟のために血の契を結ぶことはよく行われているが、既に従属関係にあるのに、同盟の強化なんて必要ないはずだ。もしかして裏切るかもしれないと思われているとか?とすると、下手に質問状を送ったら、「やっぱり疚しいことがあるのか」と、疑いが増すかもしれない。
しかしホイホイと受け取ったところで、身元の怪しい自称嫁への疑念が増す。飢えと季節の乱でささくれ立っている氏族の間に新参を迎え入れるのは、影響が計り知れなくて嫌だ。
それに、恩があるからといって、ラルトィ族に腹を見せすぎるのも嫌だった。
「えー……どうしよう」
誰か知恵を貸してほしい。いや駄目だ。元々脳筋の氏族は、飢えでますます直情型のアホになっている。ろくな意見も出てこないだろう。そろそろ炊き出しが始まるだろうし、なおさら脳内はメシ一択だ。
おれも腹減ったんだけど、誰か持ってきてくれないかな……。
「……そうだ!我が氏族は今、他氏族の族長の娘が住める環境ではない!」
実際殺気立っているし、今日支援物資が来たばかりで、それが尽きたあとのこともまだ考えていないし、格上の客に割く余裕はないのである。
なかなかいい案ではないかと口角が緩んだ。頭から断るではない。娘を追い返しても角が立たない。
ひとまず娘は返すので、落ち着いたらこの話をしましょう……ということにして自然消滅を狙う!
「我ながら完璧な作戦だ。今年一冴えてるおれ」
鼻歌を歌いながら筆で墨の溶け具合を確かめると、ちょっとざらざらしていた。礼状に書くにはまだ微妙なので、先に支援物資を得たあとの氏族の運営計画を練ることにした。
……が、作戦の肝がすっぽ抜けて結局失敗した。
まさかの、ウミ、失踪。目を離した隙に最悪の事態である。
ミルカが「いなくなった!」と駆け込んで来て、慌ててラルトィ族に知られないように捜索の人手を出したが見つからず。
「クルガぁ、お礼書き終わった?そろそろ帰りたいって圧が強すぎて首絞められそうなんだけど」
「待て、今はそれどころじゃ」
「でも泊めるわけにはいかないだろ?せっかくもらった支援物資使ったらもったいないよ」
ぐうの音も出なかった。ここでラルトィ族の連中に「そっちのお嬢さんが失踪したんですけど」とか言ったらレィミヤ族が余計疑いの目で見られるし、族長の娘をどうしたのかと難癖つけられたら最悪だ。
「………………わかった」
せっかく書き上げた言い訳みっちりな渾身の書状を、礼状に合わせていた束から引き抜いて懐に戻した。見送りの間に奇跡的に見つかることを祈って、持ち歩くことにする。まだ無駄になると決まったわけじゃない。まだ。
結果。
無駄になった。
若干遠巻きにしているのは何なのか。
「クルガ兄、その子だれ?」
呼び止めてきた従妹のミルカに、人を指差しちゃいけませんと反射的に窘めようとして、振り返った。
ぬーんとした無表情がついてきていた。
「いやなんで!?」
他のラルトィ族のやつらについて行ったと思っていたのに。なんで尾行してやがるんだ。ウミという娘は無表情のままおれを見て、ミルカを見て、すっと腰を折った。
「はじめまして。私はクルガさまのお嫁に参りました。ラルトィ族のウミと申します。これからお世話になります」
「いや待てーーーーー!」
止めたが遅かった。支援物資に湧いていた連中が、今度は「嫁」という単語に湧いた。沸き上がった。雪すら一瞬で蒸気になりそうなくらい。
「坊!お前についに嫁か!」
「ラルトィ族の子かい!?この雪じゃ大変だったろう!?」
「お嫁ってなにー?」
「ほんとに襲わなくてよかったあ……」
わっとおれごと取り囲もうとしてくるので、その輪を掻い潜って逃げた。今は時間が惜しいのだ。現実逃避ではない。なんとしてでも、熨斗つけてでも返してやるんだから、自称嫁はそこでじっと囲まれていろお願いします!
必死に自室まで走って文箱を用意する。礼状より先に質問状を作りたくなったのだが、やっぱり固まっていた墨を溶かす水が手元になく、仕方なく木窓の縁から氷混じりの雪を掬い取って硯に入れた。筆で混ぜるが、書き出すまでに時間がかかりそうだ。下敷きに紙を広げ、文鎮を載せ、その両脇を囲うように両肘をついて、額を押さえた。
「……いや、嫁って、なんで送り付けてきた……」
ラルトィ族とレィミヤ族は、氏族としての名目では対等でも、力関係ではラルトィ族が上だ。古くから従属関係にあるのは、肉体労働は好きだが単純脳みそなレィミヤ族が、面倒ごとをラルトィ族に任せられるからだ。あちらとしても武門のレィミヤ族を囲っておけるし、それだけでこのエーミル国の統治を運営する氏族会議ではわりと優勢なのである。
支援物資は涙が出そうになるほど嬉しかった。それだけでレィミヤ族が従順になるのには充分だ。嫁を余分に送りつけるなんて、レィミヤ族に対する別の思惑があるとしか思えない。
「嫁を送るほどの思惑ってなんだよ……」
氏族間の強固な同盟のために血の契を結ぶことはよく行われているが、既に従属関係にあるのに、同盟の強化なんて必要ないはずだ。もしかして裏切るかもしれないと思われているとか?とすると、下手に質問状を送ったら、「やっぱり疚しいことがあるのか」と、疑いが増すかもしれない。
しかしホイホイと受け取ったところで、身元の怪しい自称嫁への疑念が増す。飢えと季節の乱でささくれ立っている氏族の間に新参を迎え入れるのは、影響が計り知れなくて嫌だ。
それに、恩があるからといって、ラルトィ族に腹を見せすぎるのも嫌だった。
「えー……どうしよう」
誰か知恵を貸してほしい。いや駄目だ。元々脳筋の氏族は、飢えでますます直情型のアホになっている。ろくな意見も出てこないだろう。そろそろ炊き出しが始まるだろうし、なおさら脳内はメシ一択だ。
おれも腹減ったんだけど、誰か持ってきてくれないかな……。
「……そうだ!我が氏族は今、他氏族の族長の娘が住める環境ではない!」
実際殺気立っているし、今日支援物資が来たばかりで、それが尽きたあとのこともまだ考えていないし、格上の客に割く余裕はないのである。
なかなかいい案ではないかと口角が緩んだ。頭から断るではない。娘を追い返しても角が立たない。
ひとまず娘は返すので、落ち着いたらこの話をしましょう……ということにして自然消滅を狙う!
「我ながら完璧な作戦だ。今年一冴えてるおれ」
鼻歌を歌いながら筆で墨の溶け具合を確かめると、ちょっとざらざらしていた。礼状に書くにはまだ微妙なので、先に支援物資を得たあとの氏族の運営計画を練ることにした。
……が、作戦の肝がすっぽ抜けて結局失敗した。
まさかの、ウミ、失踪。目を離した隙に最悪の事態である。
ミルカが「いなくなった!」と駆け込んで来て、慌ててラルトィ族に知られないように捜索の人手を出したが見つからず。
「クルガぁ、お礼書き終わった?そろそろ帰りたいって圧が強すぎて首絞められそうなんだけど」
「待て、今はそれどころじゃ」
「でも泊めるわけにはいかないだろ?せっかくもらった支援物資使ったらもったいないよ」
ぐうの音も出なかった。ここでラルトィ族の連中に「そっちのお嬢さんが失踪したんですけど」とか言ったらレィミヤ族が余計疑いの目で見られるし、族長の娘をどうしたのかと難癖つけられたら最悪だ。
「………………わかった」
せっかく書き上げた言い訳みっちりな渾身の書状を、礼状に合わせていた束から引き抜いて懐に戻した。見送りの間に奇跡的に見つかることを祈って、持ち歩くことにする。まだ無駄になると決まったわけじゃない。まだ。
結果。
無駄になった。
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