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クルガ編
にじういち
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「痛い痛い痛い痛い痛い!!」
じたばたもがく上体を尻に敷いて押さえ、腕に抱えた両足を関節の人体の境地まで持っていく。ミシミシと背骨が軋む音がケツの下から響いてきた。とうとうアルザは呻き声も出せなくなったようで、ぴたりと悲鳴が止んだ。ゼイゼイ荒い息だけ聞こえてくる。
「おー、キマってんな。アルーは今度はなにやらかしたんだ?」
「メシ前によくやるな―」
「クルガ兄、食べる前に体綺麗にしなよ。土だらけだよ」
家の前で仕置きしているので、通りすがりの連中が声をかけてくる。双方慣れたものだが、そのアルザはミルカの声を聞いて、呻き声も出さなくなった。やりようもないのに必死に気配を消そうとしているが、ミルカはそんなアルザにちらりと目をやって、ほんのり苦笑しただけだった。
「クルガ兄、今日、私もごはん一緒にしていい?」
おれには挑発的な目を向けてくる。とっくにウミを監視もなにもない状態なので、頷いた。ミルカは少し目を丸くしたあと、「じゃあウミちゃんの分のお膳も持ってくね!」と嬉しそうに家に入っていった。
(あいつの引きこもり脱却もそろそろ考えないといけないか)
ウミが出ていくならついていくつもりだったが、今日ウミに言われてみて、この氏族に留まったままウミの隣にいる未来も少しはいいものに思えた。傍にいると約束されただけで弛んだ自分の単純さには呆れ笑いをこぼしたい。が、逃がすつもりだけはない。
一番いいのは、ウミにこの氏族をもっと気に入ってもらうことだ。離れがたいと思わせるように。楔になるものはいくらあってもいい。夜だけでないこの氏族を見せたいとも思う。
ミルカの姿がしっかり見えなくなってから、アルザの両足を離した。関節が固まってしまったのか、それだけで「ウッ」と声が上がっていたが、その点で慈悲はない。ぱたっと足が地面に落ちてうつ伏せのアルザは動くつもりがないようだ。その腰に載っかったまま、すっかり日が伸びて明るい夕空を見上げた。
「アルザ、お前もメシはおれの部屋で食え。ミルカに弁明するなら今しかないぞ」
「……なにもやることない。お前はおれが嫁さんに近づくの、もっと警戒したら?」
「しようがないし、それならそれでいいかとも思ってる」
「はあ?」
ドスが利いた「はあ?」だった。無理やり身じろぎしているが、自他ともに軟弱と認めるアルザがおれを押しのけられるわけがない。
誰も出歩いていないわけじゃないが、周囲はぱったりと人が絶えていた。
「突き詰めれば、お前でもいいんだ。あいつが安らげるんならな。おれには呪いをどうこうできない」
「……お前、どうしたの?」
「お前に呪術師を名乗らせるのは相変わらず気に入らないが、お前の意志で呪いをどうこうするのは、お前の勝手だ。おれが咎める筋合いはない。と、思った」
アルザはしばらく黙りこくったあと、盛大に舌打ちした。
「お前、やっぱり馬鹿。すんごい大馬鹿。救いようもないほど馬鹿!」
「お前も今日は馬鹿だぞ」
腰を上げるのと一緒に、アルザの腕を掴んで立たせた。これみよがしに足が、腰がとうるさいので、後々鍛錬をつけてやろうと言ったら、全速力で逃げられた。
追いかけ追いつき、投げ飛ばし、着替えのために納屋まで引きずっていった。
*
おれはウミとの食事中、大体は献立の解説くらいしかしない。ウミにも雑談する話題などない。逐一逃げようとするのを捕まえて無理やり座らせたアルザはふて腐れており、結果的にミルカがもっぱら会話の主導権を握っていた。
会話は些細なものばかりで、ミルカは基本的にウミに話しかけ、アルザに相槌を打たせた。おれはわりかし無視され気味だ。よりによってミルカに間男として使われているアルザの表情がどんどん死んでいっているが、ミルカは一切気にしていない。
ウミはぽくぽくと応じながら慎重に箸を扱っている。対面のおれを頑なに見ようとせず、膳か隣のミルカの方しか向かない。暇なので見つめているとそわっとするので、意識しているのが丸わかりだった。
「……ウミちゃん、そろそろ私のこと、普通に呼ばない?さま付けなんてしないでさ」
メシも終わりかけた頃、ミルカが雑談に紛れて提案すると、ウミは目に見えて困惑した。それだけ表情は柔らかく緩んでいる。だがそこで救いを求めるようにおれを見るな。ミルカが睨んでるだろ。
「好きに呼べばいいだろ。おれは呼び方なんて気にしてない」
歳上ぶりたいならむしろ呼び捨てにするべきではと暗に言うと、ウミはふるふるふるふると首を振った。恐れ多いらしい。よくわからない。
「クルガ兄のせいだ!」
本当によくわからない。
「強要してないって言っただろ。なんでおれのせいになる」
「クルガ兄がウミちゃんをまともに呼ばないから、萎縮しちゃってるんでしょ!お前とかあいつとかなんだか名前があるのに!」
「つってもな。その呼び名がしっくり来ないんだから仕方ないだろ。そのうち聞いてみようと思っていたんだ」
そのうちというか、口説き落とした後にしようと昼間に決めたばかりだった。最後の仕上げとして。
じたばたもがく上体を尻に敷いて押さえ、腕に抱えた両足を関節の人体の境地まで持っていく。ミシミシと背骨が軋む音がケツの下から響いてきた。とうとうアルザは呻き声も出せなくなったようで、ぴたりと悲鳴が止んだ。ゼイゼイ荒い息だけ聞こえてくる。
「おー、キマってんな。アルーは今度はなにやらかしたんだ?」
「メシ前によくやるな―」
「クルガ兄、食べる前に体綺麗にしなよ。土だらけだよ」
家の前で仕置きしているので、通りすがりの連中が声をかけてくる。双方慣れたものだが、そのアルザはミルカの声を聞いて、呻き声も出さなくなった。やりようもないのに必死に気配を消そうとしているが、ミルカはそんなアルザにちらりと目をやって、ほんのり苦笑しただけだった。
「クルガ兄、今日、私もごはん一緒にしていい?」
おれには挑発的な目を向けてくる。とっくにウミを監視もなにもない状態なので、頷いた。ミルカは少し目を丸くしたあと、「じゃあウミちゃんの分のお膳も持ってくね!」と嬉しそうに家に入っていった。
(あいつの引きこもり脱却もそろそろ考えないといけないか)
ウミが出ていくならついていくつもりだったが、今日ウミに言われてみて、この氏族に留まったままウミの隣にいる未来も少しはいいものに思えた。傍にいると約束されただけで弛んだ自分の単純さには呆れ笑いをこぼしたい。が、逃がすつもりだけはない。
一番いいのは、ウミにこの氏族をもっと気に入ってもらうことだ。離れがたいと思わせるように。楔になるものはいくらあってもいい。夜だけでないこの氏族を見せたいとも思う。
ミルカの姿がしっかり見えなくなってから、アルザの両足を離した。関節が固まってしまったのか、それだけで「ウッ」と声が上がっていたが、その点で慈悲はない。ぱたっと足が地面に落ちてうつ伏せのアルザは動くつもりがないようだ。その腰に載っかったまま、すっかり日が伸びて明るい夕空を見上げた。
「アルザ、お前もメシはおれの部屋で食え。ミルカに弁明するなら今しかないぞ」
「……なにもやることない。お前はおれが嫁さんに近づくの、もっと警戒したら?」
「しようがないし、それならそれでいいかとも思ってる」
「はあ?」
ドスが利いた「はあ?」だった。無理やり身じろぎしているが、自他ともに軟弱と認めるアルザがおれを押しのけられるわけがない。
誰も出歩いていないわけじゃないが、周囲はぱったりと人が絶えていた。
「突き詰めれば、お前でもいいんだ。あいつが安らげるんならな。おれには呪いをどうこうできない」
「……お前、どうしたの?」
「お前に呪術師を名乗らせるのは相変わらず気に入らないが、お前の意志で呪いをどうこうするのは、お前の勝手だ。おれが咎める筋合いはない。と、思った」
アルザはしばらく黙りこくったあと、盛大に舌打ちした。
「お前、やっぱり馬鹿。すんごい大馬鹿。救いようもないほど馬鹿!」
「お前も今日は馬鹿だぞ」
腰を上げるのと一緒に、アルザの腕を掴んで立たせた。これみよがしに足が、腰がとうるさいので、後々鍛錬をつけてやろうと言ったら、全速力で逃げられた。
追いかけ追いつき、投げ飛ばし、着替えのために納屋まで引きずっていった。
*
おれはウミとの食事中、大体は献立の解説くらいしかしない。ウミにも雑談する話題などない。逐一逃げようとするのを捕まえて無理やり座らせたアルザはふて腐れており、結果的にミルカがもっぱら会話の主導権を握っていた。
会話は些細なものばかりで、ミルカは基本的にウミに話しかけ、アルザに相槌を打たせた。おれはわりかし無視され気味だ。よりによってミルカに間男として使われているアルザの表情がどんどん死んでいっているが、ミルカは一切気にしていない。
ウミはぽくぽくと応じながら慎重に箸を扱っている。対面のおれを頑なに見ようとせず、膳か隣のミルカの方しか向かない。暇なので見つめているとそわっとするので、意識しているのが丸わかりだった。
「……ウミちゃん、そろそろ私のこと、普通に呼ばない?さま付けなんてしないでさ」
メシも終わりかけた頃、ミルカが雑談に紛れて提案すると、ウミは目に見えて困惑した。それだけ表情は柔らかく緩んでいる。だがそこで救いを求めるようにおれを見るな。ミルカが睨んでるだろ。
「好きに呼べばいいだろ。おれは呼び方なんて気にしてない」
歳上ぶりたいならむしろ呼び捨てにするべきではと暗に言うと、ウミはふるふるふるふると首を振った。恐れ多いらしい。よくわからない。
「クルガ兄のせいだ!」
本当によくわからない。
「強要してないって言っただろ。なんでおれのせいになる」
「クルガ兄がウミちゃんをまともに呼ばないから、萎縮しちゃってるんでしょ!お前とかあいつとかなんだか名前があるのに!」
「つってもな。その呼び名がしっくり来ないんだから仕方ないだろ。そのうち聞いてみようと思っていたんだ」
そのうちというか、口説き落とした後にしようと昼間に決めたばかりだった。最後の仕上げとして。
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