召喚バグ?でクラスメイトを召喚しました

淺木 朝咲

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2 よろしくない噂

三頭の番犬

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 魔法師として一流の家系の生まれである翠は、生まれつき魔法語を話し、魔法を巧みに操り、家の誰もが翠は優秀な魔法師になると確信し期待して翠を育ててきた。
「僕、召喚師になる」
 その一言を聞くまでは。




「主」
「なにー?」
「主宛に手紙が。匂いが似ているので、家族の者かと思われる」
「わざわざありがとう、ベル」
 翠が召喚したのは地獄の番犬として名高い三つ首の狗・ケルベロスだった。名前はこちらから見て右からベル・リン・クロだ。人間との交流は四百年ぶりだと言うが、人語もペラペラ話せるエリート番犬だ。褒められたベルがふふんと鼻息を鳴らす。
「………」
「あるじ?」
「っ何でもないよ」
 リンがやや舌足らずな人語で呼びかける。彼らは人間の感情の機微に非常に敏感だ。地獄の番犬という職業ゆえか、とりわけ生物の悪意に鋭い。
「……また、嫌なこと書かれてたの?」
「うーん、まぁ仕方ないって言ったら仕方ないことなんだけど。最初にお話したでしょ? 僕の家系は召喚師じゃなくて魔法師を望んでたってさ。それが家のためだから」
「でも、あるじは召喚師がよかったんでしょ?」
「僕はね」
「だったら、あるじのおうちの人は今の何が不満なの?」
「不満……」
 僕が、魔法師を望まなかったこと。治癒魔法師ならまだしも、人外──旧い言葉で〝魔物〟と呼ばれていた彼らと絆を結ぶ召喚師を望んだこと。椎名家は、遠い昔、まだ人外が魔物と呼ばれていた頃に魔物討伐で人名を守り果敢に戦ったことで名を馳せた一族だ。そんな家の生まれである翠が人外と手を取り合うことは、家柄や家の伝統を重視する家族には受け入れ難いことだったのだろう。
「あるじは、あるじの人生を生きてるよ」
「我らに人の複雑な心情は扱えぬ」
「我らは、主の幸福がすべて。主が、翠様が望むことを良く思わない人間がいたとしても、それを続けることで翠様の満足に繋がるのであれば我らはそれを全力でお支えするだけです」
 ああ、この子達はみんな。
「みんな、ありがとう」
「あるじ泣いてる!?」
 優しくて、あたたかくて、綺麗で。地獄はもっとシンプルな世界なのかな、なんて考えさせられてしまう。翠はまだ彼らに自分の家系について詳しく話したことがない。今なら、話せるかもしれない。
「……僕の家族と御先祖の話、君たちがわかりやすいように魔法語で話すから聞いてくれる?」




『……成程。主の進む道を良く思わない理由は理解した』
『でもそんなのその人たちの勝手じゃない。私が噛み殺して地獄に連れてってあげるわよ』
『やめてやれ。そもそも人の地獄行きかどうかは我らの閻魔様ボスが決められること。我らにその権限は無い』
『わかってるけどさ~』
 話を聞き終えて、三頭は魔法語で好き好きに感想を言い合っている。
「そもそもさ、なんで元々魔物呼びだったのが人外呼びに変化したんだっけ?」
「この国は特に妖怪も幽霊も全部ひっくるめて魔のものと扱うので……魔除けといった言葉もありますし。人ならざる邪なモノは物の怪──いずれ魔物と呼ばれるようになったのですよ。時に主、逢魔が時という言葉を聞いたことはございませんか?」
「あ、なんか聞いたことあるかも」
「あれは現在の午後六時頃とされていて、妖怪や幽霊などに出会いそうな時間だと言われていたんですよ。実際、大昔からこの時間帯は他界と人間界──つまりこの世を繋ぐ時間と人の子の間では言われていました」
「そうなんだ、全然夕方にそんな禍々しい雰囲気感じとったことなかったや」
「まぁあくまで昔の人の子の間でされていた話です。人外と呼ばれるようになったのはここ二百年ほどの話でしょうか、ねえ、ベル」
「多分そうだろうな。死者の話を聞くに人外という言葉を使い始めたのはその頃だったはずだ。少なくとも我らがはじめにお仕えした人間やその周囲ではそのような言葉はなかった」
 彼らが生きた人間に仕え、交流を持ったのは四百年ほど前。魔物と呼ばれ忌避されていた自分たちを召喚した人間は、「魔物の力には魔物で対抗する」と自身の故郷を守るために召喚術に臨んだのだった。
「死者の言い分からして、人の子は全ての魔物が悪というわけではないとわかったらしいんですよ。その上で、やっぱり人間の常識や理から外れた存在であるから、〝人外〟と呼ぶようになったのだそうですよ」
「へえ……クロは物知りだね!」
 ふふんとクロは誇らしげに顔を上げるが、そんな様子を気にすることなくベルが口を開く。
「そういえば主、校内を散歩しているときに不穏な噂を耳にした」
「噂?」
「ああ」
「閻魔様にも報告する?」
「閻魔様なら最近我らの報告を聞いて人間の分身体を使って人の子の生活を楽しんでいらっしゃいますよ」
「ほんと!? いつから!?」
「つい二週間ほど前です。この国のどこかで気ままに生きてみると仰っていたので、どこかで人の子と戯れておりますよ」
 二頭が自由に話す隣で、ベルから噂について話を聞く。授業中の時間帯にも関わらず、中庭に人の気配を感じたクロの提案で中庭の茂みに隠れていたときのことだ。
「ヒトの数は複数いた。気付かれれば互いに不都合だと思い我らは茂みに身を潜めていたが、おそらく人間ではなかった。我らは高位の存在ゆえ何ら問題ないのだが、奴らには認識阻害魔法が使われていた」
「え、何か見つかったらまずいことしてるってこと?」
「わからん。ただ、奴らの中の一人が「禁書庫の〝魔物〟」とか「〝魔物〟の素材であいつらを見返す」とか言っていた。もう一人の方は「原初の魔法を使って、本来の魔法を蘇らせてみせる」とも」
「え」
 魔物という言葉は、現代では誰も人外のことを指して使いはしない。使うとすれば、意思疎通ができない理性の無い者たちに対してだ。
「禁書庫って……校内マップにもそんなのないけど」
「当然だ。禁術──現代では使用禁止の魔法について書かれた書物を管理しているのだろう。生徒が自由に行き来できるような場所だと困る」
 二十分ほど立ち聞きしていたが、ベルたちが気付かれることはなかったらしい。
「うーん……魔法科の人たちだと思うんだよねぇ、それ。僕たち召喚科が首を突っ込む案件じゃないと思うんだけど」
「だが、無闇に地獄行きになる人間を増やしたくない」
「なんで?」
「我らの仕事が増える。閻魔様の気苦労も増えることは間違いない」
「そんなに嫌ならベルたちがその人たちの根性叩き直してきてよー処罰なら僕が後でなんとでも言い訳して軽くするからさぁ」
 翠は段々面倒になってきていた。召喚科はおそらく聖華の中で一二を争うレベルで課題量が多い。正直、他学科の悪行など後々こちらにも影響が出ることだったとしてもどうでもいいのだ。そんなことに構っていられるほどの余裕が少ないことを、ベルたちはわかっているのだろうか。
「私からもお願いします、翠様」
「クロまで?」
「私はこの中で一番耳が良いので……の奥深くから呻き声のようなものが時々聞こえるのですよ。アレにたかが十数年生きただけの小童が挑むなんて無謀です。それに、万が一太刀打ちできたとしても良い結果に転ぶことはまず有り得ません」
「魔法科の人なら魔法科の人が対処したらいいじゃん」
「あるじ、多分それは無理だよ」
「リン?」
「魔法科の教室も見てみたんだけどねー、そんなに優秀な人が多くないの」
「つまり止められそうな人がいないって?」
「うん」
 だからって、なんで僕が? そう思っているとベルが頼む、と頭を下げてきた。
「主には頼りになる学友もおられる。なるべく周りを巻き込んで、大事にして奴らを仕留めるようにしたい」
「…………それ、僕の実家にまで届いて死ぬほど怒られるか失望しすぎて何も言わないかの二択になる未来しか見えないんだけどぉ」
 番犬はどこに行っても番犬なのだろう。地獄という無法地帯で死者の秩序を取り仕切る番犬の彼らは、秩序を乱しかねない連中を見放してはおけないようだ。
「はー………わかった、わかったよ。ういはと紅彩に声をかけてみたらいいんでしょ? あ、紅彩と話すときはいい加減自己紹介してね。まだ会ったことないでしょ」
「む……承知した」
 この子たち僕のことを主と慕う割に、最終的に僕がこの子たちの要件を呑むことの方が多いんだよなあ。
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