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【第3章】 最低の家畜たち

11 裏話 カーナの観察日記①

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 取り急ぎなぜ私がこのような物を書き始めたのかを記しておきたい。


 あれは剣を手に取った囚人たちを粛清したすぐあとのことだった。
 マリアンヌ様は屋敷の外に待たせていた護衛の兵士の所に行く前にこう言われた。

「カーナ、お前はこれから数日間この屋敷、いや地下室から離れるな」
「え!? で、ですがそれだとマリアンヌ様の護衛役が」

 そう言うとマリアンヌ様は「問題ない」と首を横に振られた。
 ちょっと寂しかった

「あれだけのことを行った我にそうそう何かする馬鹿はおらんよ、それにアンジェラの息のかかった兵士は全員皆殺にしたし、今日から兵士を数人ほど常に付ける、お前は我の身は案じなくともよい。 それよりも心配は地下室の囚人どもだ、逃げられては困る、なにせやつらはこの国において生きていてはならん死人だからな」
「あいつらですか?あいつらはマリアンヌ様のお言葉に感銘を受けて矢を取った連中ですので心配されることなど何も」
「はたしてどれほどの囚人が我の言葉に感銘を受けたかな?」
「全員に決まっています! 何も持っていない囚人たちに”生きがいを与える”素晴らしいお言葉です!」
「あれはただ我がやつらの好むような言葉を選んだにすぎない」

 え!?

「あのような誰からも必要とされたことが無さそうなやつらは”お前が必要だ!”みたいな自己を認めてくれる言葉が大好きであろう?」
「え、ま、まぁ確かに」
「だがそのまま伝えては相手を調子付かせる、こちらの戦力が枯渇していることを悟られ足元を見られる可能性もある、だからその言葉を遠まわしに連想できる”生きがい”という言葉を選んだ、そして”与えてやる”という上からの言葉でどちらが上かをはっきりと教える、そう考えてあの言葉を言ったに過ぎない」

 な、なるほど、そこまで考えての発言だったとは…

「だが全員がそうでは無かったであろう、あの中にはただ単に生き延びたい人間、それに欲望に忠実なだけの人間もいた」
「欲望というのは?」
「あの傷だらけのデカイ、ゴリラみたいなやつも言ってたろ? 自分は女を犯して人を殺せればそれでいい、みたいなことを」

 そう言えばあの野郎、マリアンヌ様に汚い口を

「犯罪という反社会的な行動には中毒性がある。だから止まらぬ、”やるな”と言われるとやりたくなるのが人間の性、まぁ普通はそれを自制心で押し留めれるのだが、やつらの中にはそれが出来ぬやつらが大勢いた、だから我に従えばその甘い蜜を吸える…そういう雰囲気を出しておいた、やつらの顔を見る限りすでに数人はそれが目的であろう、ただ好き勝手暴れれるとでも思っているのだろう。 そして最後の生き延びたいやつに関しては我説明するまでもなかろう?」

 たしかに生き伸びる可能性が少しでも高いほうを選ぶ
 あの時、肩にさえ矢を刺せば、少なくとも”今日は死なない”そう考えたのか

「人間のみならず生物全般的に言える事だが、命あるものは安全への欲求が非常に強い。普通に考えれば自分の欲望の実現、忠義なんかより自己の生命を優先させるのは生物なら自然な行動だ。そういう意味では前2つの理由で矢を取った人間達よりも素直な精神構造かもしれぬがな、、。しかし、自己の生命を優先すると言うことは我…いや、我々のことすら一切目に入っておらんと言い換えることが出来る、もしすぐに暴動を起こすとしたらこいつらだろう、一応背後には気おつけておけ。 まぁこいつらは痛み、恐怖などといったものに非常に敏感だから、先の惨劇を見せた後にすぐに何かを起こすとは思えぬがな」
「な、なるほど」
「だから我の言葉は全て偽物だ、全員の心を打ち抜くとはとても思えない、そんな我の言葉だからな、やつらが逃げぬ保障が無い。むしろ、お前はやつらが逃げることを前提にこれから行動しろ、誰も信用するな」
「大丈夫です!頑丈な鍵を取り付けておりますので!」
「…その気になったら鍵くらいぶち破って開けれるのではないか?」

 あ~なるほど。
 私の脳内にはマリアンヌ様に暴言の数々を吐いたあの傷だらけの男がまず浮かんだ。
 …やりかねない。
 よし、取り急ぎ扉を新調しよう

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