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【第4章】 三日月峠の戦い
01 出陣①
しおりを挟む霧が薄っすらと足元にまだ残っている早朝
プルートの外壁をなす門を太陽の暖かい明りが優しく照らしていた。
プルートの門番をしていた衛兵の2人組み、その1人が遠くにそびえ立つ時計台を確認、すると持っていた槍を地面に突き立てて大きく声を出した。
「開門せよ!!」
巨大な杭のような樹木が連なっている門はゆっくりと土から引き剥がされる音をたてながら上に競り上がっていく。
外から差すように入ってくるのは新鮮な太陽の光と風
その風に一切微動だにしない兵士達の隊列が門までの一本道に規則正しく並んでいた。
彼らはまるで機械のように、馬の1頭にいたるまでただジッと前方だけを見ている。
両サイドに並び立つ商店や民家
そこから国民の義務として見送るために出てきた民衆たちは皆、精一杯手を振る。
しかし、心の中ではこれから戦場に赴く兵士達を見送る気持ちなんて露ほども無く、この行列を送り出せばこのセレモニーも終わり、いつものように朝食をとる、そんな日常に戻ると思っていた。
そんな時だった
隊列の中心部に置かれた馬車の扉が開く音がした。
そして馬車から降りてくる1人の女性
それはマリアンヌであった。
マリアンヌの姿を見るやいなや、集まった人間たちは声を失った。
どんな宝石よりも美しく揺らめく銀線の髪、今から戦場に赴くとは思えない漆黒のドレス姿、舐めるような腰のライン、端整でうっとりとした顔立ち、すらりとしなやかに伸びた肢体、黒いドレスを着ることによって銀線の髪が一層引き立ちキラキラと輝く。
皇族の中でもほとんど見ることが無かったマリアンヌの姿、甘い髪の匂いがふわりと風に乗って国民達の鼻先をかすめる。
その美貌は男のみならず、女も息を飲むほどだった。
だが集まった内の1人が「マリアンヌ様」と言うと、ハッと我に返ったように、そして怯えるように目を逸らした。
恐怖と不安が混同する情景を流すように見回したマリアンヌ
口角は優越感に浸るように自然と吊り上げった。
「先日のアンジェラの1件のせい、、、いや、恩恵かな?フフフ」
しかしこの場において1番驚いていたのは、後続に隊列をなしていた兵士たち
皆、何事かとざわついていた。
それもそうだろう、ここでマリアンヌが馬車を降りてくるなんて予定に無かったのだから、、、。
ずらりと自分を取り囲むよう民衆や兵士たち、その中心でマリアンヌはそういった諸々を気にする素振りを一切見せず、城を背後に背負うように立つ。
そして集まった人間全てに聞こえるように、このモヤモヤした霧を吹き飛ばすように声をあげた。
「プルートに住まう我の愛すべき民達よ!!」
予想もよらない問い掛けに集まった民衆たちは声援をピタリとやめた。
そしてひな鳥のようにあんぐりと開けてマリアンヌの言葉に耳を傾ける。
馬に乗る騎士達、槍や剣を携えて立つ歩兵たち、荷馬車を引く兵士、その全てが予定外すぎるマリアンヌの行動に何事かと民衆と同じように今から出陣するために前進しようとしていた足の動きを凍りつかせるように止めた。
マリアンヌはこの静まり返った空気を楽しむように続ける。
「お前達も知っての通り、先日我が軍は敗戦した。それも長く防衛し続けた敵国アトラスとの防衛ラインにある三日月峠のダイアル城塞を失った。それはこのプルートにおいて重大なる損害だ、民草からすれば今から徐々に治安が悪化していくのは不安であろう、そして商人からすればその治安の悪化が商品の流通に大打撃を与え死活問題にすらなりえる」
マリアンヌは体全体を使って、身振り手振り”お前たち苦しいだろう?”と民衆に訴えかける。その震える声音は切実さを訴えかけ、表情はまるでマリアンヌ自身に降りかかっていることを嘆いているようだった。
民衆たちの不安をあおるように懸案事項をずらずらと述べていくマリアンヌ。
しかし心の奥底から民たちの生活を案じているか、というと…
否!
マリアンヌは心の中では胸を痛めるどころか、完全にせせら笑っていた。
だがしかし、集まった商人たちはその言葉に表情を険しくさせ、集まった民衆たちは襲い掛かってくる未来の不安に押しつぶされそうな表情をする。
それはまるでマリアンヌの言葉によって操られているように…。
集まった人間達の不安そうな表情を視線を走らせるようにして隈無く確認すると、マリアンヌは「よし!」と固く握られたコブシを天高く突き上げた。
「だがその不安、我が払拭してやる! 民衆たちよ、商人たちよ、安心しろ!治安が悪化する前に、流通が滞る前に城塞を彼奴らの手から奪い返してやる! そしてお前達に教えてやる!誰に付き従うのが正解なのかを! 次、我が帰還する際にはお前達の歓声によって我を出迎えよ!さぁ我を崇めよ!そして期待していろ!我がアトラスのゴミどもを血祭りに上げるさまを!!」
商人たちは各々、持っていた商品をポトリと地面に落とした
そしてそれがまるで歓声への号令となったかのように
「「ウオォォォォオオォオォォオオォオォオオオ!!!!」」
それらを確認するとマリアンヌは次に周りの兵達に見回してこう言った。
「そして兵士、騎士の諸君、貴公らにも伝えておかねばならないことがあるのだ」
そう言ったマリアンヌ、声のトーンは今までとまったく違って重々しく声に重石が乗っているかのような声音だった。
そしてマリアンヌは自分の馬車の一番近くにいる立派な髭を蓄えた1人の将を指差す。
「もしこの戦いに負けたら、そこにいるムンガル将軍が死罪となる」
指差された将軍の瞳孔が大きく見開く。
「マリアンヌ様!それは士気が下がるので言わないお約束では!?」
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