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【第4章】 三日月峠の戦い

32 カーナvs魔道具使い⑨

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「ほら、早死にしたろ」

 そう言うとカーナは部下の男の影から出てきた
 強く握られたナイフは喉元をグリグリとえぐる。

「何も守ることの出来なかった感想はどう?これがお前の理想とする騎士道の現実だ」
「ぁぁぁ」
「犬死をあの世で嘆いてろ」

 言い終わると最後の生き血をすすり終えたナイフを引き抜いた。
 温かい血液がドバドバと喉の元から流れ落ちる。
 血だらけで倒れこんだシェリーの傍らで、道端の石ころを見下ろすようにカーナは言う。

「お前はあの場で部下ごと私を打ち抜くべきだった、そうすれが勝てたかもしれないのに…。まぁ殺し合いにおいて、たらればを言っても仕方ないか」
「死に、たく、ない」
「ん?」

 声のする方を見てみると、先ほど壁に使った兵士が背中から血を流しながら動かない手足を無理やり動かすように地面を這っている。
 口からは何度も”死にたくない”と呟きながら
 カーナはすぐ横に立つと表情を一切変えることなく被っていたフードを脱いだ。

「これが騎士だと?」
「死にた…く、な…、俺…は、、、まだ…にい」

 ――グシャッ!!!

「さてっ!後はマリアンヌ様のご命令どおり死体を処理して、魔道具を持ち帰れば終了ッと♪」

 鼻歌交じり完全に晴れた周囲を見回すと大きく息を吸う。

「うん、空気がうまい♪ちょっと予定が崩れたけれど、暗殺終了♪ んっ?…えっ!?」

 その瞬間ドクッと心臓が跳ね上がる
 カーナの耳は遠く離れた何かの音を拾い取った
 そしてそのまま鼓動が加速していく

「えっ!?う、うそ、嘘だ!?」

 生まれたての雛が親を探すように顔の向きを右往左往させるカーナ。

「ど、ど、ど、ど、どどどど、どうしようっ!」

 いや、気のせいかもしれない。
 勝利の余韻よいんに酔いしれて、聞こえもしない幻聴が聞こえたのかも

「そうだ!気のせいだ!」

 蛙(かえる)のように突っ伏すと、耳をぴったりと地面に付ける
 全神経を耳に集約させるように聞き入る。

 明らかにこちらに向かって歩いて来る人間がいる。
 数は1、2、3、4567891011…

「…間違いない。ざっと100人オーバーの人数がこちらに向かっている。終わった」

 もちろん勝てない数じゃない。
 でもマリアンヌ様は「暗殺」とおっしゃられた。
 これはバレるなということだ
 ということは、1人でも討ち漏らせばマリアンヌ様の計画に支障をきたすという意味だろう…。
 全員を逃がさずにこの場で殺すというのはさすがに難しい。
 全員が森の中に逃走していくと仮定すると、もう…不可能

「そうだ!今から死体を全て片付けよう!」

 いや、無理だ、時間がない。

「移動だけさせて、とりあえず隠せばバレないようにすれば」

 いや、カーナ!マリアンヌ様の言葉を思い出せ!
 死体をいくら片付けたとしても戦闘が行われた形跡自体が問題なんだ!

 カーナは周囲を見回す

 なぎ倒されるように倒壊した物見やぐら
 周囲の大木は軒並み倒れ
 足元に広がる血溜り
 そして5体の死体

 その中心でカーナは言った。

「無理だ、この現状を見て戦闘が行われなかったと考えるやつなんてこの世にいない」

 ど、どうすれば――

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