上 下
91 / 148
【第4章】 三日月峠の戦い

37 カーナの決死行④

しおりを挟む


 扉を暴力的に開ける音
 そして1人の人物が数人と共に部屋に入って来た。

「で、シェリーはどこにおるんじゃ?」

 しゃがれた老人の声が聞こえた。
 上を向いたフルフェイスのヘルムの隙間を白衣の端が撫でる。
 嫌な予感がした

「先生、こちらがシェリー様です」

 先生!?
 もしかして!?

 カーナは固まった。
 あまりの衝撃的な発言に甲冑の中で口が半開きになる。

「なんで甲冑を着とるんじゃ? これだと顔も見れんじゃろうが。それに死んだ人間を生き返らせることなんて医者のワシでも出来んわ」

 どうやら会話を聞く限りこの老人は軍医で間違いないようだ
 そしてこれは…まずいそ
 軍医なら、私が生きていることがバレる可能性が高い。

「甲冑が取れないんですよ。どうやら繋ぎ目が壊れているみたいで」

 老人はギョロギョロした目で甲冑を見入る
 そして「う~む」と唸るように首を傾げた。

「確かに壊れておるの。しかし全部が壊れるなんてことあるかのぉ?」
「それだけ壮絶な戦いだったんですよ! おそらく敵は多勢に無勢でシェリー様を袋叩きに違いないです! でないとこの御方が負けるわけが無い!」
「その割には繋ぎ目以外はそんなに損傷しとらんが」
「そんなこと言われたって…、実際に壊れているんですからそういうことなんじゃないですか」

 兵士の説明に納得できないのか、老人は言葉を飲み込むように黙った
 そして再度、口を開いた

「…で、医者のワシにどうしろと? ワシは防具屋では無いから外せんぞ」
「いや、別に何かをして欲しいわけじゃ…。ただ少しの間このベッドを貸して頂ければそれで結構です」
「なんで生者の為のベッドを死者に貸してやらないといかんのじゃ!」
「シェリー様を地べたになんて置けません!」

 少し黙った老人
 髪の毛をボリボリと掻く

「分かった、じゃあ一応死亡確認だけはしておこう」

 やはりそう来たか!

 ランタン片手に覗き込んでくる人影
 カーナは咄嗟に目をつぶった

「目は…つぶっとるな。 脈は…」

 年老いたシワだらけの指がカーナの手首にピタッと触れる。
 カーナは再び右腕の脇に挟んだ石に力を入れた。
 そして数秒後、老人は言葉尻に疑問符を含ませながら言った。

「脈は止まっとる。 しかし…妙(みょう)に暖かい、まるでさっきまで生きていたかのようじゃ」

 まずい!この洞窟に入った時から脈を止めておくべきだった!
 脈は止められるが、体温までは急には落としきれない。

「それに、こんなに手首細かったかの?」

 それは私ではどうしようもない!

「首周りが血だらけじゃから、おそらくそこが致命傷のようだが、その割には首に傷らしい物が見えんような…いっそのこと首部分は顕になって触れるわけじゃし、どんな得物でヤラれたか調べておこうか」

 ピンセットのような物を持った手がカーナの目の前を通過していく。

 やめろ!首に触れるな!
 触れたら傷が無いことがバレてしまう!
 頼む!やめてくれ!

 無慈悲に目の前を横切っていく白衣の腕

 どうする!?
 殺すか!?
 今、この場で全員!
 息遣いから医師を含めて4人!
 十分、殺れる!
 あとは武器!
 ナイフは甲冑の内側の服、無理!
 近くにあるのか!?
 首は動かせないぞ!
 いや!いっそ動かしてしまえば―

「先生、これ以上は」

 ドキドキと心臓を鳴らすカーナの目の前を通過する白衣の腕が兵士の手によって止められた。

「これ以上シェリー様の身体に触れることは弄ぶ行為です」

 悲痛な口ぶりだった
 老人医師は周りの兵士たちの顔を見回すと頷いた

「わかったわい。こいつもこれだけ部下に慕われて幸せもんじゃな」

 じ、寿命が縮んだ
 …危ないところだった
 心臓が飛び出るかと思った

 まぁそれは差し置いて、どうやら今の私はツイているようだ
 魔道具使いとの一戦ではえらい目をみた反動だろう
 誰かが言っていた”運はプラマイ0になる”と
 あれだけのことがあった後だ、これぐらいの幸運あってもらわないと困る

 などとカーナはちょっとおかしくなったテンションで自分本位の幸福論を展開する

「それにしてもシェリーめ」

 軍医である老人はイライラとした指先で私の足部分をコンコンとこつく。

「勝手に死におって」

 やめろ、ジジイ、ひき肉にするぞ

「やめてください!中には隊長がいるんですよ」
「こいつの言う通りです!それに先生と隊長は古くからの付き合いじゃないですか!」
「フン、ワシにとっては死んで帰ってくるようなやつにかけてやる言葉などないわ。 …まったく、勝手にワシよりも先に死によって」

 哀愁のようなもの感じさせる言葉
 カーナは思いました

 もう茶番はいいから、早く死体安置所にでも連れて行ってくれ
 頼むから…

「先生」
「鎧は後から外せ、とりあえず魔道具だけは回収しておけ」

 え? 今、何て言った?

「でも、さっき僕がやりましたけどシェリー隊長、魔道具を手放さないんです」
「何を言っておるんじゃ、そんなもん力ずくでやれ」

 無理だよ、お前ら程度の力じゃな

「1人で無理なら3人がかりでやれ」

 えっ!さ、3人!?
 ずるいぞ!
 私は1人なのに!?

「いっせーのーせ、でいくぞ」
「はい」
「了解しました!」

 やめて!

「「いっせーのーせ!」」

 くそぉ~~!誰が放すか!
 これはマリアンヌ様が欲している物なんだ!

 ………
 ……

「ぜぇぜぇぜぇ」
「は、放しませんね…」
「ま、魔道具に対する執念が凄すぎる」

 はぁはぁはぁ
 か、勝った
 信念の勝利だ

「最近の若いもんは情けないの。 どけ、ワシがやる」

 老人は手術台に足を置くと、足と手に全ての力を注ぎこんで顔を真っ赤にして力を入れた。

「ぬうぅぅぅううううう!!!」

 ………20秒後

 当たり前だがウンともスンともビクともしなかった。

「ぜぇぜぇぜぇ、これ固すぎるだろ! これ本当に生きてるような力では無いか!」

 呼吸不全を起こしたような息遣いをしながら老人医師は魔道具から手を放す。

「だから言ったじゃないですか、今僕たち3人がかりでやって無理だったのに」

 早く諦めろ
 そして私を死体安置所に連れて行け
 そうすればラクに殺してやる

 甲冑の中で黒い笑みを浮かべるカーナ
 その気持ちが伝わったのか、老人医師は諦めのため息を大きく吐いた。

「仕方ない」

 老人は何か決心したかのように背を向ける。
 そして「よいしょっ」という声と共に重い金属の音が床を打つ。

「この剣で腕ごと切り落とすんじゃ」

 ええええええええええええ!!!!!!???????

しおりを挟む

処理中です...