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【第4章】 三日月峠の戦い
62 月夜の夜に・アトラス編⑤
しおりを挟む現在、この軍においての事実上の最高責任者が死んだ
本来こういった場合、その次に階級が高い人間が引き継いで陣頭指揮を取るのだがそれもない
まぁ、私がこの軍に入ったことによってシェリー殿率いる尖鋭部隊が森の中の部隊に合流したこともあるのだとうが、それを考慮したとしても、これは…
蜘蛛の巣を突いたように慌てふためく城内、既に全員の酔いは完全にさめていた
「どこの国の軍だろうが頭を潰されると脆いという共通点は変わらないようだね」
そんな兵士達をよそに元副官は考える。
「………」
やはりドドリスを引きとめられなかったのは痛かった
認めたくは無いが、あの老体は私には無い統率力があった
私が長年得ようとしたが手に入らなかったもの
それは年老いた年齢と経験がなせる技か?
それとも彼自身が生まれもって持ちえていた産物か?
討ち取られた以上、もはや本人に問うことすら出来ないか
何にしてもこの状況を何とかしなければ
ということは今現在、一番の懸案事項は頭を失ったこの部隊にどこまでの自力が残っているか…か
兵士は夜空に顔を向けて声が拡散するように言った。
「ムンガルとその部隊はドドリス隊長の部隊1千を押しのける形でこちらに向かってきています!ここまで来るのは時間の問題かと!」
ドドリス死亡からここまで10分も経っていない
にも関わらず、すぐそこまで攻めてきている状況を考えると、おそらくムンガルの部隊にいる爵位を持つ3人の誰か…いや全員かもしれないが、事前に示し合わせていた可能性が高い。
一騎打ち終了と同時に結果がどうであれ攻め上がる算段を立てていたのだろう。
ということはドドリスが勝とうが負けようがこの結果は変わらなかったということか
「まったく、敵になって初めて実感するとはね」
本当に白旗をあげたくなるほど優秀な元部下たちだ
しかし羨んでいる時間は無い
もちろん悩んでいる時間も無い
戦況は不利ではなく、こちらの圧倒的有利
不利に見えるとのは実質の大将を失ったことによる士気の低下からくる幻影
数もこちらが圧倒的に多い
そもそもダイアル城塞を押さえている時点でそうそう敗北は無い
ならば私が取る方法は
元副官は頭の中で廻らせた思考をそのまま声に乗せた。
「すぐに城塞の正門を閉じてください!」
ひょろっこい棒のような体からは想像も出来ない大声だった
城内の兵士達が少し止まる
だが、すぐに言葉の意味を理解した1人の兵士がこう言った
「しかしまだドドリス隊長と共に出た1千の兵が戻っていません! 彼らが戻るまで待ったほうが」
「そんなことをしていたらムンガルの部隊がこのダイアル城塞に入ってきてしまう!そうなってからでは遅い、手遅れになる前に早く城壁を閉めなさい!」
「そうなったとしても、こちらには城内にまだ2千の兵がいます!1千の兵と協力すればたったムンガルと1千の兵など-」
「プルートの兵を甘くみてはいけないよ。 特にムンガルの部隊はムンガルだけが脅威なのではない『鉄壁のムンガル』これはムンガル将軍が長い月日を共に駆けてきた部隊と共に手に入れた異名であって他ならない」
元副官は自分の喉元に指を押し当てると真横に線を引く
「だからこそドドリス殿も簡単に敗北した」
たじろぐように周囲にいた兵士たちは後退る
それを目で確認すると最後に止め刺すように元副官は全員に向かって言った。
「いいのかい? プルートに負けても?」
外郭塔にいる元副官を見上げる何千もの兵
全員の生唾を飲む「ごくり」という音が聞こえた
そして次の瞬間、全員はすぐさま行動に移した
「すぐに城門の閉鎖に取り掛かれ!」
「ハイ!」
………
……
程なくして城門は閉じられたのであった。
「城門閉鎖完了しました!!」
「そう、ご苦労様」
これで唯一の進入経路は絶った、ネズミ一匹とてもうダイアル城塞に入ることは出来ない。
あとは
「すぐに矢を放ってください、その中に仕込ませるように毒矢を混ぜてです」
「ハッ!了解しました!」
直に矢の効果を示す報告が元副官の元に届いた
結果が芳しくないという悲報であった
例えその現状を目の当りにしなくても、例えその報告の詳細を聞かなかったとしても、元副官にはこの結果は事前に分かっていた。
彼らプルート軍は長年に渡ってこのダイアル城塞を守ってきた
それは裏を返せば城塞の内部構造も知り尽くしていることを意味している
どこから矢が飛んでくるかも手に取るように分かるのだろう
しかも防衛戦に長けたムンガル将軍が先頭しにいるのであれば尚のこと
「やはり、こうなりましたか」
一方、城門の前からは攻め上がってくるプルート軍と篭城しながら迎え撃つアトラス軍に挟まれる形で取り残されたドドリスの部隊が「開けてくれ!」と叫ぶ声が分厚い壁越しに城内に入ってきた。
元副官は黙って首を振る
それどころが無情とも思える策を兵たちに言うのであった。
「城内にある油を坂にまいてください、樽ごとで構わない」
「油ですか!?」
「ええ、そのあとすぐに火を放ちます」
「そんな非道な」
元副官はどう喝するように近くにあった壁を叩いた
「それほどのことをしないとやつらは止まらない!」
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