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一章
第一話
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まもなく日没を迎えるころ、茜に染まる空の下、王国騎士団の団員らは前線基地へと帰還した。
基地の中は、すでに食欲をそそる香りで満ちている。
炊事係に混ざって立ち働いていた救護班のユリア=キルステンは、帰還した騎士団員たちの姿に真っ先に気づいた。
「あっ! 皆さん、お帰りなさい!」
エプロン姿のまま、束ねた深紅の髪をしっぽのように揺らしながらユリアは団員らに駆け寄る。
団員らの鎧はあまり傷ついておらず、負傷している様子もない。
部隊の先頭にいた副官がユリアに気づき、姿勢を正して小さく敬礼をした。
「ただいま帰還いたしました。損害なし、全員無事です」
「そうなんですね! よかった……! 皆さん、本当にお疲れ様でした」
ほっと安堵の息をついて、ユリアは花がほころぶような笑みを浮かべた。
副官はわずかに頬を赤らめると、照れ隠しのように軽く会釈を残し、足早に去っていった。
副官に続いて、他の団員達も続々と基地内に入って来る。
誰一人欠けずに戻って来たことに、ユリアは胸をなでおろす。
「戻ってきてすぐに温かい食事が待ってるなんて最高っす……」
「いやあ、助かるよ。救護班はもう上がっていいのに手伝ってもらってさ」
「いいんです、私がやりたくてしていることなので」
これは謙遜ではなく、本心だ。
騎士団のために働いているときは、自分は役立たずではないと思える。
「うっ、聖女すぎるだろ……!」
「まったく、俺にもこんなに可愛くて優しい嫁さんがいればなあ」
「えっ! あ、あはは……」
ユリアが返答に困っていると、団員の背後から低い声が響いた。
「そこ、迷惑をかけるな。彼女は作業中ですよ」
「あっ――」
そこには、王国騎士団の団長であり、『白銀の盾』の異名を持つ騎士団最強格の一人、ラインハルト=フォン=ベルンシュタインが立っていた。
深いサファイアの瞳を隠さぬよう、漆黒の髪は無駄なく短く整えられている。
背筋は常に真っ直ぐで、その立ち姿だけで周囲の空気が引き締まる。
「うわっ、団長!? す、すみませんでした」
ユリアと話していた団員たちは、慌てて姿勢を正し、その場を離れていった。
ラインハルトは大きな手を胸に当て、小さく息をつくと、ユリアの目線に合わせるように向き直った。
「仕事の邪魔をしてしまい申し訳ありません」
ラインハルトの凛々しい眉がハの字に寄っていた。
その困ったような表情は、普段の威厳からは想像もつかないほど、どこか愛らしい。
「い、いえ! 今日も皆さんご無事で何よりです、ラインハルト様もお疲れ様でした」
「ありがとうございます。ユリアさんも無理しないでくださいね」
「……っ! はい、ありがとうございます!」
(ラインハルト様……私の名前、覚えてくれてたんだ……)
名前を呼ばれただけなのに、顔に熱が集まってくるのがわかる。
去っていくラインハルトの背中を、無意識に目で追っていた。
ユリアは、ラインハルトにひそかに想いを寄せていた。
始まりは、ただの羨望だった。
何ひとつ持たない自分とは違い、彼は地位も実力も備えていたから。
けれど、騎士団長でありながら決して奢らず、誰よりも誠実であろうとする姿を、ユリアはずっと間近で見てきた。
その背を遠くから見つめているうちに、いつの間にか、羨望は恋に変わっていた。
影ながらラインハルトを支えられるならそれでいい、そう思っていた。
――あの夜、事件が起きるまでは。
基地の中は、すでに食欲をそそる香りで満ちている。
炊事係に混ざって立ち働いていた救護班のユリア=キルステンは、帰還した騎士団員たちの姿に真っ先に気づいた。
「あっ! 皆さん、お帰りなさい!」
エプロン姿のまま、束ねた深紅の髪をしっぽのように揺らしながらユリアは団員らに駆け寄る。
団員らの鎧はあまり傷ついておらず、負傷している様子もない。
部隊の先頭にいた副官がユリアに気づき、姿勢を正して小さく敬礼をした。
「ただいま帰還いたしました。損害なし、全員無事です」
「そうなんですね! よかった……! 皆さん、本当にお疲れ様でした」
ほっと安堵の息をついて、ユリアは花がほころぶような笑みを浮かべた。
副官はわずかに頬を赤らめると、照れ隠しのように軽く会釈を残し、足早に去っていった。
副官に続いて、他の団員達も続々と基地内に入って来る。
誰一人欠けずに戻って来たことに、ユリアは胸をなでおろす。
「戻ってきてすぐに温かい食事が待ってるなんて最高っす……」
「いやあ、助かるよ。救護班はもう上がっていいのに手伝ってもらってさ」
「いいんです、私がやりたくてしていることなので」
これは謙遜ではなく、本心だ。
騎士団のために働いているときは、自分は役立たずではないと思える。
「うっ、聖女すぎるだろ……!」
「まったく、俺にもこんなに可愛くて優しい嫁さんがいればなあ」
「えっ! あ、あはは……」
ユリアが返答に困っていると、団員の背後から低い声が響いた。
「そこ、迷惑をかけるな。彼女は作業中ですよ」
「あっ――」
そこには、王国騎士団の団長であり、『白銀の盾』の異名を持つ騎士団最強格の一人、ラインハルト=フォン=ベルンシュタインが立っていた。
深いサファイアの瞳を隠さぬよう、漆黒の髪は無駄なく短く整えられている。
背筋は常に真っ直ぐで、その立ち姿だけで周囲の空気が引き締まる。
「うわっ、団長!? す、すみませんでした」
ユリアと話していた団員たちは、慌てて姿勢を正し、その場を離れていった。
ラインハルトは大きな手を胸に当て、小さく息をつくと、ユリアの目線に合わせるように向き直った。
「仕事の邪魔をしてしまい申し訳ありません」
ラインハルトの凛々しい眉がハの字に寄っていた。
その困ったような表情は、普段の威厳からは想像もつかないほど、どこか愛らしい。
「い、いえ! 今日も皆さんご無事で何よりです、ラインハルト様もお疲れ様でした」
「ありがとうございます。ユリアさんも無理しないでくださいね」
「……っ! はい、ありがとうございます!」
(ラインハルト様……私の名前、覚えてくれてたんだ……)
名前を呼ばれただけなのに、顔に熱が集まってくるのがわかる。
去っていくラインハルトの背中を、無意識に目で追っていた。
ユリアは、ラインハルトにひそかに想いを寄せていた。
始まりは、ただの羨望だった。
何ひとつ持たない自分とは違い、彼は地位も実力も備えていたから。
けれど、騎士団長でありながら決して奢らず、誰よりも誠実であろうとする姿を、ユリアはずっと間近で見てきた。
その背を遠くから見つめているうちに、いつの間にか、羨望は恋に変わっていた。
影ながらラインハルトを支えられるならそれでいい、そう思っていた。
――あの夜、事件が起きるまでは。
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