追放された無能聖女は、隣国の竜騎士公爵に「君の魔力は世界一美味しい」と愛でられる

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三十三話

 黒が、砕け散った。

 音はなかった。

 ただ、長く張り詰めていた何かが、ふっとほどける気配だけが広がる。

 ミリアの身体を覆っていた瘴気が、砂のように崩れ、光の粒となって消えていく。

「……浄化、完了」

 エルサの声は、かすれていた。

 だが、その手は最後まで核を押さえ続けている。

 完全に、残滓が消えるまで。

 決して、気を緩めない。

 結界の中心で。

 ミリアの身体から、力が抜けた。

「……おねえ、さま……?」

 震える、小さな声。

 もう、あの濁りはない。

 エルサの視界が、にじんだ。

「……ミリア」

 呼んだ瞬間。

 張り詰めていた魔力の糸が、ぷつりと切れた。

 視界が、大きく揺れる。

「エルサ!」

 鋭い声と同時に、身体が強く引き寄せられた。

 倒れ込む寸前、カイルの腕がしっかりと支える。

「……だい、じょうぶ……です……」

 そう言いながらも、エルサの指先はわずかに震えていた。

 魔力の消耗が、想定以上に深い。

 カイルの眉間に、深い皺が刻まれる。

「どこがだ。顔色が紙だぞ」

「少し……使いすぎただけ、です」

 それでも、エルサの視線はミリアから離れない。

 結界が静かに解けていく。

 光の粒が、ゆっくりと宙に溶けた。

 その中心で。

 ミリアが、ゆっくりと身を起こした。

「……ここ……」

 きょろ、と周囲を見回し。

 そして。

 エルサを見つけた瞬間。

 大きな瞳が、みるみる潤んだ。

「おねえさま……っ」

 次の瞬間、勢いよく飛び込んでくる。

「――わっ」

 受け止めようとして、エルサの膝がわずかに揺れた。

 その背後から、無言でカイルの腕が支えに入る。

 結果的に。

 三人、奇妙に密着する形になった。

「……あの」

「動くな」

 即答だった。

 低い声。

 だが、先ほどまでの戦闘の緊張とは違う。

 ほんのわずか、力を抜いた響き。

 ミリアは、そんな二人の様子に気づかず、エルサの服をぎゅっと掴んでいる。

「こわかった……ずっと、声がして……体、動かなくて……」

「もう大丈夫です」

 エルサは震える妹の背を、そっと撫でた。

 優しく。

 何度も、確かめるように。

「全部、終わりました」

 その言葉に。

 ミリアの肩から、ようやく力が抜ける。

 洞窟の奥で。

 最後に残っていた黒い残滓が、ふっと消えた。

 ――だが。

 それを見つめるカイルの銀の瞳だけは、わずかに細められていた。

 完全に消えたにしては。

 静かすぎる。

 胸の奥に、微かな違和感が残る。

「……カイル様?」

 エルサが小さく呼ぶ。

 カイルは一瞬だけ視線を和らげ――

 すぐに、いつもの低い声に戻った。

「……いや。ひとまずは、終わりだ」

 そう言いながらも。

 彼の視線は、ほんの一瞬だけ。

 ミリアの胸元――

 核があった位置に、鋭く落ちていた。
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