追放された無能聖女は、隣国の竜騎士公爵に「君の魔力は世界一美味しい」と愛でられる

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三十四話

 ミリアは、まだエルサの胸元に顔を埋めたまま、小さく息を整えている。

 その背は、もう先ほどのような不自然な硬さはない。

 だが。

 カイルの視線は、離れなかった。

 ――残っている。

 確信に近い違和感。

 消えたはずの瘴気の“流れ”が、ほんのわずかだが、底に沈んでいる。

 極薄。

 ほとんど無害。

 しかし。

 竜騎士として長年魔力の戦場を渡ってきた感覚が、静かに警鐘を鳴らしていた。

「……ミリア」

 低く呼ぶ。

 ミリアがびくりと肩を揺らし、そっと顔を上げた。

「は、はい……?」

 怯えは薄れている。

 瞳の色も、完全に元に戻っている。

 それでもカイルは、慎重に言葉を選んだ。

「体に、違和感はないか」

「違和感……?」

 ミリアはきょとんと瞬きをし、自分の胸元に手を当てる。

 しばらく、黙って確かめて――

 小さく首を振った。

「……ううん。ちょっと、だるいけど……それだけです」

 エルサが、ほっと息を吐く。

 だがカイルは、すぐには頷かなかった。

 数秒。

 静かな観察。

 そして――

「……そうか」

 ようやく、短く答える。

 その声音は落ち着いている。

 だが。

 エルサだけは気づいた。

 彼が、“完全には納得していない”ことに。

「カイル様」

 小さく呼ぶ。

 カイルの視線が、わずかにこちらへ向く。

 エルサは声を潜めた。

「……残っていますか」

 直球だった。

 カイルの眉が、ほんのわずかに上がる。

 誤魔化しは通じないと悟ったのか、彼は小さく息を吐いた。

「……ごく微量だ」

 やはり。

 エルサの胸が、ひやりと冷える。

「ただし」

 カイルはすぐに続けた。

「今すぐどうこうなる濃度じゃない。むしろ、ほぼ無害に近い」

「……近い、というのは」

「ゼロではない、という意味だ」

 はっきりと。

 逃げのない言葉。

 ミリアが不安そうに二人を見上げる。

「わ、わたし……まだ、おかしいですか……?」

「いいえ」

 エルサは即座にしゃがみ込み、視線を合わせた。

 柔らかく、しかし強く言い切る。

「今のあなたは、ちゃんと元に戻っています」

 その言葉に、ミリアの肩の力が少し抜ける。

 エルサは続けた。

「ただ、念のため――しばらく経過を見ましょう。完全に根を断つために」

「……はい」

 素直な返事。

 その様子を見て、カイルもそれ以上は何も言わなかった。

 だが。

 彼の視線だけが、静かに鋭さを保っている。

 洞窟の奥。

 完全に消えたはずの闇。

 その“底”に――

 ほんの一瞬だけ。

 誰にも気づかれないほど微かに。

 黒い粒子が、脈打った。
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