追放された無能聖女は、隣国の竜騎士公爵に「君の魔力は世界一美味しい」と愛でられる

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三十七話

 エルサの背筋に、冷たいものが走った。

「ミリア、しっかりして」

 肩を支え、静かに呼びかける。

 ミリアは一度、ゆっくりと瞬きをした。

 焦点が、戻る。

「あ……ご、ごめんなさい……」

 はっとしたように周囲を見回し、慌てて姿勢を正した。

「わ、私……今……」

「大丈夫です」

 エルサはすぐに微笑んだ。

 安心させるための、いつもの柔らかな表情。

「意識ははっきりしていますか?」

「はい……あの、ちょっとだけ、ぼーっとしましたけど……」

 頬に手を当て、ミリアは不思議そうに首を傾げる。

「でも……さっきより、体が軽い気がします」

 その言葉に、カイルの視線がさらに鋭くなった。

「軽い?」

「は、はい。さっきまでのだるさが、少し抜けたみたいな……」

 エルサは静かに息を吸い、もう一度だけ魔力を探った。

 胸元。

 心臓の鼓動。

 流れる魔力。

 ――確かに。

 先ほど感じた微弱な“何か”が、わずかに整っている。

 不安定だった波が、ほんの少しだけ、彼女の結界の律動に寄ってきている。

(……順応、している?)

 あり得ない。

 少なくとも、これまでの常識では。

 エルサはゆっくりと手を離した。

「……ひとまず、急変の兆候はありません」

 そう告げながらも、声音はわずかに慎重だ。

 カイルが低く問う。

「経過観察が必要だな」

「はい」

 エルサは素直に頷いた。

「ただ……」

 少し迷い、言葉を選ぶ。

「悪化の気配は、今のところ感じません。むしろ――」

「むしろ?」

 カイルの促し。

 エルサは、ミリアの顔色をもう一度確かめてから言った。

「……安定方向に向かっています」

 短い沈黙。

 カイルは数秒だけ考え込み――

 やがて、静かに息を吐いた。

「……ならば、ここに長居は無用だ」

 即断。

 実務的な判断。

「一度邸へ戻る。精密に調べ直す」

「わかりました」

 エルサも同意する。

 洞窟の奥に残る違和感。

 ミリアの胸に芽生えた未知の反応。

 どちらにしても、ここで判断を下す段階ではない。

「立てますか、ミリア」

「は、はい。大丈夫です」

 ミリアはゆっくりと立ち上がった。

 足取りは、先ほどより明らかにしっかりしている。

 その様子を確認し、カイルが短く告げた。

「俺の後ろにいろ。外まで一気に出る」

 言葉と同時に、彼の周囲に薄い防護の魔力が展開される。

 エルサは小さく息を整え――

 自分の結界を、三人を包むように重ねた。

 淡い光が、静かに満ちる。

 その瞬間。

 洞窟のさらに奥。

 光の届かない最深部で――

 誰にも聞こえないほど微かに。

 何かが、愉しげに軋んだ。
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