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三十九話
闇の奥で、何かが蠢いた。
――ぬるり。
岩肌にこすれる湿った音。
次の瞬間。
横穴の奥から、ゆっくりと姿を現したのは――
黒い、殻。
人の背丈ほどもある異形の塊だった。
表面は甲虫のように硬質で、しかし所々が脈打つように膨らみ、呼吸しているかのように見える。
中央。
ひび割れた殻の隙間から、赤黒い光が滲んでいた。
ミリアが、小さく悲鳴を呑み込む。
「ひっ……」
カイルの剣が、静かに抜き放たれた。
金属音が、短く鋭く響く。
「エルサ」
「はい」
「結界、最大密度で維持しろ」
「了解です」
即答。
エルサの足元から、淡い光が幾重にも重なって広がる。
三重。
四重。
空気そのものが、澄んだ膜に包まれていく。
その瞬間。
黒い殻が――
びき、と音を立てて裂けた。
中から現れたのは、肉のように蠢く深紅の核。
そして。
それは、明確な“意志”を持って――
三人の方へ、ゆっくりと向いた。
(……魔物じゃない)
エルサの背筋に冷たい汗が流れる。
これは、通常の魔物の魔力の流れではない。
もっと――
歪で。
混ざり合っていて。
そして、どこか――
(……結界に、似て……?)
その思考が浮かんだ瞬間。
核が、脈打った。
どくん。
強い鼓動。
同時に。
ミリアの体が、びくんと大きく震えた。
「っ……!」
「ミリア!」
エルサが振り向く。
ミリアは胸を押さえ、息を乱していた。
だが。
その顔に浮かんでいたのは、恐怖だけではない。
困惑。
そして――
「……呼んでる……」
かすれた声が、落ちた。
洞窟の空気が、凍りつく。
カイルの瞳が、氷のように細まる。
「……何がだ」
低い問い。
ミリアは、震える指で黒い殻の怪物を指さした。
唇が、わななく。
「……あれが……」
一拍。
そして。
「――わたしを、呼んでる」
エルサの心臓が、強く跳ねた。
「……ミリア」
静かに呼びかける。
ミリアの瞳は、怪物へと釘付けになっていた。
焦点が合っているのか、いないのか――
判別がつかない、奇妙な揺らぎ。
「聞こえるのか」
カイルの声は、低く、刃のように鋭い。
ミリアは小さく頷いた。
「声……じゃ、ない……けど……」
胸元をぎゅっと掴む。
「ここが……引っ張られる……」
その瞬間。
どくん、と。
黒い核が、大きく脈打った。
同時に、ミリアの体が前へよろめく。
「きゃ……!」
反射的に、エルサが抱き止めた。
「ミリア、だめ!」
強く引き寄せる。
しかし。
エルサの腕の中で、ミリアの胸元の“あたたかさ”が、明確に強まっていた。
――共鳴している。
嫌な確信が、背筋を冷やす。
「エルサ」
カイルの低い声。
「断てるか」
一瞬の逡巡。
だがエルサは、きっぱりと言った。
「……やってみます」
すぐに目を閉じる。
ミリアの内側へ、意識を潜らせる。
感じ取る。
流れを。
絡みつく微細な糸のような魔力を。
(……これ……!)
見えた。
ミリアの胸の奥から、極細の“線”が伸びている。
肉眼では決して見えない、魔力の導線。
それが――
黒い核と、繋がっている。
ぞわり、と鳥肌が立つ。
こんな術式、見たことがない。
だが、やるしかない。
エルサは静かに息を吸い――
結界の制御を、一段階深い層へ沈めた。
「――遮断」
小さく、しかし確かな詠唱。
指先から、極薄の光糸が伸びる。
狙うのは、ただ一点。
ミリアと核を繋ぐ、異質な導線。
そして――
触れた、瞬間。
洞窟全体が、びり、と震えた。
黒い核が、激しく脈動する。
ぎ、ぎ、ぎ――!
殻が軋み、赤黒い光が一気に濃くなる。
ミリアが、悲鳴を上げた。
「っ、ああ……!!」
「ミリア!」
エルサの額に汗が滲む。
(強い……!)
想定以上に、絡みが深い。
まるで――
最初から“組み込まれていた”みたいに。
その瞬間。
カイルの殺気が、爆ぜた。
「――下がれ、エルサ」
次の刹那。
彼の姿が、消えた。
――ぬるり。
岩肌にこすれる湿った音。
次の瞬間。
横穴の奥から、ゆっくりと姿を現したのは――
黒い、殻。
人の背丈ほどもある異形の塊だった。
表面は甲虫のように硬質で、しかし所々が脈打つように膨らみ、呼吸しているかのように見える。
中央。
ひび割れた殻の隙間から、赤黒い光が滲んでいた。
ミリアが、小さく悲鳴を呑み込む。
「ひっ……」
カイルの剣が、静かに抜き放たれた。
金属音が、短く鋭く響く。
「エルサ」
「はい」
「結界、最大密度で維持しろ」
「了解です」
即答。
エルサの足元から、淡い光が幾重にも重なって広がる。
三重。
四重。
空気そのものが、澄んだ膜に包まれていく。
その瞬間。
黒い殻が――
びき、と音を立てて裂けた。
中から現れたのは、肉のように蠢く深紅の核。
そして。
それは、明確な“意志”を持って――
三人の方へ、ゆっくりと向いた。
(……魔物じゃない)
エルサの背筋に冷たい汗が流れる。
これは、通常の魔物の魔力の流れではない。
もっと――
歪で。
混ざり合っていて。
そして、どこか――
(……結界に、似て……?)
その思考が浮かんだ瞬間。
核が、脈打った。
どくん。
強い鼓動。
同時に。
ミリアの体が、びくんと大きく震えた。
「っ……!」
「ミリア!」
エルサが振り向く。
ミリアは胸を押さえ、息を乱していた。
だが。
その顔に浮かんでいたのは、恐怖だけではない。
困惑。
そして――
「……呼んでる……」
かすれた声が、落ちた。
洞窟の空気が、凍りつく。
カイルの瞳が、氷のように細まる。
「……何がだ」
低い問い。
ミリアは、震える指で黒い殻の怪物を指さした。
唇が、わななく。
「……あれが……」
一拍。
そして。
「――わたしを、呼んでる」
エルサの心臓が、強く跳ねた。
「……ミリア」
静かに呼びかける。
ミリアの瞳は、怪物へと釘付けになっていた。
焦点が合っているのか、いないのか――
判別がつかない、奇妙な揺らぎ。
「聞こえるのか」
カイルの声は、低く、刃のように鋭い。
ミリアは小さく頷いた。
「声……じゃ、ない……けど……」
胸元をぎゅっと掴む。
「ここが……引っ張られる……」
その瞬間。
どくん、と。
黒い核が、大きく脈打った。
同時に、ミリアの体が前へよろめく。
「きゃ……!」
反射的に、エルサが抱き止めた。
「ミリア、だめ!」
強く引き寄せる。
しかし。
エルサの腕の中で、ミリアの胸元の“あたたかさ”が、明確に強まっていた。
――共鳴している。
嫌な確信が、背筋を冷やす。
「エルサ」
カイルの低い声。
「断てるか」
一瞬の逡巡。
だがエルサは、きっぱりと言った。
「……やってみます」
すぐに目を閉じる。
ミリアの内側へ、意識を潜らせる。
感じ取る。
流れを。
絡みつく微細な糸のような魔力を。
(……これ……!)
見えた。
ミリアの胸の奥から、極細の“線”が伸びている。
肉眼では決して見えない、魔力の導線。
それが――
黒い核と、繋がっている。
ぞわり、と鳥肌が立つ。
こんな術式、見たことがない。
だが、やるしかない。
エルサは静かに息を吸い――
結界の制御を、一段階深い層へ沈めた。
「――遮断」
小さく、しかし確かな詠唱。
指先から、極薄の光糸が伸びる。
狙うのは、ただ一点。
ミリアと核を繋ぐ、異質な導線。
そして――
触れた、瞬間。
洞窟全体が、びり、と震えた。
黒い核が、激しく脈動する。
ぎ、ぎ、ぎ――!
殻が軋み、赤黒い光が一気に濃くなる。
ミリアが、悲鳴を上げた。
「っ、ああ……!!」
「ミリア!」
エルサの額に汗が滲む。
(強い……!)
想定以上に、絡みが深い。
まるで――
最初から“組み込まれていた”みたいに。
その瞬間。
カイルの殺気が、爆ぜた。
「――下がれ、エルサ」
次の刹那。
彼の姿が、消えた。
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