霊媒姉妹の怪異事件録

雪鳴月彦

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第一章:憎愛の浄化

憎愛の浄化 18

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「聞いた話によれば、伊藤さんは歩道橋の中央付近ではなくて、端の方から落下したということだから、恐らくはこの辺りから落ちたとイメージしておけば良いでしょうね」

 階段を上り終えてすぐの場所。その足元を指差しながら、私は言った。

「うん。あっち側の端かもしれないけどね。でも、どっちかなんてのは重要じゃないか」

 夢愛も同意をしつつ、まるで紫煙を吐き出すような仕草で白い息を中空に霧散させる。

「そう、左右どちら側の端から落ちたかなんて、どうでもいい。疑問の一つとなり得るのは、何故端から落ちる必要があったのか。本気で自殺をしたいなら、端から落ちるよりも中央から落ちた方が確実性は増すはずなのよね」

「だね。高低差は同じでも、落ちた後の展開が全然違う。真ん中から落ちれば、死に損なっても偶然通りかかった車にねてもらえたかもしれないのに」

「考えられることとしては、気を遣ったのかしら? 自分の自殺に他人を巻き込みたくない、みたいな。そういう理由で、死に場所を樹海のような静かな空間を選ぶ人もいると聞いたことがあるし」

「そういうの、根が真面目な人に多いイメージ。でもさ、ここは違くない? 車を運転する人たちに配慮するのは良いけど、それならそもそもここから落ちることにこだわる必要性があると思えないよ。それこそ、さっきお姉ちゃんが言ったように、学校の窓から飛んだ方がまだ腑に落ちる気がする」

「そうなのよね。この場所まで来たときに、衝動的に自殺をしてしまったというのなら、理屈は通じるけど……まずそんなことはないでしょうし」

 伊藤さんが人生の最期にとった、どうにも不可解な行動。

 こんな場所で不自然な自殺をし、尚且つ生前特に仲が良かったわけでもない水科さんへ付きまとう霊体へ成り果てる。

 それも、四六時中というわけではなく、交際している彼氏のことを考えた瞬間だけ。

「後さぁ、さっきからもう一つ気になってることがあるんだけど……お姉ちゃんも気づいてるよね?」

 カサリと音がしてそちらを見れば、夢愛が飴玉の小袋を取り出し、その中に包装されていた薄ピンクの甘い塊を口へ放り込むところだった。

「そうね。ここに着いたときから探しているけれど、自殺した本人の気配がほぼ感じられない。ここにいたっていう仄かな残留思念はあるけれど、それだけ。成仏をしているわけでもなさそうだし、どこか別の場所へ移動しているはずだわ」

 歩道橋の下を、明らかにスピード違反をしている車が一台走り去っていく。

 それを無関心に見送りつつ、私はやれやれという思いで寒空へ息を吐き出した。

「現場の状況の把握。そして伊藤さんは地縛霊になっているわけではない、ということだけがここでの収穫ね。となると、次に行かなくてはいけないのは、彼氏さんの元かしら」

 人生の終焉を迎えたはずのこの場所に、伊藤さんの霊は存在しない。

 あったのは、その名残り。つい先程まで誰かが座っていたことを示す、微かな温もりだけが感じられる座布団に触れたような、そんな手応えしか得られなかった。

「彼氏……多田さん、だっけ? 居場所とか連絡先はわかるの?」

「いいえ。聞いてなかったわ。面識のない私たちだけで会おうとしても、きっと警戒されるでしょうから、今度は水科さんの協力を得るのが無難ね」

「今から?」

「まさか。いきなりじゃあ、水科さんも彼氏さんも困るだろうから、取りあえず今日はここまで。水科さんには後で連絡をして、明日にでも彼氏さんと会わせてもらいましょう。きっと、それで何かしらの進展はあるはずよ」

 新年早々、霊的なものが絡む事件に巻き込まれる彼氏も大変だろうなと、そんな同情心がほんのりと浮かんだが、こちらもお金を貰う立場として動いている以上は割り切らせてもらわなくてはいけない。

「それじゃあ、今日はもう自由だね。良かった、思いのほか早く終われて」

 速やかに家へ戻りたいと言わんばかりに踵を返し、夢愛は階段を下り始める。

 それに倣うようにして私も後に続き、ふと階段の途中で足を止め振り返る。

「…………」

 特に何もない、殺風景な光景。

 そこに、ほんの一瞬だけ悔しさのような感情が停滞しているのを感じた気がしたのだが、それはあまりにも希薄ですぐに霧散してしまい、冷たい風に巻かれるようにして消え去ってしまった。
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