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第一章:憎愛の浄化
憎愛の浄化 26
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見た瞬間は、斜視なのかと思いそうになった。
左右の眼球が、同じ一点を見ていない。僅かに視点がズレている。
故に斜視を疑いかけたのだが、すぐにそうではないのだと理解した。
顔そのものが、左右で違う。
右半分は、怒っている表情を。そして、左半分は慈愛を滲ませたような、何かを心配する表情。
二つの感情が、一つの顔に現れているのだ。
こんな顔をした存在は、生きている人間はもちろん霊体でも出会ったことがない。
「……伊藤琶澄さん。貴女は、どうして水科さんの前に姿を見せるの? 貴女が自殺したことと、何か関係があるのかしら?」
更に半歩だけ近づいて、私は未だに水科さんを凝視している伊藤さんへと語りかける。
何も反応がないことを覚悟していたが、予想に反して伊藤さんは滑るようなモーションで下げていた顎を上げると、真っ直ぐに私の目を見つめ返してきた。
同時に、左右ちぐはぐだった表情も、ごく普通の表情へと変化する。
これが、本来の顔なのだなと納得する私の胸中を知ることもなく、伊藤さんはたっぷり二秒私と視線を交わすと、そっと右腕を伸ばし水科さんの座る方角を指差してきた。
振り返り、その指差す先を確かめてみても、そこにはこちらを見つめている三人の姿があるだけ。
「指を差されただけじゃ、何を言いたいのかいまいちわからないわ。水科さんに伝えたいことがあるのなら、ここで言いなさい。貴女の代わりに、私が伝えてきてあげる。ただし、貴女は自分の運命を受け入れる努力をしないといけないわ。わかっているでしょうけれど、貴女はもう死んだ存在。いくら水科さんに嫉妬をしても、多田くんをどうにかすることはできない。生者と死者は、結ばれないのよ。そのことだけは――」
瞬発的に、殺気が私の身体を駆け抜けた。
多田くんの名前を口に出した瞬間、伊藤さんの表情に憤怒が浮かび上がりどす黒い霊気がその身体から湧き出てくる。
“……違う”
精神へ直接語りかけてくるような、不思議な声が私の脳に響いた。
それが目の前にいる霊の――伊藤さんの声だと理解して、私は首を傾げながら静かに問いかけた。
「何が、違うのかしら?」
私の言葉の、どこに怒りを放出させる部分があったのか。
自分たちは何か、致命的な見落としや勘違いをしてしまっているのではないかという、漠然とした予感が頭の深層からジワリと滲みだす。
“わたしは、水科さんを恨んでない”
憎悪の気配が、更に高まる。
それでもまだ、生者に強い影響を与える程までには至っていないが、あまり良い傾向でないことは間違いない。
「……伊藤さん、貴女は何に対してそこまで憎しみを募らせているのかしら? どうして頻繁に水科さんを恐がらせるの? 何かしらこの世に未練があるのなら、私は貴女の力になることができるわ。一度怒りを収めて、貴女が抱えているものを私に教えて」
再びイートインへ睨むような視線を向ける伊藤さんの顔すれすれにまで、私は自分の顔を近づける。
それでもまだ、伊藤さんは私の身体越しに水科さんを睨み続けていたが、それにはもう構うことをせずに、私はそっと目を閉じると伊藤さんの頭部に重なるように自らの頭を密着させた。
左右の眼球が、同じ一点を見ていない。僅かに視点がズレている。
故に斜視を疑いかけたのだが、すぐにそうではないのだと理解した。
顔そのものが、左右で違う。
右半分は、怒っている表情を。そして、左半分は慈愛を滲ませたような、何かを心配する表情。
二つの感情が、一つの顔に現れているのだ。
こんな顔をした存在は、生きている人間はもちろん霊体でも出会ったことがない。
「……伊藤琶澄さん。貴女は、どうして水科さんの前に姿を見せるの? 貴女が自殺したことと、何か関係があるのかしら?」
更に半歩だけ近づいて、私は未だに水科さんを凝視している伊藤さんへと語りかける。
何も反応がないことを覚悟していたが、予想に反して伊藤さんは滑るようなモーションで下げていた顎を上げると、真っ直ぐに私の目を見つめ返してきた。
同時に、左右ちぐはぐだった表情も、ごく普通の表情へと変化する。
これが、本来の顔なのだなと納得する私の胸中を知ることもなく、伊藤さんはたっぷり二秒私と視線を交わすと、そっと右腕を伸ばし水科さんの座る方角を指差してきた。
振り返り、その指差す先を確かめてみても、そこにはこちらを見つめている三人の姿があるだけ。
「指を差されただけじゃ、何を言いたいのかいまいちわからないわ。水科さんに伝えたいことがあるのなら、ここで言いなさい。貴女の代わりに、私が伝えてきてあげる。ただし、貴女は自分の運命を受け入れる努力をしないといけないわ。わかっているでしょうけれど、貴女はもう死んだ存在。いくら水科さんに嫉妬をしても、多田くんをどうにかすることはできない。生者と死者は、結ばれないのよ。そのことだけは――」
瞬発的に、殺気が私の身体を駆け抜けた。
多田くんの名前を口に出した瞬間、伊藤さんの表情に憤怒が浮かび上がりどす黒い霊気がその身体から湧き出てくる。
“……違う”
精神へ直接語りかけてくるような、不思議な声が私の脳に響いた。
それが目の前にいる霊の――伊藤さんの声だと理解して、私は首を傾げながら静かに問いかけた。
「何が、違うのかしら?」
私の言葉の、どこに怒りを放出させる部分があったのか。
自分たちは何か、致命的な見落としや勘違いをしてしまっているのではないかという、漠然とした予感が頭の深層からジワリと滲みだす。
“わたしは、水科さんを恨んでない”
憎悪の気配が、更に高まる。
それでもまだ、生者に強い影響を与える程までには至っていないが、あまり良い傾向でないことは間違いない。
「……伊藤さん、貴女は何に対してそこまで憎しみを募らせているのかしら? どうして頻繁に水科さんを恐がらせるの? 何かしらこの世に未練があるのなら、私は貴女の力になることができるわ。一度怒りを収めて、貴女が抱えているものを私に教えて」
再びイートインへ睨むような視線を向ける伊藤さんの顔すれすれにまで、私は自分の顔を近づける。
それでもまだ、伊藤さんは私の身体越しに水科さんを睨み続けていたが、それにはもう構うことをせずに、私はそっと目を閉じると伊藤さんの頭部に重なるように自らの頭を密着させた。
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