霊媒姉妹の怪異事件録

第一章：憎愛の浄化

憎愛の浄化 ３０

　私は僅かに首を横へ動かし、水科さんを見つめる。

「伊藤さんが好きだったのは……水科さん、貴女よ」

「……え？」

「伊藤さんは、貴女に密かな恋をしていたの。だけれど、それを貴女に伝えれば嫌がられるかもしれない。迷惑かもしれない。そういったジレンマに苛さいなまれ、想いを伝えることはせずに過ごしていた」

　滔々とうとうと語る私の言葉に、水科さんはまるで呆気に取られた様子で耳を傾ける。

「それに、水科さんには多田くんという恋人がいることも知っていたから、余計に自分の恋を諦めていたのよ。そんなある日、伊藤さんは偶然にも水科さん以外の女子と遊んでいる多田くんの姿を目撃した。そこで初めて浮気の事実を知ってしまった伊藤さんは、それから暫くの期間多田くんの監視、言い方が悪いけれど、ストーカー的な行為を繰り返していた」

　話が進むにつれ、二人の顔が徐々に蒼白になっていく。

「その結果、多田くんの浮気相手は一人だけじゃないことを突き止め、伊藤さんは騙されている水科さんを助けようと、多田くんへ直接声をかけ水科さんと別れるように説得を試みた。そこでどんなやり取りが交わされたのか、一語一句がわかるわけではないけれど、話の最中に逆上した多田くんは伊藤さんと口論になり、エスカレートした挙句に殺してしまった」

　伊藤さんから感じ取った真実をそこまで語り、私は大きく息をついて二人を見る。

　どちらも、すぐには口を開きそうにはなかった。

　色々な勘違いやショックが入り混じり、思考がまとまらない様子の水科さんと、人生の終焉しゅうえんでも迎えようかとしているのではと思えるくらいに絶望を滲ませた多田くんの顔は、どちらも非日常的な世界の一部のようで、少しだけ可哀想な気持ちが湧いた。

　水科さんへ密かな恋心を抱いていた伊藤さんは、最低な男から愛する人を守りたいと、勇気を出して行動に移し、その結果として殺されてしまった。

　簡略化してしまえば、そういう事件。

「水科さんは、伊藤さんを恐がる必要なんてなかった。彼女は一途なくらいに、貴女の味方だったのだから。だけど多田くん、貴方は別。伊藤さんは、水科さんをたぶらかしていた挙句、自分のことまで手にかけた貴方を本気で敵視しているわ。もし、自分の犯した罪や裏切りに対して償う気持ちがあるのなら、今ここで本心で水科さんへ謝罪し身を引いて。そして、自分の足で自首しなさい。それが、伊藤さんの望んでいることよ」

　青ざめながら身体を小刻みに震わせる多田くんへ、私たち三人の視線が集まる。

　これで、素直に全てを認めてくれるのなら、まだ事態が丸く収まる望みはある。

　水科さんが救われ、伊藤さんの死も事故ではなく殺人だと明るみになれば、それで伊藤さんがこの世に残した未練は解消されるだろう。

　そうすれば、無事に依頼は解決。

　伊藤さんは行くべき場所へ消えていき、水科さんも霊に悩まされることのない、平穏な日常を取り戻すことができるわけなのだが……。

　だけど現実は、そううまく動いてはくれなかった。

「ふ……ふざけんなよ。黙って聞いてりゃ、くだらねぇことヘラヘラ喋りやがって！　意味わかんねぇんだよ！　俺が人殺しだって言いてぇのか？　あぁ？　俺は何もしてねぇよ！　あのブスが理彩と別れろだの裏切るなだのぐだぐだ言っていきなり掴みかかってきたから、軽く突き放しただけだろ。それで勝手に死んどいて、俺のせいか!?」

「た、多田……くん？」