桜の喪失を救うために

雪鳴月彦

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異形との遭遇

異形との遭遇

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 しかし、すぐに訪れるはずの絶望的な衝撃は無く、代わりに身体が受けたのはトンッという僅かな着地感。恐る恐る目を開くと、俺を抱えた桜の足が何事もなかったように地についている。

「じゃあ、行こっか?」

 お姫様抱っこをされた状態の俺に、悪魔少女は笑いかける。

 一瞬、狐に摘ままれたようにポカンとなってしまったが、すぐに気持ちを立て直した。若干もがくようなかたちで、まずは桜の腕から逃れようとするも、異様な力でホールドされてうまくいかない。

「ちょっと、いきなり暴れないでよ。今更抵抗するなんて男らしくないよ?」

「違う……っ! こっ恥ずかしいんだよ、とりあえず下ろせ!」

 こんなシチュエーション誰かに見られでもしたら最悪だ。今のところ人気は無いが、いつ通行人に出くわすかわかったもんじゃない。

「下ろしてもいいけど、雄治、靴履いてないじゃん」

「……お前のせいだろ」

 間近にある顔を睨みながら呻いて、俺は靴下のまま道路に立つと一度庭へ入り、ベランダに置いていたシューズを履いた。

 犬小屋で寝そべっていたポテマヨが尻尾を振りながら出てきたので、軽く頭を撫でておく。こういう時に大人しくしていてくれるのはありがたい。

 じゃあ行こうか、という桜の声に頷いて、俺は隣に並び歩きだした。

 住宅街の夜は思った以上に人の姿が少なかった。途中にあるコンビニなんかはさすがに客がいたりもしたが、そこを過ぎればまた無人の闇が行く手に広がる。

 残業帰りのサラリーマンや、何の用事で出歩いてるのかわからない自転車に乗った中年のおっさん、犬を散歩させている二十代くらいの男性。

 そんな程度の通行人とすれ違い、やがて駅前の広場に辿り着く。

 物陰から覗くようにして周囲の様子を窺うと、予想していた以上に警察の姿が目に付いた。

 事件が起きたばかりならば、やはりこういう状況になるのだろう。パトカーの赤いランプが五台確認できた。

 別の場所にはさらに多く停められているかもしれない。

 警察の人員はどれくらいだろう。ここから確認できるだけでも八人。雰囲気からしてこれで全部というのは考え難い。

「……どうすんだよ。あれ全員、記憶いじって追い出すつもりか?」

 後ろから一緒に様子を窺っていた桜へ、俺は首を向けた。

「うん、それが一番手っ取り早いかもね」

 あっさりと答えて、桜はついっと上空を見上げた。まるで何かを考えるかのように黙り込み、暫くの間漆黒の夜空へ睨むような視線を送り続ける。

 その間、約二十秒と言ったところか。

 意図が掴めず黙ってその様子を眺めていると、桜は何事もなかったかのように顔を戻し広場の先を指差した。

「よし、じゃあ行こっか」

「は? え……?」

 広場へ視線を戻す。

 いったいどういう作用を施したのか、警察たちが次々とパトカーへ乗り込み、俺たちのいる場所とは逆の方向へ走り去っていく。

 たった今まで聞こえていた声や人の気配が、あっという間に消え失せてしまう。ほんの一瞬にして駅前から誰もいなくなり、唖然とする俺の横を悠然とした足取りで桜が通り過ぎて行った。
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