桜の喪失を救うために

雪鳴月彦

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 毒づきながら、片桐へ向かって走りだす。動かずにいればやられてしまう以上、足を止めているのは自殺行為。少しでも敵に標準を定めさせぬよう、撹乱を仕掛けるしかない。

 片手をポケットに入れて、片桐は悠然とした態度で立っている。

 このまま近づいて顔面を一発でも殴れれば、いくらかは気分も晴れそうな気がするが、それを簡単にできないことがもどかしい。

 相手までの距離が詰まりかけたところで、俺はおもむろに走る軌道を変えた。一直線の疾走から、片桐の背後へ迂回するよう僅かに右へそれる。

 間髪入れず、背後で物音。

 首だけで振り向くと、ちょうど今走っていた直線上の地面からサンドワームが飛び出したところだった。

 ――やっぱり待ち伏せてやがったか。

 焦りのない片桐の顔にそんな予感はしていたが、見事に的中だ。

 サンドワームの役目は片桐の護衛。であるならば、片桐に攻撃を仕掛ける者へ優先的に飛び付くのは当たり前。

 ――その習性を利用できれば!

 走っていた足を止め、近場に落ちていた小石を拾う。

 再びサンドワームが姿を隠す。そのままこちらへ移動してきているのか、それとも片桐を守るために様子を探っているかはわからないが、少なくとも襲われずにすむ方法が一つある。

 片桐の周囲を回りつつ、手にした石を投げつけた。大して威力があるわけでもない投石だが、そんなことは問題ではない。

 ――来た!

 片桐の背後から投げられたその小石を弾き飛ばすため、またサンドワームが姿を現した。遠距離から片桐に攻撃を仕掛けていれば、サンドワームはそれを防ぐことを優先しこちらへの攻撃は中断される。

 つまりは、お互い拮抗したような状態を保つことができるわけだ。別に倒すことを考えなくても、時間さえ稼げればそれで良い。

 桜が戻るまでの残りの時間。それを凌ぐ苦肉の攻防。

 足元に転がるガラクタや石を、適当に投げ続ける。予想通りにその全てを叩き落としていくモンスターに、俺は苦笑を漏らした。

「ずいぶんと律儀な護衛だな。設定に従順過ぎんのも、どうかと思うぜ?」

 吹き出す汗が頬をつたう。初秋の気配が漂うとはいえ、まだまだ衰えぬ熱気の中で動き回れば当然ではある。

 疲れと緊張、そして傷の痛みに出血。それら全てが混ざり合い、倦怠感に苛まれる。

 それでも、手を止めることなくサンドワームへ攻撃を繰り広げていくと、やがてぐらりと頭が揺れた。何度も立ちしゃがみを繰り返していたせいか、嫌な目眩が襲う。

 バランスを保とうとたたらを踏みながら転倒を回避するが、その直後、すぐ耳元で空を切る音が聞こえた気がして、俺は訝しげに顔を上げた。

「……あ?」

 すぐ近く。上空に浮かんでいたのは、サンドワームの黒い影。

 驚いて片桐の方へ視線を送ると、そこには今まで相手をしていたサンドワームがいる。

「長沢くん。まさか、相手が一匹しかいないなんてことを、決めつけていたわけじゃないよね?」

 下卑た笑みを浮かべ、片桐が告げたのが聞こえた。

「僕は妥協しない。常にミスのない、完璧な物語を目指してるんだ」

 保ったばかりのバランスを自分の意思で崩し、雑草の生えた地面を転がる。その一瞬後、立っていた場所へサンドワームが落下してくる。

 ギリギリのタイミングで、頭部に穴が開くのを回避できた。
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