桜の喪失を救うために

雪鳴月彦

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「お前が桜に施した設定は、全部無くなった。今なら問題なく攻撃できるぜ」

 余計なしがらみは無くなり、今の桜を存在させているのは、桜本人に関する個人的な設定のみ。片桐への攻撃はもちろん、能力の行使も自由にできる。

 悪魔少女が伸ばした腕が、片桐の頭をしっかりと掴む。

「ふ……ふざけるな!! お前を創ったのは僕だぞ!? たかが設定の分際で――!!」

 何をされるのか察した片桐が、桜の腕を引き剥がそうと必死にもがく。しかし、それで彼女の手が離れる気配は全くない。

 人間よりも遥かに上の身体能力と力。自分自身が考えた設定に、彼は追いつめられていた。

「あたしは、消えるなんて嫌。もっと生きてたいし、雄治たちとも一緒にいたい。だから……、あたしはあなたの思い通りにはなりたくない!」

 成長した子が親に反発し自立しようとするように、桜ははっきりとそう意志を投げつける。

 記憶を無くし、自ら打開策を模索するという設定の元に生み出された悪魔の少女。冷静に考えてみればそれは、自ら成長する資格を与えられていたとも受け取れる。

 ガーディアンや獣人みたいに単純な設定に合わせ、受動的に動いていたわけではなかった。それゆえに、少しずつ自我や感受性も高くなり、そして今の、設定という枠を越えようとする桜を形作ったのだろう。

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

 暗い廃墟に、片桐の叫びが響く。

「……」

 俺は黙ってその光景を見つめ、やがて、力を吸い取られたかのようにその場へ座り込んだ敵を確認し、全てが終わったことを自覚した。

 静かに片桐の頭から手を離し、桜が振り返る。

「……雄治、あたし生きてるよね?」

 少しだけ不安そうに口を開く少女へ、俺は優しく頷く。

「ああ、大丈夫だ。生きてるよ」

 片桐を倒せば桜は自由になる。そう考えると同時に、桜も自動的に消えてしまうのではという万が一の可能性も危惧していた。

 しかし、その不安もどうやら杞憂だったらしい。

 全てが、うまく成功してくれたようだ。

 ゆっくりと桜の側へ歩み寄り、座り込んだまま微動だにしなくなった片桐を見下ろす。

 射程距離ゼロ。全力で発動した桜の能力をまともに受け、記憶の全てが消し飛び人格すらも無くした哀れな創造主。

 相手を殺すようなことはせず、尚且つ二度と桜を消そうとすることも、新たに設定を創り出すこともできなくする倒し方。

 これが俺の、咄嗟に思いついたアイディアの全て。

 自我すら無くしたこの青年はもう、一生自分の能力を使えることはないだろう。

「……自業自得とは言え、惨めだな」

 何もかもを忘却し、下手をすれば動くことすら忘れているのかもしれない。そう思えるほどに、片桐は完全な脱け殻になってしまっていた。

「雄治、これからどうするの? 帰る?」

「ん? ああ、そうだな。とりあえず、こいつ何とかしようぜ? さすがに、ここにこのままってわけにもいかねぇし」

 横からこちらを覗き込む桜へ答えながら、片桐を指差す。

「どっか適当に……、病院の前辺りに置いておけば死にはしないだろ」

「うん、了解」

 素直に頷く悪魔少女を確認してから、俺は鼻から大きく息を吐き出した。

 長いのか短いのかわからない戦いが、やっと終わった。

 生き残る手段など一切無いのではという絶望的な中、こうして誰も死ぬことなく終わりを迎えられたことは、我ながら奇跡としか思えない。
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