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第一章:偽りの招待状
偽りの招待状 1
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「久しぶりね、恭一。四年ぶりくらいかしら?」
七月三日、月曜日。午後一時四十分。
昼下がりの微睡むような時間帯に突然現れたその女性は、お兄ちゃんの前に立つと馴れ馴れしい調子でそう口を開いた。
見た目に比例させたように綺麗な声だなと思いつつ、あたしは来客用のコーヒーとお菓子の用意を始める。
「…………ああ、誰かと思えば詩織か。そんな恰好をしているから、昔の面影と合致しなかった」
「昔って、学生時代のこと? 私もう二十六だよ? いつまでも若くなんかないって」
このやり取りは、どう考えても初対面ではなさそうだ。
学生時代という単語が出てくるってことは、高校のときの知人だろうか。
前触れもなく現れた正体不明の来客をこっそりと観察しながら、二人の会話へ意識を集中させる。
「普段は会わず、電話やメールでのやり取りもない。となれば、オレの中にある詩織のイメージは昔のままで止まっているのが当然だ。オレには千里眼のような能力はないからな。……そっちへ」
いつもあたしに話すときと変わらない澄ました喋り方で、お兄ちゃんは来客用のソファーへ指を向ける。
「適当に座ってくれ。今妹がお茶の用意をしている。ここへ来たということは、仕事の依頼と期待して良いんだろう?」
言いながら、自分が指し示した場所へ移動するお兄ちゃん。
女性も、その正面へと腰掛けながら興味深そうにあたしを見上げてきた。
「へぇ、この子が恭一の妹さんだったの? 何度か話を聞いたことはあったけど……ふぅん、あんまり似てないのね」
「それはそうだ。血の繋がっていない妹だからな。オレが高校一年のときに親父が再婚して、今の母親が連れてきたのがそいつだ」
そいつ呼ばわりかよ。
胸中で毒づきつつ、あたしはお兄ちゃん用のコーヒーを若干乱暴にテーブルへと置く。
「お兄ちゃんのお知り合いなんですか?」
薄く笑う女性へ余所行きの笑みを返しながら、あたしは探りを入れる。
「ええ。高校時代の友達なの。えっと……」
「あ、あたしはマリネです。片仮名でマリネ。ちょっと変わった名前なんですけど」
「マリネちゃんね。可愛い名前じゃない。私は絵馬 詩織。都内の高校で国語の先生をしてるの。恭一よりも二つ先輩なんだけど、どういうわけか気が合ってね。よく二人でくだらない話をしたりしてたわ」
お兄ちゃんより二つ上。ああ、確かに今年で二十六とか言ったっけ。
でも、同学年ならともかく二年も先輩で友人関係というのはどういった経緯があるのか。
同じ部活で意気投合とか、そんな感じなのかな。
疑問がポンポン頭に浮かび色々と訊ねてみたくなったけど、こちらの胸中を察してくれたかのように絵馬さんの方から話を補足してきてくれた。
「私たち、高校時代は生徒会をやっていたの。私が三年のときに生徒会長になって、一年だった恭介が書記。恭介、見た目に似合わず真面目だったから、毎日生徒会室に顔出してね、何だかんだ話してるうちに仲良くなって、色んな馬鹿話までするようになったのよね」
最後の一言はお兄ちゃんへ向けて言いながら、絵馬さんはにこりと笑う。
「別に話しかけられたから答えていただけで、オレから仲が良くなったと実感したことはなかったけどな。さて、どうでも良い話はこれくらいにして本題に入ってもらおうか」
あたしがお茶の用意を終わらせるのを見届けて、お兄ちゃんはすぐに仕事モードへ意識を切り替えた。
久しぶりに知り合いが訪ねてきたんなら、もう少し思い出話とかすればいいのにと思ったけれど、そんな気の利いたことできる性格じゃないから無理かと勝手に納得する。
「せっかちね。私がどうしてこの場所のことを知ったとか、気にならないの?」
用意したコーヒーをゆっくりとした動作で一口だけ飲み、絵馬さんは上目遣いにお兄ちゃんを見る。
「特には。どうせ実家か共通の知り合いから事情を聞いたんだろう? 何人かオレの仕事を把握している奴はいる」
「素っ気ない返事。まぁ、正解だけどさ」
「久しぶりね、恭一。四年ぶりくらいかしら?」
七月三日、月曜日。午後一時四十分。
昼下がりの微睡むような時間帯に突然現れたその女性は、お兄ちゃんの前に立つと馴れ馴れしい調子でそう口を開いた。
見た目に比例させたように綺麗な声だなと思いつつ、あたしは来客用のコーヒーとお菓子の用意を始める。
「…………ああ、誰かと思えば詩織か。そんな恰好をしているから、昔の面影と合致しなかった」
「昔って、学生時代のこと? 私もう二十六だよ? いつまでも若くなんかないって」
このやり取りは、どう考えても初対面ではなさそうだ。
学生時代という単語が出てくるってことは、高校のときの知人だろうか。
前触れもなく現れた正体不明の来客をこっそりと観察しながら、二人の会話へ意識を集中させる。
「普段は会わず、電話やメールでのやり取りもない。となれば、オレの中にある詩織のイメージは昔のままで止まっているのが当然だ。オレには千里眼のような能力はないからな。……そっちへ」
いつもあたしに話すときと変わらない澄ました喋り方で、お兄ちゃんは来客用のソファーへ指を向ける。
「適当に座ってくれ。今妹がお茶の用意をしている。ここへ来たということは、仕事の依頼と期待して良いんだろう?」
言いながら、自分が指し示した場所へ移動するお兄ちゃん。
女性も、その正面へと腰掛けながら興味深そうにあたしを見上げてきた。
「へぇ、この子が恭一の妹さんだったの? 何度か話を聞いたことはあったけど……ふぅん、あんまり似てないのね」
「それはそうだ。血の繋がっていない妹だからな。オレが高校一年のときに親父が再婚して、今の母親が連れてきたのがそいつだ」
そいつ呼ばわりかよ。
胸中で毒づきつつ、あたしはお兄ちゃん用のコーヒーを若干乱暴にテーブルへと置く。
「お兄ちゃんのお知り合いなんですか?」
薄く笑う女性へ余所行きの笑みを返しながら、あたしは探りを入れる。
「ええ。高校時代の友達なの。えっと……」
「あ、あたしはマリネです。片仮名でマリネ。ちょっと変わった名前なんですけど」
「マリネちゃんね。可愛い名前じゃない。私は絵馬 詩織。都内の高校で国語の先生をしてるの。恭一よりも二つ先輩なんだけど、どういうわけか気が合ってね。よく二人でくだらない話をしたりしてたわ」
お兄ちゃんより二つ上。ああ、確かに今年で二十六とか言ったっけ。
でも、同学年ならともかく二年も先輩で友人関係というのはどういった経緯があるのか。
同じ部活で意気投合とか、そんな感じなのかな。
疑問がポンポン頭に浮かび色々と訊ねてみたくなったけど、こちらの胸中を察してくれたかのように絵馬さんの方から話を補足してきてくれた。
「私たち、高校時代は生徒会をやっていたの。私が三年のときに生徒会長になって、一年だった恭介が書記。恭介、見た目に似合わず真面目だったから、毎日生徒会室に顔出してね、何だかんだ話してるうちに仲良くなって、色んな馬鹿話までするようになったのよね」
最後の一言はお兄ちゃんへ向けて言いながら、絵馬さんはにこりと笑う。
「別に話しかけられたから答えていただけで、オレから仲が良くなったと実感したことはなかったけどな。さて、どうでも良い話はこれくらいにして本題に入ってもらおうか」
あたしがお茶の用意を終わらせるのを見届けて、お兄ちゃんはすぐに仕事モードへ意識を切り替えた。
久しぶりに知り合いが訪ねてきたんなら、もう少し思い出話とかすればいいのにと思ったけれど、そんな気の利いたことできる性格じゃないから無理かと勝手に納得する。
「せっかちね。私がどうしてこの場所のことを知ったとか、気にならないの?」
用意したコーヒーをゆっくりとした動作で一口だけ飲み、絵馬さんは上目遣いにお兄ちゃんを見る。
「特には。どうせ実家か共通の知り合いから事情を聞いたんだろう? 何人かオレの仕事を把握している奴はいる」
「素っ気ない返事。まぁ、正解だけどさ」
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