復讐の技を磨くため、俺は大都会静岡へと征く

ばたっちゅ

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【 群馬から静岡へ 】

佐々森勇誠

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 まだ肌寒さの残る中、俺は3年間通い続けた渋川市立子持こもち商業高等学校を後にした。

 卒業式はとっくに終わっているが、今日は今後の進路に関する大量の書類を提出する必要があったからだ。
 そんな訳で、ついさっきまで個人面談室で教頭と二人っきりだった。




 ◆     ◆     ◆




「これで全部終わりだが……後悔はしないのかね?」

 初老の教頭が改めて確認をしてくるが――、

「全くありません」

 今更変わる決心なら、そもそもこの高校に入学すらしていない。

佐々森勇誠ささもりゆうせいくん。君の成績は確かに優秀だ。書類審査も全て問題無いだろう。だがねえ、君の家族はどう思っているのかねえ」

「本当の家族なら、俺を祝福するでしょう。そして今の家族は、俺の背を押してくれました」

「……そうかね。まあ将来というものは本人が決める事だ。我々教師はその為の手助けと、生徒の門出を見送るのまでが仕事だからねえ。ああそれと、ここの書類ね、間違っているから最初から書き直して」

「それも仕事ですか……」

「むしろこういった間違いに気づかせる事こそ、大切な仕事だよ」

 こういう点が面倒だと思うが大切な書類だ。仕方がない。




 結局昼前には到着したのに帰るのは夕方になってしまった。
 外に出ると、今更ながら田舎だと感じる。
 今は2026年3月18日。
 ここは群馬県渋川市。高校の周りは田畑と山くらいしかない。
 とはいっても、よくあるネット創作にあるような怪しい場所ではない。
 奇妙な風習を持つ原住民がいるだの、ここから先群馬・危険などという看板が張られているだの、あんなものはただのギャグだ。

 確かにこの周辺は田舎だし否定はしない。だがここはごく普通の日本であり、町の方へ行けば普通にコンビニやドラッグストアだってある。
 当然ごく普通にテレビがあり、義務教育があり、道も整備され警察や消防もある。
 今の時代、北海道から沖縄まで日本に未開の土地などは無い。ただ少し、都会よりも足りない程度だ。
 強い風に乗って流れてくる草の香りに包まれながらそんな事を考えてしまうのも、明日にはここを発つ事に対する郷愁からだろうか。

 特に何もない――ただ田畑があるだけの道を通り、敷島橋を通って利根川を渡る。
 そのままひたすら県道70号を歩いた先。ここからは山があるが、その手前まで来ると風に乗って料理の香しさが漂ってくる。
 元々暗かったが、この周辺は高い木があるのでなお暗い。
 そんな中、ポツンと一つの明かりがある。
 俺の家だ。そして――。

「ただいま」

 裏口から入り、今まさに料理中の姉に小声で挨拶をして入る。
 自分の家なのにどうして裏から?
 それにどうしていきなり厨房?

 ……と言われそうだが、外を見ればよく分かる。
 2階建ての木造建築。俺の爺さんの遺産にして店。
 そう、ここは小料理屋花藤はなふじ。まあ半分は飲み屋だけどな。
 爺さんと両親、それに姉が他界してから、ここは新しい家族が管理している。

「おかえり、ゆうくん。すぐにお夕飯作るわね」

 お客さんもいるから良いよと言いたいが、実際腹が減って仕方がない。
 幸いまだお客さんも少ない。ここは少し待たせてもらおう。

 今、お店の厨房に立っているのは藤垣あずさふじがきあずさ
 茶色い長髪をポニーテイルに結び、いつも普段着に着ているポロシャツの上からエプロンというラフな服装だ。
 着物とか割烹着とかは着ていない。
 着物を着る様な料亭ではないし、割烹着は常連さんにあまり評判が良くなかった。
 というのも、身内びいきでも邪な目で見るわけではないが姉は結構胸が大きくスタイルもいい。それに美人だ。
 そんな訳で、常連のじいさんたちはそれを見にやってくるわけだよ。

「けいとみねは、もう上で食べているわ」

「だよね」

 仕事の関係で、俺たちの夕食は早い。
 まあ学校がある間は今の俺のような感じだが、休みの日は5時には夕飯を食べるのが基本だな。
 姉であるあずささん。それに妹のけいとみね。
 俺たちの間に血のつながりは一切ない。
 だからあずささんも心の中ではあず姉と呼んでいるが、口に出す時は少し恥ずかしくてあずささんと呼んでいる。
 それに本当の姉さんは、もうこの世にはいない。

 出会ったのは3年前。
 あの日の事は、今でもよく覚えている。

「出来たわよ。はい」

 御膳には今日の献立であるアズパラガスの豚肉巻き。焼き鳥3種。上げたポテト。イカとワサビの和え物それにサラダに漬物、味噌汁。それに別個のおひつには米が入ってる。
 基本的に、料亭……というより小さな飲み屋だからな。
 これらの料理も、お客さんが注文した時に少しづつ多めに作ってこちらに回してくれたものだ。

「ありがとう」

 そう言った時には、もう常連さんと掴まって世間話を始めていた。
 見た目には楽しそうではあるが、大変だなと思う。
 こんなに気立ての良い美人の姉さんがいなければ、こんな辺鄙へんぴな料亭は3年も持たなかっただろう。




 2回に上ると二女のけいと三女のみねがとっくに食事を終えていた。

「おかえり……」

「おかえり、おにいちゃん!」

 6畳の和室に姉妹二人ともそろっていた。
 けいはラフなシャツとホットパンツに着替えて、ちゃぶ台で勉強中だ。
 もうすぐ中学3年生。来年からはもう受験だしな。
 黒髪のサイドテール。背は年齢相当というか、もろ平均に近い156センチ。
 スポーツ万能で勉強も出来る。俺の自慢の妹だ。
 俺がいなくなった後も、きっと姉妹を支えてくれるだろう。
 俺と違って南の方にある普通科高校を目指すそうだ。
 確かにそれが一番良いと思う。

 3女のみねはまだ10歳。あずささんよりも薄い茶色のショートカットにくりくりとした瞳。
 身長は141センチ。まだまだこれからだ。
 今はロングのTシャツ一枚で下には何も履いていないように見えるが、まあいつものスパッツだろう。
 というか何を履いていても気にはならないが。

 邪魔をしないように隅にお膳を置いて食事を始めようとすると――、

「ねえ、勇兄さん。もう明日なのよね」

 参考書に目をやったまま、けいが淡々と話しかけてきた。

「ああ。こっちじゃ免許を取れないからな」

「やっぱり普通の生活は出来ないの?」

「……ああ」

「やだー! いっちゃやだー!」

 後ろからみねがしがみ付いてくるが、もう何度も話し合った結果だ。

「ごめんな、みね。向こうに付いても、必ず手紙は出すし電話もするよ。それにスマホだってあるんだ。メールもしよう」

「みね持ってないもん!」

「すぐに買ってもらえるよ」

 ふくれっ面になっているが、そんな所も可愛らしい。
 正直に言えば、ここは居心地がいい。
 もしこの三姉妹がいなかったら、この家はもっと殺風景で、俺にとってはただただ苦しみを思い出すだけの場所になっていただろう。
 だけど、いつまでも此処で平和に暮らすことは出来ない。
 ここで恨みも憎しみも怒りも悲しみも、全部を忘れて生きるなんて俺自身が許さない。
 だから明日、ここを出なくちゃいけないんだ。



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 2026年3月18日。
 まだ肌寒さの残る中、俺は3年間通い続けた渋川市立子持こもち商業高等学校に来ていた。
 卒業式はとっくに終わっている。本来なら、俺の様な卒業生が来る事は無い。
 ただ俺の場合は少し特殊でね。
 自分で役所に提出する書類は出し終えていたが、どうしても学校側から提出してもらう書類が遅れていた。
 そんな訳で、卒業後もこうして学校に来ていた訳だ。

「さて、これで書類は全部終わりかな……しかしねえ、後悔はしないのかね?」

 初老の教頭が改めて確認をしてくるが――、

「全くありません」

 即答であった。
 今更変わる決心なら、そもそもこの高校に入学すらしていない。

佐々森勇誠ささもりゆうせいくん。君の成績は確かに優秀だ。書類審査も全て問題無いだろう。だがねえ、君の家族はどう思っているのかね?」

「本当の家族なら、俺を祝福するでしょう。そして今の家族は、俺の背を押してくれました」

「……そうかね。まあ将来というものは本人が決める事だ。我々教師はその為の手助けと、生徒の門出を見送るまでが仕事だからねえ。ああそれと、ここの書類ね、間違っていたから最初から書き直してね」

「それも仕事ですか……」

「こういった間違いに気づかせる事こそ、大切な仕事なのだよ」

 めんどうくせえ。
 だがこれは人生が掛かった大切な書類だ。仕方がない。




     •     ◆     ◆





 結局昼前には到着したのに帰るのは夕方になってしまった。
 田畑が柔らかな夕日に染まり、新緑とはまだ言えないが、強い草の香気が備考をくすぐる。

「綺麗な場所だったし、住みやすかったな」

 ここは群馬県渋川市。高校の周りは田畑と山くらいしかないド田舎だ。
 見える範囲で大きな建物は学校くらい。当然大きなビルなどどこにも無い。
 ただそれはこの周辺だけであって、街の方に行けばコンビニもスーパーもドラッグストアもある。
 生活に不便はなかった……と思う。
 ちゃんとガンショップもあったしな。
 それに田舎といっても、道路は整備され、橋もあり、交番や消防署、それに病院だってある。
 まあ実際行くには車で――いや、考えていて虚しくなった。やめよう。

 そう、俺がここに住むのは今日までだ。
 ここに通うのがという訳ではない。とっくに卒業したのだから当然だ。
 俺は明日、ここを離れ静岡に行く。
 大都会にして日本の首都。無数のビルが立ち並び、数えきれないほどの人がいる。
 映像では何度も見たが、俺にとっての現実は今目の前のここにある。
 実際に都会と言っても、何の実感も無いというのが本音だ。
 これが郷愁きょうしゅうというものだろうか……いやいや、まだ出発もしてねーよ。
 我ながら情けないな。

 特に何もない――ただ田畑があるだけの道を通り、敷島橋を通って利根川を渡る。
 そのままひたすら県道70号を歩いた先。ここからは山があるが、その手前まで来ると風に乗って料理の香しさが漂ってくる。
 元々暗かったが、この周辺は高い木があるのでなお暗い。
 そんな中、ポツンと一つの明かりがある。
 俺の家だ。そして――。

「ただいま」

 裏口から入り、今まさに料理中の姉に小声で挨拶をして入る。
 自分の家なのにどうして裏から?
 それにどうしていきなり厨房?

 ……と言われそうだが、外を見ればよく分かる。
 2階建ての木造建築。俺の爺さんの遺産にして店。
 そう、ここは小料理屋花藤はなふじ。まあ半分は飲み屋だけどな。
 爺さんと両親、それに姉が他界してから、ここは新しい家族が管理している。

「おかえり、ゆうくん。すぐにお夕飯作るわね」

 お客さんもいるから良いよと言いたいが、実際腹が減って仕方がない。
 幸いまだお客さんも少ない。ここは少し待たせてもらおう。

 今、お店の厨房に立っているのは藤垣あずさふじがきあずさ
 茶色い長髪をポニーテイルに結び、いつも普段着に着ているポロシャツの上からエプロンというラフな服装だ。
 着物とか割烹着とかは着ていない。
 着物を着る様な料亭ではないし、割烹着は常連さんにあまり評判が良くなかった。
 というのも、身内びいきでも邪な目で見るわけではないが姉は結構胸が大きくスタイルもいい。それに美人だ。
 そんな訳で、常連のじいさんたちはそれを見にやってくるわけだよ。

「けいとみねは、もう上で食べているわ」

「だよね」

 仕事の関係で、俺たちの夕食は早い。
 まあ学校がある間は今の俺のような感じだが、休みの日は5時には夕飯を食べるのが基本だな。

 姉であるあずささん。それに妹のけいとみね。
 俺たちの間に血のつながりは一切ない。
 だからあずささんも心の中ではあず姉と呼んでいるが、口に出す時は少し恥ずかしくてあずささんと呼んでいる。
 それに本当の姉さんは、もうこの世にはいない。

 出会ったのは3年前。
 あの日の事は、今でもよく覚えている。

「出来たわよ。はい」

 御膳には今日の献立であるアズパラガスの豚肉巻き。焼き鳥3種。上げたポテト。イカとワサビの和え物それにサラダに漬物、味噌汁。それに別個のおひつには米が入ってる。
 基本的に、料亭……というより小さな飲み屋だからな。
 これらの料理も、お客さんが注文した時に少しづつ多めに作ってこちらに回してくれたものだ。

「ありがとう」

 そう言った時には、もう常連さんと掴まって世間話を始めていた。
 見た目には楽しそうではあるが、大変だなと思う。
 こんなに気立ての良い美人の姉さんがいなければ、こんな辺鄙へんぴな料亭は3年も持たなかっただろう。




 2回に上ると二女のけいと三女のみねがとっくに食事を終えていた。

「おかえり……」

「おかえり、おにいちゃん!」

 6畳の和室に姉妹二人ともそろっていた。
 けいはラフなシャツとホットパンツに着替えて、ちゃぶ台で勉強中だ。
 もうすぐ中学3年生。来年からはもう受験だしな。
 黒髪のサイドテール。背は年齢相当というか、もろ平均に近い156センチ。
 スポーツ万能で勉強も出来る。俺の自慢の妹だ。
 俺がいなくなった後も、きっと姉妹を支えてくれるだろう。
 俺と違って南の方にある普通科高校を目指すそうだ。
 確かにそれが一番良いと思う。

 3女のみねはまだ10歳。あずささんよりも薄い茶色のショートカットにくりくりとした瞳。
 身長は141センチ。まだまだこれからだ。
 今はロングのTシャツ一枚で下には何も履いていないように見えるが、まあいつものスパッツだろう。
 というか何を履いていても気にはならないが。

 邪魔をしないように隅にお膳を置いて食事を始めようとすると――、

「ねえ、勇兄さん。もう明日なのよね」

 参考書に目をやったまま、けいが淡々と話しかけてきた。

「ああ。こっちじゃ免許を取れないからな」

「やっぱり普通の生活は出来ないの?」

「……ああ」

「やだー! いっちゃいやだー!」

 後ろからみねがしがみ付いてくるが、もう何度も話し合った結果だ。

「ごめんな、みね。向こうに付いても、必ず手紙は出すし電話もするよ。それにスマホだってあるんだ。メールもしよう」

「みね持ってないもん!」

「すぐに買ってもらえるよ」

 ふくれっ面になっているが、そんな所も可愛らしい。
 正直に言えば、ここは居心地がいい。過去形にはしたくないが、本当に良かったんだ。
 もしこの三姉妹がいなかったら、この家はもっと殺風景で、俺にとってはただただ苦しみを思い出すだけの場所になっていただろう。
 まあそれ以前に手放していたと思うが。

 だけど、いつまでも此処で平和に暮らすことは出来ない。
 俺の内で渦巻く恨み、憎しみ、怒り、悲しみ……全部を忘れて生きるなんて、誰が許しても俺自身が許さない。
 だから明日、ここを出なくちゃいけないんだ。

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