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【 杉林ポレン 】
群馬との密約
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ピイイー。
歴史を思わせるような警笛と共に、最新式のリニアが静岡駅に到着した。
時間はまだ昼。佐々森勇誠が悶々と考え事をしていた頃合いだろうか。
「何度見ても驚きのフォルムね」
「はい。これほど旧式なのに、最先端の空気を感じます」
ドアの前には、濃紺のパンツルックスーツを纏った校長と、いつものようにきっちりとした軍服を纏った教頭が待機していた。
「まあそれは貴方がTYPE―Eだからだろうけど。それで警備の様子は?」
「サンダース他、ワンダース、ツーダース、フォーダースがそれぞれ配置しております。アラルゴスでも来ない限り、突破される恐れはありません」
もちろん、スリーダースではない事に今更ツッコミは入らない。
「まあ前回は突破されたのだけどね」
「あれは元々群馬側から、護衛の一切を断ったからです。万全であれば、ギラントごときに入られる心配はございません」
「どちらにせよアラルゴスには入られたけど。さて、無駄話はここまでよ」
無駄話と言いつつも、そこには僅かの気のゆるみも無かった。
それどころか、全神経を集中させていたと言ってもいい。
ゆっくりと侵入した群馬エクスプレスのほぼ中央が、2人の立っている位置に停止する。
そして勿体ぶらずにシュッと扉が開くが、そこにあったのは陶器で作られたタヌキの置物だった。
信楽焼ではない。もっとリアルな形だ。
だが2人は驚かない。
さもそれが当然であるかのようだ。
「今回は名代にお会いできて光栄でございます。わたくしは静岡県立敵性生命体対策訓練校校長の――」
『名乗りは不要よ』
確かに陶器の置物なのだが、そこから凛とした声が響く。
ただどことなく子供の様な声ではあるが、そのような年齢は感じさせない。
それは決して威圧感のようなものではないが、ただ聞くものを納得させる何かがあった。
『お久しぶりね。幸いまだ引退していないから、挨拶は不要よ』
「これは失礼いたしました」
『それで、今回の御用の向きは何かしら?』
「いつもの援助に対する感謝を述べると共に、状況の確認でございます」
『群馬に変化はないわ。あの時のまま、人間はいつもと変わらない生活を送っている。ループする年号には気付かずにね』
「それでは群馬の立場は変わらないと?」
『元々はそのつもりではあったけど、彼らは我らの縄張りを犯し、古の盟約を破り、人を殺めた。もはや完全な中立はあり得ない。但し、全面的な抗争に参加する予定も無い。故に、関係者をそちらに送る事になった。その辺りは今更の話ね』
「佐々森勇誠はよくやっています。おそらく立派な兵士になるでしょう。これも全ては――」
『我々はその様な目的で彼に生きる術を与えたわけではない。それにいくら我らでも元から無いものは与えられない。彼が生まれもっての狩人だっただけの事。それに、我らはそれ以上の事は望んでいない』
「では」
『目的を果たしたら彼は戻してもらう』
「分かりました。それは最初からの約定ですから果たされましょう。もちろん、彼が生き残ればですが」
『……』
「それに全ての真実を知った彼が群馬に戻っても、果たして今まで通りの生活が出来るのでしょうか?」
『それは全てが終わってから、こちらで話し合う事』
「記憶の改竄などは行わないのですか?」
ここでようやく教頭が口を挟むが――、
『それは生活に差しさわりの無い範囲でしか行わない。本人が知った真実をどう消化するかは本人が決める事よ』
「差し出がましい口を挟みました。ご無礼、お許しの程を」
『畏まる必要は無い。他に聞きたい事は?』
「あれから色々とありましたが、やはり他の県との連絡は?」
『ない……が、我らは人より同胞を認識できる。今確認出来ている3県以外の何処かに、必ず残っている仲間がいる。場所はわからないけれども』
「それだけで、我らが戦う理由には十分すぎます。情報に感謝いたします」
『それでは、また機会があれば。それと、それはいつものように』
そういうと、いつの間にか校長の横にはダンボール箱が置かれていた。
宛先は言うまでもなく佐々森勇誠。中身は地元の食料とタヌキ弾だろう。
是非とも通常の銃で撃てるタヌキ弾をこちらにも回して欲しいものだが、ここまでの話から考えれば無理だと思われる。
群馬は連中との距離を測っている段階だ。
彼らもまた、群馬に本格的な侵攻を始めていない。
全ての決定権は、佐々森勇誠にあるのだろう。
『では君たちの健闘を祈る』
その言葉を残すと、タヌキの置物はパックリと左右に割れた。
同時にドアは閉まり、群馬エクスプレスはホームから去って行った。
「もし人類が絶滅したら、タヌキ共はどうするつもりなのでしょう」
「さあね。彼らと戦うか、それとも共存するか。どのみち、どちらも人類には計り知れない存在よ」
そう言いながらダンボール箱を見る。
「全ては彼次第……ね。いっその事、美女でもあてがってこちらに引き入れたいところだけど」
「来栖亜梨亜と高円寺円に興味を示さないあたり、そちらの方面は絶望的でしょう」
「案外、今の杉林ポレンなんかはどうかしら?」
「確実にあり得ませんな」
「復讐だけが原動力ね……わからないでもないけど、それだけで人生を終えて欲しくはないわね」
「老婆心ですか?」
「ぶち殺すわよ」
◆ ◆ ◆
~所変わって群馬県、
「あー終わったー。もう顔役なんてやだー! 早く勇誠くんに遭いたい―!」
藤垣みねはそういうと、転がってじたばたと両手をばたつかせる。
「お母さんも納得して送りだしたんでしょう?」
「まあ長老会の決定でもあるけど」
そういったのは藤垣けいと藤垣あずさの二人だ。
とは言っても全員が狸。初見で見分けを付けるのは難しいだろう。
「長老会なんてどうでも良いのよ。これは央樹や高雄との約束。子種を貰うかわりに、人間となった方の面倒は見るってね」
「だからこそ、連中と敵対するかもしれない道を選んだのよね」
「身内に手を出したら、それなりに落とし前は付けないと。でも社会全体の事も考えないといけないから」
「大丈夫。勇くんは必ず帰って来るわ」
「……そうね。でもその時に、どう説明するかが頭痛の種なのよね」
「まあねえ。まさか末っ子と思っていた人がお母さんで、あたしのお父さんが曾祖父の央樹さんで、あず姉って呼んでいた人が本当の姉とか」
「言えないわよねえ……」
「こうして変身出来るようになるには人と交わるのは必須なの。貴方たちも他人事じゃないわよ。どっちかが勇くんから貰うんだからね。別にお母さんがしても良いけど」
「悩みどころだわ……」
歴史を思わせるような警笛と共に、最新式のリニアが静岡駅に到着した。
時間はまだ昼。佐々森勇誠が悶々と考え事をしていた頃合いだろうか。
「何度見ても驚きのフォルムね」
「はい。これほど旧式なのに、最先端の空気を感じます」
ドアの前には、濃紺のパンツルックスーツを纏った校長と、いつものようにきっちりとした軍服を纏った教頭が待機していた。
「まあそれは貴方がTYPE―Eだからだろうけど。それで警備の様子は?」
「サンダース他、ワンダース、ツーダース、フォーダースがそれぞれ配置しております。アラルゴスでも来ない限り、突破される恐れはありません」
もちろん、スリーダースではない事に今更ツッコミは入らない。
「まあ前回は突破されたのだけどね」
「あれは元々群馬側から、護衛の一切を断ったからです。万全であれば、ギラントごときに入られる心配はございません」
「どちらにせよアラルゴスには入られたけど。さて、無駄話はここまでよ」
無駄話と言いつつも、そこには僅かの気のゆるみも無かった。
それどころか、全神経を集中させていたと言ってもいい。
ゆっくりと侵入した群馬エクスプレスのほぼ中央が、2人の立っている位置に停止する。
そして勿体ぶらずにシュッと扉が開くが、そこにあったのは陶器で作られたタヌキの置物だった。
信楽焼ではない。もっとリアルな形だ。
だが2人は驚かない。
さもそれが当然であるかのようだ。
「今回は名代にお会いできて光栄でございます。わたくしは静岡県立敵性生命体対策訓練校校長の――」
『名乗りは不要よ』
確かに陶器の置物なのだが、そこから凛とした声が響く。
ただどことなく子供の様な声ではあるが、そのような年齢は感じさせない。
それは決して威圧感のようなものではないが、ただ聞くものを納得させる何かがあった。
『お久しぶりね。幸いまだ引退していないから、挨拶は不要よ』
「これは失礼いたしました」
『それで、今回の御用の向きは何かしら?』
「いつもの援助に対する感謝を述べると共に、状況の確認でございます」
『群馬に変化はないわ。あの時のまま、人間はいつもと変わらない生活を送っている。ループする年号には気付かずにね』
「それでは群馬の立場は変わらないと?」
『元々はそのつもりではあったけど、彼らは我らの縄張りを犯し、古の盟約を破り、人を殺めた。もはや完全な中立はあり得ない。但し、全面的な抗争に参加する予定も無い。故に、関係者をそちらに送る事になった。その辺りは今更の話ね』
「佐々森勇誠はよくやっています。おそらく立派な兵士になるでしょう。これも全ては――」
『我々はその様な目的で彼に生きる術を与えたわけではない。それにいくら我らでも元から無いものは与えられない。彼が生まれもっての狩人だっただけの事。それに、我らはそれ以上の事は望んでいない』
「では」
『目的を果たしたら彼は戻してもらう』
「分かりました。それは最初からの約定ですから果たされましょう。もちろん、彼が生き残ればですが」
『……』
「それに全ての真実を知った彼が群馬に戻っても、果たして今まで通りの生活が出来るのでしょうか?」
『それは全てが終わってから、こちらで話し合う事』
「記憶の改竄などは行わないのですか?」
ここでようやく教頭が口を挟むが――、
『それは生活に差しさわりの無い範囲でしか行わない。本人が知った真実をどう消化するかは本人が決める事よ』
「差し出がましい口を挟みました。ご無礼、お許しの程を」
『畏まる必要は無い。他に聞きたい事は?』
「あれから色々とありましたが、やはり他の県との連絡は?」
『ない……が、我らは人より同胞を認識できる。今確認出来ている3県以外の何処かに、必ず残っている仲間がいる。場所はわからないけれども』
「それだけで、我らが戦う理由には十分すぎます。情報に感謝いたします」
『それでは、また機会があれば。それと、それはいつものように』
そういうと、いつの間にか校長の横にはダンボール箱が置かれていた。
宛先は言うまでもなく佐々森勇誠。中身は地元の食料とタヌキ弾だろう。
是非とも通常の銃で撃てるタヌキ弾をこちらにも回して欲しいものだが、ここまでの話から考えれば無理だと思われる。
群馬は連中との距離を測っている段階だ。
彼らもまた、群馬に本格的な侵攻を始めていない。
全ての決定権は、佐々森勇誠にあるのだろう。
『では君たちの健闘を祈る』
その言葉を残すと、タヌキの置物はパックリと左右に割れた。
同時にドアは閉まり、群馬エクスプレスはホームから去って行った。
「もし人類が絶滅したら、タヌキ共はどうするつもりなのでしょう」
「さあね。彼らと戦うか、それとも共存するか。どのみち、どちらも人類には計り知れない存在よ」
そう言いながらダンボール箱を見る。
「全ては彼次第……ね。いっその事、美女でもあてがってこちらに引き入れたいところだけど」
「来栖亜梨亜と高円寺円に興味を示さないあたり、そちらの方面は絶望的でしょう」
「案外、今の杉林ポレンなんかはどうかしら?」
「確実にあり得ませんな」
「復讐だけが原動力ね……わからないでもないけど、それだけで人生を終えて欲しくはないわね」
「老婆心ですか?」
「ぶち殺すわよ」
◆ ◆ ◆
~所変わって群馬県、
「あー終わったー。もう顔役なんてやだー! 早く勇誠くんに遭いたい―!」
藤垣みねはそういうと、転がってじたばたと両手をばたつかせる。
「お母さんも納得して送りだしたんでしょう?」
「まあ長老会の決定でもあるけど」
そういったのは藤垣けいと藤垣あずさの二人だ。
とは言っても全員が狸。初見で見分けを付けるのは難しいだろう。
「長老会なんてどうでも良いのよ。これは央樹や高雄との約束。子種を貰うかわりに、人間となった方の面倒は見るってね」
「だからこそ、連中と敵対するかもしれない道を選んだのよね」
「身内に手を出したら、それなりに落とし前は付けないと。でも社会全体の事も考えないといけないから」
「大丈夫。勇くんは必ず帰って来るわ」
「……そうね。でもその時に、どう説明するかが頭痛の種なのよね」
「まあねえ。まさか末っ子と思っていた人がお母さんで、あたしのお父さんが曾祖父の央樹さんで、あず姉って呼んでいた人が本当の姉とか」
「言えないわよねえ……」
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