この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 それぞれの未来 】

再会

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 ケルベムレンの石垣には、下へと続く吊り橋のような物が各所に架けられていた。
 だが近づいてよく見ると、それは橋ではない。何本ものロープを並べて麓まで引いただけだ。
 曲芸師でもなければ行き来出来ないような代物だが、浮遊式輸送板ならこの程度の足場でも浮遊できる。
 現在では下に検問が設けられ、許可を受ければ出入りできるようにまで落ち着いていた。

 街には現在2つの軍事系統が存在する。一つはハルタール帝国による街の防衛隊。もう一つが、間借りしているコンセシール商国の軍隊だ。
 コンセシール軍は殆どが飛行騎兵で構成され、しかも多くは出払っている。
 残っているのは待機中か整備中、そしてその整備士と軍医くらい。数としては決して多くは無い。
 そもそも、飛行騎兵の発着場は屋外だ。そのため、あてがわれた司令部は倉庫の一角程の空間スペースしかない。
 そこには多くの荷物が雑多に詰まれ、その中に総司令官のデスクが埋もれていた。


「お久しぶりです、国防軍最高意思決定評議委員副委員長殿」

 そう、リッツェルネールに対してピシッとした敬礼をしてきた相手を見て、彼は様々な思考を巡らせた。

 ――まさか生きて戻って来るとはね……。

 既にマリッカはキッチリとした軍服に身を包み、体も清め逃走中の凄惨さは見られない。サイレームは本当にブラジャーを持ってきたので、殴り倒して現在は医務室だ。当分は起き上がらないだろう。

「技術者や販売員が襲撃された件は知っているよ。だが作戦上仕方が無くてね。だけど、よく生きて戻ってきてくれた」

 だが内面に湧いた思惑など一切出さず、彼もしっかりとした美しい敬礼で返す。

 ――よくもまあ、ぬけぬけと……。

 マリッカ・アンドルスフとしては、一度こいつの腹の中を見てみたいと思う。

 ――私を抹殺しようとしていたのは察しがついています。だけど、本気度は足りなかったですね。その気になっていれば、今頃生きて戻ってくることは難しかったでしょうが……小手調べってところでしょうか。

「それで、どうやって彼らの包囲を脱出したんだい?」

 不意にそう話しかけられて、マリッカは少し驚いた。彼がその辺りに興味を持つとは思わなかったのだ。
 だが一応、シナリオは用意してきていた。

「当初、私はゼビア兵に捕まりました。その後は山小屋で凌辱の限りを尽くされましたが、見張りの隙をついて脱出いたしました。殺されなかったのは、運が良かったのだと思います。以後はサイレームと合流し、ここまで辿り着きました」

「そうか、それは災難だったね。暫し、心と体を休めると良い」

 ――百刃の剣聖を一太刀で倒す女を凌辱する人間か……それは是非見てみたいものだ。

 心の中でそう思うが、やはり顔には出さない。
 既に彼女が百刃の剣聖バロウズを倒した事はサイレームが吹聴しており、それはリッツェルネールも知るところだ。それを分かった上で、しれっとした顔で言ってのける……相当な図太さだ。
 この様子では、以前の報告も何処まで真実なのか分かったものでは無い。
 だがそうであれば、新たな疑問も沸く。炎と石獣の領域で、彼女は何をしていたのか……。

「ところで国防軍最高意思決定評議委員副委員長殿、随分と軍医の姿が目立ちますが、何かあったのですか?」

 飛甲騎兵隊に負傷者が出る事はあまりない。そうなったら、大抵は未帰還――つまり死んでいるのだ。だから本来なら、それ程目にする事は無いのが通例だ。
 しかしここに来るまでの間に何人も軍医を見た。いつもより少し多いのではないか? そう思ったのだが……。

「ああ、それか。少し奇妙な事なのだが、悪夢や体調不良を訴える操縦士達が多く出てね。どうも戦闘の影響らしいが……まぁ、精神的なカウンセリングみたいなものだよ」

「それはまた、珍しいですね」

 初めて戦場に出た新兵に必要な事はあるが、通常は滅多にある事ではない。
 この世界では、利益の関わらない殺人――要はただの喧嘩などで人を殺しても、罪には問われないし気にもされない。
 よほど血族の等級差があるか、尋常でない数を殺しでもしたら別ではあるが、基本的に人間の数を減らす事は容認されているのだ。

 その風潮があるから、人を殺す事に対する罪悪感は基本的に無い。
 ましてや兵士だ。今更戦場で人を殺す事に何の抵抗があるやら……マリッカとしても、まったく意味不明の出来事だ。

「そうだね。これから出立しなければならないのに、困ったものだよ」

「どこかへ出かけるのですか?」

「ああ、まだ順番待ちだけど、オスピア帝に謁見の許可が出てね。これからロキロアに向かう事になった。久々の再会を祝して食事でもと思ったのだけど、残念だよ」

「いえ、お気になさらず」

 そう言い再びしっかりとした敬礼をすると、マリッカは宛がわれた自室へと下がっていった。




 ◇     ◇     ◇




 マリッカに用意された部屋は、地下4階のそれなりに広い個室だった。
 豪華なテーブルセットとダブルベッド。天井には水晶のシャンデリアが煌き、床に敷かれた豪華なカーペットは年収をすべて吐き出さねば買えぬものだ。
 暖房は勿論、シャワー用の個室までついている。
 どう見ても、正規兵でもない一武官に対してはあまりにも不釣り合いな部屋だった。

 ――一応は、気を使ったという事でしょうか……。

 改めて就眠前のシャワーを浴びた後、タオルで髪を拭きながらベッドに腰を下ろす。
 人間性はともかく、事務的な気配りは完璧な男だ。生き残った以上、少しは印象を良くしようと考えたのだろう。
 そう結論づけたマリッカは、もっと重要な案件の方に思考を向けた。

「それで、あのシナリオ必要だったんですか? なんだか生暖かい目で見られたのですが」

「男なんて、エロい報告しておけば、それで満足するんだよ」

 この部屋にいるのはマリッカただ一人だけだ。だが戦場にいた時と同じように、男性とも女性とも言えないような中性的な声が微かに聞こえてくる。

「本当でしょうね? 貴方の趣味ではないのですか?」

「んー、まあそれもあるかも。でも実際に、追及してこなかったでしょ」

「やっぱり貴方の趣味だったんじゃないですか。一応は細部まで詰めておきましたので追及されても大丈夫でしょうが、貴方のせいで私はすっかり耳年増ですよ」

 文句を言いながら、ベッドにどさりと横になる。実際、あの逃走劇はかなりの負担だった。だが報告終わった以上、これで任務完了だ。しばらくはゆっくりと休むとしよう――300年位。

「ダメに決まってるでしょ。次の仕事も決まっているよー」

「嫌ですよ。私はこれから、300年位は引き籠って悠々自適に暮らすんです。それに、もう十分働いたでしょう?」

 音もなく、柔らかな絨毯に何かが乗ったような跡が付く。どことなく、両生類か爬虫類を思わせる足と腹の跡。だがやはり、その姿は目には映らない。

「今度の仕事は大事な要件なんだよ。明日は北へ出立して、4日後に要人を拾ってロキロアへ移動。そこでオスピアとの謁見までの護衛任務だよ」

「オスピアさんですか。まあここまで来たのですから久々に挨拶するくらいは構いませんが、要人って誰なんですか?」

「魔王だよ」

「また随分と軽くサラッと言いましたね」

 もしそんな事が中央に知れたら、7つの門の浮遊城全部動かしてでも殺しに来ますよ――とは思うが、実際にはそんな事にはならないだろう。機密は十分すぎるほどに守られているはずだ。

 ――この連中はいい加減に見えて、細かな部分だけは共通してしっかりしていますからね……。

「まあ、ストレスが溜まったらいつでも言ってよ。思いっきり踏んでいいよ。あ、ピンヒールでね。それでミニスカートでね……」

「貴方の趣味に付き合う気はありません。それより、その指令どっから持ってきたんですか? 逃走中じゃないですよね?」

「ああ――」

 何かが乗っているような跡が、絨毯からベッドへと移る。

「――ジャッセムがいたからね。そこからだよ」

「それは気が付きませんでした。相変わらず神出鬼没ですね、彼は」

 マリッカは商人としては全くのダメ人間だが、武官としては一流――いや、それ以上だ。当然人の気配には敏感であるが、それでも近くにいたことを悟らせない男。
 コンセシール商国ナンバー3、軍事担当のジャッセム・ファートウォレル。

 だが軍事担当とは言え、やっている事はただの統括――金周りの話と書類にサインをするだけだ。
 人事はマインハーゼン商家に一任という形で丸投げ。実務も、国防軍最高意思決定評議委員委員長であるエルヴォス・ ファートウォレルが仕切っている。

 いわば、民主主義における国防大臣みたいなものだ。ただ予算を取って来るだけの偉い人……それ以上の意義を持っていない。
 但し、当然ながら地位に見合う責任だけは飛んでくる。それを面倒がって、いつも何処かへふらふらと出歩いているのだった。
 そんな風来坊ではあるが、ここにいるからにはそれなりに商国の軍事関係に関連しての業務があったのだろう。だが――、

 ――リッツェルネールはジャッセムが魔族であることを知っているのでしょうか。

 多少は考えるべき事でもあったが、面倒くさい。そう言いたげに、マリッカは明かりを消してふかふかの羽毛布団へと潜り込んだ。
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