この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 魔族と人と 】

魔王逃避行 その1

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 ハルタール帝国の先行隊は、2つの部隊に別れていた。
 炎と石獣の領域沿いに進んでいた第一部隊。それに、西側を迂回するように進んでいた第二部隊である。
 その第一部隊に所属する先行隊3万の兵が、遂に魔王をその射程に捕らえる事に成功した。

「人影発見! 幻覚じゃない、あれは人間の形だ!」
「各員兵装を点検! 遠距離攻撃の後、一斉に仕掛けるぞ!」




 ◇     ◇     ◇




 ザアアアアアアア……。
 それはいきなり降り注ぐ雨音の様。
 だが雨ではない。それははっきりと分かる。全てが矢だ。水分を沸騰させる、人類必殺の飛び道具。

「あの程度刺さらないから、気にしないでねー」

「ああ……」

 死の予感はしない。数本の矢がカンカン当たっている事は分かるが、幸いこの程度ならテルティルトの外骨格を撃ち抜けはしない。

( それは一瞬の出来事だった。目の前が真っ赤に染まり、俺の胸部から上が地面に落ちた。 )

「またかよ!」

 問題は飛甲騎兵の方だ。
 慌てて飛びのくと、その上スレスレを飛甲騎兵が通り過ぎる。もう何度あいつらに殺されてるか分からないぞ!
 しかもあれには矢なんて効かない事はわかっているのだろう。遠慮なしに俺ごと射かけ、また飛甲騎兵も矢など気にせず突っ込んでくる。

 そんな事を気にしている内に、左右の視界に浮遊式輸送板がチラチラと映る……包囲されつつあるのだ。
 絶体絶命。まさにその状態といえるだろう。

 だが、よく見れば彼らも何かと戦っている。
 飛行版の上で兵士を吹き飛ばす巨大な甲虫。人間に群がり、鎧の隙間から刺す蜂の群れ。
 いきなり破裂して血と水を撒き散らす人間もいる。

 ――そうか……スースィリアの命令は、きちんと伝わっていたんだな。

 ならば、俺も頑張らなければいけない。エヴィアやスースィリアと再び合流するまで、決して死ねないんだ。

「行くぞ、テルティルト。目標は……」




 ◇     ◇     ◇




 マリクカンドルフ率いる本隊は、魔王の地点より南に90キロ地点にいた。
 疾走する浮遊式輸送板からは、次々と予備の武器や鎧、余分な食料が投下される。
 日が暮れるまで、残りはおよそ4時間。ゆっくりとはしていられない。
 最大速度さえ出せば、目的地まで2時間ほどだ。だが相手は逃げている。しかも妨害も山盛りだ。

「こちら先行第一部隊カルフェット。敵の抵抗が激しく、魔王らしき人影に近づけません」
「同じく第一部隊リキュナ・ヴィレットであります。大型投擲槍ジャベリンを積んだ浮遊式輸送板は全て操縦士死亡。敵影不明、魔法です。明らかに狙われました」

 前線の部隊は何とか魔王らしき人影を見失わないでいるが、倒すまでには至らない。
 いや、そもそも戦えてさえいない。思ったよりもガードが堅いのだ。

「確か大ムカデは倒したのだったな?」

「ムーオス、先行隊ともに報告があります。間違いないでしょう」

 ならば魔王は徒歩で逃げているという事か。
 まあ、他の移動手段を用いているのなら当然報告が入るだろう。
 しかし徒歩にしては早い。やはり人間なのは姿形だけで、中身は相応に化け物という事だろうか。

「先行第二部隊は?」

「順調ですが、大きく迂回したため長蛇の状態です。目的地には我々が先に到着するかと」

「無事であるなら問題は無い。包囲陣形を形成し、確実に魔王を仕留めるぞ」

「了解であります! 祖国へ最高の栄誉を持ち帰りましょうぞ!」

 最高の栄誉……まさに、魔王の命はそれに値するだろう。
 マリクカンドルフもまた人類であり軍人だ。それを手にするためにここに立っている。
 それにリアンヌの丘での借りも返さねばならない。それは自身の為だけでなく、未だ残る直系ではない血族の為でもある。

 だが実際、魔王本人に個人的な恨みがあるかと言われれば、そこに答えは無い。
 彼も軍人であり、数多くの戦いをこなしてきた。魔族相手にも、人間相手にも。
 だから軍を指揮する人間の立場を知っている。
 魔王が本当に意志ある生き物なのだとしたら、魔族の王だというのなら……もしかしたら、今ここにいる人類こそが侵略者なのかもしれない。
 だが、それがどうしたというのだろう。魔王を討つ。その事実に、何も変わりは無いのだから。




 ◇     ◇     ◇




 走る――必死になって、全力で。
 少しテルティルトの補助があるからだろうか、かつてないほどに走れる。これなら何とかなるかもしれない。
 目的地は北、火山帯だ。
 ホテルへ向かう事も考えたが、落ち着いて考えればあそこはダメだ、絶対に。

 人間からすれば、いかにも何かが潜んでいそうな地形。今は確認する余裕は無いが、もしかしたら既に入り込まれているかもしれない。
 そして、あんな人間の土俵で戦ったら大ピンチだ。絶対に勝てはしないだろう。

 息が上がる。だが足は止まらない。散々意志とは無関係に動かれて酷い目にあったが、こうして素直にパワーアシストスーツみたいにしてくれると楽だ。
 とはいえやはり疲労はある。汗が吹き出し思考も鈍る。喉が渇く……。
 今どの辺りだろう? 時間は?
 頭上に広がる針葉樹のせいで良く分からないが、少しは暗くなってきたのだろうか?
 だとしたらもう少し。完全に日が暮れれば、まだなんとかなる。

 周囲でワーワー聞こえるのは、怒声だろうか、それとも悲鳴なのだろうか。
 それに混ざって、微かな音が聞こえてくる。葉と葉が擦れ合う、カサカサという音……。

「魔王、こっちだよ」
「そこから左の木へ……そう、その後は――」
「こちらへ、魔王。もう少しだけ頑張って」

 世界全体から囁かれる微かな音。どことなくテルティルトに似ているが、それより遥かに曖昧で、魔王の力が無ければ声としての認識は出来なかっただろう。
 これは――蔓草トレントか!?

 針葉樹の森全体に生える蔓草や花。下生えの小さな植物たち。
 一本一本は小さい存在だ。だが彼等は人間にとって、恐らくこの領域で一番恐ろしい相手だっただろう。
 最初にそれに気が付いたのは、木々の間を縫って飛ぶ飛甲騎兵だった。

「なんだか、地面が光っていないか?」
「発光生物か?」

 周囲が暗くなるにつれ、その淡い光が見えるようになってくる。
 上空から見れば、まるで海岸に漂う夜光虫だ。
 そしてそれを理解した時、飛甲騎士は驚愕し、戦慄した。

「ま、魔法を使用する魔族を発見! し、しかしこれは――草、草です。この領域を覆う全ての草が、魔法の使用者スペルキャスターと思われます!」


 その報告を受けたマリクカンドルフは、いつもの様に落ち着き、どっりしと構えていた。
 だが心の中の落胆は計り知れない。
 ただの草。この領域一面に生える緑全てが敵だ。それはもう、この世界全てに否定されていると言って良い。ここに、人間を歓迎する者はいないのだ。
 そしてそれ以上に、対策不能であることを思い知る。
 この広大な領域の草を全て刈る? 焼く? 不可能だ。もはや魔法攻撃は、全て受け入れるしかない。

 損害が大きすぎる……これでは魔王を討てないのではないだろうか……。
 だがそんな弱気を、頭を振って消し飛ばす。今考えるべきはそのような事ではない。
 魔王を討って帰還する。全てはその後で良いのだから。




 ◇     ◇     ◇




 そろそろ陽が落ちた頃なのだろうか、大分暗くなってきた。
 だがそれで逆に分かる――人間の多さが。

 浮遊式輸送板に設置されている投光器サーチライトの光が、周囲を舐めるように照らしている。
 木や草の間を縫って走る無数の光の筋は、それだけ人間がいると言う事だ。
 だがあの光は少し懐かしい……。
 かつてオルコスと共に白き苔の領域へと向かった途中、ずっとあの光が暗闇を照らしていた。
 だが――

「人影だ! 魔王がいたぞ!」
「いや、あれははぐれた味方だ! あっちにいたのが魔王だ!」
「あれはただの屍喰らいグールだ! 向こうで何か動いているぞ!」
「探せ! 探せぇー!」

 今やその光が求めているのはこの俺、そしてこの命だ。懐かしい感傷に浸っている余裕はない。
 もう何時間、この広大な森を走ったのだろう。
 既に足の感覚はないが、まあテルティルトが勝手に走ってくれるので何とか留まらずに済んでいる。
 だけど息が上がる……体力が限界だ……水……。


「お、魔王じゃねぇか。まだこんな所にいたのか」

 ……!? 突然大きな声をかけられ、ハッとなる。
 そして同時に頭上を飛んでいく人間達。
 いつの間にか、完全に囲まれていた。だが過去形だ。

 周囲を染める真っ赤な血、撒き散らされた人間のパーツ、それに撃破された浮遊式輸送板。
 凄惨なる戦場跡……いや、まだ戦いは続いている。
 次々と集まってくる人類兵。だが彼らは今、俺には目もくれていない。
 彼らが戦っている相手――それは同じ人間型。だが根本的な大きさが違う。
 体高6メートル級。銅色の肌に一本角、それに闇夜にギロリと単眼が光る。
 一つ目巨人サイクロプス! 援軍が、間に合ったのだ。
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