里穂の不倫

半道海豚

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Episode-20 眼前の勝利を手に

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 当然ですが警察庁は、混乱の極みにありました。長官はとんでもないセックススキャンダルを暴かれ、それを苦に自殺。しかも、出所不明の古い拳銃を使って。
 それでも、善波さんを監視し続けていた特別サイバー犯罪対策班は、善波さんを任意同行し、関係先の家宅捜索を諦めていませんでした。
 ですが、上層部が躊躇います。
 前代未聞のセックススキャンダルは、長官だけにとどまらず、あと5人おり、ネットでは名前まで詮索され始めていたからです。
 もし、さらに1人でも、長官の行為に類する動画が公開されたら、警察庁は崩壊します。
 そして、警察庁内部でもネットの噂には、信憑性があることを認識していました。
 結局、特別サイバー犯罪対策班の思惑は、組織防衛を最優先と考えた警察庁上層部に握りつぶされます。
 善波さんの任意同行と、すでに用意されていた家宅捜索の礼状は、執行されることはありませんでした。

 6日、日本記者クラブにおける会見は、誰にとっても意表を突くものであり、同時に衝撃的なものでした。
 脇坂真白弁護士が会見内容を発表します。
「ここにいる川口幸菜さんは、ある企業に勤務していた際に性接待を強要されていました。
 先般、管理職1人が自殺、1人が失踪後に逮捕・保護された事件と関係があります」
 この時点で、ある会社とはメーティス社を指すことがわかります。
「彼女もこの2人から、性的暴行を受けています。その際の映像を浮気の証拠として、ご家族に送られ、離婚されています。
 その後、4年8カ月にわたって性的被害を受け続けました」
 会見場は静寂と喧騒を繰り返します。
「その4年8カ月の間に、現在の最高検検事総長の相手を複数回させられた、と彼女は証言しています」
 キーボードを打つ音がひときわ響きます。キーを打つ指の力が、明らかに増しています。記者たちが驚きから脱し、職業的臭覚に目覚めたからです。
 質問の手はたくさん上がり、男性の記者が指名されました。
「証明できるもの、あるいは証拠はあるのですか。
 捜査機関のトップ警察庁長官に続いて、検察のトップまでがセックススキャンダルとなったら……」
 真白さんが幸菜さんに発言するよう促します。
「川口幸菜です。
 証拠はありません。ですが、検事総長の身体的特徴、本人しか知らない特徴、本人も知らないかもしれない特徴を記録しています。
 また、4年8カ月間の詳細な日記があります」
 女性の記者がマイクを持ちます。
「どこかに監禁されていたのですか?」
 幸菜さんは毅然としています。
「監禁はされていません。
 家族に会えない絶望と、ある種の洗脳をされていました。逃げる意志はありませんでした」
 別の女性の記者が奪うようにマイクを握ります。
「では、どうして逃げたのですか?」
 幸菜さんの言葉は明瞭です。
「同じ被害者が別にいて、彼女から『逃げよう。逃げて姿を隠そう』と提案され、彼女の意見に従いました」
 会場がひどくざわつき、男性記者をはじき飛ばすようにマイクをつかんだ別の女性記者が質問します。
「あなた以外にも……」
 女性記者が絶句します。
 この質問には、真白さんが答えます。
「私たちは5人の方の被害を確認しています。そのうち、2人は私が代理人です。1人は行方不明。2人は亡くなられたようです」
 真白さんは、刈谷陽咲さんの存在を隠しました。
 年齢からベテランと思える男性記者がようやくマイクを手にします。
「この日本で、そんなおぞましい行為が行われているとは、にわかには信じられないのですが……」
 真白さんが答えます。
「ある企業は性接待によって、捜査機関、司法関係、政権中枢にも影響を及ぼしています。
 その犠牲となった女性は、彼女たちだけではないでしょう」
 同じ記者がマイクを離しません。
「警察庁長官のスキャンダルとも関係があるのですか?」
 真白さんが誤魔化します。
「それは、私たちにはわかりません」
 別の男性記者がマイクを受け取ります。
「脇坂弁護士は、ある企業家の離婚や親権に関する代理人を務めていますね。
 それから、その企業家の不倫問題にも関係している。
 それら一連の係争も関係しているのですか?」
 真白さんが苦笑します。鋭すぎる質問だからです。
「職業上の秘密ですので、お答えできません」
 40歳代の女性記者がとぼけた質問をします。
「性行為は強要されたのですか?
 報酬はありましたか」
 幸菜さんが答えます。
「私は指示には従っていました。諦めていました。いまでは、強要されていたと思っています。
 頻度ですが、性行為の強要は月数回程度でした。報酬はグループ会社から振り込まれていました。少なくない金額です。
 よろしいですか?
 この答えで……」
 質問した女性記者が俯きます。
「ごめんなさい」
 真白さんが発言します。
「新年早々、この会見を開いた理由ですが、いま彼女たち被害者は社員十数人の小さな会社に勤めています。
 生活するためには働かなくてはならないので……。
 この会社に勤務する男性社員に関係して、家宅捜索の礼状が出されたようです。
 その理由は、被害者に圧力を与えるためでしょう。性被害を受けた女性に対して、どこかからの指示を受けて警察が圧力をかけるという暴挙を阻止したかったからです。
 生活の基盤を奪えば、黙るしかないですからね」
 真白さんがここまで主張するとは思いませんでした。これでは、完全に警察庁を敵にしてしまいます。
 幸菜さんが発言を求めます。
 そして立ち上がり、ジャケットを脱ぎ、着座します。
「私は数年間、東北のある街に隠れていました。見つからないように細心の注意をしていましたが、昨年襲われました」
 彼女は左の半袖をまくります。
「そのときに受けた傷で、自分で縫いました。病院に行けないので。
 病院に行けば警察に通報される恐れがあり、警察に知られれば、さらに厄介になると思ったからです。
 私を脅すには、離婚した夫や私の子供を使う可能性が高いと思いました。
 私が顔を出し、名前を明らかにした理由ですが、前夫や子供を守るためです。このような会見を開いてしまえば、私の大切な人を利用することはできないでしょう」
 年配の女性記者がマイクを握った。
「もし、検事総長に会ったら何と言いたいですか?」
 この愚問に幸菜さんが微笑んだ。
「何も言いません。
 頭蓋を叩き割るだけです」
 質問した女性記者が絶句。

 結局、心配した家宅捜索はありませんでした。もちろん、マシンは全て無事。ですが、ネットワークに侵入されそうになり、善波さんが強力な防御を施してくれました。
 善波さんは侵入を試みた相手を特定しており、私に被害を届けるように要請しました。
 私は真白さんと一緒に所轄の警察署を訪れ、「会社のネットワークに不正に侵入しようとしたものがいる」ことの不正アクセス禁止法に基づく被害届を出しました。
 加害者はわかっています。サイバー犯罪対策課の誰かです。
 所轄の警察官は、かなり怒っていました。私たちにではありません。犯人に、です。

 私たちは、どうにか普段と同じ生活を続けています。

 1月の第1週は土日月の3連休。真琴さんの彼氏さんは、「実家に行って、クソ親父と喧嘩してくる」そうです。
 そんな事情で、真琴さんは山荘に来ることになりました。
 いつも通り、金曜の夜に出発です。でも、今回は記者会見などいろいろあったので、出発は深夜でした。

 八王子までは夫が運転、談合坂までは真琴さんが運転、山荘までは私が運転しました。
 娘はお姉ちゃんがいるためか、まったく寝ずにおしゃべりが止まりません。
 その反動か、山荘に到着するとすぐに眠くなり、抵抗の甲斐なく涙ぐみながら自室に向かいました。
 夫も疲れていたのか、しばらくすると眠くなってしまい「寝る」と部屋に入りました。

 何となくわかるんです。夫は私と真琴さんとの話に割り込みたくなかったんだろうな、と。

「ちゃんと部屋の鍵してよぉ」
「したつもりだったんだけど……」
「パパ、ショックで死んじゃうよ」
 2人で大笑いします。
「ウマウマ踊ってるところ見られちゃった」
「ウマウマだとは気付かなかったかも。
 だけど、まったく音は漏れなかったの。
 でも、振動が伝わってきて、それで何事かと、なっちゃった。
 それで、真琴ちゃんのおっぱい目撃事件発生というわけ」
「でも、私はあまりショックじゃないんだよね」
「まぁね。
 実害ないし……」
「お姉ちゃん、お風呂入ろうよ」
「一緒に?」
「うん」
「ちょっとなぁ」
「どうしてぇ」
「ま、いいか。
 入ろう」
「うん」

 2人一緒に脱衣所で脱ぎ、真琴さんが先に浴室に入りました。
 シャワーを出して、温度を見て、真琴さんが先に浴び、私が続きます。
 浴槽は、無理すれば大人2人が入れます。もちろん、男女がベスト。でも、今夜は真琴さんと一緒で、ちょっと微妙な感じ。
 真琴さんはしばらく気付かなかったのですが、「お姉ちゃん、剃ってるの?」とちょっとビックリしたみたい。
「残念ながら、天然じゃないんだ。
 剃ってるの」
「もしかして、パパの趣味?」
「不倫防止で剃られた」
「パパが剃ったの?」
「そうだよ。
 いまでも剃ってくれてるよ」
「うゎぁ~、パパ、ヘ・ン・タ・イ」
「でも、ないの便利だよ」
「そう、なの」
「剃ってあげようか」
「彼氏に見せられないよ」
「平気だよ。
 逆に喜んだりして」
「ヤダぁ~」
「聞いてみればいいよ」
「何てぇ~」
「剃っちゃってもいい、って」
「どうしよう」
「考えておきな」
「うん」

「真琴ちゃんは、スタイルいいよね」
「そうかなぁ。
 実は胸がコンプレックスなんだよね」
 私が真琴さんの胸を触ると、何も反応しません。
「形はいいし、柔らかいし、大きいし、何が不満なの?」
「乳首が上向いてない」
「そんなことないよ」

 お風呂から出て、リビングでまたまた飲み始めます。
 話題は変遷しましたが、1周回って、パパにおっぱい見られた事件に戻りました。
「どうして、ウマウマ踊ってたの?」
「曲でわかった?」
「曲は一瞬かつ爆音だったからわからなかったけど、手の動きで」
「彼もノリノリだったのに」
「ごめんねぇ。邪魔しちゃって」
「またやろうかな」
「おっぱい揺らせばいいよ。
 そうすれば、喜ぶよ」
「えーッ。
 ど、どうやるの?」
「とりあえず上下に動けばいいでしょ」
「……、わかんない」
「パパに見せてあげたら、襲ってきたよ」
「パパのエッチは聞きたくない。
 でも、お姉ちゃんのエッチは興味があるぅ。
 どうやったの?」
「振り付けだね」
「教えて」
「いいよ」

 ボトルとグラスを持って、真琴さんの部屋に移動します。
 私が夫に見せた振り付けを、胸のある真琴さんバージョンに若干アレンジして、曲をかけて指導します。
 真琴さんは、夫の父が残した1960年代後半のフルコンポをレストアするため、いくつかの部品を持ち込んでいました。
 女の子には珍しい趣味です。
 高音質データをノートパソコンでD/A変換し、高規格メタルケーブルを介して、ICではなくトランジスタを使ったアナログアンプに送ります。
 アンプの電気信号はスピーカーに送られ、空気を振動させます。直径30センチ級の大型スピーカーからは、一般家庭ではもてあます音量が放たれます。
 会話ができる程度まで音量を下げ、私は真琴さんにエッチな振り付けを指導します。
「小刻みに身体を上下させて、おっぱいを振る、次に左右にも揺らせば、おっぱいは回転運動する。
 おっぱいの揺れは、乳首が視点の基準点になるから、その振動数でエッチな気分も変わってくるよ」
 真琴さんは、手の動きはなしで、身体の動きだけを練習します。
「お姉ちゃん、乳首が服でこすれる」
「じゃ、脱ぎな」
 真琴さんは少し躊躇いましたが、部屋着の上衣を脱ぎます。
 手の動きは単調にならないように、そして壁に両手を付いて踊ったり、手で胸を触ったり、両手でハートを作り、それを乳首の上に載せる振りを教えます。

 結局、1時間以上、そんなことをして遊んだためか、疲れてしまい「寝ようか」となり、私は夫が寝るベッドに向かいます。

 夫が目を覚まし、寝ぼけて「飲み飽きたの?」と聞いてきたので、私が「踊り疲れたの」と答えます。
「……???」
 ちょっと触ってきましたが、そのまま寝てしまいました。

 完全な朝寝坊モードで、全員お昼まで寝ていました。

 夫と娘が先に起き、2人で朝食の支度をして、先に済ませていました。
 私が起き、少し寝ぼけて「おはよう」とダイニングにいる夫に言い、抱きついて舌を入れてキスすると娘が見ていることに気付き、ちょっと照れ笑いします。
 ですが、真琴さんにも見られました。階段下にある真琴さんの部屋のドアが開いて、至近で見られちゃいました。
「パパのキスは見たくない」
 真琴さんも一気に目が覚めたみたいで、夫はバツの悪さに撃沈。
 ちょっと、かわいい。

 朝食のあと、真琴さんが「昨夜の復習をしたい」とのことで、真琴さんの部屋のドアを開けて、大音量で曲を流し、娘も参加して3人で踊ります。
 ガレージにいた夫が何事かと驚いて、真琴さんの部屋に入ってきたら、娘が「パパはダメ!」と追い出します。

 夕食が終わり、私は飲み友だちがいるので、グラスとボトルをリビングに運びます。
 リビングとしていますが、玄関との間に仕切りやドアはなく、部屋の造作としてはよくありません。
 ですが、薪ストーブは穏やかに暖かく、快適です。
 食器などの洗い物は、夫がやってくれますし、何も言わなくても、自動的に肴が出てきます。
 超高性能居酒屋です。

 話の流れで、真琴さんが彼氏さんの家族のことを話し始めました。
「家族と縁切りに行ったんだよね」
 そんな物騒な話から始まります。
 真琴さんが続けます。
「お兄さん、顔合わせのときにいたでしょ」
「うん、クラーク・ケントの置物みたいな」
「クラーク・ケント?」
「スーパーマンの地球での名前」
「あぁ、サラリーマン然とした……。
 そうだったね。濃い紺のスーツに地味なネクタイ、黒縁の眼鏡、七三分けの髪、古〈いにしえ〉の銀行員みたいな」
「そうそう」
「家族構成も完全な標準。
 両親は男女、父と母は2歳差、父が年上、4歳の女の子と2歳の男の子。
 父親は銀行員で、母親は専業主婦。
 絵に描いたような日本の家族像だよね。
 両親が離婚してなければね」
「ウチと大違い」
「だねぇ~。
 だけど、ウチのほうが健全」
「えっ?
 どうして?」
「彼氏が爆発した原因だけど、お兄さんのお嫁さん、お父さんの秘書だったんだって。
 お父さんが気に入って、お兄さんに紹介したとか」
「別にいいんじゃない」
「上の子、4歳の女の子、妊娠期間7カ月なんだ」
「7カ月で生まれても、育つでしょ」
「7カ月の妊娠期間で、10カ月分の成長で生まれたの」
「……、つまり?」
「そう」
「ヤッた日と、妊娠期間が一致しないわけ」
「……、托卵?」
「そうみたい。
 しかも、下の子も」
「ひどい……。
 ケントさん、かわいそう」
「ここまでだと、彼氏が怒る理由はないんだ。もともと、お兄さんとは仲が悪いんじゃなく、話したこともないから……。
 子供の頃から、赤の他人よりも疎遠なんだって」
「……、じゃぁ、なんで怒るの?」
「誰が托卵したと思う?」
 夫がダイニングとリビングの堺に立っていました。
「あの無礼千万な父親か?」
「うゎ、パパ鋭い!」
 私は唖然、呆然、悟りの領域へ。
 真琴さんが続けます。
「お兄さんが体調不良とかで、会社を早退して自宅に帰ったら、奥さんとお父さんがリビングでヤッてたんだって」
 私は当然の結果を予測します。
「自分の妻が父親と行為しているところを見るなんて、絶望的だね。
 お兄さん夫婦は、離婚よね」
 真琴さんが左手の人差し指を立てます。
「そうはならないから、彼氏が縁切りに行ったの」
 私は疑問だらけ。
「普通、不倫がばれたら離婚されるよ。
 私くらいだよ、旦那に『怒ってないよ』って優しくされるのは」
 真琴さんがビックリします。
「ウッソー!
 パパ怒らなかったの?」
「まったく、しかも『知ってたよ』って言われちゃった。
 まぁ、パパは別として、普通は大揉めだよ」
「揉めてはいるようだけど、その揉め方がヘンなの。
 父方のお婆様は世間体を気にして、お兄さんに自分の子として育てるよう、説得しているんだって。事実上、強要しているみたい。
 お父様は、お父様の子であるのだから問題ない、と言っているそう。
 奥さんは、もっと残酷で『これで、あなたとしたくないことをしなくてよくなる』って」
 私は驚きを通り越して、どう反応したらいいかわかりませんでした。
「で、お兄さんは?
 当然、離婚一択でしょう。選択肢はそれしかないよ」
「そこがヘンなの。
 お兄さんは離婚が出世に響くんじゃないかと考えていて、離婚はしたくないそう。
 健全な家庭の芝居を続けるみたい」
「登場人物、全員、異常ね」
「ウチなんて、見かけはともかく、仲いいし、問題ないし……。
 問題あるか!
 政権相手に喧嘩売ってるし……」
「それで、彼氏さんは絶縁を……」
「そう。
 彼はパパに心酔していて、分野は違うけどエンジニアとしては自分は足下にも及ばないけど、カーマニアとしては頑張りたいんだって。
 で、私と結婚すれば、新しい家族ができるから、古い家族はバンするって」
 夫が怒ります。
「俺は反対だ!
 大事な娘を裸で踊らせるような男は、娘の夫にふさわしくない!」
 私は呆れました。
「私も裸で踊ってあげたでしょ。
 誰のためだったかなぁ~」
 夫が泣きそうです。
 キッチンに引っ込みました。
 真琴さんは、手を叩いて大笑いです。

 3連休が終わり、いよいよ新年が本格的に始動します。
 火曜日の午後、私と奈々さんに前職の社長から個人のアドレスにメールがありました。
 内容は、いわゆるロミオメールです。
 ただし、本人が送ってきたものかはわかりません。
 要約すると、私には「きみはぼくが育てた女性だ。ぼくなしでは生きられないはず。もう一度、ぼくと歩むべきだ」みたいな内容で、奈々さんには「あなたとぼくの絆は、誰にも切れはしない。きみが犯した過ちは許すから、すぐに帰ってきてほしい」的な。
 本人ではなく、別な誰かが戦術的意図を持って送ってきた可能性がありますが、奈々さんと相談すると、「ロミオメールを送るタイプだよね」で一致。
 放置するとエスカレートする可能性があり、下手に答えてもさらなるロミオ化があり得ると思い真白さんに相談することにしました。
 ですが、相談の過程で奈々さんが「滅茶苦茶、プライドを傷つけたい」と主張。
 私が「あなたの単調なエッチは時間の無駄でしかありません、何てどう」と提案すると、奈々さんが「確かに単調だよね。ワンパターンというか」と同意してしまい、2人で大笑い。
 2人で「返信するなら、同じ文面にしよう」と打ち合わせしました。
 ですが、残念ながら、真白さんからの警告だけになってしまいました。無用な刺激は避けるべきと……。

 新年早々、裏の攻撃がありました。私たちは、それを報道でしか知り得ません。夫、善波さん、刈谷さんの3人が連携しているのか、いないのか、それさえ知りません。
 3人の役割分担も、よくわかりません。ただ、攻撃の主体は刈谷さんだと思います。夫は刈谷さんの支援、善波さんは刈谷さんの存在を隠す陽動ではないかな、と。

 現文部科学大臣は道徳をやたらと強調する、少し変わった人物です。道徳を修身と呼んだり、教育勅語の導入を主張します。
 いわゆるブラック校則では、「生徒の下着の色を白に限定することも、教師がそれを検査することも、人権侵害にはあたらない」とし、さらに「男性教師が女子生徒の下着を検査することには何らの問題はない。教師は聖職である」と主張し、物議になっています。

 その文科相の動画が出たのです。
 最初から15分バージョンで、10歳代と思われる女性の頬を平手打ちし、乱暴に服を剥ぎ取り、何か言いながらお尻を激しく打ちながら、下半身だけ脱いでバックで挿入しています。
 ですが、ここで終わりませんでした。
 すぐに、合成音声のアフレコ版が登場。そのアフレコ版に刺激のあるテロップを付けた別バージョンが出ます。
 アフレコやテロップは、どうも高校生くらいの若年者が行ったようですが、その処理の未熟さがリアリティを増していて、世間を騒然とさせます。
 オリジナルの映像には音声がないのですが、アフレコやテロップが付くとそれが真実として広がっていきます。
 15分版がアップされてから、わずが36時間後には最終版となるアフレコ+テロップ版が公開されました。
 その12時間後に各社が報道します。
「文科相が死亡の情報。自殺か」
 夫が言うところの雑魚を潰す作戦の結果なのでしょう。

 政界は動揺し、内閣総辞職の報道まで出ます。ですが、恥知らず、鉄面皮、厚顔無恥、無神経など、モラルの欠如した首相は、そうした推測や憶測など無関係とばかりに、次の文科相を決めます。
 副大臣であった元芸能人の女性議員です。

 帰りが遅くなってしまい私1人の夕食時、後任の文科相の報道を見て、夫がニヤリとしたことを私は見逃しませんでした。
 もちろん、その理由は問うような真似はしません。
 報道では、女性のほうが無難だと判断した、みたいなことが解説されていました。警察庁長官、前文科相と立て続けにセックススキャンダルで自殺となったことから、女性なら安全・安心だと考えたのでしょう。

 ですが、夫のニヤリの意味がすぐにわかりました。
 私と同世代の新文科相は、私のような普通のおばさんとは異なり、非常に美しく、スタイルがよく、華やかな人物です。
 同時に論客であり、毅然とした印象があります。

 今度も最初から15分版です。
 四つん這いになった女性が、ベッドに寝た男性を咥え、お尻を別の男性が叩き、喘ぎながら何かを叫んでします。
 いわゆる3Pです。
 お尻を叩いていた男性が挿入し、女性は夢中でもう1人をフェラしています。
 男性の顔はぼかされていてまったくわかりませんし、女性の顔も男性の身体ではっきりとはしていません。
 ですが、新文科相のようです。
 独身ならただのセックスプレイですが、彼女、お子さんはいないものの結婚していました。

 深夜に公開された動画は、瞬く間に存在が知られ、前文科相と同様、アフレコとテロップが付けられます。
 そして、新年早々、アフレコとテロップで衝撃となった「ブッテ、ブッテ、ブッテェ~」が流行語大賞の候補になるとまでネットで話題になってしまいます。
 翌日、雲隠れした新文科相は、1日おいて、文科相と衆議院議員を辞職します。
 文科相を去る際、誰に向かってなのか「どうか、これ以上はご容赦ください」と深々と頭を下げました。

 誰の目にも政権は風前の灯火。後任の文科相のなり手はなく、首相が兼務することに。
 政治評論家たちは「首相自身、大丈夫なのかと心配になる」と解説。首相擁護派の論客たちが、既存メディアに出まくり、ネットには野党と与党の非主流派を誹謗中傷する動画が溢れます。
 さらに、政権支持率が上がるという、摩訶不思議な世論調査まで登場。
 この世が魑魅魍魎の住処であることが、改めて証明されてしまいました。

 政権擁護に関わる莫大な広告費がどこから出ているのか?
 その資金源こそが、私たちの敵でした。

 政権は生き残り、政権の後援者も無事、首相擁護派論客は大儲けしました。

 警察は善波さんにまったく動きがないことから、一連の動画事件の犯人ではないのではないかと怖くなり、監視は続けるものの、強行策は無理と判断したようです。

 結果、私たちは普通に暮らしています。  私は夫に懇願して、会社に戻ってきてもらいました。
 夫からの条件は「里穂ちゃんのお小遣いを半分にして」でした。仕方ないので応じましたが、最初のお願いは「里穂ちゃんでウマウマを踊ってほしい」と。

 バカなの。
 もちろん、したけど……。

 私の不倫発覚から始まった我が家の動乱は、夫である新藤健昭と私の不倫相手であり前職の社長である狭間翔一との争いとなり、気付けば夫が創業し私が引き継いだソリトン社と前職勤務先であるメーティス社のを巻き込み、さらには現政権のも飲み込んでしまいました。
 私は私が知らなかった夫の恐ろしい顔を知ってしまい、結果的に不倫相手の呪縛から逃れることができました。
 政権中枢に深く食い込んだ政商である前職の社長よりも、世界の諜報機関が恐れる夫のほうが頼もしいと感じたから……。

 私たちの戦いはまだまだ続きます。
 ですが、どうにか眼前の勝利は手に入れました。完勝ではありませんが、当分の間を膠着状態にできました。
 さて、今後はどうなるのか?
 怖いですが、何となくワクワクします。

Season1 END 
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