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異世界編

02-015 討伐命令

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 ロイバス男爵の動きは、偶然にも彼の嫡子を捕虜にしたことから完全に封じることができた。
 他にも有益な捕虜がおり、彼らを牢獄のあるコンウィ城に監禁する。
 ロイバス男爵には、彼に与するヴァロワ貴族が複数あり、目指すところはヴァロワ貴族の復権であった。広大な土地を私有する荘園貴族は、土地を奪われれば即困窮する。
 彼らも農民と同様、土地にしがみつくしかない。
 中部西側を支配するロイバス男爵はヴァロワ貴族の復権、つまりダルリアダ王家にヴァロワ貴族の権利を認めさせることを最終的な目標としている。
 これが実現すれば、ヴァロワ国王たるダルリアダ国王に忠誠を誓うことも明言している。
 一方、中部東側の人々は、移動の自由や婚姻の自由など、あらゆる自由を求めている。
 両者はダルリアダと対立している点は同じだが、目的はまったく異なっている。

 ロイバス男爵は東側に侵入するにあたって、東側と西側の境界付近にある有力6農家の“要請”という形式をとっていた。つまり、正当な行為として侵入したのだ。
 この有力6農家は、ロイバス男爵の行動力と軍事力が彼らを守ってくれると信じた。レベッカたちは小作人に対する正当な対応を主張しているし、アネルマたち強硬派の若者はどう見ても頼りない。
 小作人への正当な対応、賃貸農地の地代引き下げ、小規模自営農民に対する農地を担保にした高利な貸し付けの禁止を主張するレベッカたちは、豪農からすれば疎ましかった。
 もちろん、賛成する富裕貴族や地主も存在する。だが、同時に既得権益を失うことを恐れて、反対も存在するのだ。
 そして、その対立に目を付けたのがロイバス男爵だった。東側にくさびを打ち込むため、ロイバス男爵支配地に近い有力6農家を抱き込んだのだ。
 しかし、侵入したのは有力6農家の土地ではなく、無関係な地域だった。有力6農家は、ロイバス男爵と彼の配下が勝利することを疑わなかったし、歴戦のピエンベニダ麾下の主力を無関係な場所に誘き出すことにも成功した。
 頼りなげな子供の“軍隊”だけでは、精強なロイバス男爵の部隊には太刀打ちできないはずだった。
 しかし、結果は違った。ロイバス男爵の部隊は、少数の“子供の軍隊”に蹴散らされた。

 有力6農家は、完全に孤立する。
 レベッカたちは何もしなかったが、小作人や使用人は見切りを付けて逃げた。彼らが働ける土地は多くある。借金でがんじがらめにされていたが、逃げても、以前のように追われたり、逃亡を防ぐ目的として身柄を拘束されることはない。
 手荒な仕事を請け負う連中は、アネルマたちが容赦なく追い払うからだ。
 この一件を足がかりに、レベッカたちは地主から小作人を引きはがす作戦を開始する。
 手荒な仕事を請け負う連中を雇う地主は、途方に暮れた。アネリアたちのほうが手荒なのだ。手荒な真似をすれば、強硬派が押しかけ、捕らえて締め上げる。雇い主を白状すれば、強硬派が押しかけ、謝罪と賠償を求めてくる。
 銃を突き付けられて、借金棒引きだけでは足りず、莫大な賠償金を払わされる。
 拒否すれば、何をされるかわからない恐ろしさがある。そもそも拒否などできない。謝罪と賠償に応じなければ、脅迫罪で拘禁されるからだ。
 ロイバス男爵の東側侵入以後、借金を理由に小作人を搾取する地主・豪農は、中部東側では営農が難しくなった。ロイバス男爵を誘引したことで、明確に“東側の敵”に認定されてしまったのだ。
 さらに、収穫物を換金する手段もない。いままではロイバス男爵が購入してくれたが、嫡子が捕虜になってからは一切応じなくなった。

 ヴァロワでは貴族=富裕ではない。貧乏貴族や没落貴族はたくさんいる。ヴァロワにおける富裕層は、街に住む豪商と農村地帯の地主・豪農が大半を占める。
 ダルリアダでは貴族の暴虐が問題だが、ヴァロワでは地主・豪農の横暴がしばしば非難の的になっていた。

 豪農ベール家の兄弟は、素行が悪いことで有名だった。ダルリアダの支配下になって以降、巧みにダルリアダ軍とダルリアダ人官吏に取り入り、豪農としての立場を保っていた。
 ヴァロワの土地を持たない農民には2種類ある。単に他者から土地を借りて耕作する農民。この場合は他者から農地を賃貸しているだけ。農地を持っていることもあるし、所有農地をまったく持たず、耕作地すべてが賃貸ということもある。
 これとは別に、何らかの理由で土地を失った農民が小作人として、豪農・地主の農園で働かされていることがある。
 こういった場合は多分に借金が絡んでおり、悪意ある豪農・地主が半農奴的な待遇を課していることが多い。
 ベール家は、農民に対して高利で金を貸し、返済が滞ると担保とする農地を取り上げて、担保不足を理由に家族全員を農園で半強制労働させることで、豪農にのし上がった。
 ヴァロワには、多いタイプだ。
 農民から土地を取り上げるためには、かなり悪辣な行為をすることも多い。

 アネリアはワンボックスを止める。ヤーナがスライドドアを開き、すれ違う少女に声をかける。
「1人で大丈夫?
 送っていくよ」
 少女が微笑む。
「平気。
 家は近くだし、反対方向でしょ」
 ヤーナが「そう。でも気を付けて」と伝えて、ドアを閉める。
 しばらく進むと、ウマに乗った男とすれ違う。4騎いた。
 アネルマが不意にクルマを止める。
「ヤーナ!
 いますれ違った男!
 ベールの次男だ!」
 ヤーナがスライドドアを開けて飛び出す。アネルマは運転席から降りて、ヤーナを追う。
 悲鳴などは聞こえない。
 森のほうから蹄の音がする。ヤーナが蹄の音に向かって方向を変え、アネルマがそれに続く。
 アネルマの背後から何人かが続く。近在の村の子たちだ。男もいるが戦える人たちではない。それでも、勇気を出してアネルマを追う。

 ヤーナが叫ぶ。
「こっちよ!」
 ヤーナに気付いた少女が、走る方向を変える。手にしていた籠がない。捨てたのだ。
 少女は巧みに方向を変えながら、明るい森の中を追う騎馬を避けながら走る。
 少女がヤーナに抱き付く。
 4騎が2人を取り囲む。
 ヤーナは刀を抜くか、銃を抜くか、激しく迷っている。少女はローティーンだ。戦う力はない。
 刀の柄にも、銃のグリップにも手を置かない。先に抜けば、戦う理由を与えるからだ。

 アネルマはヤーナが十分に戦えることを知っている。だが、4騎相手は無理。勝ち目はない。
 アネルマが出ていったところで、その状況は変わらない。乗客4人は武器など持っていない。持っていたとしても、小型のナイフ程度。
 アネルマは草むらに潜む。年長の2人に「クルマを見張っていて」と頼む。
 男の子がY字形のパチンコをアネルマに見せる。見せて、ニッと笑う。この子は戦う意思がある。アネルマと同年齢の女の子がバッグの中から古びた細長い麻袋を出す。
 アネルマには麻袋の意味がわからず、また、この子には戦う力はない、と判断している。少女が近くに落ちていた拳よりも少し大きい石を拾い、麻袋に入れる。女の子がそれを左手に持つ。
 ヤーナは、アネルマたちが近くにいることに気付いていない。4騎も。

 2人がウマから降りる。1人はベール家の次男だ。
「2人ともおとなしくしていれば、痛い思いはしない」
 4人が笑う。
 馬上の1人が「若、どっちからヤる」と聞く。バール家の次男が「俺はガキからだ」と答える。
 怯えきった少女がヤーナにしがみつき、銃が抜けない。

 男の子が身を低くして、音を立てずに背後から1騎に近付く。
 そして、力一杯パチンコを引き絞り、ウマの尻に命中させた。
 ウマがいなないて、前足を上げ竿立ちになる。ウマから男が振り落とされる。
 アネルマが止める間を与えず、隣りにいた女の子が飛び出す。

 アネルマとヤーナは驚いていた。
 ひ弱そうな農家の女の子は、利き腕である左手を大きく振って、石の入った麻袋を落馬した無頼の顔面に振り下ろしたのだ。
 グシャッというイヤな音がする。
 彼女の動きはまったくの奇襲で、彼女は自分の単純な武器を巧みに操る。毎日農作業に明け暮れているであろう彼女の腕力は、相当なものだ。戦うための訓練はしていないが、パワーだけなら街で働く成人の男にも負けない。
 彼女はパワーだけで戦う武器を選び、それを振るう。

 男の子が放つパチンコは、決して的を外さない。しかも連射がすごい。

 ようやくヤーナが銃を抜き、アネルマも加勢する。アネルマは背後から騎馬に駆け寄り、ウマに乗る男の左足ふくらはぎを斬る。
 落馬して体制が崩れた相手の首筋を、刀の峰で叩く。ありったけの力で振り下ろしたので、ボキッという骨が折れる音がする。
 ヤーナが発射。下馬していた男の膝を撃ち抜く。
 ベール家の次男は、ヤーナに銃を突き付けられ、抜いていた剣を捨てる。
「やめろ、撃つな。
 楽しませてもらおうと思っただけだ。
 別に怒るようなことじゃないだろう」
 農家の女の子が「じゃぁ、私も楽しませてよ」と言うと、石の入った麻袋でベール家次男の膝を打つ。
 数撃で右足の膝が砕け、彼女は左足の粉砕に取りかかる。1撃で骨が折れ、2撃目は確実を期すためだ。
 彼女に興奮した様子はなく、実に冷静だ。
 仕事を終えると「こいつに隣の子がヤられたんだ。仇を討ってやった」と。

 ヤーナが「どうする、こいつら?」と困り顔でアネルマに尋ねる。
「この3人に価値はないよ。
 ここから動かなければ、明日の朝までにオオカミが始末してくれる。
 このバカ野郎は、父親のところに連れていく」
 ヤーナが驚く。
「何て言うの?
 ベールの悪党に!」
 アネルマは落ち着いていた。
「お宅のバカ息子は、変態プレイで、膝を砕かれましたって言うよ」
 ヤーナが呆れる。
「それって、アズサの口真似だよね」

 実際、アネルマとヤーナは実行した。
 これが、ダルリアダを呼び込む惹起となった。

 数日後、ヴァロワ中部東側の豪農9軒は連名で、ヴァロワ国王たるダルリアダ国王宛の訴状を送る。
 受け取ったのはヴァロワ王都に着任したばかりのブラス・ミレレス総督。彼は、訴状をダルリアダ王都にいる国王に送る。
 国王は訴状を受け取ると即断する。
「ヴァロワの民の願いを聞き届けよう。不埒な賊は葬らねばならない。
 軍を出動せよ。
 賊を討伐する」

 中部東側に対する討伐令は、ヴァロワ王都に届くと即日近隣に知れ渡る。
 だが、レベッカが討伐令を知るのは、その2日後だった。
 嶺林翔太は慌てたが、レベッカは落ち着いていた。
「ショウ様、すぐには攻めてきません。麦の収穫後です。
 それと、ダルリアダはこの付近とは異なり寒い土地です。収穫は半月ほど遅れます。
 準備をする時間は十分にあります。
 もちろん、ダルリアダ軍にも」
 昼食を用意しながら、レベッカは世間話をするように翔太に説明した。
「レベッカ、今回はダルリアダ国王軍が相手だ。キュトラ伯爵軍ではない。
 国王の軍だぞ」
「キュトラ伯爵の軍と何も変わりません。旗の色が違うだけです。
 案じますな。
 ですが、どれほどを送り込んでくるのか、それがわかりません。
 万はないでしょう。数千はあり得ます」
 翔太は、その数千の内容が問題だと感じた。
「キュトラ伯爵軍の兵は、徴兵された農民だった。見かけの装備はそこそこだが、訓練は十分じゃなかった。
 だが、国王軍だぞ」
「ショウ様は心配性ですね。
 ダルリアダ軍で純粋な職業軍人は、王城を守る近衛兵くらいです。それ以外は、都度、徴兵される民なのです」
「だが、こちらも同じだ」
「違います!
 私たちは生存がかかっています。
 戦って勝たなければ、死ぬのです。
 覚悟が違います!」
 翔太はレベッカの考えは危険だと思った。精神論ではダメだ。

 レイリン家の現当主は、翔太ではない。アネルマ・レイリンだ。当主となった翔太が、アネルマを現当主に指名した。レベッカは、実家であるエスコラ家の当主。
 そして、翔太は一領具足の総当主に祭り上げられていた。
 早朝からの軍議には、コルマール村の全員が参加する。いまでは、一領具足ではない村民も多い。
 翔太が口火を切る。
「ダルリアダ軍が攻めてくる。今回は国王の直轄軍が相手だ。
 俺は油断してはならないと考えている。
 まず、侍大将はピエンベニダに頼む」
 彼女が驚く。
「え、私?」
 翔太が頷く。
「実戦経験が豊富で、部隊指揮の経験もある。あなたが適任だ。
 次に大将だが、レベッカに命じる。
 レベッカは大将として、この村を守る。
 総大将は俺が務める。
 それから、アネルマたちは仲間とともに行動しろ。具足の軍から離れるんだ。仲間を多く集め、戦う準備をしろ。
 新造の装甲車やジープを使え」
 ヒルマが発言する。
「総大将に申し上げる!
 もっと多くの武器がいる。銃だけでなく、剣もほしい!」
 当然の要求だ。確かに増えた村民の数よりも、銃が少ない。
 ヴァロワ王都で大工をしていた男が叫ぶ。
「俺たちはどうすればいい。銃の撃ち方も、剣の振り方も知らない!」
「みなさんは、この村の防備と街道に関を設ける手伝いをしてほしい。
 それと、鍛冶のみなさんは銃の製造を手伝ってほしい。
 木工ができるみなさんは、銃床の製造を助けてほしい。
 戦場で戦うだけが、戦〈いくさ〉ではない」

 無酸素の地下空間は、翔太だと15分程度居続けられるが、麗林姉妹は3分が限度。イルメリは、翔太よりも長く居続けられそうだが、子供なので避けている。
 武器の少なさは致命的で、この空間にある銃と刀のすべて持ち出しても足りないだろう。
 問題は15分間作業したあと、2時間ほど休まないと次の作業ができないことだ。
 15分間を有効に使う、効率のいい作業方法を考えなければならない。

 翔太は、スチール製のリヤカーを使うことにする。これなら、350キロほどの荷物が積めるし、大直径空気タイヤなので凹凸のある路面でも動きやすい。重量換算なら、一度に長銃70挺を運べる。
 無酸素の地下空間では、当然だが内燃機関は使えない。そこで、電動ATVを使うことにする。
 地下空間に滞在する時間が短ければ、身体的ダメージは少ない。10分以内なら30分から1時間ほどで回復する。

 最初に運び出したのは、大量の日本刀と長槍だ。小藩の武器蔵を丸ごと手に入れたにしては、刀と槍の数が少ない。槍は20しかない。
 戦国時代でも刀を抜けば、それは死の前触れだった。矢弾がつき、槍を失って、初めて刀を抜くのだから。
 戦国時代の武士の魂は弓だった。海道一の弓取りとは今川義元の異名だが、東海道で一番優れた武将を意味する。
 刀が武士の魂になるのは、江戸期に入ってから。
 戦国時代の合戦における刀傷の割合は、極端に少ない。銃創と矢傷が一番多く、その次が槍創だった。
 刀は無意味かもしれないが、騎兵から身を守るには必要との意見も多い。装填に時間のかかる前装銃ならば、当然の対応策だ。
 一方、重い銃と長刀の同時装備は機動性を失わせる。
 この指摘に対しアネルマは、パーカッションロック6連発カービンの大量採用を意見具申している。
 コルマール村で最初に作られた銃は、アネルマの意見を入れた、レミントンM1858パーカッションロック6連発リボルビングカービンだった。
 そして、この量産に成功した連発銃は、製造に拍車がかかる。銃床付き長銃身型はアネルマたち“強硬派”に重点配備され、拳銃型はコルマール村の兵すべてが装備できるよう計画された。

 刀と長銃をすべて運び出すと、一度は見つけながら見失っていたものを再発見する。
 戊辰戦争で大量に使われた四斥山砲の砲身だ。前装式ライフル砲で、青銅砲ながら滑腔砲に比べて有効射程と命中精度が高い。
 この砲も運び出す。椎の実形の砲弾もあった。

 コルマール村は、一部の勢力に武器を供与している。ロレーヌ準男爵、オリバ準男爵、フラン曹長、コンウィ城などのグループだ。
 多くは前装式滑腔銃身のゲーベル銃だが、6連発リボルバーも少数だが引き渡している。
 四斥山砲の砲身はフラン曹長に渡す。

 四斥山砲の砲身は100キロ。100年以上静止しているので、地下空間での質量は20キロ程度。だが、動かして数十秒後には本来の質量に戻り始める。それも短時間で、本来質量の80パーセントまでごく短時間で戻ってしまう。
 だが、迅速に作業すれば、筋力の疲労は少ない。そして、意外なほどの重量物を人力で動かせる。

 銃が足りないので、新たに運び出した種子島をパーカッションロックに改造して使うことになった。
 フリントロックのゲーベル銃は周辺の農家にも供与し、パーカッションロックのゲーベル銃はオリバ準男爵、ロレーヌ準男爵、フラン曹長などのグループに引き渡す。
 嶺林翔太の高祖父が残した武器は、小藩の台所事情を反映しているのか、結果的に戊辰戦争時点でも十分旧式なゲーベル銃がミニエー銃よりも多かった。
 逆にそれが、功を奏していた。異世界の銃と操作が同じなので、供与に向いているのだ。

 いざ、高祖父が運び込んだ武器のすべてを運び出してしまうと、地下空間はがらんどうとはならなかった。
 祖父の荷物がポツリポツリとあるのだ。多くは木箱に入っている。ほとんどは、砲弾を輸送するための木箱。
 それと、四隅のうちの一画に胸までの高さのかなり深い窪みがあり、ここにやたらと詰め込まれている。窪みは深く、洞窟のようでもある。
 地下空間では光が拡散しないので、いままで気付かなかった。
 高祖父に負けず祖父も怪しい人物だったのかもしれない。
 1.5メートルもある木箱を1つリヤカーに積み、電動ATVを運転して、地下空間から異世界に向かう。

 いままでは地下空間で箱を開けていた。だが、釘打ちされていて、簡単には開かない。結局、蓋開けに時間を要していた。
 翔太は、地下空間内での内容確認はやめることにした。

「中正式歩槍一型か。
 驚いたな。中華民国製造のモーゼル・スタンダードモデル1924か」
 作業を手伝う若者が集まる。
「ご当主様、これはピエンベニダ様の銃と同じですか?」
「いや、正確には違う。彼女の銃はドイツ製、これは中国製。それと、こいつはGew98の短縮版で、kar98kとは細部が異なるんだ」
「1箱に5挺入っています。
 箱は他にも?」
「あるよ」
 その場の全員が翔太を見詰める。
「わかったよ。
 30分休んだら、もう一度行く。
 2箱か3箱は回収できるだろう」

 翔太は約束通り、もう一度地下空間に入り、長さ1.5メートルの木箱を3つ回収してきた。
 1箱はより旧式のモーゼルGew88の中華民国製漢陽八八式步槍だった。全長1250ミリに達する長銃だ。
 2箱目は中身を見て思わず微笑む。ラインメタルMG34汎用機関銃だ。75発が入るドラム弾倉が複数ある。この弾倉ならばリンクベルトのないバラ弾が使える。
 だが、予備の銃身がない。
 3箱目は、非常に珍しい銃が入っていた。ブルーノZH29半自動小銃だ。極初期の半自動小銃だが、確実に動作する堅牢な銃だ。5挺ある。
「ご当主様!
 もっとありますか!」
 少年の声に翔太はどう答えるか迷う。
「いいや、銃が入っていそうな箱はもうない」
 だが、箱はまだある。

 ヴァロワ王都の様子はよくわからない。ヴァロワ人はすべて追われ、状況を知る術がないのだ。
 ごく少数のヴァロワ人はアリエ川以北に留まっているが、さすがに王都へは近付けない。
 それでも、王都で重大事があれば、数日後には伝わる。ダルリアダの商人に金を渡せば、何でも教えてくれるからだ。
 しかし、彼らとの交易は常時あるわけではない。数日に1回程度。ダルリアダ軍の監視を避けているので、決まった場所では行わない。

 ヴァロワ王都に、討伐のための近衛兵団が到着している、という衝撃の情報は突然もたらされた。
 しかも、王都には10日以上前に到着している。正確な到着日はわかっていない。
 コルマール村を含めて、周囲が慌ただしくなる。コンウィ城は、周辺の幼い子供たちを城に招き入れた。老人の入城が始まれば、城は開戦間近と判断したことになる。
 軍議が開けないまま、時間だけが過ぎていく。王都を発すれば、1日でアリエ川北岸に達するというのに。
 そして、近衛兵団が討伐に投入された以外、兵力さえわかっていない。

 アネルマたちは翔太から命じられ、アリエ川を跨ぐ上流域で唯一の石造アーチ橋を見張っている。
 ドローンを飛ばし、対岸上空の街道沿いも監視している。アネルマたちの活動は一部の大人から、迷惑と思われていた。アネルマたち“強硬派”が、同年代なら誰彼かまわずグループへの加入を勧誘するからだ。
 親たちは、息子や娘が“悪い仲間”と関わることを嫌った。強硬派は当初、ダルリアダへの復讐を声高に叫んだが、途中から生活圏の防衛を論ずるようになった。
 強硬派は組織としては脆弱だが、身分や立場に関係なく隊員を集めている。そして、中部東側を守る、という目的で一致している。
 貴族は貴族同士、農民は農民同士、商人は商人同士など、階級や生業ごとに社会が分断しているヴァロワにあっては、希有な存在だ。
 翔太は、この特徴を支持している。
 戦いとは戦場で銃を撃つだけではない。パン焼き職人も必要だし、ウマの蹄鉄師もいなくてはならない。
 アネルマたち強硬派は、苦難の時期にそのことを学んでいた。

「ヤーナ!
 敵だよ!
 ダルリアダが攻めてきたよ!」
 ヤーナがパソコンの画面を食い入るように見る。
「たいへん!
 大軍だ!」

 最初に作った装甲車は、完全密閉の兵員室を持っていた。このクルマは重すぎた。
 強硬派に引き渡された装甲車は、4輪駆動2トン車がベースで、天井のないオープントップだ。全輪駆動なので後輪は履帯化していない。
 オープントップにした理由は、重量の軽減と工作の簡易化が目的だったが、強硬派からの要望でもあった。
 密閉兵員室は、閉塞感が強すぎて気鬱になる、と。

 アネルマから翔太に無線が入る。
「総当主様、総当主様が言った通り、ダルリアダは橋の応急修理を始めたよ。
 オリバ準男爵の河川艇が攻撃しているけど、阻止は無理だよ。
 いま仲間を集めている。橋を修理されたら、私たちだけで戦うしかない」

 翔太は、軽トラに跳び乗るとアネルマたちが潜む、橋に正対する森に向かった。

 強硬派は装備がいい。旧式だがロシア軍のボディアーマーを着け、頭部はドイツ製ヘルメットのシュタールヘルムを被る。
 蒋介石の軍が使っていたものだ。ヘルメットに草を取り付けている。
 装甲車にも草で擬装を施してある。

 森に集結したのは1000人ほどの若い男女。戦闘要員ではない男女も「ともに戦う」と主張したが、武器を持っていないのにそれは無理だ。
 後方に下がるよう命令するが、断固拒否。森に留まると言い張る。
 後方要員を差し引くと、戦闘要員は700ほど。
 ドローンの偵察では、ダルリアダ兵は5000に達する。多勢に無勢だが、時間を稼げば、他の勢力が援軍を送ってくれる。ダルリアダ軍来襲は、すでに無線で地域一帯に知らせている。

「渡ってくるよ!」
 ドローンを操作する少女が叫ぶ。
「前進だ」
 翔太が命じる。

 ダルリアダ国王の近衛兵団第2軍の先頭は、橋を渡り終えると眼前の草むらに何かがいることに気付く。
 翔太やアネルマは知らなかったが。近衛兵団第2軍は、近衛兵団の子弟で編制された、近衛兵候補生の訓練部隊だった。
 ヴァロワ残党討伐を命じられた近衛兵団幹部は、下級貴族と民衆が寄せ集まった烏合の衆を蹴散らせばいいと考えた。
 この簡単な任務は、第2軍にとって絶好の戦闘訓練と考えてもいた。

 橋を渡っても若い近衛兵たちは、微笑みが絶えなかった。ヴァロワ残党は若い女が多いと聞いていたし、祖父、父、兄から戦場での強姦の楽しさを吹き込まれていた。
 先頭が停止したことから、必然的に横に広がり、横隊になったが部隊の大半は橋の上と対岸にいた。

 強硬派と最も近いのは、オリバ準男爵のグループだった。だが、招集に時間がかかり、交代で任務に就いている河川艇隊以外はすぐには動けない。
 ピエンベニダは手勢を集めてすぐに出発するが、距離があった。
 ロレーヌ準男爵は、兵を集めることに手間取っていた。
 フラン曹長は重い砲を牽いての行軍で、進軍が遅かった。
 ヴァロワの若者が頼るべき大人は、戦場には到達していなかった。
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