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第4章
第125話 対セロ戦争
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ある建具師の親父さんが弟子にいった。
「道具は刃物だけでも128種ある。滅多に使わない道具も多い。
だがな、いらない道具はないんだ。
道具を減らして、効率ってヤツを追及するのも、ものづくりの方法としては正しい。
だけど、何でも作れるわけじゃぁなくなる。とんでもなく難しい注文が来て、それが1年の御飯〈おまんま〉を決めるとしたらどうする?
使わない道具にだって、意味はあるんだ。
遺伝子なんてものは何だかわからないが、どんな状況にも対応できる多様性ってヤツが重要なことは、ものを作って御飯を食べている俺たちなら、誰でも知っていることじゃないのか?」
ノイリンの人々は、日々の生活に置き換えて、ブロウス派やネオ・ブロウス派の主張を判断した。
ブロウス・コーネインが投じた石の波紋は、急速に収まっていく。
ヒトは、信じたいものを信じる。ジャン=バティスト・ラマルクの用不用と獲得形質の遺伝は、成功者には都合のいい論説だし、それを期待したい気持ちはわかる。
すべての親がそうだろう。
だが、心情と科学は違う。科学的事実は、よく使う器官は発達し、使わない器官は退縮する、という用不用と、用不用によって獲得した形質、個体が生前に得た身体的特徴が遺伝し、進化を促すとする獲得形質の遺伝は、存在しない。
進化は、頻繁に発生する遺伝子のコピーミスである突然変異と、環境への適応に対する自然界が叩きつける淘汰圧、自然淘汰によって促される。
生物は環境の変化に対応するため、個体の遺伝子を多様化させ、個体群の遺伝子も多様化させる必要がある。
このチャールズ・ロバート・ダーウィンとアルフレッド・ラッセル・ウォレスが唱えた自然淘汰による適者生存が、進化の根源なのだ。
親の努力は遺伝として子に伝わらず、個体の努力では如何ともしがたい遺伝子のコピーミスが進化の源泉。
理不尽だ。
それが、ヒトの感情だ。だが、否定しようのない事実。
ブロウス・コーネインの論が半田千早たちによって“視覚的”に否定されたいま、ノイリン北地区の深部で蠢いていた振動は急速に収まっていった。
ブロウス・コーネインが残したもう1つの問題、戦闘機の開発失敗は未解決のままだ。
ボナンザの主翼、垂直・水平尾翼、その他のコンポーネントを流用する以外の早期解決法は見出せていない。
この方法は、ブロウス・コーネインの方針と同じで、彼の設計の正しさを追認するものとして、機械班の開発案件だが航空班内に根強い反対がある。
車輌班が唱える4発の大型輸送機は、ターボプロップのダートエンジンの不足から、作れても1機か2機が限度。
同じ理由で、フェニックス双発双胴輸送機の生産数も伸びない。
PT6ターボプロップエンジンは生産数が安定しており、一定数の供給が期待できる。
このエンジンを搭載する双発輸送機スカイバン改良型は、固定脚であるなど機構が単純なこともあり、数カ月に1機の割合で製造している。スカイバン改の開発成功によって、より小型のアイランダー双発旅客機は製造を中止した。
ノイリンが継続製造する航空機は、スカイバン改(旅客なら30人乗り)とフライング・ボックスカーから派生したフェニックス輸送機(旅客なら60人乗り)の2機種だけだ。
全体的には、車輌班の航空機開発・製造も停滞気味だった。
そのほかは、航空班がボナンザ単発軽輸送機と、機械班がポリカルポフI-153bisチャイカ複葉単発戦闘機の改良型を製造している。
航空班は、意外な開発計画を持っていた。話の出所は、北地区輸送班船舶部だ。河川の輸送は北地区の独断場なのだが、海上は西地区が圧倒的に強い。
海上輸送で西地区の後塵を拝している北地区は、乾坤一擲の反撃のために思いもよらない奇策を考えついた。
飛行艇だ。
確かに、ヒトの歴史のなかには、飛行艇の時代があった。
1930年代は、太平洋路線のマーチンM-130チャイナクリッパー、大西洋路線のボーイング314、南米路線のシコルスキーS-42、イギリスから香港までを結んだショート・エンパイア、横浜からサイパン島などを結んだ川西式四発飛行艇(九七式飛行艇の民間型)など、大型長距離飛行艇の黄金時代だった。
飛行艇は飛行場を建設しなくても運用できる。大型飛行艇を製造できれば、北地区は西地区に一泡吹かせられる。
航空班としても、戦闘機開発失敗を挽回するには最高の開発案件だ。
飛行艇開発の是非は、技術者間で密かに進められていた。まず、航空班、車輌班、機械班から選抜された技術者が可能か不可能か、それを議論する。
航空班の判断は「開発したい」だ。
車輌班は自分たちが起案している「4発輸送機と抱き合わせで開発できないか」と、色気を出している。
機械班は「判断しかねる」が正式回答だが、水上機のフロートを製造したことがあることから、内心はかなり乗り気だ。
西アフリカ大西洋岸において、ヒトとセロによる決戦が行われようとしているとき、ノイリンの話題は飛行艇の開発の是非だった。
中央行政府の議場でも、夜の飲み屋でも、飛行艇の是非と可否が話題になる。
飛行艇など、この世界では誰も見たことはない。だが、200万年前の画像や映像はあった。
新明和US-2の離水シーンやボンバルディアCL-415の消火飛行の映像が中央図書館にあったのだ。
その映像を見たものは、誰もが興奮する。自分たちでも作れるのではないかと……。
赤道以北アフリカとの時間距離、交通の確実を実現することが、西ユーラシアにとって重要であることを、人々はよく知っていた。飛行艇という夢に、街は傾注していく。
人々は、ブロウス派とネオ・ブロウス派の存在を急速に忘れていった。
ベルタは周囲を森に囲まれた狭くも広くもない草原で、セロの大軍と対峙していた。
彼女の作戦は、もう少し南の機動戦が挑める広い草原での決戦を企図していた。
現実は、セロの戦列歩兵戦に有利な地形での戦いになってしまった。
フィー・ニュンは、ホルスターからMP-443グラッチを抜き、弾倉をグリップから引き出して弾数を確認する。
拳銃をホルスターに戻し、ノイリン製AK-47を持ってV-107バートルに向かった。
4機のヘリコプター、テンダムローターのV-107バートル、UH-1ヒューイ、2機のミルは、すでにローターを回転させている。
ヒューイの操縦士が駆け寄る。
「カティバ平原の北2キロにわずかに高い丘がある。
そこに降りてくれ。
そこから、迫撃砲で攻撃する」
フィー・ニュンは、爆音のなかで機長の耳に怒鳴った。機長は声を発したが、フィー・ニュンには聞こえなかった。
彼女は、空中機動の主力を乗せたバートルに向かう。
ベアーテは、無線が知らせる戦況を深刻に捕らえていた。
彼女は副官に告げる。
「陸に上がって戦う。
陸戦隊を編制せよ。
我らはセロ主力の南に上陸し、退路を断つ」
副官はヴルマン式の敬礼を、船の甲板で行った。
城島由加の総司令部には、彼女を含めて正規の要員は3人が残るのみ。城島健太は、バンジェル島内の連絡を担当している。彼だけでなく、多くの若年ボランティアがこの戦いに戦闘以外の任務で参加している。
西地区と北地区の偵察隊は、セロの伏兵を探していたが、いくつかの分隊規模を見つけ、攻撃を仕掛け潰していた。
バンジェル島の総司令部は、セロの指揮系統中枢は戦況を掌握していない、と判断している。
セロの本隊を観察した偵察隊によると、指揮官はメスである可能性が高いという。
赤服、青服とも兵士はオスに限られるが、最高指揮官や部隊幹部がメスであった例は青服のみ存在する。
戦う相手の素性や性格を知ることは重要だが、青服に対してはそれができていない。ヒトがセロに近付けば、殺される。赤服は短い期間ならヒトを利用するが、青服にはそういった行動はない。ヒトとセロの関係は、ヒトとゴキブリとのそれよりも冷たい。
ゴキブリの心情を理解できないのに、セロの何をも解せるわけはない。
ベルタは、戦車を含めて北側の森から出さない。個人用塹壕、いわゆるタコツボを掘り、倒木などの遮蔽物を並べ、息を潜めている。
草原の南側では、いくつもの戦列が作られている。
単装の平射ロケット発射筒を戦列歩兵の前面に配置する。このナフタレンと過マンガン酸ナトリウム溶液を燃料・触媒とするロケット砲の有効射程は、6000メートル以上ある。
草原の南端から発射しても、北端まで達する。ロケット砲の発射が決戦の狼煙となる。発射筒は、100基を超える。
対するベルタの部隊は、6門の81ミリ迫撃砲と12輌の戦車の主砲だけ。装甲車の一部も23口径76.2ミリ砲を搭載している。ライフルグレネード(小銃擲弾)はあるが、1個分隊に4発ずつ。計600発。
歩兵戦力は2000対8000。多勢に無勢。機動戦が封じられたベルタ隊に勝ち目はない。
フィー・ニュン隊は、カティバ平原の東2キロの丘に降下した。兵力は80ほど。4門の120ミリ迫撃砲を装備している。6000メートルの最大射程がある。
ベアーテの陸戦隊は、カティバ平原南端から4キロ南の砂浜に上陸した。敵前上陸を避け、防備の手薄な開けた砂浜を選んだ。
ヴルマン、フルギア、フルギア系、北方人からなる混成部隊で、指揮系統は判然としない。ベアーテの提案を各部隊が受け入れただけの集合体でしかなかった。
城島由加は、俺が西アフリカに持ち込んだスタッグハウンド4輪装甲車のうち、西側に配備していた6輌を海岸付近に移動させていた。
その他、装軌式の装甲車、装甲牽引車、装甲作業車、軽戦車などをかき集め、臨時機甲部隊を編制した。
当初、この部隊は城島由加が直接指揮するつもりだったが、混沌とした情勢下では総司令部を出て、現地指揮などできるはずはない。
城島由加は、この部隊を預けられる指揮官を探す。
すぐに思い至る。
イロナだ。
部隊の編制を手伝っていたし、機甲戦の経験も豊富だ。
城島由加は、副官に「イロナさんを呼んで」とだけ伝えたが、彼には総司令官の意図がわかっていた。
イロナは、石造りの家に彼女と関わりのある子供たちを集め、ノイリンから取り寄せた絵本を読んでいた。
ドアがノックされる。
イロナが優しい声で「どうぞ」と声をかけ、年長の子がドアを開ける。
副官がパトロールキャップをとる。
「イロナさん、総司令官がお呼びです」
イロナが怪訝な顔をする。
「ユカさんが……?」
イロナは年長の子に絵本の読み聞かせを任せ、銃と弾帯を手に持ち、総司令部に向かった。
城島由加は、イロナに部隊の配置を説明している。
「セロの戦力は8000、直接対峙しているベルタ隊は2000。東にフィー・ニュンの空中機動部隊80。丘に4門の120ミリの迫撃砲を据えた。
西からはクマンの部隊が湿地を抜けて、東に向かっている。
南はベアーテが指揮する陸戦隊が上陸。
徒歩で北に向かっている。
ベルタの主力を除けば、フィー・ニュンの部隊以外は、戦場に達していない。
フィーが迫撃砲を撃ち始めたら、この丘はセロに包囲される。相当な激戦になるけれど、80の戦力では長くは持たない。
フィーはいざとなれば、ヘリで脱出する。
そうなれば、東が空き、ベルタの部隊の背後にセロが回り込む危険が出てくる。
臨時機甲部隊は雑多な装甲車輌をかき集めた戦力予備だけど、機動力だけなら西アフリカ随一。
この部隊を率いて、フィーの掩護に向かって欲しい」
イロナは、総司令官に敬礼した。
元首パウラは、彼女の判断で追加の戦力をかき集めていた。救世主から奪った稼働するトラックすべてと、ノイリン製ではない中古のレバーアクションライフルで武装した400ほどの兵だ。
この銃は半田千早に紹介してもらった、カンガブルの武器商人から買った。新品の3分の1の値段だった。
兵の多くは街人や農民だが、戦う意思がある。訓練も十分ではないが受けている。
臨時機甲部隊には、欠点があった。随伴歩兵がいないのだ。
イロナがヘリコプターでバンジェル島の対岸に渡り、彼女が指揮する部隊と合流すると同時に、彼女の副官となる少年のような若者がいった。
「司令官、歩兵なしで向かうのですか?」
「バンジェル島にも、この付近にも、もうノイリンの街人は残っていない。
歩兵のなり手は、どこにもいない。
私たちだけで、行くしかない」
「司令官、意見具申、よろしいですか?」
「何だ。名案でもあるのか?」
「パウラ様が自動車化歩兵を編制しています」
「パウラ……様が……」
「チハヤが手配したカンガブルの商人から買ったレバーアクションで武装しています」
「弾は?」
「拳銃弾ですから、1兵あたり200発は持てるでしょう」
「弾はあるのか?
44口径平頭弾なんて、西アフリカには持ち込んでいないだろう?」
「チハヤが、かなりの量をカンガブルに手配したようです」
元首パウラは、自身が“お飾り”であることを承知していた。クマンのいろいろな勢力を集めるための、磁石のような役割であることも知っている。
だが、それで終わるつもりはない。野心ではなく、クマンの役に立ちたい一心だった。
部隊の訓練はクフラックという街のヒトが担当してくれ、武器はカンガブルという街の商人が用意してくれた。
すべて、半田千早が手配した。王家の資産は残されており、元首パウラが自由にできる金額はたかがしれていたが、その範囲で半田千早は最大限の協力をしている。
クフラックのヒトは、訓練を担当するだけの傭兵だが、クマンの窮状に寄り添っていた。
元首パウラがイロナを訪ねる。
「イロナさん、どこに行くのですか?」
イロナは微笑んでいた。
「機密です」
元首パウラも微笑む。
「フィー様のところですね。
歩兵400、同行させていただけませんか」
「機動力がすべての戦いです。
歩行〈かち〉の兵を連れていくわけには……」
「救世主から奪ったトラックがあります。
遅れないようにします」
「では、ご一緒しましょう。
1時間後に出発します」
バンジェル島対岸からカティバ平原まで、190キロある。未舗装ながら、よく整備された道があり、普通に走れば5時間ほどで戦場に到着する。
その道をイロナ・パウラ隊は、休みなく進んだ。
ベルタは、セロの攻撃を待っていた。日没まで6時間。セロの行動パターンとしては、日没までに決着をつけたいはずだ。
ベルタは、赤服と戦ってきた。青服とは、今回が初めての対戦となる。ベルタは城島由加から「赤服の武器は多弾化・多連装化する傾向にあるが、青服は1弾の威力を重視する」と聞いていたし、その他の情報も得ている。
赤服と異なり、空陸の連携が上手くいっていないことも知っていた。
森に留まっているのは、航空攻撃を避けるためだ。
マーニはストライク・カニアの飛行準備を終えていた。この作戦には武装カニア2機も参加する。
ララはアネリアとともに、離陸許可を待っていた。飛べるプカラ・ホッグはなく、攻撃に参加できる機体はウルヴァリン、ピラタス、ガンシップの3機のみ。
ノイリン北地区と西地区のボナンザ単発軽輸送機は、セロの動向を探るため全力の偵察飛行を行っていた。
旧王都南郊を偵察した機が、飛行船基地で小型飛行船4が発進の準備をしているとの連絡を送る。
セロの戦列歩兵は、前衛に展開するロケット砲の位置まで前進を開始する。青服の小銃に相当する武器は、後装単発だが炸裂弾を発射する。
射程は、赤服の同種兵器よりも長い。
ベルタが指揮するクマンの兵は、小銃の他に少数のブレン軽機関銃を装備している。
機関銃手がコッキングボルトを引き、すべての兵が小銃の薬室に初弾を装填する。
戦車や装砲の装甲車は、自動閉鎖器が重い音を立てて榴弾を発射の態勢にする。装甲車砲塔上の機関銃手は、MG3機関銃を構える。
ベルタは、セロのロケット砲の発射準備が終わる瞬間を待っていた。ロケットの燃料は、水素化されたナフタレンで可燃性の液体だ。
発射筒にロケットが装填された状態で、榴弾を命中させると半径10メートル以上に甚大な危害を及ぼす。
12輌の戦車には各48発の榴弾を搭載している。
ベルタは、装甲車のハッチから上半身を出し、双眼鏡越しにロケットを発射筒に装填する瞬間を見ていた。
無線に「撃て」と静かに伝える。
静止している目標に対する直射は、訓練された砲手には難しい仕事ではない。
次々と榴弾が発射され、ロケット発射筒を潰していく。
半数の発射筒からロケットが発射される。森のなかに次々と着弾。
フィー・ニュンは、ロケットの爆煙が多いことに驚いていた。赤服のロケットは白煙を少し引きながら飛翔するが、青服の兵器は煙幕ほどの白煙を発する。
「半装填用意」
120ミリ迫撃砲のつるべ撃ちが始まった。
湿地を越える部隊は、行程時間残り1時間まで戦場に近付いていた。
湿地を迂回している戦車隊は、至近で砲戦の音を聞いていた。
ベアーテが統率する陸戦隊は、北上しすぎていた。
退路を断つ作戦だったが、実距離6キロの道のりを1時間30分歩き、北上しすぎてセロ本隊の背後にいた。
イロナ・パウラ隊は、砲声を遠雷のように聞いていた。
イロナは叫んだ。
「急げ、フィー様が危ない!」
ガンシップが離陸していく。フィー・ニュンが陣取る丘を守るために。
ストライク・カニアと2機の武装カニアも離陸する。
ウルヴァリンとピラタスも離陸を始める。
フィー・ニュン隊を降下させたヘリコプター4機は、バンジェル島に戻り、フィー・ニュンからの撤退要請に向けて待機している。
ウルヴァリンとピラタスは、西から東に向かって、カティバ平原に進入していく。125キロ爆弾を4発ずつ落とす。
セロの何体かが宙を舞う。
2機は旋回し、再度西から草原に侵入する。主翼下の機関銃ポッドから銃弾をまき散らす。
ララとアネリアは、赤服が効果的ではないものの、ロケット式の対空兵器を使い始めていることから、強く警戒していた。
だが、青服は対空射撃をまったくしない。逃げ回るだけだ。
フィー・ニュン隊の120ミリ迫撃砲とベルタ隊の81ミリ迫撃砲による大落射角の攻撃によって、戦列は維持できなくなっていた。
ロケットの発射筒は、半数以上破壊できてはいなかった。最初の発射煙が煙幕効果となり、光学照準では目標を捕捉できない。赤外線や熱線照準器は装備していない。
発射煙は、戦列の前方だけで、後方にはわずかしかない。空からは、セロの戦列がよく見える。
ララとアネリアの爆撃は正確で、戦列後方の騎馬と幕舎を破壊していた。一時的にでも指揮系統の混乱を狙った攻撃なのだが、青服は赤服と同様にヒトが部隊のトップを狙うことを知っていた。
豪華な幕舎は“客寄せ”だった。指揮系統の混乱は起こせなかったが、騎馬兵はちりぢりになっていた。
何回目かの機銃掃射をして、上昇に入る瞬間、アネリアは目撃する。300ほどの騎馬が東に向かっていく。
無線でフィー・ニュン隊を呼び出すが、応答がない。その間、ララは確実に無線が通じるバンジェル島に、フィー・ニュンの危機を伝えた。
その無線は、イロナ・パウラ隊が傍受していた。平均時速40キロを維持して進んでいたが、速度の出る装輪車輌を先行させることにし、進撃速度を上げる。
煙幕に等しいロケット発射煙のなかをセロの戦列歩兵が前進していることは、地面の振動でわかった。数千の大型哺乳動物が歩調を合わせて移動するのだから、大地は振動する。
その振動を塹壕のなかで、身体を通して感じているベルタ隊隊員は発射の瞬間を待っていた。
セロのロケット砲は、平射とはいっても弾道は山形〈やまなり〉になる。ヒトの戦車砲は低伸弾道で目標を破壊するが、初速の低いセロの兵器は、射程が長いと榴弾砲のような弧を描く弾道になる。
平射といっても直接照準しているというだけで、実際は曲射弾道に近い。
セロのロケット砲第2射が、ベルタ隊が潜む森に落下する。第2射も平射だが、目標を照準しての発射ではなく、第1射のデータを参考にした間接射撃みたいなものだった。
ベルタはフィー・ニュンに着弾観測を依頼する。
「フィー、そっちからセロは見えるのか?」
フィー・ニュンが答える。
「ベルタ、よく見える。白煙は森の北側は濃いが、南側から急速に薄くなっている」
「こっちの迫撃砲の着弾観測を頼みたい」
「了解した」
東の丘を占拠する迫撃砲隊員と、森に潜む迫撃砲隊員の連携で、間接照準射撃が始まる。
81ミリ迫撃砲の射程距離は3000メートルだが、セロの戦列歩兵はその射程内に侵入している。
砲撃は効果的で、戦列を維持できないばかりか、一部は瓦解して後退を始める。
多くは、北の森に向かって突撃を開始。セロは戦列を保てなくなり、バラバラに走っての突撃は、彼我の距離200メートルという至近で白煙から抜ける。
ベルタは、事前に「セロを目視したら各個に応戦」と指示していた。
司令官の指示通りに、機関銃と小銃の発射が始まる。
ベルタの指揮下にあるクマン隊には、装備に欠陥があった。
機関銃手はブレン軽機関銃と30発弾倉2を、機関銃弾薬手は弾倉4と自身の小銃と小銃弾を装備している。
クマン隊が装備するブレン軽機関銃は、L4A4に相当するノイリン製で、7.62×51ミリNATO弾を使用する。歩兵の通常装備は、7.62×39ミリ弾を使用するボルトアクションライフルだ。
弾薬の共通化ができていないのだ。しかも、軽機関銃1挺に6個の弾倉しかない。計180発では、歩兵の通常装備弾数と同じだ。
撃ち切った場合、小銃の弾薬を都合するということもできない。弾薬の補給は他の歩兵用補給物資と同じ段列で、独立していない。
最悪なことに、クマン隊以外の乗車隊員は9ミリの拳銃弾を発射する短機関銃を使っている。
結果、機関銃手は重量10キロの機関銃をはるばる運んできたが、わずか10分ほどで弾切れになってしまった。
機関銃手は予算の関係で拳銃を装備しておらず、撃ち切ったあとは塹壕のなかで機関銃を抱えて蹲るしかなかった。
ブレン軽機関銃は120挺ほどあり、兵士120が数分で“戦力外”となってしまった。
クマンの機関銃手ミンムは、小銃を撃つ機関銃弾薬手の腕をつかんだ。
「弾薬をもらいに、輸送隊のところに行く。
援護してくれ!」
機関銃弾薬手が止めるが、機関銃を戦友に預けて、タコツボから這い出した。
匍匐して北にいるはずの補給隊を目指す。
補給隊には1挺あたり500発の機関銃弾があった。バラ弾で、弾倉に込められてはいない。装弾器はあり、使えば簡単に弾込めできるが、バラ弾を1発ずつ弾倉に手作業で込めるとなると、相当な時間がかかる。
ミンムと同じ行動に出たクマン兵は多かった。
弾薬確保に向かった兵の半分は、補給隊にたどり着く前に負傷してしまっている。軽症が多いが、重傷者もいる。
補給隊長は、どうすべきか考え込んでいた。
志願者を募った。
「塹壕を回って、空の弾倉を集めるんだ。
弾込めをしたら、その弾倉を届ける。
生命がけだ。志願してくれ」
全員が志願したが、補給隊長はすばしっこそうな若者たちを選んだ。
「この袋に空の弾倉を入れるんだ。
入れ終わったら、袋に結んであるロープを引け。
強く引くんだ。
その合図で、ロープを引っ張り、弾倉を回収する」
弾倉回収役の若者たちが、前線に向かおうとしたそのとき、ストライク・カニアと2機の武装カニアが戦場の上空に現れる。
機関銃の銃撃とロケット弾攻撃によって、一瞬だがセロの攻撃が弱まった。
弾薬回収役の若者たちは匍匐ではなく、走って機関銃の塹壕に向かった。
彼らの半分は、塹壕に残った。機関銃弾薬手が機関銃手となり、弾薬回収役の若者たちが、機関銃弾薬手となった。一瞬の生命がけは、長時間の決死となった。
機関銃手たちは、3点バーストによる射撃で、弾薬を節約しながら、セロの散兵状態になってしまった無秩序な戦列歩兵の突撃を、クマンの小銃兵とともに弾幕で阻止し続ける。
戦車砲は榴弾を発射し続けていたが、砲塔内の即応弾はすぐに使い果たし、床下の弾薬庫から装弾することになる。
発射速度が極端に落ちるが、同時に弾薬の節約につながった。それでも、瞬く間に弾薬が減っていく。
セロとの戦いは、精神がすり減る。セロとセロの戦いでは、どうなのかわからない。ヒトとセロの戦いでは、セロは決して降伏しない。セロにとってヒトは、駆除すべき害獣であり、対等ではない。
絶対に降伏しない相手と戦うことは、ヒトには極限のストレスとなる。
勝利の喜びなど、あり得ない。むなしさしかない。生き残った安堵は、吐き気をともなう。
それでも捕虜が出る。負傷して動けなかったり、爆風によって失神したり、戦場の異常性から自分の位置を見失い交戦相手の陣地に駆け込んだりもある。
捕虜はどうなるか?
セロはヒトをその場で殺す。ヒトはセロの捕虜から情報を得たのち殺す。
殺さず、解放したこともある。しかし、解放した個体は、またヒトを殺す。新たな犠牲を出さないためにも、殺す以外の選択肢がないのだ。
ヒトとセロは、ともに文明を持つヒト科動物だが、相互に理解し合うことはできない。競争排除則、ガウゼの法則に従うしかない。どちらがが子孫を残し、どちらかが滅びる。
並存並立はない。
バンジェル島のヘリポートから、武装したヒューイが離陸する。フィー・ニュンが守る丘に向かう。機内両サイドにドアガンとして、MG3機関銃を装備している。
ベルタ隊は、青服主力の突撃によって、塹壕線を突破される寸前まで押し込まれていた。
戦場に最初に到着した援軍は、湿地を迂回した戦車隊だった。戦場となっている草原の西南に達した戦車隊は、車体後部に鞍上しているタンクデサントを降ろし、青服主力後方に砲撃を加える。
「司令官、西に援軍です!」
フィー・ニュンが双眼鏡を覗く。
「フルギアの戦車隊だ」
援軍の報を聞いたためか、幾分、120ミリ迫撃砲の発射が早まる。
だが、青服の騎馬が丘の基部にあと数分で達する。持ちこたえられたとしても、30分が限界。
この丘が落ちれば、ベルタ隊の背後に青服が回り込む。この青服の試みを、120ミリ迫撃砲弾が潰してきた。
イロナ・パウラ隊は、フィー・ニュン隊が守る丘の北20キロに達していた。40分あれば到着できる。
ヒューイは、イロナ・パウラ隊の上空を飛び越える。トラック隊が先行し、少し遅れて戦車・装甲車隊が続いている。
ヒューイが丘の上空に達すると、青服の騎馬はウマを降り、丘を徒歩で登り始めていた。フィー・ニュン隊がノイリン製AK-47自動小銃を発射して、防戦しているが、青服の数はフィー・ニュン隊の10倍と圧倒的に多い。
ヒューイが丘の西斜面上空でホバリングを始めると、多くの青服が空を見上げる。
ヒューイのドアガンが発射され、地上を掃討していく。しかし、青服は意図してか、偶然かはわからないが、散開しており、ヒューイの攻撃は決定的ではなかった。
ヒューイから攻撃威力が大きい柄付き手榴弾が投げ落とされる。
これは効果があった。機銃掃射と柄付き手榴弾による“爆撃”により、青服の登坂速度が急速に低下している。
やや先行しているパウラ隊は、森が途切れ、唐突に視界が開け、眼前になだらかな低い丘を視認する。
先頭車輌の荷台に乗っていたパウラは、運転席のルーフを平手で強く叩き、「停止!」と命じた。
クマン兵が荷台から飛び降り、丘の麓に残っていたウマの轡〈くつわ〉を持っていた青服と戦闘を始める。
10分遅れでイロナ隊が到着。軽戦車が主砲を、装甲車が機関銃を発射すると、挟撃されることを恐れた青服が南に徒歩で退いていく。
フィー・ニュン隊とイロナ・パウラ隊が合流。東の防衛線が確保された。
イロナは、パウラ隊の支援を受け、丘と戦場とを隔てる帯状の森を抜け、東側から青服本体への攻撃を始める。
機関銃弾と爆弾の再搭載に手間取っていたウルヴァリンとピラタスが離陸していく。
ヘリポートでは、3機の攻撃ヘリコプターが離陸する。
2機の戦闘爆撃機と3機の攻撃ヘリコプターが戦場上空に現れ、戦闘爆撃機は青服の後方を、攻撃ヘリコプターは前衛を攻撃する。
ベルタが「前進」と命じると、北側の森からノイリンの戦車とクマンの歩兵が現れ、青服に向かっていく。
ベルタの「前進」命令は、すべての部隊が聞いていた。
イロナ・パウラ隊は東から、西からはフルギアの戦車とクマンの歩兵の連合部隊が、南からはベアーテが率いる陸戦隊が突撃を開始する。
南に現れたベアーテの部隊は、青服を混乱に陥れた。
セロはパニック状態になると簡単には常態に戻らない。おそらく、そういう特性があるのだろう。
3分の1は、戦場の東南から南に向けて組織的に撤退を始める。この部隊は輸送を担っていて、戦闘には参加していなかった。ヒトとの間には戦闘部隊が展開していて、ヒトの姿を目視していなかった。
そのため、本能的な攻撃性が抑制されていて、後退するという合理的な判断ができた。
ヒトの各部隊は、青服の掃討に移る。掃討戦は、日没まで続いた。
翌朝、草原はセロの死体で埋めつくされていた。
飛行船の進出を知ったバンジェル島から、ウルヴァリンが離陸したが、ララが飛行船と接触するとすぐに去った。
ララは島に戻り奇妙な報告をする。
「豪華な軍服を着たセロのメスが、飛行船の舷側から地上を見ていました。
確かです」
セロは入植者を含めて、200万年前のギニア、シエラレオネの国境線から南に退いた。
クマンは王都を奪還したが、すべての建物が完全に破壊されており、再建は不可能と判断する。
クマンの臨時政府は、首都をバンジェル島の対岸に移し、再建を目指す。
半田千早は、赤道以北アフリカ西岸において、大きな戦いがあったことを1500キロ離れた内陸で知る。
親友ミエリキはノイリンに向かい、もう1人の親友であるパウラはクマンの元首となった。
半田千早はバギーのルーフに立ち、湖水地域の豊かな農地を見ていた。
オルカが声をかける。
「チハヤ、これからどうするの?」
「東に向かう。
もっと東に。
何があるのか、確かめないと」
半田千早は、地平線に姿を現した太陽に、挑むような目を向けていた。
「道具は刃物だけでも128種ある。滅多に使わない道具も多い。
だがな、いらない道具はないんだ。
道具を減らして、効率ってヤツを追及するのも、ものづくりの方法としては正しい。
だけど、何でも作れるわけじゃぁなくなる。とんでもなく難しい注文が来て、それが1年の御飯〈おまんま〉を決めるとしたらどうする?
使わない道具にだって、意味はあるんだ。
遺伝子なんてものは何だかわからないが、どんな状況にも対応できる多様性ってヤツが重要なことは、ものを作って御飯を食べている俺たちなら、誰でも知っていることじゃないのか?」
ノイリンの人々は、日々の生活に置き換えて、ブロウス派やネオ・ブロウス派の主張を判断した。
ブロウス・コーネインが投じた石の波紋は、急速に収まっていく。
ヒトは、信じたいものを信じる。ジャン=バティスト・ラマルクの用不用と獲得形質の遺伝は、成功者には都合のいい論説だし、それを期待したい気持ちはわかる。
すべての親がそうだろう。
だが、心情と科学は違う。科学的事実は、よく使う器官は発達し、使わない器官は退縮する、という用不用と、用不用によって獲得した形質、個体が生前に得た身体的特徴が遺伝し、進化を促すとする獲得形質の遺伝は、存在しない。
進化は、頻繁に発生する遺伝子のコピーミスである突然変異と、環境への適応に対する自然界が叩きつける淘汰圧、自然淘汰によって促される。
生物は環境の変化に対応するため、個体の遺伝子を多様化させ、個体群の遺伝子も多様化させる必要がある。
このチャールズ・ロバート・ダーウィンとアルフレッド・ラッセル・ウォレスが唱えた自然淘汰による適者生存が、進化の根源なのだ。
親の努力は遺伝として子に伝わらず、個体の努力では如何ともしがたい遺伝子のコピーミスが進化の源泉。
理不尽だ。
それが、ヒトの感情だ。だが、否定しようのない事実。
ブロウス・コーネインの論が半田千早たちによって“視覚的”に否定されたいま、ノイリン北地区の深部で蠢いていた振動は急速に収まっていった。
ブロウス・コーネインが残したもう1つの問題、戦闘機の開発失敗は未解決のままだ。
ボナンザの主翼、垂直・水平尾翼、その他のコンポーネントを流用する以外の早期解決法は見出せていない。
この方法は、ブロウス・コーネインの方針と同じで、彼の設計の正しさを追認するものとして、機械班の開発案件だが航空班内に根強い反対がある。
車輌班が唱える4発の大型輸送機は、ターボプロップのダートエンジンの不足から、作れても1機か2機が限度。
同じ理由で、フェニックス双発双胴輸送機の生産数も伸びない。
PT6ターボプロップエンジンは生産数が安定しており、一定数の供給が期待できる。
このエンジンを搭載する双発輸送機スカイバン改良型は、固定脚であるなど機構が単純なこともあり、数カ月に1機の割合で製造している。スカイバン改の開発成功によって、より小型のアイランダー双発旅客機は製造を中止した。
ノイリンが継続製造する航空機は、スカイバン改(旅客なら30人乗り)とフライング・ボックスカーから派生したフェニックス輸送機(旅客なら60人乗り)の2機種だけだ。
全体的には、車輌班の航空機開発・製造も停滞気味だった。
そのほかは、航空班がボナンザ単発軽輸送機と、機械班がポリカルポフI-153bisチャイカ複葉単発戦闘機の改良型を製造している。
航空班は、意外な開発計画を持っていた。話の出所は、北地区輸送班船舶部だ。河川の輸送は北地区の独断場なのだが、海上は西地区が圧倒的に強い。
海上輸送で西地区の後塵を拝している北地区は、乾坤一擲の反撃のために思いもよらない奇策を考えついた。
飛行艇だ。
確かに、ヒトの歴史のなかには、飛行艇の時代があった。
1930年代は、太平洋路線のマーチンM-130チャイナクリッパー、大西洋路線のボーイング314、南米路線のシコルスキーS-42、イギリスから香港までを結んだショート・エンパイア、横浜からサイパン島などを結んだ川西式四発飛行艇(九七式飛行艇の民間型)など、大型長距離飛行艇の黄金時代だった。
飛行艇は飛行場を建設しなくても運用できる。大型飛行艇を製造できれば、北地区は西地区に一泡吹かせられる。
航空班としても、戦闘機開発失敗を挽回するには最高の開発案件だ。
飛行艇開発の是非は、技術者間で密かに進められていた。まず、航空班、車輌班、機械班から選抜された技術者が可能か不可能か、それを議論する。
航空班の判断は「開発したい」だ。
車輌班は自分たちが起案している「4発輸送機と抱き合わせで開発できないか」と、色気を出している。
機械班は「判断しかねる」が正式回答だが、水上機のフロートを製造したことがあることから、内心はかなり乗り気だ。
西アフリカ大西洋岸において、ヒトとセロによる決戦が行われようとしているとき、ノイリンの話題は飛行艇の開発の是非だった。
中央行政府の議場でも、夜の飲み屋でも、飛行艇の是非と可否が話題になる。
飛行艇など、この世界では誰も見たことはない。だが、200万年前の画像や映像はあった。
新明和US-2の離水シーンやボンバルディアCL-415の消火飛行の映像が中央図書館にあったのだ。
その映像を見たものは、誰もが興奮する。自分たちでも作れるのではないかと……。
赤道以北アフリカとの時間距離、交通の確実を実現することが、西ユーラシアにとって重要であることを、人々はよく知っていた。飛行艇という夢に、街は傾注していく。
人々は、ブロウス派とネオ・ブロウス派の存在を急速に忘れていった。
ベルタは周囲を森に囲まれた狭くも広くもない草原で、セロの大軍と対峙していた。
彼女の作戦は、もう少し南の機動戦が挑める広い草原での決戦を企図していた。
現実は、セロの戦列歩兵戦に有利な地形での戦いになってしまった。
フィー・ニュンは、ホルスターからMP-443グラッチを抜き、弾倉をグリップから引き出して弾数を確認する。
拳銃をホルスターに戻し、ノイリン製AK-47を持ってV-107バートルに向かった。
4機のヘリコプター、テンダムローターのV-107バートル、UH-1ヒューイ、2機のミルは、すでにローターを回転させている。
ヒューイの操縦士が駆け寄る。
「カティバ平原の北2キロにわずかに高い丘がある。
そこに降りてくれ。
そこから、迫撃砲で攻撃する」
フィー・ニュンは、爆音のなかで機長の耳に怒鳴った。機長は声を発したが、フィー・ニュンには聞こえなかった。
彼女は、空中機動の主力を乗せたバートルに向かう。
ベアーテは、無線が知らせる戦況を深刻に捕らえていた。
彼女は副官に告げる。
「陸に上がって戦う。
陸戦隊を編制せよ。
我らはセロ主力の南に上陸し、退路を断つ」
副官はヴルマン式の敬礼を、船の甲板で行った。
城島由加の総司令部には、彼女を含めて正規の要員は3人が残るのみ。城島健太は、バンジェル島内の連絡を担当している。彼だけでなく、多くの若年ボランティアがこの戦いに戦闘以外の任務で参加している。
西地区と北地区の偵察隊は、セロの伏兵を探していたが、いくつかの分隊規模を見つけ、攻撃を仕掛け潰していた。
バンジェル島の総司令部は、セロの指揮系統中枢は戦況を掌握していない、と判断している。
セロの本隊を観察した偵察隊によると、指揮官はメスである可能性が高いという。
赤服、青服とも兵士はオスに限られるが、最高指揮官や部隊幹部がメスであった例は青服のみ存在する。
戦う相手の素性や性格を知ることは重要だが、青服に対してはそれができていない。ヒトがセロに近付けば、殺される。赤服は短い期間ならヒトを利用するが、青服にはそういった行動はない。ヒトとセロの関係は、ヒトとゴキブリとのそれよりも冷たい。
ゴキブリの心情を理解できないのに、セロの何をも解せるわけはない。
ベルタは、戦車を含めて北側の森から出さない。個人用塹壕、いわゆるタコツボを掘り、倒木などの遮蔽物を並べ、息を潜めている。
草原の南側では、いくつもの戦列が作られている。
単装の平射ロケット発射筒を戦列歩兵の前面に配置する。このナフタレンと過マンガン酸ナトリウム溶液を燃料・触媒とするロケット砲の有効射程は、6000メートル以上ある。
草原の南端から発射しても、北端まで達する。ロケット砲の発射が決戦の狼煙となる。発射筒は、100基を超える。
対するベルタの部隊は、6門の81ミリ迫撃砲と12輌の戦車の主砲だけ。装甲車の一部も23口径76.2ミリ砲を搭載している。ライフルグレネード(小銃擲弾)はあるが、1個分隊に4発ずつ。計600発。
歩兵戦力は2000対8000。多勢に無勢。機動戦が封じられたベルタ隊に勝ち目はない。
フィー・ニュン隊は、カティバ平原の東2キロの丘に降下した。兵力は80ほど。4門の120ミリ迫撃砲を装備している。6000メートルの最大射程がある。
ベアーテの陸戦隊は、カティバ平原南端から4キロ南の砂浜に上陸した。敵前上陸を避け、防備の手薄な開けた砂浜を選んだ。
ヴルマン、フルギア、フルギア系、北方人からなる混成部隊で、指揮系統は判然としない。ベアーテの提案を各部隊が受け入れただけの集合体でしかなかった。
城島由加は、俺が西アフリカに持ち込んだスタッグハウンド4輪装甲車のうち、西側に配備していた6輌を海岸付近に移動させていた。
その他、装軌式の装甲車、装甲牽引車、装甲作業車、軽戦車などをかき集め、臨時機甲部隊を編制した。
当初、この部隊は城島由加が直接指揮するつもりだったが、混沌とした情勢下では総司令部を出て、現地指揮などできるはずはない。
城島由加は、この部隊を預けられる指揮官を探す。
すぐに思い至る。
イロナだ。
部隊の編制を手伝っていたし、機甲戦の経験も豊富だ。
城島由加は、副官に「イロナさんを呼んで」とだけ伝えたが、彼には総司令官の意図がわかっていた。
イロナは、石造りの家に彼女と関わりのある子供たちを集め、ノイリンから取り寄せた絵本を読んでいた。
ドアがノックされる。
イロナが優しい声で「どうぞ」と声をかけ、年長の子がドアを開ける。
副官がパトロールキャップをとる。
「イロナさん、総司令官がお呼びです」
イロナが怪訝な顔をする。
「ユカさんが……?」
イロナは年長の子に絵本の読み聞かせを任せ、銃と弾帯を手に持ち、総司令部に向かった。
城島由加は、イロナに部隊の配置を説明している。
「セロの戦力は8000、直接対峙しているベルタ隊は2000。東にフィー・ニュンの空中機動部隊80。丘に4門の120ミリの迫撃砲を据えた。
西からはクマンの部隊が湿地を抜けて、東に向かっている。
南はベアーテが指揮する陸戦隊が上陸。
徒歩で北に向かっている。
ベルタの主力を除けば、フィー・ニュンの部隊以外は、戦場に達していない。
フィーが迫撃砲を撃ち始めたら、この丘はセロに包囲される。相当な激戦になるけれど、80の戦力では長くは持たない。
フィーはいざとなれば、ヘリで脱出する。
そうなれば、東が空き、ベルタの部隊の背後にセロが回り込む危険が出てくる。
臨時機甲部隊は雑多な装甲車輌をかき集めた戦力予備だけど、機動力だけなら西アフリカ随一。
この部隊を率いて、フィーの掩護に向かって欲しい」
イロナは、総司令官に敬礼した。
元首パウラは、彼女の判断で追加の戦力をかき集めていた。救世主から奪った稼働するトラックすべてと、ノイリン製ではない中古のレバーアクションライフルで武装した400ほどの兵だ。
この銃は半田千早に紹介してもらった、カンガブルの武器商人から買った。新品の3分の1の値段だった。
兵の多くは街人や農民だが、戦う意思がある。訓練も十分ではないが受けている。
臨時機甲部隊には、欠点があった。随伴歩兵がいないのだ。
イロナがヘリコプターでバンジェル島の対岸に渡り、彼女が指揮する部隊と合流すると同時に、彼女の副官となる少年のような若者がいった。
「司令官、歩兵なしで向かうのですか?」
「バンジェル島にも、この付近にも、もうノイリンの街人は残っていない。
歩兵のなり手は、どこにもいない。
私たちだけで、行くしかない」
「司令官、意見具申、よろしいですか?」
「何だ。名案でもあるのか?」
「パウラ様が自動車化歩兵を編制しています」
「パウラ……様が……」
「チハヤが手配したカンガブルの商人から買ったレバーアクションで武装しています」
「弾は?」
「拳銃弾ですから、1兵あたり200発は持てるでしょう」
「弾はあるのか?
44口径平頭弾なんて、西アフリカには持ち込んでいないだろう?」
「チハヤが、かなりの量をカンガブルに手配したようです」
元首パウラは、自身が“お飾り”であることを承知していた。クマンのいろいろな勢力を集めるための、磁石のような役割であることも知っている。
だが、それで終わるつもりはない。野心ではなく、クマンの役に立ちたい一心だった。
部隊の訓練はクフラックという街のヒトが担当してくれ、武器はカンガブルという街の商人が用意してくれた。
すべて、半田千早が手配した。王家の資産は残されており、元首パウラが自由にできる金額はたかがしれていたが、その範囲で半田千早は最大限の協力をしている。
クフラックのヒトは、訓練を担当するだけの傭兵だが、クマンの窮状に寄り添っていた。
元首パウラがイロナを訪ねる。
「イロナさん、どこに行くのですか?」
イロナは微笑んでいた。
「機密です」
元首パウラも微笑む。
「フィー様のところですね。
歩兵400、同行させていただけませんか」
「機動力がすべての戦いです。
歩行〈かち〉の兵を連れていくわけには……」
「救世主から奪ったトラックがあります。
遅れないようにします」
「では、ご一緒しましょう。
1時間後に出発します」
バンジェル島対岸からカティバ平原まで、190キロある。未舗装ながら、よく整備された道があり、普通に走れば5時間ほどで戦場に到着する。
その道をイロナ・パウラ隊は、休みなく進んだ。
ベルタは、セロの攻撃を待っていた。日没まで6時間。セロの行動パターンとしては、日没までに決着をつけたいはずだ。
ベルタは、赤服と戦ってきた。青服とは、今回が初めての対戦となる。ベルタは城島由加から「赤服の武器は多弾化・多連装化する傾向にあるが、青服は1弾の威力を重視する」と聞いていたし、その他の情報も得ている。
赤服と異なり、空陸の連携が上手くいっていないことも知っていた。
森に留まっているのは、航空攻撃を避けるためだ。
マーニはストライク・カニアの飛行準備を終えていた。この作戦には武装カニア2機も参加する。
ララはアネリアとともに、離陸許可を待っていた。飛べるプカラ・ホッグはなく、攻撃に参加できる機体はウルヴァリン、ピラタス、ガンシップの3機のみ。
ノイリン北地区と西地区のボナンザ単発軽輸送機は、セロの動向を探るため全力の偵察飛行を行っていた。
旧王都南郊を偵察した機が、飛行船基地で小型飛行船4が発進の準備をしているとの連絡を送る。
セロの戦列歩兵は、前衛に展開するロケット砲の位置まで前進を開始する。青服の小銃に相当する武器は、後装単発だが炸裂弾を発射する。
射程は、赤服の同種兵器よりも長い。
ベルタが指揮するクマンの兵は、小銃の他に少数のブレン軽機関銃を装備している。
機関銃手がコッキングボルトを引き、すべての兵が小銃の薬室に初弾を装填する。
戦車や装砲の装甲車は、自動閉鎖器が重い音を立てて榴弾を発射の態勢にする。装甲車砲塔上の機関銃手は、MG3機関銃を構える。
ベルタは、セロのロケット砲の発射準備が終わる瞬間を待っていた。ロケットの燃料は、水素化されたナフタレンで可燃性の液体だ。
発射筒にロケットが装填された状態で、榴弾を命中させると半径10メートル以上に甚大な危害を及ぼす。
12輌の戦車には各48発の榴弾を搭載している。
ベルタは、装甲車のハッチから上半身を出し、双眼鏡越しにロケットを発射筒に装填する瞬間を見ていた。
無線に「撃て」と静かに伝える。
静止している目標に対する直射は、訓練された砲手には難しい仕事ではない。
次々と榴弾が発射され、ロケット発射筒を潰していく。
半数の発射筒からロケットが発射される。森のなかに次々と着弾。
フィー・ニュンは、ロケットの爆煙が多いことに驚いていた。赤服のロケットは白煙を少し引きながら飛翔するが、青服の兵器は煙幕ほどの白煙を発する。
「半装填用意」
120ミリ迫撃砲のつるべ撃ちが始まった。
湿地を越える部隊は、行程時間残り1時間まで戦場に近付いていた。
湿地を迂回している戦車隊は、至近で砲戦の音を聞いていた。
ベアーテが統率する陸戦隊は、北上しすぎていた。
退路を断つ作戦だったが、実距離6キロの道のりを1時間30分歩き、北上しすぎてセロ本隊の背後にいた。
イロナ・パウラ隊は、砲声を遠雷のように聞いていた。
イロナは叫んだ。
「急げ、フィー様が危ない!」
ガンシップが離陸していく。フィー・ニュンが陣取る丘を守るために。
ストライク・カニアと2機の武装カニアも離陸する。
ウルヴァリンとピラタスも離陸を始める。
フィー・ニュン隊を降下させたヘリコプター4機は、バンジェル島に戻り、フィー・ニュンからの撤退要請に向けて待機している。
ウルヴァリンとピラタスは、西から東に向かって、カティバ平原に進入していく。125キロ爆弾を4発ずつ落とす。
セロの何体かが宙を舞う。
2機は旋回し、再度西から草原に侵入する。主翼下の機関銃ポッドから銃弾をまき散らす。
ララとアネリアは、赤服が効果的ではないものの、ロケット式の対空兵器を使い始めていることから、強く警戒していた。
だが、青服は対空射撃をまったくしない。逃げ回るだけだ。
フィー・ニュン隊の120ミリ迫撃砲とベルタ隊の81ミリ迫撃砲による大落射角の攻撃によって、戦列は維持できなくなっていた。
ロケットの発射筒は、半数以上破壊できてはいなかった。最初の発射煙が煙幕効果となり、光学照準では目標を捕捉できない。赤外線や熱線照準器は装備していない。
発射煙は、戦列の前方だけで、後方にはわずかしかない。空からは、セロの戦列がよく見える。
ララとアネリアの爆撃は正確で、戦列後方の騎馬と幕舎を破壊していた。一時的にでも指揮系統の混乱を狙った攻撃なのだが、青服は赤服と同様にヒトが部隊のトップを狙うことを知っていた。
豪華な幕舎は“客寄せ”だった。指揮系統の混乱は起こせなかったが、騎馬兵はちりぢりになっていた。
何回目かの機銃掃射をして、上昇に入る瞬間、アネリアは目撃する。300ほどの騎馬が東に向かっていく。
無線でフィー・ニュン隊を呼び出すが、応答がない。その間、ララは確実に無線が通じるバンジェル島に、フィー・ニュンの危機を伝えた。
その無線は、イロナ・パウラ隊が傍受していた。平均時速40キロを維持して進んでいたが、速度の出る装輪車輌を先行させることにし、進撃速度を上げる。
煙幕に等しいロケット発射煙のなかをセロの戦列歩兵が前進していることは、地面の振動でわかった。数千の大型哺乳動物が歩調を合わせて移動するのだから、大地は振動する。
その振動を塹壕のなかで、身体を通して感じているベルタ隊隊員は発射の瞬間を待っていた。
セロのロケット砲は、平射とはいっても弾道は山形〈やまなり〉になる。ヒトの戦車砲は低伸弾道で目標を破壊するが、初速の低いセロの兵器は、射程が長いと榴弾砲のような弧を描く弾道になる。
平射といっても直接照準しているというだけで、実際は曲射弾道に近い。
セロのロケット砲第2射が、ベルタ隊が潜む森に落下する。第2射も平射だが、目標を照準しての発射ではなく、第1射のデータを参考にした間接射撃みたいなものだった。
ベルタはフィー・ニュンに着弾観測を依頼する。
「フィー、そっちからセロは見えるのか?」
フィー・ニュンが答える。
「ベルタ、よく見える。白煙は森の北側は濃いが、南側から急速に薄くなっている」
「こっちの迫撃砲の着弾観測を頼みたい」
「了解した」
東の丘を占拠する迫撃砲隊員と、森に潜む迫撃砲隊員の連携で、間接照準射撃が始まる。
81ミリ迫撃砲の射程距離は3000メートルだが、セロの戦列歩兵はその射程内に侵入している。
砲撃は効果的で、戦列を維持できないばかりか、一部は瓦解して後退を始める。
多くは、北の森に向かって突撃を開始。セロは戦列を保てなくなり、バラバラに走っての突撃は、彼我の距離200メートルという至近で白煙から抜ける。
ベルタは、事前に「セロを目視したら各個に応戦」と指示していた。
司令官の指示通りに、機関銃と小銃の発射が始まる。
ベルタの指揮下にあるクマン隊には、装備に欠陥があった。
機関銃手はブレン軽機関銃と30発弾倉2を、機関銃弾薬手は弾倉4と自身の小銃と小銃弾を装備している。
クマン隊が装備するブレン軽機関銃は、L4A4に相当するノイリン製で、7.62×51ミリNATO弾を使用する。歩兵の通常装備は、7.62×39ミリ弾を使用するボルトアクションライフルだ。
弾薬の共通化ができていないのだ。しかも、軽機関銃1挺に6個の弾倉しかない。計180発では、歩兵の通常装備弾数と同じだ。
撃ち切った場合、小銃の弾薬を都合するということもできない。弾薬の補給は他の歩兵用補給物資と同じ段列で、独立していない。
最悪なことに、クマン隊以外の乗車隊員は9ミリの拳銃弾を発射する短機関銃を使っている。
結果、機関銃手は重量10キロの機関銃をはるばる運んできたが、わずか10分ほどで弾切れになってしまった。
機関銃手は予算の関係で拳銃を装備しておらず、撃ち切ったあとは塹壕のなかで機関銃を抱えて蹲るしかなかった。
ブレン軽機関銃は120挺ほどあり、兵士120が数分で“戦力外”となってしまった。
クマンの機関銃手ミンムは、小銃を撃つ機関銃弾薬手の腕をつかんだ。
「弾薬をもらいに、輸送隊のところに行く。
援護してくれ!」
機関銃弾薬手が止めるが、機関銃を戦友に預けて、タコツボから這い出した。
匍匐して北にいるはずの補給隊を目指す。
補給隊には1挺あたり500発の機関銃弾があった。バラ弾で、弾倉に込められてはいない。装弾器はあり、使えば簡単に弾込めできるが、バラ弾を1発ずつ弾倉に手作業で込めるとなると、相当な時間がかかる。
ミンムと同じ行動に出たクマン兵は多かった。
弾薬確保に向かった兵の半分は、補給隊にたどり着く前に負傷してしまっている。軽症が多いが、重傷者もいる。
補給隊長は、どうすべきか考え込んでいた。
志願者を募った。
「塹壕を回って、空の弾倉を集めるんだ。
弾込めをしたら、その弾倉を届ける。
生命がけだ。志願してくれ」
全員が志願したが、補給隊長はすばしっこそうな若者たちを選んだ。
「この袋に空の弾倉を入れるんだ。
入れ終わったら、袋に結んであるロープを引け。
強く引くんだ。
その合図で、ロープを引っ張り、弾倉を回収する」
弾倉回収役の若者たちが、前線に向かおうとしたそのとき、ストライク・カニアと2機の武装カニアが戦場の上空に現れる。
機関銃の銃撃とロケット弾攻撃によって、一瞬だがセロの攻撃が弱まった。
弾薬回収役の若者たちは匍匐ではなく、走って機関銃の塹壕に向かった。
彼らの半分は、塹壕に残った。機関銃弾薬手が機関銃手となり、弾薬回収役の若者たちが、機関銃弾薬手となった。一瞬の生命がけは、長時間の決死となった。
機関銃手たちは、3点バーストによる射撃で、弾薬を節約しながら、セロの散兵状態になってしまった無秩序な戦列歩兵の突撃を、クマンの小銃兵とともに弾幕で阻止し続ける。
戦車砲は榴弾を発射し続けていたが、砲塔内の即応弾はすぐに使い果たし、床下の弾薬庫から装弾することになる。
発射速度が極端に落ちるが、同時に弾薬の節約につながった。それでも、瞬く間に弾薬が減っていく。
セロとの戦いは、精神がすり減る。セロとセロの戦いでは、どうなのかわからない。ヒトとセロの戦いでは、セロは決して降伏しない。セロにとってヒトは、駆除すべき害獣であり、対等ではない。
絶対に降伏しない相手と戦うことは、ヒトには極限のストレスとなる。
勝利の喜びなど、あり得ない。むなしさしかない。生き残った安堵は、吐き気をともなう。
それでも捕虜が出る。負傷して動けなかったり、爆風によって失神したり、戦場の異常性から自分の位置を見失い交戦相手の陣地に駆け込んだりもある。
捕虜はどうなるか?
セロはヒトをその場で殺す。ヒトはセロの捕虜から情報を得たのち殺す。
殺さず、解放したこともある。しかし、解放した個体は、またヒトを殺す。新たな犠牲を出さないためにも、殺す以外の選択肢がないのだ。
ヒトとセロは、ともに文明を持つヒト科動物だが、相互に理解し合うことはできない。競争排除則、ガウゼの法則に従うしかない。どちらがが子孫を残し、どちらかが滅びる。
並存並立はない。
バンジェル島のヘリポートから、武装したヒューイが離陸する。フィー・ニュンが守る丘に向かう。機内両サイドにドアガンとして、MG3機関銃を装備している。
ベルタ隊は、青服主力の突撃によって、塹壕線を突破される寸前まで押し込まれていた。
戦場に最初に到着した援軍は、湿地を迂回した戦車隊だった。戦場となっている草原の西南に達した戦車隊は、車体後部に鞍上しているタンクデサントを降ろし、青服主力後方に砲撃を加える。
「司令官、西に援軍です!」
フィー・ニュンが双眼鏡を覗く。
「フルギアの戦車隊だ」
援軍の報を聞いたためか、幾分、120ミリ迫撃砲の発射が早まる。
だが、青服の騎馬が丘の基部にあと数分で達する。持ちこたえられたとしても、30分が限界。
この丘が落ちれば、ベルタ隊の背後に青服が回り込む。この青服の試みを、120ミリ迫撃砲弾が潰してきた。
イロナ・パウラ隊は、フィー・ニュン隊が守る丘の北20キロに達していた。40分あれば到着できる。
ヒューイは、イロナ・パウラ隊の上空を飛び越える。トラック隊が先行し、少し遅れて戦車・装甲車隊が続いている。
ヒューイが丘の上空に達すると、青服の騎馬はウマを降り、丘を徒歩で登り始めていた。フィー・ニュン隊がノイリン製AK-47自動小銃を発射して、防戦しているが、青服の数はフィー・ニュン隊の10倍と圧倒的に多い。
ヒューイが丘の西斜面上空でホバリングを始めると、多くの青服が空を見上げる。
ヒューイのドアガンが発射され、地上を掃討していく。しかし、青服は意図してか、偶然かはわからないが、散開しており、ヒューイの攻撃は決定的ではなかった。
ヒューイから攻撃威力が大きい柄付き手榴弾が投げ落とされる。
これは効果があった。機銃掃射と柄付き手榴弾による“爆撃”により、青服の登坂速度が急速に低下している。
やや先行しているパウラ隊は、森が途切れ、唐突に視界が開け、眼前になだらかな低い丘を視認する。
先頭車輌の荷台に乗っていたパウラは、運転席のルーフを平手で強く叩き、「停止!」と命じた。
クマン兵が荷台から飛び降り、丘の麓に残っていたウマの轡〈くつわ〉を持っていた青服と戦闘を始める。
10分遅れでイロナ隊が到着。軽戦車が主砲を、装甲車が機関銃を発射すると、挟撃されることを恐れた青服が南に徒歩で退いていく。
フィー・ニュン隊とイロナ・パウラ隊が合流。東の防衛線が確保された。
イロナは、パウラ隊の支援を受け、丘と戦場とを隔てる帯状の森を抜け、東側から青服本体への攻撃を始める。
機関銃弾と爆弾の再搭載に手間取っていたウルヴァリンとピラタスが離陸していく。
ヘリポートでは、3機の攻撃ヘリコプターが離陸する。
2機の戦闘爆撃機と3機の攻撃ヘリコプターが戦場上空に現れ、戦闘爆撃機は青服の後方を、攻撃ヘリコプターは前衛を攻撃する。
ベルタが「前進」と命じると、北側の森からノイリンの戦車とクマンの歩兵が現れ、青服に向かっていく。
ベルタの「前進」命令は、すべての部隊が聞いていた。
イロナ・パウラ隊は東から、西からはフルギアの戦車とクマンの歩兵の連合部隊が、南からはベアーテが率いる陸戦隊が突撃を開始する。
南に現れたベアーテの部隊は、青服を混乱に陥れた。
セロはパニック状態になると簡単には常態に戻らない。おそらく、そういう特性があるのだろう。
3分の1は、戦場の東南から南に向けて組織的に撤退を始める。この部隊は輸送を担っていて、戦闘には参加していなかった。ヒトとの間には戦闘部隊が展開していて、ヒトの姿を目視していなかった。
そのため、本能的な攻撃性が抑制されていて、後退するという合理的な判断ができた。
ヒトの各部隊は、青服の掃討に移る。掃討戦は、日没まで続いた。
翌朝、草原はセロの死体で埋めつくされていた。
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ララは島に戻り奇妙な報告をする。
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