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第6章
06-146 2度目の春
※「大絶滅 5年後」からの続編です。
200万年前の北関東。大災厄を乗り越えたヒトたちは、大消滅によって危機的状況に追い込まれていた。
だが、新生代第四紀完新世における生物の大量絶滅の主因たるヒトは、いかなる生物よりも図太く生き残っている。
大消滅から2度目の春を迎える。日本列島において生き残ったヒトは、2度目の冬の到来前に関東への集結を完了していた。
神戸以西は、大消滅前に鬼界カルデラ、姶良カルデラ、阿蘇山の噴火によって壊滅的な被害を受けていて、ヒトは天竜川以東へ避難していた。
大消滅後の日本海側は雪がさらに深くなり、少人数での越冬はほぼ不可能で、北関東以北は南東北の太平洋岸を除くと、寒さが厳しく、ヒトが生存していくには適さない気候になってしまった。
そして、関東に3万人が集まった。
かつては1億3000万人弱まで人口が増加した日本列島は、いまや3万人しかいないのだ。
もちろん、関東への移動を拒むヒトはいる。それは仕方のないこと。しかし、長期にわたる生存は難しい。
集結したヒトのうち2万人は、ほぼ全員がかつての東京の一画に集結している。
残り1万人が北関東に分散している。
相馬原は、北関東における小グループの1つだった。
地下2階の1室に全員が集まっている。
花山真弓が説明を始める。
「重要なことが、わかった……。
市ヶ谷台によると、四国の高知市付近は無傷で残っている……。
建物も橋も道路も、何もかも……。
消滅現象が起きたとき、太平洋上には5つの台風が同時に発生していた。
1つはフィリピンに、1つは台湾に、1つは西日本に向かっていた。残り2つは、太平洋を北上していたけれど、向かう方向ははっきりしていなかった。
台風の接近で、秋雨前線が刺激されて、激しい雨が各地を襲っていた。
この雨のおかげで、2回の消滅現象から奇跡的に免れた地域があった。
フィリピンのルソン島北西部、台湾東部太平洋側の一部、そして高知市付近。
九州の火山が次々と破局噴火した際、政府は九州、四国、山口、広島、岡山に避難命令を発した。
高知県の損害は軽微だったけれど、南海トラフによる巨大地震の発生を危惧した政府が、四国全域に避難命令を出していた。
その後、岡山、鳥取、島根にも全県避難命令が出され、第3次命令では大阪まで広がった。
そして、中部地方を巨大地震が襲った。
結局、政府は天竜川以西を放棄した……。
四国沖では、大きな地震が何度も起きたけれど、それがガス抜きになったのか、巨大地震はなかった……。
そして、秋雨前線と台風による豪雨が、高知市付近を広域で守ってくれた……。
市ヶ谷台は、3万の生き残りを高知市に移送するつもり……。
高知市以外にも局所的に健在な地域が2カ所あった。陸上自衛隊東富士演習場付近と、岐阜県各務原市の一部。
あの頃は混乱していたから、高知港には2隻の大型フェリーが回収されずに残っていた。まぁ、捨てられていたのね。
冬の間に、市ヶ谷台はこの2隻を動くように整備して、この船で関東のヒトたちを移送するつもりらしい……。
強制じゃないけれど……。
だけど、関東に残っていてもじり貧。
オークやギガスと戦うことは無理。
日々の生活で、精一杯だし……。
日本列島はトンネルだらけだし、そのトンネルには使える物資が詰まっている。
これを組織的にサルベージして、高知市に集め、ヒトの生活を再建しようと、市ヶ谷台は計画しているの。
帰る場所を失ってしまったオーストラリアとインドの潜水艦が、すでに高知港に入港している。
消滅現象以前に政府がロシアから買った原潜も高知港に向かう予定だし、生き残った自衛隊の潜水艦12隻も高知港に向かうそうよ。
アメリカとロシア、イギリス、フランスなど、各国の生き残り潜水艦は、フィリピンと台湾に入港済み。
西太平洋地域で、街が一部でも残ったのは、高知とフィリピンのサン・フェルナンドの2カ所だけ。
5つの台風のおかげ。
サン・フェルナンドは市街の半分ほどだけだけど、高知は高知市と南国市が無傷で残っている。
まぁ、他国に占領される前に、市ヶ谷台が守ろうとしていることは確か。
すでに、数千人規模の先遣隊が高知市にいるそうよ。
で、私たちはどうする?」
香野木恵一郎は、別のことを考えていた。
「高知市だけで30万以上の人口だったはずだ。火山で少しはやられていたとしても、移住には賛成だよ。
だけど、オークとギガスはどうする?」
ラダ・ムーが発言する。
「十分に警戒していたけれど、ギガスは現れなかった。
厳冬期の日本海は恐ろしい。それに、積雪は想像を絶する深さがあった。
春になれば現れるかもしれないけれど、冬は無理だよ。ヒトも、オークも、ギガスも、あの厳しさでは生きてはいけない」
香野木は、質問を変えた。
「井澤さん、他のグループはどう考えているんだろう?」
井澤貞之は、少しの間沈黙した。
「香野木さん……。
今年の冬も厳しかった。三国峠の向こうよりはひどくないけど、それでも寒かった。
凍死者も出たようだ。行方不明者もいる。
高知の街の様子は誰もが知っている。
はりまや橋も残っている。街をきれいにするところから始めなければならないけれど、インフラがしっかりあるので、再生は困難じゃない。
それに、空が青かった……。
デジカメの画像では、だけど。
一部の連中は、市ヶ谷台の擬装を疑っているけれど、偏西風の影響で大気中の塵が飛ばされているんだ。
南国土佐も大災厄以前ほどは暖かくないだろうけど、ここよりはマシだろう。太陽光と水と農地があれば、食料だって生産できる。
どのグループも移動には同意している。
市ヶ谷台は、5年後の普通選挙を約束しているしね。
それに、武器を取り上げることはしない、とも……」
花山は武器の保有について心配している。
「市ヶ谷台は、治安維持のためには武器の放棄が必要だと考えている。
でもね……。
フィリピンのリンガエン湾で起きたことから、当面の間は“国民の自衛的武装”を認めるつもり」
来栖早希がうんざりした声を出す。
「サン・フェルナンドの住民を米軍が追い出した件でしょぉう。
本当に腹が立つ!」
大災厄以前、潜水艦を保有する国は、全世界で40カ国以上あった。
しかし、大災厄以後、潜水艦を運用している国は20カ国を割っていたと考えられている。そもそも、潜水艦を20隻以上保有する国は20カ国を少し超える程度しかなかった。
そのうち、大型の航洋型潜水艦の保有国となると、10カ国程度だ。
消滅現象を生き残った潜水艦の総数は、40隻程度と海上自衛隊は推定している。
海上自衛隊では、24隻中16隻が生き残り、無傷は12隻、軽微な損傷が4隻。そのほかに練習潜水艦2隻が無傷だ。加えて、大災厄後にロシアから購入した原潜も無傷だ。
つまり、19隻が生き残った。全世界の潜水艦の40パーセント以上が海上自衛隊の潜水艦だ。
海上自衛隊を改組した自衛隊海上部は、世界の生き残り潜水艦を積極的に支援してきた。
結果、ニュージーランド、オーストラリア、インド、ドイツ、スウェーデンの潜水艦が東京湾や高知港に入港している。
アメリカはロシアと手を組み、フィリピンのリンガエン湾を攻略した。その際、住民の一部を拘束し、多くを何もない荒野に追いやった。
この行為に反発したアメリカとロシアの潜水艦数隻ずつが、グループから離脱。イギリスとフランスの原潜と行動を共にしている。
自衛隊海上部は、米露英仏の原潜を主体とした離脱グループとは連絡をとっている。
中国の原潜は、消息不明。
来栖が怒りを爆発させる。
「若い女性を拉致したんでしょぉう。
何てひどいことをするの!」
水上艦船は、ほとんど生き残れなかった。現存する大型船は、最大でも100隻と推定されている。
数日前、アメリカ海軍特殊部隊が高知港の大型フェリーを強奪しようとして、自衛隊が阻止に出て、激しい銃撃戦のすえ撃退した。
強奪未遂犯は仲間の死体を残して潜水艦で逃走したが、自衛隊には対潜哨戒機が1機もなく、追跡できなかった。
ラダ・ムーが確信を持つ目で発言。
「オークはわからないが、ギガスは必ず来る。あの動物にとって、絶対に必要な3万ものヒトを見逃すはずがない」
花山には懸念があった。
「香野木さん。
高知市への移動は5月から始まるの。
だけど……」
「わかっている。
その前にギガスが来る。
日本海の時化が収まり、雪が溶ければ、ギガスが来る。
ギガスに三国峠を越えられたら、俺たちに未来はない。
越後平野と三国峠で迎え撃つ」
台湾の東岸は、台風の直撃を連続で受けたことから、消滅を免れた狭い区域が複数ある。そこには物資も残っている。
当初、市ヶ谷台は数万人規模の生き残りが台湾にいるものと想定していたが、実際は7000人に満たなかった。
台湾の代表は高知市を視察し、移住を打診している。市ヶ谷台は、小銃以上の威力がある兵器と航空機の移管を条件に受け入れる意向だ。
日本は航空機をほとんど失っているので、台湾に残る民間機や軍用機は喉から手が出るほど欲しかった。
なお、高知市への移住は、グァムとサイパンの生存者も希望している。グァムには数百人、サイパンには数十人が生き残っている。
日本は航空機のほとんどを失った。
しかし、高知と各務原には、消えなかった機体がある。高知空港に残されていたエアバスA320、ボーイング737、ボンバルディアのターボプロップ旅客機が外見上無傷で存在する。
各務原には、用途廃止直後の川崎C-1輸送機が10機、同じく機内設備すべてが撤去済みのP-3Cオライオン対潜哨戒機4機が残されている。全機を高知空港に移送し、各務原の使える資材すべてを高知市に移送する計画がある。
これら大事業を成し遂げるためには、日本列島の善良な生き残りの全力を結集しなければならない。
香野木には、市ヶ谷台がギガスについて何をどう考えているのかわからなかった。
「花山さん、ギガスのことだけど……。
市ヶ谷台は、どう考えているのかな」
「そこが問題なの。
市ヶ谷台はギガスを、オークの同類と考えているの。オークと同じように追い払えばいいと。
大して気にしていない。
むしろ、フィリピンの米露原潜を注視しているの。
東京から高知への移動が始まれば、妨害してくるんじゃないかって……。
各務原のオライオンを飛べるようにオーバーホールして、独自に対潜哨戒機を作ろうとしているみたい」
「と、言うことは……。
ギガスを抑えるのは、俺たち北関東の仕事ってことだね」
「結果は、そういうことになるね」
「花山さん、みんな、俺は明日から対ギガス戦の義勇兵を募るよ。
上手くいくのかな。不安だけど」
3月下旬から4月上旬になると、北関東の各グループは“引越”の準備で忙しくなる。 南東北沿岸部を拠点にするグループは、東京への移動を開始している。
この時点で、高知市移動についての態度を明確にしていないグループは、残置される。
一方、自力での高知市移動を行うグループもいる。数は少ないが小型船が消えずに残っている。
漁船や大型ヨットで、高知市への自力移動をすでに実施している。
高知市では、昨年末からライフラインの復旧作業が始まっている。東京の電力をまかなっていたロシアから買った原潜は、高知港に停泊して電力を供給することになる。この原潜が、日本の新たな生存圏への電力源となる。
米露同盟軍から離脱した米露の原潜と英仏の原潜は、キューバの沖にいる。
世界中の山岳地帯には、消滅を免れた地域がある。しかし、それほど広くはない。沿岸部では、オーストラリアのダーウィンが一部消滅を免れた。しかし、この街を復旧できるほどの物資が世界のどこにもない。
どうすべきか、彼らは態度を決めかねている。
相馬原も“引越”の準備を進めている。塵一つ残さず、すべて運び出すつもりだ。
ベトナム南部のカムラン湾には、地形のためか消滅を免れた一画があり、小型貨物船1隻と漁船数隻が原型をとどめている。
ヒトは数百人弱生き残っていた。
年が明けてから、ここが米露同盟軍に急襲される。物資のすべてが強奪され、数名が拉致された。
カムラン湾のヒトは貨物船と漁船で脱出。海岸沿いに北上し、ベトナム北部ハイフォン付近に隠れた。燃料をかき集めた1隻が、自力で台湾の東岸に入港し、救助を求めた。
南シナ海は米露同盟軍の“庭”と化していたが、台湾のグループは大陸沿岸沿いに南下し、ベトナムの脱出者全員を救助する。
そう遠くない時期に台湾とベトナムのヒトたちも、高知市にやって来る。
4月中旬、カリブ海キューバ沖に停泊していた、米露英仏の潜水艦8隻は高知市への移動を了解した。ロシアの潜水艦4隻のうち2隻が通常動力潜水艦で、燃料が枯渇しかけていた。食料も危機的状況だった。
それと、冬になればマゼラン海峡が氷に閉ざされ、太平洋に入れなくなる。
8隻は、北アメリカ沿岸を北上。カナダ北方沖を通過してベーリング海峡に至り、カムチャツカ半島に沿って南下する計画を立案する。
市ヶ谷台には、千島列島北端占守島沖での援助を求めている。通常動力の2隻のキロ級は、ここまでの燃料しかない。
氷が溶ける夏を待って決行する。
はっきりはしないが、自衛隊海上部の潜水艦は、台湾とフィリピン・ルソン島の間、バシー海峡を封鎖しているらしい。
高知市襲撃以降、市ヶ谷台はリンガエン湾の米露同盟軍を警戒している。
4月中旬は、重大情報が多い。
台湾のグループによると、オークが巨大な“何か”を海上で作っている。
場所は大陸中国の上海付近。
直系80メートルに達し、形状は“輪”で、大災厄後に世界各地で作られた“未来への扉”に似ている。
それと、陸上で円筒形の物体を作り始めた。直径40メートル、長さ300メートルもの巨大な構造物だ。円筒の中心が貫通していることから、市ヶ谷台では“ちくわ”と呼んでいる。
また、地球の各地に降りたオークの降下船は、上海近郊に集まっていて、降下船の機体がこの円筒形の建造に資材として使われているらしい。
そして、4月下旬、ギガスがついに越後平野にやって来た。
200万年前の北関東。大災厄を乗り越えたヒトたちは、大消滅によって危機的状況に追い込まれていた。
だが、新生代第四紀完新世における生物の大量絶滅の主因たるヒトは、いかなる生物よりも図太く生き残っている。
大消滅から2度目の春を迎える。日本列島において生き残ったヒトは、2度目の冬の到来前に関東への集結を完了していた。
神戸以西は、大消滅前に鬼界カルデラ、姶良カルデラ、阿蘇山の噴火によって壊滅的な被害を受けていて、ヒトは天竜川以東へ避難していた。
大消滅後の日本海側は雪がさらに深くなり、少人数での越冬はほぼ不可能で、北関東以北は南東北の太平洋岸を除くと、寒さが厳しく、ヒトが生存していくには適さない気候になってしまった。
そして、関東に3万人が集まった。
かつては1億3000万人弱まで人口が増加した日本列島は、いまや3万人しかいないのだ。
もちろん、関東への移動を拒むヒトはいる。それは仕方のないこと。しかし、長期にわたる生存は難しい。
集結したヒトのうち2万人は、ほぼ全員がかつての東京の一画に集結している。
残り1万人が北関東に分散している。
相馬原は、北関東における小グループの1つだった。
地下2階の1室に全員が集まっている。
花山真弓が説明を始める。
「重要なことが、わかった……。
市ヶ谷台によると、四国の高知市付近は無傷で残っている……。
建物も橋も道路も、何もかも……。
消滅現象が起きたとき、太平洋上には5つの台風が同時に発生していた。
1つはフィリピンに、1つは台湾に、1つは西日本に向かっていた。残り2つは、太平洋を北上していたけれど、向かう方向ははっきりしていなかった。
台風の接近で、秋雨前線が刺激されて、激しい雨が各地を襲っていた。
この雨のおかげで、2回の消滅現象から奇跡的に免れた地域があった。
フィリピンのルソン島北西部、台湾東部太平洋側の一部、そして高知市付近。
九州の火山が次々と破局噴火した際、政府は九州、四国、山口、広島、岡山に避難命令を発した。
高知県の損害は軽微だったけれど、南海トラフによる巨大地震の発生を危惧した政府が、四国全域に避難命令を出していた。
その後、岡山、鳥取、島根にも全県避難命令が出され、第3次命令では大阪まで広がった。
そして、中部地方を巨大地震が襲った。
結局、政府は天竜川以西を放棄した……。
四国沖では、大きな地震が何度も起きたけれど、それがガス抜きになったのか、巨大地震はなかった……。
そして、秋雨前線と台風による豪雨が、高知市付近を広域で守ってくれた……。
市ヶ谷台は、3万の生き残りを高知市に移送するつもり……。
高知市以外にも局所的に健在な地域が2カ所あった。陸上自衛隊東富士演習場付近と、岐阜県各務原市の一部。
あの頃は混乱していたから、高知港には2隻の大型フェリーが回収されずに残っていた。まぁ、捨てられていたのね。
冬の間に、市ヶ谷台はこの2隻を動くように整備して、この船で関東のヒトたちを移送するつもりらしい……。
強制じゃないけれど……。
だけど、関東に残っていてもじり貧。
オークやギガスと戦うことは無理。
日々の生活で、精一杯だし……。
日本列島はトンネルだらけだし、そのトンネルには使える物資が詰まっている。
これを組織的にサルベージして、高知市に集め、ヒトの生活を再建しようと、市ヶ谷台は計画しているの。
帰る場所を失ってしまったオーストラリアとインドの潜水艦が、すでに高知港に入港している。
消滅現象以前に政府がロシアから買った原潜も高知港に向かう予定だし、生き残った自衛隊の潜水艦12隻も高知港に向かうそうよ。
アメリカとロシア、イギリス、フランスなど、各国の生き残り潜水艦は、フィリピンと台湾に入港済み。
西太平洋地域で、街が一部でも残ったのは、高知とフィリピンのサン・フェルナンドの2カ所だけ。
5つの台風のおかげ。
サン・フェルナンドは市街の半分ほどだけだけど、高知は高知市と南国市が無傷で残っている。
まぁ、他国に占領される前に、市ヶ谷台が守ろうとしていることは確か。
すでに、数千人規模の先遣隊が高知市にいるそうよ。
で、私たちはどうする?」
香野木恵一郎は、別のことを考えていた。
「高知市だけで30万以上の人口だったはずだ。火山で少しはやられていたとしても、移住には賛成だよ。
だけど、オークとギガスはどうする?」
ラダ・ムーが発言する。
「十分に警戒していたけれど、ギガスは現れなかった。
厳冬期の日本海は恐ろしい。それに、積雪は想像を絶する深さがあった。
春になれば現れるかもしれないけれど、冬は無理だよ。ヒトも、オークも、ギガスも、あの厳しさでは生きてはいけない」
香野木は、質問を変えた。
「井澤さん、他のグループはどう考えているんだろう?」
井澤貞之は、少しの間沈黙した。
「香野木さん……。
今年の冬も厳しかった。三国峠の向こうよりはひどくないけど、それでも寒かった。
凍死者も出たようだ。行方不明者もいる。
高知の街の様子は誰もが知っている。
はりまや橋も残っている。街をきれいにするところから始めなければならないけれど、インフラがしっかりあるので、再生は困難じゃない。
それに、空が青かった……。
デジカメの画像では、だけど。
一部の連中は、市ヶ谷台の擬装を疑っているけれど、偏西風の影響で大気中の塵が飛ばされているんだ。
南国土佐も大災厄以前ほどは暖かくないだろうけど、ここよりはマシだろう。太陽光と水と農地があれば、食料だって生産できる。
どのグループも移動には同意している。
市ヶ谷台は、5年後の普通選挙を約束しているしね。
それに、武器を取り上げることはしない、とも……」
花山は武器の保有について心配している。
「市ヶ谷台は、治安維持のためには武器の放棄が必要だと考えている。
でもね……。
フィリピンのリンガエン湾で起きたことから、当面の間は“国民の自衛的武装”を認めるつもり」
来栖早希がうんざりした声を出す。
「サン・フェルナンドの住民を米軍が追い出した件でしょぉう。
本当に腹が立つ!」
大災厄以前、潜水艦を保有する国は、全世界で40カ国以上あった。
しかし、大災厄以後、潜水艦を運用している国は20カ国を割っていたと考えられている。そもそも、潜水艦を20隻以上保有する国は20カ国を少し超える程度しかなかった。
そのうち、大型の航洋型潜水艦の保有国となると、10カ国程度だ。
消滅現象を生き残った潜水艦の総数は、40隻程度と海上自衛隊は推定している。
海上自衛隊では、24隻中16隻が生き残り、無傷は12隻、軽微な損傷が4隻。そのほかに練習潜水艦2隻が無傷だ。加えて、大災厄後にロシアから購入した原潜も無傷だ。
つまり、19隻が生き残った。全世界の潜水艦の40パーセント以上が海上自衛隊の潜水艦だ。
海上自衛隊を改組した自衛隊海上部は、世界の生き残り潜水艦を積極的に支援してきた。
結果、ニュージーランド、オーストラリア、インド、ドイツ、スウェーデンの潜水艦が東京湾や高知港に入港している。
アメリカはロシアと手を組み、フィリピンのリンガエン湾を攻略した。その際、住民の一部を拘束し、多くを何もない荒野に追いやった。
この行為に反発したアメリカとロシアの潜水艦数隻ずつが、グループから離脱。イギリスとフランスの原潜と行動を共にしている。
自衛隊海上部は、米露英仏の原潜を主体とした離脱グループとは連絡をとっている。
中国の原潜は、消息不明。
来栖が怒りを爆発させる。
「若い女性を拉致したんでしょぉう。
何てひどいことをするの!」
水上艦船は、ほとんど生き残れなかった。現存する大型船は、最大でも100隻と推定されている。
数日前、アメリカ海軍特殊部隊が高知港の大型フェリーを強奪しようとして、自衛隊が阻止に出て、激しい銃撃戦のすえ撃退した。
強奪未遂犯は仲間の死体を残して潜水艦で逃走したが、自衛隊には対潜哨戒機が1機もなく、追跡できなかった。
ラダ・ムーが確信を持つ目で発言。
「オークはわからないが、ギガスは必ず来る。あの動物にとって、絶対に必要な3万ものヒトを見逃すはずがない」
花山には懸念があった。
「香野木さん。
高知市への移動は5月から始まるの。
だけど……」
「わかっている。
その前にギガスが来る。
日本海の時化が収まり、雪が溶ければ、ギガスが来る。
ギガスに三国峠を越えられたら、俺たちに未来はない。
越後平野と三国峠で迎え撃つ」
台湾の東岸は、台風の直撃を連続で受けたことから、消滅を免れた狭い区域が複数ある。そこには物資も残っている。
当初、市ヶ谷台は数万人規模の生き残りが台湾にいるものと想定していたが、実際は7000人に満たなかった。
台湾の代表は高知市を視察し、移住を打診している。市ヶ谷台は、小銃以上の威力がある兵器と航空機の移管を条件に受け入れる意向だ。
日本は航空機をほとんど失っているので、台湾に残る民間機や軍用機は喉から手が出るほど欲しかった。
なお、高知市への移住は、グァムとサイパンの生存者も希望している。グァムには数百人、サイパンには数十人が生き残っている。
日本は航空機のほとんどを失った。
しかし、高知と各務原には、消えなかった機体がある。高知空港に残されていたエアバスA320、ボーイング737、ボンバルディアのターボプロップ旅客機が外見上無傷で存在する。
各務原には、用途廃止直後の川崎C-1輸送機が10機、同じく機内設備すべてが撤去済みのP-3Cオライオン対潜哨戒機4機が残されている。全機を高知空港に移送し、各務原の使える資材すべてを高知市に移送する計画がある。
これら大事業を成し遂げるためには、日本列島の善良な生き残りの全力を結集しなければならない。
香野木には、市ヶ谷台がギガスについて何をどう考えているのかわからなかった。
「花山さん、ギガスのことだけど……。
市ヶ谷台は、どう考えているのかな」
「そこが問題なの。
市ヶ谷台はギガスを、オークの同類と考えているの。オークと同じように追い払えばいいと。
大して気にしていない。
むしろ、フィリピンの米露原潜を注視しているの。
東京から高知への移動が始まれば、妨害してくるんじゃないかって……。
各務原のオライオンを飛べるようにオーバーホールして、独自に対潜哨戒機を作ろうとしているみたい」
「と、言うことは……。
ギガスを抑えるのは、俺たち北関東の仕事ってことだね」
「結果は、そういうことになるね」
「花山さん、みんな、俺は明日から対ギガス戦の義勇兵を募るよ。
上手くいくのかな。不安だけど」
3月下旬から4月上旬になると、北関東の各グループは“引越”の準備で忙しくなる。 南東北沿岸部を拠点にするグループは、東京への移動を開始している。
この時点で、高知市移動についての態度を明確にしていないグループは、残置される。
一方、自力での高知市移動を行うグループもいる。数は少ないが小型船が消えずに残っている。
漁船や大型ヨットで、高知市への自力移動をすでに実施している。
高知市では、昨年末からライフラインの復旧作業が始まっている。東京の電力をまかなっていたロシアから買った原潜は、高知港に停泊して電力を供給することになる。この原潜が、日本の新たな生存圏への電力源となる。
米露同盟軍から離脱した米露の原潜と英仏の原潜は、キューバの沖にいる。
世界中の山岳地帯には、消滅を免れた地域がある。しかし、それほど広くはない。沿岸部では、オーストラリアのダーウィンが一部消滅を免れた。しかし、この街を復旧できるほどの物資が世界のどこにもない。
どうすべきか、彼らは態度を決めかねている。
相馬原も“引越”の準備を進めている。塵一つ残さず、すべて運び出すつもりだ。
ベトナム南部のカムラン湾には、地形のためか消滅を免れた一画があり、小型貨物船1隻と漁船数隻が原型をとどめている。
ヒトは数百人弱生き残っていた。
年が明けてから、ここが米露同盟軍に急襲される。物資のすべてが強奪され、数名が拉致された。
カムラン湾のヒトは貨物船と漁船で脱出。海岸沿いに北上し、ベトナム北部ハイフォン付近に隠れた。燃料をかき集めた1隻が、自力で台湾の東岸に入港し、救助を求めた。
南シナ海は米露同盟軍の“庭”と化していたが、台湾のグループは大陸沿岸沿いに南下し、ベトナムの脱出者全員を救助する。
そう遠くない時期に台湾とベトナムのヒトたちも、高知市にやって来る。
4月中旬、カリブ海キューバ沖に停泊していた、米露英仏の潜水艦8隻は高知市への移動を了解した。ロシアの潜水艦4隻のうち2隻が通常動力潜水艦で、燃料が枯渇しかけていた。食料も危機的状況だった。
それと、冬になればマゼラン海峡が氷に閉ざされ、太平洋に入れなくなる。
8隻は、北アメリカ沿岸を北上。カナダ北方沖を通過してベーリング海峡に至り、カムチャツカ半島に沿って南下する計画を立案する。
市ヶ谷台には、千島列島北端占守島沖での援助を求めている。通常動力の2隻のキロ級は、ここまでの燃料しかない。
氷が溶ける夏を待って決行する。
はっきりはしないが、自衛隊海上部の潜水艦は、台湾とフィリピン・ルソン島の間、バシー海峡を封鎖しているらしい。
高知市襲撃以降、市ヶ谷台はリンガエン湾の米露同盟軍を警戒している。
4月中旬は、重大情報が多い。
台湾のグループによると、オークが巨大な“何か”を海上で作っている。
場所は大陸中国の上海付近。
直系80メートルに達し、形状は“輪”で、大災厄後に世界各地で作られた“未来への扉”に似ている。
それと、陸上で円筒形の物体を作り始めた。直径40メートル、長さ300メートルもの巨大な構造物だ。円筒の中心が貫通していることから、市ヶ谷台では“ちくわ”と呼んでいる。
また、地球の各地に降りたオークの降下船は、上海近郊に集まっていて、降下船の機体がこの円筒形の建造に資材として使われているらしい。
そして、4月下旬、ギガスがついに越後平野にやって来た。
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半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
異世界で農業を -異世界編-
半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。
そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?