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第1章
第二六話 精霊族
我々は、七・六二×三九ミリ弾は比較的豊富に保有している。この旧ソ連が開発した弾薬を使用する銃は、各種AK‐47系列とSKSカービンがあった。
AK‐47の軽機関銃バージョンであるRPKも保有している。
北方低層平原で〝カルロス〟から鹵獲したSKSカービンのうち二挺は、豊富なアフターマーケットのパーツを装着して見かけはいいのだが、使用過多で銃身がひどく摩耗していた。
由加とベルタの見立てでは、使い物にはならない。
しかし、七・六二×三九ミリ弾を使用する銃は、一挺でも多く欲しい。
小銃は銃身の交換ができないのだが、それを承知で銃身を修理する方法を求めていた。
製造したバイオ燃料の残りは少なく、金貨は無限にあるわけではない。北方低層平原で収拾した金貨・金塊と、この地域で得た金貨は、有効に使わないと我々の生命に関わる。
この地方の情報に詳しい創薬研究者のミランダは医療班に加わらず、ウルリカとともに会計班となって財貨の有効利用を担当した。
RPG‐7用の各種弾頭、七六・二ミリ戦車砲と七五ミリ榴弾砲の砲弾、八一ミリ迫撃砲の砲弾、そしてSKSカービン二挺の修理以外の財貨の使用は制限された。
例外は、黒魔族とドラゴンの正体を探る調査。
我々のキャンプから南に七〇キロに精霊族の街ギボンがある。
本来、精霊族の街に名はない。精霊族は、場所や個に対して名を付けない。場所は座標、個は番号で識別される。
ただ、ヒトには精霊族の何でも数字で識別する習慣は不便極まりなく、彼らの街の名などはヒト側で勝手に付けていた。
俺とちーちゃん、ルサリィとマルユッカの四人は、ドラム缶二本の暖房用燃料、灯油と近似の油製品をダブルキャブトラックの荷台に積んで、悪路を二日かけてギボンに着いた。
出発の直前になってマルユッカが同行したいと言い出し、ちーちゃんと一緒に後部座席に座っている。
ギボンの中心には、ドイツのノイシュバンシュタイン城にも勝るメルヘンな建物がある。これが行政府で、民家もおとぎ話に出てくるような可愛らしい家々だ。建造物は、我々の家屋の一・五倍の大きさがある。
精霊族は巨人ではないが、身長が高いので、家屋が大きくなったのだろう。
ギボンは、エスコー川の西岸にあり、三重の環濠に囲まれ、高さ一五メートルに達する城壁で守られている。
堅固な城塞都市で、城壁の外周は一五キロに達する。城外に民家はなく、全住民が城内に住む。
意外であったことは、精霊族だけでなく、ヒトと鬼神族も多く居住していることだ。
精霊族には宗教や信仰といった概念はなく、合理的というか、科学的というか、事物に対する探究心が旺盛で、結論が見いだせなくとも、超自然的なものに原因を求めたりはしない。
また、他の種族に対して寛容で、治安を乱さなければ、居住は許される。
成文法があり、法は厳格に適用される。情状酌量という概念はない。
ギボン城内は、ヒトの村や街よりも豊かだ。道幅は広く、歩道と車道の区別があり、城内では徐行が定められている。道路は舗装されている。
商店の物資は豊富で、物乞いを見ることはない。
ルサリィの指示で、ドラゴン調査の手がかりを求めて、ノイシュバンシュタイン城に向かう。
ちーちゃんは、城が近付くと興奮でおしゃべりが止まらない。マルユッカも似たような状態だ。
メルヘンな外見とは異なり、城、つまりギボンの街の中枢周辺は騒然としていた。
黒魔族の侵攻が近いからだ。
庁舎の入口には受付があり、ここで用向きを述べなければならない。
ルサリィが「戦いに備えて、ドラゴンについて調べに来た」と申告すると、案内係は「歴史調査所のほうが資料がある」と教えてくれ、印刷された道順の地図を渡された。
精霊族は、印刷技術を知っていると言うことだ。
歴史調査所は、ギボンの街の西端にある。敷地は広大で、本館までは列柱が並ぶ石畳を五〇〇メートル近く進む。
植栽が美しく、また、精霊族の巨大な像が庭園の中に屹立している。
古代ギリシャの趣と、一七世紀以降のヨーロッパの宮廷庭園とが融合したような、不思議な光景だ。
本館の車寄せにダブルキャブトラックを止め、俺とルサリィが受付に向かう。
ルサリィが受付の女性に「ドラゴンについて知りたいので、資料があれば見せて欲しい」と用向きを伝えると、女性は「お待ちを」と言って、館の奥に消えた。
女性が戻ってきたのは一〇分以上経過してからだった。
女性は、若い男と白い顎髭を蓄えた初老と思われる男を伴っている。精霊族も高齢になると、白髪になるのか?
初老の男がルサリィに何かを言う。
ルサリィが通訳してくれる。
「たくさんあるそうだけど、何を見たいのかって?」
俺はものは試しに「ドラゴンの骨が見たい、と伝えてくれ」とルサリィに頼む。
若い男が何かを言う。
ルサリィが「中型ドラゴンの全身の骨があるそうだけど、禁忌で見せることはできないって」と通訳する。
通訳が終わらぬうちに、若い男が何かを告げる。
ルサリィが「禁忌は慣習なので、法的に見せることができないのではないって」と言うので、俺が「何を寄付すればいいのか聞いて、金なら少しあると」
ルサリィが「金はいらないって」と通訳すると同時に、若い男が何かを言う。
「川の北の民は、種から燃料を作ると伝え聞くけど、貴方たちがそうかって」
ルサリィは俺の返答を待たずに「そうだ」と伝え、「暖房用燃料一樽でどうか」と付け加えた。
若い男と髭の老人は、顔の表情をまったく変えずに早口で会話している。しかし、喜んでいることは確かだ。
ルサリィが若い男を案内して、我々のクルマに向かう。ルサリィと入れ違いにやって来たちーちゃんは俺と一緒に、老人の案内でドラゴンの骨を見に行った。
俺は、運がよければ頭骨、まぁ、出所が判然としない骨一本が関の山と考えていた。
だが、眼前にあるものは、そんな予断を完全に裏切っていた。
二〇〇年以上前、精霊族の戦士が中央高地の街に攻め入った黒魔族のドラゴンを、巨大な矢で射とめたものだ。
このドラゴンの骨を得た場所、年月日、関わった人物と状況などすべてが明確だった。
ただ、場所名と人物名はすべて数字で、英雄譚としても、歴史書としても、ヒトに感動を与えるものではないのだが……。
俺たちが見ているものは、完璧に組み立てられたドラゴンの骨格標本だ。翼を広げ、天井から吊されている。博物館の恐竜の骨格標本を彷彿とさせる。
見上げる高さではなく、頭骨の位置は俺の目の高さの位置にある。ヒトよりも背の高い精霊族ならば、ちょうどドラゴンの背を見下ろす高さだ。
頭骨は、翼竜とは明確に異なっている。翼竜は中生代三畳紀末に現れ、脊椎動物として最初に飛翔した生物となったが、白亜紀末の恐竜絶滅時にともに滅んだとされる。
翼竜は恐竜の一種ではなく、恐竜とは異なる爬虫類だ。ただ、恐竜と同じ主竜類に属している。
主竜類には、クルロタルシ類、翼竜類、恐竜類が含まれる。クルロタルシ類には、偽鰐類、植竜類、ワニ類が含まれる。恐竜類には、鳥類が含まれる。
恐竜と鳥は、生物の分類上ほぼ同じ生物だ。恐竜と鳥の境界は曖昧で、鳥は中生代ジュラ紀に出現し、白亜紀に入ると多様化する。そして、白亜紀末の大量絶滅を生き延びた、恐竜類唯一の生き残りだ。
翼竜と鳥には直接的な関係はないが、同じ主竜類に属するので無関係ともいえない。
翼竜の頭骨は、幅が狭く、縦方向に扁平だ。鳥ともコウモリとも、恐竜とも違う。
俺が見ている動物の骨格標本の頭骨は、鳥でも、コウモリでもなく、恐竜とも違う。
一番近いのは、ワニかもしれない。
翼の骨格はコウモリに似ている。小指と薬指が長く伸び、それが翼を構成する骨となっている。翼竜は一本の骨、飛行機の翼で言えば主桁だが、で翼を支えているが、翼は骨と胴体間に張られた皮膜によって形成されている。皮膜を横方向に支える骨はない。翼の全長となる長い一本の骨と、その骨と胴体間に展張される皮膜で翼を構成する。
ドラゴンの翼の骨格は翼竜とは明確に異なり、コウモリと類似している。翼の横方向に二本の指の骨が伸びた骨がある。
そして、頭骨はワニに似ている。
標本の翼は展張されていて、翼幅は七メートルに達する。長い尾があり、しっかりした骨盤、地上の歩行に適した脚を持つ。だが、骨盤の形状は恐竜とは異なる。
俺は頭の中で、一番近い動物を探した。だが、思いつかない。
ちーちゃんが唐突に、「ワイバーンって知ってる?」といった。
ワイバーン!
確かにイギリスの紋章に描かれるドラゴンの一種であるワイバーンに似ている。
俺はちーちゃんを見た。
「ワイバーンに似ているね」
「だよね」と言って、ちーちゃんが微笑む。
そして、「攻めてきたら、やっつけられるよね」と尋ねた。
「必ず、やっつけるよ」と答える。
しかし、どのくらいの速度で飛び、噴き出す火炎の射程もわからない。
不安はつきない。
俺は、この生物の正体を突き止めなくてはならない。イギリスの伝説上のドラゴン〝ワイバーン〟を見つけた、とは言えない。
詳細に骨格を観察する。
後肢には五本の指がある。恐竜やトリは三本だ。垂直に延びる後肢の骨格は恐竜に似ているが、指は五本。
根拠は薄弱だが、初期のクルロタルシ類に似ている。オルニトスクスやシロスクスに似ているように感じる。
どちらも分類上はワニの近縁種だが、形態は二足歩行の小型恐竜に似た爬虫類だ。
俺はあれこれと考えたが、このドラゴンは恐竜ではないし、コウモリでもない。もちろん鳥じゃない。
とりあえず、飛翔するワニの近縁種、だとすることにした。
生きたドラゴンの実物を見て、どうするか考えよう。
どちらにしても、体長一〇メートル、翼長一五メートルの巨大生物であっても、一二・七ミリ弾ならば殺せる。ゾウだって殺せるのだから、ドラゴンだって殺せるはずだ。
七・六二ミリ弾でも傷つけられる。一発では殺せなくても、数発撃ち込めば殺せるはずだ。
だが、このドラゴンを射とめたという、精霊族の勇者が放った矢は巨大だ。
実物が展示されている。
全長五メートルの鋼鉄製で、鏃には返しがない。矢だけが残っていたが、矢とともに展示されているパネルに描かれた発射機は弓ではなく弩だった。
据え置き式の対空射撃用巨大弩で、射たのだ。
射界に入ったこと、射程内に入ったこと、どちらも偶然であったのだろう。
この戦いを描いた絵画が掛けられている。その絵では、この矢が四本刺さっている。
精霊族は誇張や脚色はしないようだ。しないと言うより、できないらしい。
だとするならば、四本撃ち込んでようやく死んだ。しかも、絵画では矢は貫通していない。ドラゴンまでの距離が遠かったのか、それとも弩の威力が低かったのか、あるいはドラゴンの皮膚が硬いのか?
その三つか?
気付くと、ちーちゃんが案内をしてくれた初老の男と何かを話している。
ちーちゃんはこの世界の言葉ではなく、日本語で何かを言っていて、初老の男はちーちゃんの話を一生懸命聞いている。
荷卸しを終えたルサリィとマルユッカが、ドラゴンの骨格標本を見ている。
二人とも呆然としていて、マルユッカは泣いているようだ。
ルサリィがちーちゃんと初老の男の会話に加わる。
俺は、三人に近付いた。
ルサリィは初老の男にかなり長い質問をして、そして長い回答を聞いていた。
「あの矢で射たんだって。
ドラゴンの皮膚は硬くて、長槍や普通の弓ではまったく傷つけられなくて、あの大弩の矢だけが皮膚を通したそうよ。
でも、街はすべて燃えてしまい、何千もの精霊族が死んだ……」
歴史調査所を出て、街の宿泊施設に向かった。精霊族向けの施設だが、ヒトや鬼神族も利用できる。
ちーちゃん、ルサリィ、マルユッカの三人は施設内に泊まり、俺はクルマの中で寝た。
翌早朝、ギボンの街を発ち、二日かけてキャンプに戻った。
俺は全体会議において、ドラゴンの正体は恐竜繁栄以前の脊椎動物で、偽鰐類に近い爬虫類の一種だと伝えた。
我々がよく知っている動物では、ワニがもっとも近いが、姿は恐竜に似ている。
翼竜とはだいぶ違っていて、痩せたティラノサウルスの前肢がコウモリの翼になっているような姿だと説明した。
そして、皮膚は相当な堅さと厚さがあり、精霊族の放つ弓や投げ槍では皮膚を貫けないと知らせた。
そして、俺は聞き忘れたが、ルサリィがしっかりと確認してきたことがある。
ドラゴンの数だ。
歴史調査所の初老の男の言では、知られている限りにおいて、もっとも多くのドラゴンが戦いに投入されたのは、五頭だった。
ドラゴン一頭は、一万の兵に匹敵するそうだ。
ドラゴン一頭で、精霊族の四つの街が壊滅したこともある。
ドラゴンは黒魔族の呪術師が戦場の近くで操り、ドラゴンの視覚、聴覚、臭覚、触覚を感じ、ドラゴンが死ねば呪術師も死ぬ。
ドラゴンは人を喰うが、その味覚も呪術師に伝わる。戦いが終わる頃には、ドラゴンの操作をやめても、同族から離れて彷徨い、人を襲って喰うようになるそうだ。
誰かが「ドラキュロ……」といった。
しかし、黒魔族の呪術師とドラキュロは無関係らしい。
ドラキュロは、精霊族の調べでは精霊族や鬼神族よりも古い動物だという。黒魔族も古いが、黒魔族とドラキュロの骨格、特に頭骨はかなり違う、とルサリィが聞き調べしてきた。
ルサリィは俺の足りない部分を、よく補ってくれた。
ヒトは、黒魔族とドラゴンをほとんど知らない。
一応恐れてはいるが、農民も商人も軍人も高を括っている。北の伯爵よりも恐れてはいない。
黒魔族の装備や戦術など、もっと調べる必要がある。
それは、俺よりも由加やベルタのほうが適任だ。ベルタがルサリィとともに、再度ギボンに向かうことになった。
俺は、金吾、金沢、デュランダルとともに、この事態に少しでも有効な機材・物資を探すために北方低層平原を目指す。
ドラキュロが跋扈する南部東側を探索するために、また有効な車輌を発見した場合に牽引できるようにチャーフィー軽戦車で向かうことにした。
この改造戦車の砲塔には三人、車体には一人が乗れる。
燃料、爆薬、弾薬など、短い期間で整備・配備しなければならない。
やるべきことは多く、残された時間は少ない。
由加とデュランダルが、どうやって戦うかを検討しているが、情報が少なすぎて、どうにも対処のしようがなかった。
ベルタとルサリィの帰りを待つほかない。
久しぶりの北方低層平原は、何となく懐かしかった。
この地は、白魔族に攻められるまでは、平和だった。ドラキュロの恐怖はあるが、北端付近なら年の半分はドラキュロが進出してくることはない。
年の半分は安全だった。
そして、現在の地は、日々の暮らしは快適だが、争いの種が非常に多い。生命の危険は常時ある。
斉木のドローンで、上空から車輌を探す。このドローンの航続距離は一〇キロで、飛行速度は時速七〇キロ、GPSの支援がないので自立飛行はできない。ドローンを視認できる範囲が、飛行範囲になる。
だから、なるべく高く上昇させて、広範囲を探索するように操縦していた。
しかし、このドローンはこういう使い方にはあまり適していないようだ。
それとも、俺たちの使い方が下手なのか……。
探索しては一キロほど移動し、移動しては探索を繰り返した。
車輌の密度は南部西側が圧倒的に高いが、東側には大型車輌が残されている可能性が高い。
この地にある大型車の数は少なく、探索する範囲は広大で、何日も大型車、小型車の区別なく一輌も見つからない。
探索期間は七日と決めていた。
手ぶらで帰るか、それとも何か見つけるか、ギャンブルに等しい。
博打に賭けなければならないほど、俺たちは追い詰められているとも言える。
だから、日の出から日没まで、精力的な探索を続けた。
俺たちはギャンブルに負けた。
何も発見できなかった。単に貴重な燃料を消費しただけだった。
小銃弾一発さえ見つけられなかった。
ベルタとルサリィは、黒魔族の情報を持ち帰った。
黒魔族は、直立二足歩行する霊長類であることは確からしい。オスの身長は一六〇センチ前後、身体能力に優れている。
ルサリィが黒魔族の絵画を描き写してきた。
顔の造作は、ヒトにも類人猿にも似ていない。だが特定のサルには似ている。全身に純白の短毛が密集している。
漆黒の鉄製甲冑を装着して、槍、剣、弓、投石機で武装している。密集隊形の歩兵戦が主で、翼のないドラゴンに跨がり騎兵のように抜刀突撃もする。
ドラゴンがいなければ、古代ローマの軍団と大差ない。
だが、北の伯爵の大部分を併呑して、戦車や砲、銃器を得た可能性が高い。
兵力は最大一〇万で、精鋭は最大三万。性別にかかわらず戦闘に参加し、幼体は戦闘に加われない老齢の個体が世話をする。
幼体や老齢の個体も軍勢とともに移動する。
由加とベルタは、黒魔族の兵力の多さに頭を抱えている。
我々はこの地を逃げ出す算段まで、考えなければならなかった。
鍛冶の村に、SKSカービンの銃身の修理を頼んだ。
鍛冶の村は、銃身内部を削り、ライフルを刻んだインナーを挿入して、銃身の口径をオリジナルに戻した。
その他、AK‐47の弾倉も納入された。
戦車砲と八一ミリ迫撃砲、そして野砲の砲弾は、補充できていない。
対空射撃ができない戦車砲や曲射照準しかできない迫撃砲では、対ドラゴン戦には不向きだと判断していたからなのだが、ドラゴンを倒しても黒魔族はどうすればいいのか、結論は出ていない。
対ドラゴンに有効だと考えていたNSV重機関銃用一二・七ミリNATO弾は、一〇〇〇発に満たない。射撃の練習はできないから、操作に習熟した由加とベルタの二人が扱うことになった。
NSV重機関銃は四挺あるが、二挺には自衛用に一〇〇発だけが割り当てられる。
車輌の多くは、片倉が掘削した半地下式のバンカーに隠す。
BTR‐80、OT‐64、XA‐180の水陸両用の三輌に多くが乗り込み、戦闘はスコーピオンとチャーフィー両軽戦車があたる。
もし、負け戦となったら、水陸両用車は川を下って精霊族の街に逃れる。
これが、ざっくりとした作戦で、これ以上の計画はなかった。
子供たちは、BTR‐80に乗り込む訓練を、何度も、何度も繰り返し、身体にたたき込んだ。
できることは少なく、その少ないできることさえ、満足にできていなかった。
鍛冶の村がドラゴンに襲われた。
全滅だと伝えられている。
これ以上の情報がなく、焦る。
川上の行ったことのない村がドラゴンに襲われた。
全滅したようだ。
ディジョンが襲われた。ドラゴンは街を焼き尽くし、二日間にわたって獲物を貪り喰った。
ドラゴンは頻繁に現れたが、その姿は一度も見ていない。
一見もしていないのだから、対処のしようがない。
子供たちも大人も、日々の訓練で緊張が高まっている。ドラゴン大好きのちーちゃんが、恐怖なのか緊張からなのか、泣きべそをかきながら、BTR‐80に乗り込む訓練をしている。
チュールが由加に「怖い」といった。ショウくんやユウナちゃんも怯えている。
だから、由加と片倉は、パーティを催すことにした。
賞味期限がとっくに切れている冷凍食品を使い切る、大パーティだ。
子供たちは、チーズインハンバーグやエビフライが大好きだ。
といっても、一度しか食べていない。ただ、子供たちは、ハンバーグ、オムレツ、イカリングフライ、エビフライ、コロッケ、春巻、メンチカツなど、とにかく美味しいと思ったらしい。
そこで、保存の限界にとうに過ぎている冷凍食品を、一斉放出することにしたのだ。
由加と片倉が計画し、能美が主導した。五〇人近い山荘の住人には、いささか不足ではあるが、冷凍食品が皿に盛られ、この世界で得た魚や肉も大皿に山盛りだ。
シカ肉のシチューもある。
北方低層平原にいた頃、チュールとマーニは初めてチーズインハンバーグを食べた。
初めての食べ物で、とても美味しかったらしい。
しばらくして、ちーちゃんとマーニ以下の年齢の子供たちが、最後のチーズインハンバーグを食べた。
チュールは少し悲しかった。それを感じた片倉が、チュール、ショウくん、ユウナの三人にエビフライを作った。
一人二尾。タルタルソース付き。
テュールは二尾とも食べてしまった。
それがマーニに対する罪悪感になっている。
テュールとマーニは、少ない食べ物を分け合って生き残ってきた。なのに、二尾とも食べてしまった。一尾はマーニに食べさせてあげるべきだったのに!
テュールの心は、日を追うごとに痛んでいった。しかし、マーニがいま、ご馳走を食べている。
分け合わなくてもいいくらいたくさんの食べ物があり、マーニがちーちゃんと笑いながら頬張っている。
トゥールがテュールにカニクリームコロッケを取ってくれた。
チュールはマーニに対する、やましさが急速に消えていった。そして、楽しかった。
トゥールがチュールに、「黒魔族をやっつけよう」といった。
チュールに異存はない。自分にできることもできないことも、何でもやってやる気持ちだ。
でも、由加とベルタは、「命令に従え!」と言う。決して、自分勝手なことはするなと言う。
テュールは感情と現実の狭間で、少し混乱している。しかし、由加とベルタを信じていた。
それは、誰もがそうであった。
そして、剣聖デュランダルもいるのだ。
剣聖でさえ、由加とベルタに従っている。
チュールが従えない理由など、欠片もない。
そして、ヴェンツェルの上空にドラゴンがやって来た。
AK‐47の軽機関銃バージョンであるRPKも保有している。
北方低層平原で〝カルロス〟から鹵獲したSKSカービンのうち二挺は、豊富なアフターマーケットのパーツを装着して見かけはいいのだが、使用過多で銃身がひどく摩耗していた。
由加とベルタの見立てでは、使い物にはならない。
しかし、七・六二×三九ミリ弾を使用する銃は、一挺でも多く欲しい。
小銃は銃身の交換ができないのだが、それを承知で銃身を修理する方法を求めていた。
製造したバイオ燃料の残りは少なく、金貨は無限にあるわけではない。北方低層平原で収拾した金貨・金塊と、この地域で得た金貨は、有効に使わないと我々の生命に関わる。
この地方の情報に詳しい創薬研究者のミランダは医療班に加わらず、ウルリカとともに会計班となって財貨の有効利用を担当した。
RPG‐7用の各種弾頭、七六・二ミリ戦車砲と七五ミリ榴弾砲の砲弾、八一ミリ迫撃砲の砲弾、そしてSKSカービン二挺の修理以外の財貨の使用は制限された。
例外は、黒魔族とドラゴンの正体を探る調査。
我々のキャンプから南に七〇キロに精霊族の街ギボンがある。
本来、精霊族の街に名はない。精霊族は、場所や個に対して名を付けない。場所は座標、個は番号で識別される。
ただ、ヒトには精霊族の何でも数字で識別する習慣は不便極まりなく、彼らの街の名などはヒト側で勝手に付けていた。
俺とちーちゃん、ルサリィとマルユッカの四人は、ドラム缶二本の暖房用燃料、灯油と近似の油製品をダブルキャブトラックの荷台に積んで、悪路を二日かけてギボンに着いた。
出発の直前になってマルユッカが同行したいと言い出し、ちーちゃんと一緒に後部座席に座っている。
ギボンの中心には、ドイツのノイシュバンシュタイン城にも勝るメルヘンな建物がある。これが行政府で、民家もおとぎ話に出てくるような可愛らしい家々だ。建造物は、我々の家屋の一・五倍の大きさがある。
精霊族は巨人ではないが、身長が高いので、家屋が大きくなったのだろう。
ギボンは、エスコー川の西岸にあり、三重の環濠に囲まれ、高さ一五メートルに達する城壁で守られている。
堅固な城塞都市で、城壁の外周は一五キロに達する。城外に民家はなく、全住民が城内に住む。
意外であったことは、精霊族だけでなく、ヒトと鬼神族も多く居住していることだ。
精霊族には宗教や信仰といった概念はなく、合理的というか、科学的というか、事物に対する探究心が旺盛で、結論が見いだせなくとも、超自然的なものに原因を求めたりはしない。
また、他の種族に対して寛容で、治安を乱さなければ、居住は許される。
成文法があり、法は厳格に適用される。情状酌量という概念はない。
ギボン城内は、ヒトの村や街よりも豊かだ。道幅は広く、歩道と車道の区別があり、城内では徐行が定められている。道路は舗装されている。
商店の物資は豊富で、物乞いを見ることはない。
ルサリィの指示で、ドラゴン調査の手がかりを求めて、ノイシュバンシュタイン城に向かう。
ちーちゃんは、城が近付くと興奮でおしゃべりが止まらない。マルユッカも似たような状態だ。
メルヘンな外見とは異なり、城、つまりギボンの街の中枢周辺は騒然としていた。
黒魔族の侵攻が近いからだ。
庁舎の入口には受付があり、ここで用向きを述べなければならない。
ルサリィが「戦いに備えて、ドラゴンについて調べに来た」と申告すると、案内係は「歴史調査所のほうが資料がある」と教えてくれ、印刷された道順の地図を渡された。
精霊族は、印刷技術を知っていると言うことだ。
歴史調査所は、ギボンの街の西端にある。敷地は広大で、本館までは列柱が並ぶ石畳を五〇〇メートル近く進む。
植栽が美しく、また、精霊族の巨大な像が庭園の中に屹立している。
古代ギリシャの趣と、一七世紀以降のヨーロッパの宮廷庭園とが融合したような、不思議な光景だ。
本館の車寄せにダブルキャブトラックを止め、俺とルサリィが受付に向かう。
ルサリィが受付の女性に「ドラゴンについて知りたいので、資料があれば見せて欲しい」と用向きを伝えると、女性は「お待ちを」と言って、館の奥に消えた。
女性が戻ってきたのは一〇分以上経過してからだった。
女性は、若い男と白い顎髭を蓄えた初老と思われる男を伴っている。精霊族も高齢になると、白髪になるのか?
初老の男がルサリィに何かを言う。
ルサリィが通訳してくれる。
「たくさんあるそうだけど、何を見たいのかって?」
俺はものは試しに「ドラゴンの骨が見たい、と伝えてくれ」とルサリィに頼む。
若い男が何かを言う。
ルサリィが「中型ドラゴンの全身の骨があるそうだけど、禁忌で見せることはできないって」と通訳する。
通訳が終わらぬうちに、若い男が何かを告げる。
ルサリィが「禁忌は慣習なので、法的に見せることができないのではないって」と言うので、俺が「何を寄付すればいいのか聞いて、金なら少しあると」
ルサリィが「金はいらないって」と通訳すると同時に、若い男が何かを言う。
「川の北の民は、種から燃料を作ると伝え聞くけど、貴方たちがそうかって」
ルサリィは俺の返答を待たずに「そうだ」と伝え、「暖房用燃料一樽でどうか」と付け加えた。
若い男と髭の老人は、顔の表情をまったく変えずに早口で会話している。しかし、喜んでいることは確かだ。
ルサリィが若い男を案内して、我々のクルマに向かう。ルサリィと入れ違いにやって来たちーちゃんは俺と一緒に、老人の案内でドラゴンの骨を見に行った。
俺は、運がよければ頭骨、まぁ、出所が判然としない骨一本が関の山と考えていた。
だが、眼前にあるものは、そんな予断を完全に裏切っていた。
二〇〇年以上前、精霊族の戦士が中央高地の街に攻め入った黒魔族のドラゴンを、巨大な矢で射とめたものだ。
このドラゴンの骨を得た場所、年月日、関わった人物と状況などすべてが明確だった。
ただ、場所名と人物名はすべて数字で、英雄譚としても、歴史書としても、ヒトに感動を与えるものではないのだが……。
俺たちが見ているものは、完璧に組み立てられたドラゴンの骨格標本だ。翼を広げ、天井から吊されている。博物館の恐竜の骨格標本を彷彿とさせる。
見上げる高さではなく、頭骨の位置は俺の目の高さの位置にある。ヒトよりも背の高い精霊族ならば、ちょうどドラゴンの背を見下ろす高さだ。
頭骨は、翼竜とは明確に異なっている。翼竜は中生代三畳紀末に現れ、脊椎動物として最初に飛翔した生物となったが、白亜紀末の恐竜絶滅時にともに滅んだとされる。
翼竜は恐竜の一種ではなく、恐竜とは異なる爬虫類だ。ただ、恐竜と同じ主竜類に属している。
主竜類には、クルロタルシ類、翼竜類、恐竜類が含まれる。クルロタルシ類には、偽鰐類、植竜類、ワニ類が含まれる。恐竜類には、鳥類が含まれる。
恐竜と鳥は、生物の分類上ほぼ同じ生物だ。恐竜と鳥の境界は曖昧で、鳥は中生代ジュラ紀に出現し、白亜紀に入ると多様化する。そして、白亜紀末の大量絶滅を生き延びた、恐竜類唯一の生き残りだ。
翼竜と鳥には直接的な関係はないが、同じ主竜類に属するので無関係ともいえない。
翼竜の頭骨は、幅が狭く、縦方向に扁平だ。鳥ともコウモリとも、恐竜とも違う。
俺が見ている動物の骨格標本の頭骨は、鳥でも、コウモリでもなく、恐竜とも違う。
一番近いのは、ワニかもしれない。
翼の骨格はコウモリに似ている。小指と薬指が長く伸び、それが翼を構成する骨となっている。翼竜は一本の骨、飛行機の翼で言えば主桁だが、で翼を支えているが、翼は骨と胴体間に張られた皮膜によって形成されている。皮膜を横方向に支える骨はない。翼の全長となる長い一本の骨と、その骨と胴体間に展張される皮膜で翼を構成する。
ドラゴンの翼の骨格は翼竜とは明確に異なり、コウモリと類似している。翼の横方向に二本の指の骨が伸びた骨がある。
そして、頭骨はワニに似ている。
標本の翼は展張されていて、翼幅は七メートルに達する。長い尾があり、しっかりした骨盤、地上の歩行に適した脚を持つ。だが、骨盤の形状は恐竜とは異なる。
俺は頭の中で、一番近い動物を探した。だが、思いつかない。
ちーちゃんが唐突に、「ワイバーンって知ってる?」といった。
ワイバーン!
確かにイギリスの紋章に描かれるドラゴンの一種であるワイバーンに似ている。
俺はちーちゃんを見た。
「ワイバーンに似ているね」
「だよね」と言って、ちーちゃんが微笑む。
そして、「攻めてきたら、やっつけられるよね」と尋ねた。
「必ず、やっつけるよ」と答える。
しかし、どのくらいの速度で飛び、噴き出す火炎の射程もわからない。
不安はつきない。
俺は、この生物の正体を突き止めなくてはならない。イギリスの伝説上のドラゴン〝ワイバーン〟を見つけた、とは言えない。
詳細に骨格を観察する。
後肢には五本の指がある。恐竜やトリは三本だ。垂直に延びる後肢の骨格は恐竜に似ているが、指は五本。
根拠は薄弱だが、初期のクルロタルシ類に似ている。オルニトスクスやシロスクスに似ているように感じる。
どちらも分類上はワニの近縁種だが、形態は二足歩行の小型恐竜に似た爬虫類だ。
俺はあれこれと考えたが、このドラゴンは恐竜ではないし、コウモリでもない。もちろん鳥じゃない。
とりあえず、飛翔するワニの近縁種、だとすることにした。
生きたドラゴンの実物を見て、どうするか考えよう。
どちらにしても、体長一〇メートル、翼長一五メートルの巨大生物であっても、一二・七ミリ弾ならば殺せる。ゾウだって殺せるのだから、ドラゴンだって殺せるはずだ。
七・六二ミリ弾でも傷つけられる。一発では殺せなくても、数発撃ち込めば殺せるはずだ。
だが、このドラゴンを射とめたという、精霊族の勇者が放った矢は巨大だ。
実物が展示されている。
全長五メートルの鋼鉄製で、鏃には返しがない。矢だけが残っていたが、矢とともに展示されているパネルに描かれた発射機は弓ではなく弩だった。
据え置き式の対空射撃用巨大弩で、射たのだ。
射界に入ったこと、射程内に入ったこと、どちらも偶然であったのだろう。
この戦いを描いた絵画が掛けられている。その絵では、この矢が四本刺さっている。
精霊族は誇張や脚色はしないようだ。しないと言うより、できないらしい。
だとするならば、四本撃ち込んでようやく死んだ。しかも、絵画では矢は貫通していない。ドラゴンまでの距離が遠かったのか、それとも弩の威力が低かったのか、あるいはドラゴンの皮膚が硬いのか?
その三つか?
気付くと、ちーちゃんが案内をしてくれた初老の男と何かを話している。
ちーちゃんはこの世界の言葉ではなく、日本語で何かを言っていて、初老の男はちーちゃんの話を一生懸命聞いている。
荷卸しを終えたルサリィとマルユッカが、ドラゴンの骨格標本を見ている。
二人とも呆然としていて、マルユッカは泣いているようだ。
ルサリィがちーちゃんと初老の男の会話に加わる。
俺は、三人に近付いた。
ルサリィは初老の男にかなり長い質問をして、そして長い回答を聞いていた。
「あの矢で射たんだって。
ドラゴンの皮膚は硬くて、長槍や普通の弓ではまったく傷つけられなくて、あの大弩の矢だけが皮膚を通したそうよ。
でも、街はすべて燃えてしまい、何千もの精霊族が死んだ……」
歴史調査所を出て、街の宿泊施設に向かった。精霊族向けの施設だが、ヒトや鬼神族も利用できる。
ちーちゃん、ルサリィ、マルユッカの三人は施設内に泊まり、俺はクルマの中で寝た。
翌早朝、ギボンの街を発ち、二日かけてキャンプに戻った。
俺は全体会議において、ドラゴンの正体は恐竜繁栄以前の脊椎動物で、偽鰐類に近い爬虫類の一種だと伝えた。
我々がよく知っている動物では、ワニがもっとも近いが、姿は恐竜に似ている。
翼竜とはだいぶ違っていて、痩せたティラノサウルスの前肢がコウモリの翼になっているような姿だと説明した。
そして、皮膚は相当な堅さと厚さがあり、精霊族の放つ弓や投げ槍では皮膚を貫けないと知らせた。
そして、俺は聞き忘れたが、ルサリィがしっかりと確認してきたことがある。
ドラゴンの数だ。
歴史調査所の初老の男の言では、知られている限りにおいて、もっとも多くのドラゴンが戦いに投入されたのは、五頭だった。
ドラゴン一頭は、一万の兵に匹敵するそうだ。
ドラゴン一頭で、精霊族の四つの街が壊滅したこともある。
ドラゴンは黒魔族の呪術師が戦場の近くで操り、ドラゴンの視覚、聴覚、臭覚、触覚を感じ、ドラゴンが死ねば呪術師も死ぬ。
ドラゴンは人を喰うが、その味覚も呪術師に伝わる。戦いが終わる頃には、ドラゴンの操作をやめても、同族から離れて彷徨い、人を襲って喰うようになるそうだ。
誰かが「ドラキュロ……」といった。
しかし、黒魔族の呪術師とドラキュロは無関係らしい。
ドラキュロは、精霊族の調べでは精霊族や鬼神族よりも古い動物だという。黒魔族も古いが、黒魔族とドラキュロの骨格、特に頭骨はかなり違う、とルサリィが聞き調べしてきた。
ルサリィは俺の足りない部分を、よく補ってくれた。
ヒトは、黒魔族とドラゴンをほとんど知らない。
一応恐れてはいるが、農民も商人も軍人も高を括っている。北の伯爵よりも恐れてはいない。
黒魔族の装備や戦術など、もっと調べる必要がある。
それは、俺よりも由加やベルタのほうが適任だ。ベルタがルサリィとともに、再度ギボンに向かうことになった。
俺は、金吾、金沢、デュランダルとともに、この事態に少しでも有効な機材・物資を探すために北方低層平原を目指す。
ドラキュロが跋扈する南部東側を探索するために、また有効な車輌を発見した場合に牽引できるようにチャーフィー軽戦車で向かうことにした。
この改造戦車の砲塔には三人、車体には一人が乗れる。
燃料、爆薬、弾薬など、短い期間で整備・配備しなければならない。
やるべきことは多く、残された時間は少ない。
由加とデュランダルが、どうやって戦うかを検討しているが、情報が少なすぎて、どうにも対処のしようがなかった。
ベルタとルサリィの帰りを待つほかない。
久しぶりの北方低層平原は、何となく懐かしかった。
この地は、白魔族に攻められるまでは、平和だった。ドラキュロの恐怖はあるが、北端付近なら年の半分はドラキュロが進出してくることはない。
年の半分は安全だった。
そして、現在の地は、日々の暮らしは快適だが、争いの種が非常に多い。生命の危険は常時ある。
斉木のドローンで、上空から車輌を探す。このドローンの航続距離は一〇キロで、飛行速度は時速七〇キロ、GPSの支援がないので自立飛行はできない。ドローンを視認できる範囲が、飛行範囲になる。
だから、なるべく高く上昇させて、広範囲を探索するように操縦していた。
しかし、このドローンはこういう使い方にはあまり適していないようだ。
それとも、俺たちの使い方が下手なのか……。
探索しては一キロほど移動し、移動しては探索を繰り返した。
車輌の密度は南部西側が圧倒的に高いが、東側には大型車輌が残されている可能性が高い。
この地にある大型車の数は少なく、探索する範囲は広大で、何日も大型車、小型車の区別なく一輌も見つからない。
探索期間は七日と決めていた。
手ぶらで帰るか、それとも何か見つけるか、ギャンブルに等しい。
博打に賭けなければならないほど、俺たちは追い詰められているとも言える。
だから、日の出から日没まで、精力的な探索を続けた。
俺たちはギャンブルに負けた。
何も発見できなかった。単に貴重な燃料を消費しただけだった。
小銃弾一発さえ見つけられなかった。
ベルタとルサリィは、黒魔族の情報を持ち帰った。
黒魔族は、直立二足歩行する霊長類であることは確からしい。オスの身長は一六〇センチ前後、身体能力に優れている。
ルサリィが黒魔族の絵画を描き写してきた。
顔の造作は、ヒトにも類人猿にも似ていない。だが特定のサルには似ている。全身に純白の短毛が密集している。
漆黒の鉄製甲冑を装着して、槍、剣、弓、投石機で武装している。密集隊形の歩兵戦が主で、翼のないドラゴンに跨がり騎兵のように抜刀突撃もする。
ドラゴンがいなければ、古代ローマの軍団と大差ない。
だが、北の伯爵の大部分を併呑して、戦車や砲、銃器を得た可能性が高い。
兵力は最大一〇万で、精鋭は最大三万。性別にかかわらず戦闘に参加し、幼体は戦闘に加われない老齢の個体が世話をする。
幼体や老齢の個体も軍勢とともに移動する。
由加とベルタは、黒魔族の兵力の多さに頭を抱えている。
我々はこの地を逃げ出す算段まで、考えなければならなかった。
鍛冶の村に、SKSカービンの銃身の修理を頼んだ。
鍛冶の村は、銃身内部を削り、ライフルを刻んだインナーを挿入して、銃身の口径をオリジナルに戻した。
その他、AK‐47の弾倉も納入された。
戦車砲と八一ミリ迫撃砲、そして野砲の砲弾は、補充できていない。
対空射撃ができない戦車砲や曲射照準しかできない迫撃砲では、対ドラゴン戦には不向きだと判断していたからなのだが、ドラゴンを倒しても黒魔族はどうすればいいのか、結論は出ていない。
対ドラゴンに有効だと考えていたNSV重機関銃用一二・七ミリNATO弾は、一〇〇〇発に満たない。射撃の練習はできないから、操作に習熟した由加とベルタの二人が扱うことになった。
NSV重機関銃は四挺あるが、二挺には自衛用に一〇〇発だけが割り当てられる。
車輌の多くは、片倉が掘削した半地下式のバンカーに隠す。
BTR‐80、OT‐64、XA‐180の水陸両用の三輌に多くが乗り込み、戦闘はスコーピオンとチャーフィー両軽戦車があたる。
もし、負け戦となったら、水陸両用車は川を下って精霊族の街に逃れる。
これが、ざっくりとした作戦で、これ以上の計画はなかった。
子供たちは、BTR‐80に乗り込む訓練を、何度も、何度も繰り返し、身体にたたき込んだ。
できることは少なく、その少ないできることさえ、満足にできていなかった。
鍛冶の村がドラゴンに襲われた。
全滅だと伝えられている。
これ以上の情報がなく、焦る。
川上の行ったことのない村がドラゴンに襲われた。
全滅したようだ。
ディジョンが襲われた。ドラゴンは街を焼き尽くし、二日間にわたって獲物を貪り喰った。
ドラゴンは頻繁に現れたが、その姿は一度も見ていない。
一見もしていないのだから、対処のしようがない。
子供たちも大人も、日々の訓練で緊張が高まっている。ドラゴン大好きのちーちゃんが、恐怖なのか緊張からなのか、泣きべそをかきながら、BTR‐80に乗り込む訓練をしている。
チュールが由加に「怖い」といった。ショウくんやユウナちゃんも怯えている。
だから、由加と片倉は、パーティを催すことにした。
賞味期限がとっくに切れている冷凍食品を使い切る、大パーティだ。
子供たちは、チーズインハンバーグやエビフライが大好きだ。
といっても、一度しか食べていない。ただ、子供たちは、ハンバーグ、オムレツ、イカリングフライ、エビフライ、コロッケ、春巻、メンチカツなど、とにかく美味しいと思ったらしい。
そこで、保存の限界にとうに過ぎている冷凍食品を、一斉放出することにしたのだ。
由加と片倉が計画し、能美が主導した。五〇人近い山荘の住人には、いささか不足ではあるが、冷凍食品が皿に盛られ、この世界で得た魚や肉も大皿に山盛りだ。
シカ肉のシチューもある。
北方低層平原にいた頃、チュールとマーニは初めてチーズインハンバーグを食べた。
初めての食べ物で、とても美味しかったらしい。
しばらくして、ちーちゃんとマーニ以下の年齢の子供たちが、最後のチーズインハンバーグを食べた。
チュールは少し悲しかった。それを感じた片倉が、チュール、ショウくん、ユウナの三人にエビフライを作った。
一人二尾。タルタルソース付き。
テュールは二尾とも食べてしまった。
それがマーニに対する罪悪感になっている。
テュールとマーニは、少ない食べ物を分け合って生き残ってきた。なのに、二尾とも食べてしまった。一尾はマーニに食べさせてあげるべきだったのに!
テュールの心は、日を追うごとに痛んでいった。しかし、マーニがいま、ご馳走を食べている。
分け合わなくてもいいくらいたくさんの食べ物があり、マーニがちーちゃんと笑いながら頬張っている。
トゥールがテュールにカニクリームコロッケを取ってくれた。
チュールはマーニに対する、やましさが急速に消えていった。そして、楽しかった。
トゥールがチュールに、「黒魔族をやっつけよう」といった。
チュールに異存はない。自分にできることもできないことも、何でもやってやる気持ちだ。
でも、由加とベルタは、「命令に従え!」と言う。決して、自分勝手なことはするなと言う。
テュールは感情と現実の狭間で、少し混乱している。しかし、由加とベルタを信じていた。
それは、誰もがそうであった。
そして、剣聖デュランダルもいるのだ。
剣聖でさえ、由加とベルタに従っている。
チュールが従えない理由など、欠片もない。
そして、ヴェンツェルの上空にドラゴンがやって来た。
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