200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第6章

06-166 コーカレイ造船所

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 土井将馬は、ヴルマン・ゲマール領領主ベアーテと朝食を共にしている。
「ドイは、航空機の開発者だとミエリキから聞いた。
 そうなのか?」
 土井が朝から呼び出された理由は、昨日の香野木恵一郎が行った議会証言に関することだと考えていた。
「えぇ、各務原の航空機メーカーに勤めていました」
「その会社では、あのプロペラのない輸送機を作っていたのか?」
「C-1は、旧式なんです。
 製造は新型のC-2に移っていました」
「あれが、旧式?
 ならば、無人の飛行機を作れるか?」
「ドローンですか?」
「ドローンというのか?」
「えぇ、どの程度の性能を求めるか、で難易度は違いますが、機体そのものは作れます。
 位置情報の検出は難しいですが、自立飛行である程度は誘導できるでしょう。
 専門ではないですが……」
「手長族の本拠地に一撃を加えたい。
 手長族は我らの住地を攻撃して、多くのヒトを殺し、苦しめている。
 だが、我らは手長族の故郷に指一本触れていない。
 不公平だ」
「飛行爆弾を作れ、と」
「海岸から250キロ、そこから発射して、手長族の軍事施設を攻撃する。
 それが可能な飛行爆弾は作れるか?」
「大西洋は手長族の手中にありますよ。
 どうやって、海岸まで近付くんです」
「海の中を潜って」
「潜水艦を持っているのですか……?」
「ジブラルタルの潜水艦をモデルに、飛行爆弾を運べる基準排水量2200トン級潜水艦を建造している。
 我らの牙が、手長族の喉に届くことがわかれば、迂闊なことはしなくなる。
 手長族はごく一部の指導者が、群全体を率いている。ハンダがそう言っていた。
 その指導者はシャーマンのような存在で、ヒトを“駆除”する司令はそのシャーマンから発せられた。
 手長族のすべての群に対して、すべての個体に同報的に指令が届くらしい。
 ハンダがそう言っていた……」
「半田さんは……」
「すべてのヒトを束ねる偉大な指導者だった。
 指導者らしからぬ、神格性はおろか、威厳さえない男だった。
 軽い、と言うか……。
 尊敬できないわけではないが、忠誠を誓う気にはなれない。
 ヒトとして欠陥があるわけではないが、特段の能力や才能があるわけではない。
 いや、ヒトとして、欠陥だらけだった。
 だが、勇敢だった、と言いたいが……。
 そうでもない。
 国や街、部族にかかわらず敬愛されていた、と言いたいが、ハンダを知っているヒトは少ない。
 ある種のフィクサーだったのだろう」
「香野木さんの最後の言葉、どう思います?」
「狂信者は臆病者、のことか?」
「えぇ」
「香野木という男は愚かだ。
 これで、彼は優生思想者に生命を狙われることになる」
「それが狙いでしょう」
「……、どういうことだ?」
「香野木さんは、自分を襲わせるつもりなんですよ」
「何だって!
 やはり、愚かなのか?」
「優柔不断なヒトですけど……。
 臨機応変な判断ができ、冷酷非情な決断もできるんですよ。
 必要とあれば、残虐非道なこともするヒトです」
「何をするつもりなんだ?」
「わかりません。
 そういうヒトです」
「信じているのだな」
「う~ん。
 彼を信じているのではなく、彼の判断を信じているんですよ」
「で、無人の飛行爆弾は作れるのか?」
「私はね。
 ですが、作るかどうか判断するのは香野木さんです」

 コーカレイのロワール川南岸は、最近までフルギアの領域だった。現在は、コーカレイの自領だ。北岸はヴルマン領で、コーカレイが賃借している。ここには、全長200メートルに達する大型船を建造できる乾ドッグがある。
 大型貨物船用の造船所だが、現在は全長110メートルの航洋型潜水艦を建造している。この潜水艦には艦橋の前に水密格納塔があり、ここから無人機をカタパルトで発射できる。
 ベアーテは土井将馬とともに、乾ドックの縁に立ち建造中の潜水艦を見下ろしている。「まもなく進水できる。
 艤装に3カ月、乗員の訓練に3カ月、6カ月後には任務に就ける。
 それまでに、飛行爆弾を完成させて欲しい」
「香野木さんに話します。
 作る、作らないは、香野木さんが判断します」
「貴殿には、自己の意思がないのか?」
「ありますよ。
 でも厄介ごとは、香野木さんに丸投げすると決めているんです。
 これも私の意思」
「それでも男か?」
「一応ね。
 そんなベタな挑発には乗りませんよ」

 翌日、香野木恵一郎、土井将馬、井澤貞之の3人は、C-1輸送機の機内にいた。盗聴や盗み聞きを避けて、機内でミーティングをしていた。
「香野木さん、あれはまずいですよ」
「土井さんの意見に大賛成。
 何で、挑発するの?」
「ノイリンを何とかしないと、オークとは戦えない、って思うんだけど。
 200万年後は、いくつかの小国、古代イングランドの七王国みたいな……。
 これは江戸期の幕藩体制やインドの藩王国とも違う。
 古代の都市国家に近いかもしれない。
 ヒトは歴史をやり直しているんだ」
「だが、同じ歴史にはならない……」
「井澤さんの言う通りだ。
 だから、改めるべきは早めに改めたほうがいい。
 来栖先生に来てもらおう。
 先生なら上手く説明してくれる」
「そうとは言えないですよ、香野木さん。
 来栖先生は、強烈なことを平気で言いますから……」
「香野木さん、私も土井さんの意見に賛成。
 でも、その強烈さが、波紋を引き起こす。
 波紋は必要だよ」

 バンジェル島は、T-1練習機の譲渡を申し入れ、ベルーガ側はバンジェル島飛行場の永久無償使用を条件に応じていた。
 それには、滑走路や駐機場の使用権だけでなく、専用格納庫の提供と整備用設備の優先使用も含まれている。
 井澤加奈子はT-4練習機の整備を終えていた。彼女は各務原で1年間、飛行訓練を積んでおり、機体とエンジンの整備も学んでいた。
 整備技術は飛行訓練ほど進んではいないが、一定の水準にはあった。
 ララはT-4練習機に魅せられており、里崎杏船長の許可を得て、数回の飛行訓練を受けている。
 ベルーガのクルーは、この世界に同化することを最大の命題にしていた。そのために、200万年後の社会との積極的な交流を行っている。

 来栖早希のノイリンへの招請は、急を要した。ギガスとの関係をどう考えるのか、情緒ではなく論理で答えを導かなくてはならない。そのためには、来栖2等陸佐の知見が必要なのだ。
 来栖を迎えに行くため、土井がC-1でバンジェル島に戻ることになったが、ミエリキが副操縦士を志願し、それを断るとヴルマン政府から“丁寧なお願い”が申し入れられた。
 断ることもできたが、その後の“厄介”が容易に想像できるので、受け入れた。ヴルマン政府からは、多額の資金提供もあった。
 香野木恵一郎と井澤貞之は、この資金でノイリンにとどまれるので、この申し出はベルーガ側にも利はあった。
 ……が、とんでもないことが起こる。
 C-1がバンジェル島に戻る、と噂になると、便乗希望者が空港に殺到する。さらに、大量の貨物。
 便乗希望者は120人を超え、集まった貨物は15トンに達した。
 当然、乗せられないし、積めない。
 それに、武器を持ったヒトなど乗せたくないし、得体の知れない貨物なんて積みたくない。
 土井がたどたどしい言葉で、一生懸命に説明して、どうにか積載の上限を納得してもらう。
 飛行場長の裁定で、ヒトと手荷物だけとなり、くじ引きで70人が決まる。
 ミエリキが飛行場長と交渉し、運賃のうち、飛行場の取り分が10パーセント、ミエリキの交渉手数料が5パーセント、残り85パーセントが香野木たちの手元に残る。
 井澤が「1回飛べば、埼玉の外れなら戸建てが買えるぞ」と喜ぶほどの、大金になった。
 ミエリキが受け取る交渉手数料は、彼女の懐に入るのではなく、ヴルマン航空輸送会社の口座に入金される。
 この頃から、土井将馬はミエリキに対して明確な好感を持ち始める。

 クマンでは、来栖早希が15歳以下の子供たちのにわか教師になっていた。
 また、看護師である夏見智子が子供の怪我の化膿を治療したことから、医師がいるとの噂が広まった。
 お屋敷に治療を求めるヒトが集まり始めるが、臨床医ではないが医学博士である来栖は、それを嫌って子供たちの中に逃げ込んだ。
 怪我人や病人の相手は、夏見看護師が専従で行い、来栖医官は知らんぷりを決め込んだ。

 彼女は、算数と理科の教師に化けた。
 子供たちは来栖が好きだが、彼女を何と呼べばいいのかわからなかった。
 先生、博士、ドクター、医官、2佐、と肩書きはいろいろ。
 結局、差し障りなく“先生”と呼んでいるが、先生っぽくない。子供の目線で接するからだ。
 来栖がノイリンに向かう前日、高梨由衣が“教室”である質問をした。
「先生、子供は父親と母親の両方の遺伝子を受け継ぐのでしょ。
 私も父親と母親の遺伝子を受け継いでいるの?」
「そうよ」
 彼女がなぜ、地下鉄の駅構内に1人でいたのか、それは香野木恵一郎と花山真弓は知らない。
「それが、どうしても嫌な場合はどうしたらいいの?」
「簡単よ。
 ヒトに限らず、生物は遺伝子だけで何もかもが決定するわけではないの。
 確かに生命体としては、遺伝子が設計図になっている。だけど、突然変異は常にあるわけ。
 突然変異って、まぁ、コピーミスみたいなものだけど、その変異が現在の環境で有効でなければ潜在するし、何世代か後に必要になれば顕在化するわけ。
 それが重なれば進化になる。
 確かに雌雄の遺伝子を継承するけど、それはデッドコピーじゃないってこと。
 由衣は由衣。
 唯一無二の存在」
「でも、先生、父親と母親の悪いところを受け継ぐんでしょ?」
「遺伝子には、善し悪しはないの。
 例えば、遺伝子で性格が悪くはならない。
 意地悪なヒトは遺伝でなるんじゃないの。
 ヒトの心身の形成は、遺伝要因と環境要因が重要。例えば、太りやすい遺伝子、特定の病気になりやすい遺伝子は確かに存在するけど、悪人になる遺伝子は特定されていないの。
 善人や悪人になるのは、ほぼ100パーセント環境要因だと思う。
 由衣は、本当のお父さんとお母さんが嫌いなの?」
「うん」
「でも、あなたが受け継いだ遺伝子は、お父さんとお母さんが最初じゃない。
 何万年、何十万年という年月を経て、受け継がれたものなの。
 その間には、悪人も善人もいたと思う。
 でも、それが何なの。
 由衣がいいヒトならそれでいいの。
 遺伝子は種の中で固定化されていないの。常に変化しているわけ。
 個体は常にオリジナル。誰かのコピーじゃない。
 由衣は由衣。
 由衣は唯一無二のオリジナル」
「でも……」
 来栖は高梨由衣の言葉を遮った。
「由衣のいまのパパとママは、香野木さんと花山さんでしょ。
 ならば、2人が作る環境要因が由衣の人格を形成しているの。
 そもそも、ヒトの遺伝子を遡っていけば、誰もがどこかで重なるわけ。
 大した意味はないのよ」
「でも、先生、私、本当のパパとママは嫌いなの」
「あら偶然。
 私も嫌い!
 家族がみんな医者だからって、無理矢理医学部に入れられて、本当にイヤ!
 嫌いと言えば、香野木さんのこと嫌い!
 私に何をさせるつもりなのぉ~」
 花山健昭と花山千夏が元気よく手を上げる。
「私たちは大好きだよ!」
 2人のかわいい反論に誰も笑わなかった。
 お屋敷からまた1人、大人がいなくなることに、子供たちは不安を感じていた。

 C-1には、来栖早希医官のほか、造船技術者である長宗元親も乗ることになった。C-1はノイリンに直行するが、その後、コーカレイに向かう。長宗はコーカレイの造船所を視察する予定になっている。

 来栖早希は、専門である分子生物学についての議会証言は気にしていなかった。だが、彼女の専門外のことも関係していることはよく理解している。
 特に古生物学や古気象学、気候変動については、ウィキペディアに書かれていること以上は知らない。それでも、彼女の専門と関連付けて、説明する必要があることは十分に理解している。
 それだけに、気が重いのだ。

 傍聴席にいた能美真希は、2度と会うはずのない人物を見詰めていた。
「早希ちゃん……。
 生きていたんだ……」
 駆け寄りたかったが、驚きで足が動かなかった。鼓動が速くなり、血圧の上昇も感じる。
 高名な胸部外科医であった父親と対立し、医師にならなかった歳の離れた妹が近くにいる。女性にしては太い二の腕。引き締まった体躯。
 日本人女性にしては高い身長と相まって、彼女が着る迷彩の“軍服”が似合っている。弾帯を外しているが、それでも腰の引き締まりがよくわかる。
 200万年前からやって来た“軍医”が議会証言すると聞き、興味本位で傍聴することにしたのだが、能美真希は自身の判断に運命を感じていた。

 議長が開会を宣する。
「では、公聴会を始めましょう。
 本日の証言者は、最近200万年前からやって来た軍医中佐です。
 クルス・サキさん、お願いします」
「来栖早希です。
 私の専門は化石人類の遺伝子調査です。
 軍医と紹介されましたが、医師ではなく分子生物学者です。
 今日は、手長族の正体について話すよう要請されています。
 最初に、申し上げておかなければならないことがあります。手長族、セロについては、わからないことが多くあります。
 調査は現在も進行中です」
 議長が頷き、来栖早希が証言を始める。
「私たちはオークを追って時を渡り、赤道よりも南の東太平洋に出ました。
 ヒトの住地を求めて北上し、太平洋上で手長族と遭遇。交戦しました。
 手長族の遺伝子サンプルは、そのときに取得しました。
 はっきりしていることは、手長族はヒト上科の動物ですが、ヒトからはかなり遠いです。
 200万年前、ヒト科動物ではヒトから最も遠いオランウータンという種がいましたが、さらに遠いと推測しています。
 200万年前、ヒト上科にはテナガザル科とヒト科がありましたが、手長族はどちらにも属さないでしょう。
 さらに古い時代にいたドリオピテクス科から進化したのではないかと個人的には推測しています。ただ、明確な根拠があるわけではありません。
 ヒトと分岐した時代ですが、現在からだと1600万年から1800万年前頃でしょう」
 議長が尋ねる。
「ヒトからは遠いのですか?」
「はい。ヒトではありません。遡れば、ヒトと祖先を同じにしますが、ヒトとは異なる生物です」
 議場がざわつく。
「クルスさん、手長族はヒトによく似ていますよ」
「議長、単純な収斂進化でしょう。環境と生態が似ていれば、身体の特徴は類似します。
 イルカは哺乳類ですが、魚に似ていることと同じ理由です」
「でもね、クルスさん。
 手長族とは意思の交換ができるのですよ」
「議長、ヒトとイヌも心が通いますよ」
「う~ん、クルスさん。
 ヒトとは似ていない黒魔族とだって、講和がなるかもしれないのです。
 手長族とは……」
「議長、黒魔族はヒト科の動物です。
 ヒトとは見かけほど遠縁ではありません」
「では、クルスさん、白魔族は?」
「議長、残念ですが黒魔族よりも白魔族ほうが生物としてはヒトに近いです」
「どのくらい……」
「ヒト科ヒト属ではありませんが、分子生物学的にはヒト亜族には分類できます。
 いわゆる猿人の時代にヒトから別れたのでしょう。
 どの時代を基準にするか、それで変わりますが、基本的には現在を基準にしてはいけないと思います。
 時渡りをした、ヒト、白魔族、黒魔族は、200万年の進化を経験していません。
 ヒトと白魔族は200万年前を基準にすれば、200万年から400万年前に種を別ったのだと……。
 平たく言えば、血縁の近い親戚です」
「ショックですね。血のつながりの近いものが残酷とは……。
 答えのない愚問なのでしょうが……。
 ヒトと手長族では、どちらが生物として優秀なんでしょう?」
「議長、生き残ったほうが、結果として優秀だったことになります。
 確かに、ヒトと手長族には、200万年の進化にかかわる時間が違います。
 手長族は、200万年前の大消滅後、おそらく爆発的な適応放散が始まった生物において、食物連鎖の頂点に位置する動物界の覇者として進化したものでしょう。
 ですが、生息地域が北アメリカのメキシコ海、ケイマン海、カリブ海の沿岸部だけのようですから、全世界的規模で繁栄したヒトとは比較できません」
「クルスさん、話題を変えていいですか?」
「どうぞ、議長」
「新生代第四紀完新世は、終わったのでしょうか?
 つまり、生物の大量絶滅は終わったのでしょうか?」
「議長、それはわかりません。
 ですが、新生代第四紀完新世に始まる生物の大量絶滅は、ヒトと関係があります。
 恐竜が滅びた中生代白亜紀末の地球史上5回目の大量絶滅では、すべての生物種の70パーセントが絶滅しています。
 個体数では99パーセントが死滅したとされています。
 恐竜やアンモナイトの絶滅が有名ですが、植物やプランクトンなども多くが絶滅しています。
 北アメリカ西部で発生したマントルが地表に噴き出すスーパープルームは、200万年前に棲息していた多くの生物種を絶滅させたでしょう。
 ですが、スーパープルームは、ヒトが要因の大量絶滅の結果を早めただけです。
 さらに、オークによる地球への攻撃、大消滅がとどめを刺しました。
 中生代白亜期末の大絶滅に匹敵する速度で、この大絶滅を上回る種と個体を死滅させました。
 この後に、待っているのは、急速な生物の適応放散です。
 つまり、大進化。
 すでに新生代第四紀完新世の絶滅は終わり、新しい生態系の時代に突入しているのかもしれません。ですが、そうでないかもしれない。
 事実はわかりません。
 ここからは私見ですが……。新生代第四紀完新世は、終わっています」
「では、我らヒトはこの世界で生きていけるのですね?」
「議長、そうとは断言できません。
 ですが、我々は過去からの外来生物です。
 外来生物は在来生物を駆逐しながら、しぶとく生き残るものです」
「クルスさん、ありがとう。
 ホッとしたよ。
 サイキは悪いことしか言わないから……」
 議場がドッと沸いた。

 来栖早希は議場から出ると、背後から声をかけられた。
「早希ちゃん……」
 彼女は振り返るが、誰だかわからない。中肉中背の女性で、若々しい雰囲気だが相応の年齢に感じる。
「早希ちゃん、真希よ」
「お姉ちゃん?」
「そう、あなたの姉」
 来栖早希にとっての姉は、父親の言葉に唯々諾々と従う自己表現のない人格だった。結婚まで、父親が勧めた相手とした。
 派手な結婚式だったが、新婦と新郎の間に愛情がないことは、それとなくわかった。
 来栖早希は、そんな姉が好きではなかった。望んでもいない医師になり、結婚して専業主婦になったと聞いていた。一貫性のない人生だと思う。
「なぜ、ここに」
「あなたこそ」
「ここで何をしているの?」
「医者を。
 内科、外科、産科、何でも。
 それしかできないし、ヒトの助けになるし……」
「でも10年も専業主婦だったんでしょ」
「覚えたことを、思い出しながら……」
「1人なの?」
「斉木五郎というヒトと一緒。
 彼、農学者なの」
「議長が言ったサイキ?」
「そう。
 食糧増産の立役者。
 この世界の青木昆陽よ。
 彼がいなければ、餓死者がたくさん出たでしょうね。
 西アフリカや湖水地域から食料の輸入ができるようになって、どうにか落ち着いたの。
 西ユーラシアは、彼らの協力で生き延びられた。
 私たちはクマンの支援を始めたの。
 本格的に。
 クマンを苦しめている勢力は2つ。
 南の手長族と、北のバルマドゥ。
 ノイリンは、手長族の拠点に攻め込むの。
 クフラックは、バルマドゥの勢力圏内に植民する……」
「そんな大事なことを、こんなところで話していいの?」
「早希ちゃん、このことは誰もが知っていること。
 手始めにクマンを安全な国にして、ヒトは歩み出すの」

 長宗元親は、造船所長から重要な相談を受けていた。しかも、その場所は乾ドックの縁で、周囲には工員もいる。
「ナガムネ、知っていたら教えて欲しい。
 重量3トンの飛行体を射出できるカタパルトの作り方なんだが……」
「飛行体?」
「飛行機のようなものだ」
「潜水艦用のカタパルトか?」
「あぁ、潜水艦発射の弾道ミサイルはもちろん、巡航ミサイルも作れない。
 だから、無人機を発射するしかないんだ。無人機はコーカレイが作っているが、構想自体に難航している。
 こっちは潜水艦自体は作れるが、カタパルトをどうしたらいいかわからないんだ」
「所長、私の造船所で以前、気象調査船を建造したことがある。
 そのときにドローンを飛ばすためのカタパルトを研究した。大型のドローンで、巨大なカタパルトが必要だった。
 前例があまりなくてね。
 たどり着いたのは、第二次世界大戦時の日本海軍の潜水艦が装備した圧縮空気を使うタイプだ。全長26メートルの4式1号10型だと、5トンの機体を発射間隔4分で射出する性能がある。
 原理的には同じものを作ったんだ。
 設計図もある。
 ここにはないが……」
「ナガムネ、設計図はどこにある?」
「クマンに停泊している、私たちの船だ」
「協力してくれるか?」
「あぁ。
 だが、香野木さんに相談しないと」

 土井将馬は、コーカレイの航空機製造工場の一角にある設計棟にいた。
「動力は、ターボファンエンジンがいいと思う。
 ターボプロップが作れるのだから、ターボファンは大丈夫だ。
 揚力を得るには、飛行体を一定の速度で射出する必要があり、エンジンの推力だけで自力飛行させる必要もある。
 カタパルトの能力に依存する部分もあるが、初期加速の動力として固体燃料ロケットが必要になる。
 機体の構造は簡単でいいし、主翼も単純でいい。
 過去の例を参照してもいい。
 例えば、V-1飛行爆弾とか。
 機体と動力はどうにかなる。
 が、誘導はどうする?」
 土井がホワイトボードに描いた、V-1飛行爆弾によく似た機体を眺めていた設計主任が答える。
「それは、キンゴとミヅキが解決してくれる。
 はずだが……。
 2人は忙しいんだ。
 後回しにされている……」
「ならば、正哉と彩華に聞いてみよう」
「それは?」
「私たちの仲間だ」

 少しずつ、物事が進んでいく。ベルーガのヒトたちは徐々に200万年後のヒト社会に馴染んでいった。
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