200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第7章

07-176 サハラ打通作戦

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 チュニジアを落とさなければ、ヒトの未来はない。そして、精霊族と鬼神族にも。いまや、ギガスとトーカもヒトと“同じ船”に乗っている。
 この船が沈めば、一蓮托生。
 是が非でもチュニジアを落とす必要がある。

 だが、その前にやるべきことがある。
 ジブラルタルの対岸、モロッコ側のオーク(白魔族、創造主)を駆逐しなけければならない。
 戦力は、西アフリカ沿岸に展開している西ユーラシア諸勢力とジブラルタルに駐留する共同管理部隊だ。
 海峡がある北、そして東西の3方向から攻撃すれば、ヒトがセウタ要塞と呼ぶ白魔族の拠点は落ちる、と期待されている。防備の薄いタンジェは落とせる。
 当然、オークは南に後退するが、内陸をチュニジアに向かって撤退することは確実。オークは、原則として海を渡らない。
 だが、ヒトが住む西サハラ湖沿岸に向かう可能性もある。
 これを阻止する必要がある。
 しかし、振り向けられる戦力は限られる。内陸に展開する部隊は、オークの南下を阻止して東に向かわせられれば上出来だ。
 一方、チュニジアに集結しているオークは、ヒトがビゼルト要塞と呼ぶ拠点に立て籠もるだろう。
 この拠点の東西を包囲し、南から突く必要がある。そのための進路を啓開しなければならない。

 この任務は、Nキャンプのメンバーに託された。このサハラ打通作戦の前哨作戦はN作戦と呼ばれていた。
 完全な秘密作戦だ。

 第1世代がこの世界に持ち込んだ車輌が、次々に王冠湾に運ばれている。
 トーションバーサスペンションの修理ができるからだ。
 だが、これから引き渡す2輌は、改造に4カ月もかかった。発注者は、ドミヤート地区区長のデュランダル。彼らのグループが所有している車輌だ。
 ソ連製のBTR-D空挺装甲兵員輸送車とBMD-1空挺歩兵戦闘車。サスペンションはトーションバーではなく油気圧式で、この希有なメカニズムの修理も王冠湾でできた。
 両車は同系だが、BTR-Dは車体が長く、転輪が片側6組。MBD-1は73ミリ低圧滑腔砲を装備していたが、これは失われている。いつ失われたのかは不明。200万年前に失われていた可能性もある。
 この2輌の他にイギリス製のFV107シミター偵察戦闘車とFV101スコーピオン軽戦車にFV721フォックス4輪装甲車の砲塔を載せたセイバー偵察装甲車も修理した。発注者は同じだ。
 このFV107と同じ形状のドミヤート製砲塔をBTR-DとBMD-1の車体に載せた。
 デュランダルたちが、4輌の軽合金製装甲車輌を修理して、どう使おうとしているのかは加賀谷真理は知らない。
 奥宮要介は、使い込んだ口径30ミリのラーデン砲2門を修理し、新造の同砲2門を調整した。
 対空射撃能力は限定的だが、外部動力を必要としない作動機構と口径30ミリとしては強力な装甲貫徹力から、ドミヤート地区はこの砲と弾薬の製造を継続的に行っている。

 この機関砲を搭載する4輌の軽量な装甲車輌4輌の行き場所は、決まっていた。

 N作戦の指揮官は、なかなか決まらなかった。過酷で困難な任務のため、適任者がいないのだ。
 そんな状況下で、なし崩し的に半田千早に「チュニジアに至る陸路を探せるか?」との“問い合わせ”が入る。
 半田千早は深く考えず、答えた。
「西サハラ湖東岸を北進すれば、比較的平坦な陸路を進むことができ、燃料補給の問題はあるが、約2000キロの走破でチュニジアに至ることが可能」
 この報告は、ずいぶん前のことだったが、移住委員会は忘れてはいなかった。
 ドミヤート地区に「N作戦」の発起が打診され、依頼書が届いていた。
 装輪車では無理と判断した城島由加は、軽合金製車体の装甲車を使うこととし、その修理を王冠湾に依頼したのだ。

「戦闘車4、兵員輸送車4、水陸両用トラック4で北に抜けるルートを探せって」
 半田千早がテーブルに命令書を捨てるように投げると、マーニがそれを拾って読む。
「たった12輌で?」
 マーニが命令書をホティアに渡す。
 ホティアが命令書を読む。
「マーニ、12輌だけではないね。
 王冠湾から自走榴弾砲2輌が参加する」
 半田千早が強く息を吐く。
「マーニとホティアは、ここに残って。
 ヘリは持って行けないからね」
 ホティアが心配する。
「2000キロあるよ。
 チュニジアまで」
 千早は無理だと感じていた。ルートさえはっきりしないのに、航空偵察の支援なしに前進できるはずがない。

 翌日、半田千早はスパルタカスの住居を訪ねる。木造の大きな小屋のようなものだが、窓とドアがある。
 彼の住居であり、逃亡市民の本営でもあった。ラクシュミーの他、数名が同席している。
「スパルタカス様、湖の東岸がどうなっているのか知りたいんだ」
「何が始まるんだね?
 チハヤ、何かが始まるのだろう?」
「えぇ、白魔族、皆さんが敵としている動物の拠点を叩くため、北への進路を調べるよう、命令を受けている」
 ラクシュミーが身を乗り出す。
「チハヤ、化け物と戦う気か?
 あの動物は戦車を持っている」
「戦うのではない。
 拠点としているチュニジアという土地に行くルートを開くんだ」
 スパルタカスが席を立ち、窓の外を見る。
 そして、振り返った。
「貴尊市民は、自らを神だと称する食人動物から労働市民を守るために存在している。それが、彼らの主張だ。
 食人動物と戦っていると貴尊市民は言うが、実際は違う。労働市民の幼い子を集め、食人動物に売っている。
 利益が出るし、貴尊市民の子を守れるから……。
 もし、食人動物と戦うなら、ぜひ手を貸したい」
 ラクシュミーは、別の提案をする。
「湖畔まで行けば、道がある。
 チハヤ、北に向かう街道があるんだ。
 労働市民には行動制限があり、街から出ることはできない。労働市民は、街の中のことしか知らない。
 街の周囲には村がある。農村だ。農民も労働市民だ。彼らは、村から片足さえ出せない。
 我々も同じだった。
 街や村を出て知ったのだが、湖岸に沿って南北に延びる街道がある。この道はたぶん、あなたたちが白魔族と呼ぶヒトを食う化け物の住処につながっている」
 半田千早は驚いていた。
「道が……、あるの?」
 その場の全員が頷く。
 ラクシュミーが真剣な眼差しで、スパルタカスを見る。彼に顔を向けたまま、半田千早に提案する。
「チハヤ、チハヤとともに私も行きたい。労働市民が街道を南から北に進んでいけば、必ず噂になる。
 それに、必ず貴尊市民が邪魔しに出てくる。
 だが、いつかはやらなくてはならない。
 でも、永遠にできないと思っていた。
 しかし、チハヤとならできるかも……」
 半田千早は一瞬、考えた。スパルタカスたちの思惑は置いておいて、道があるなら道案内が必要になる、と。
「この作戦の目的は、南から白魔族を攻めるためのルート確認にある。
 道案内が必要なので、皆さんにそれを頼みたい。道案内として、雇いたい。
 私たちは、ヒトと争うつもりはない。それを前提にしてくれるなら、ぜひ同行して欲しい。
 貴尊市民と争う意思はない」
 だが、スパルタカスたちは、そうは考えていないことは明かだった。
 彼らは、スパルタカスの軍勢が北を目指せば、当然のように貴尊市民が行く手を阻むと考えている。
 そのことは、半田千早も承知している。

 M113装甲兵員輸送車4輌が到着。
 マーニが「動くAPCが残っているなんて!」と驚くと、輸送隊の長が「王冠湾が修理したんだ。車体以外は新造だ」と答える。
 ホティアが「他にも、送られてくるの?」と尋ねると、隊長は「あぁ、戦闘車4輌と水陸両用トラックが4輌、それと王冠湾が105ミリ砲の戦車を用意するらしい」と教える。
 マーニとホティアは顔を見合わせ、マーニが「意外と強力じゃん」と微笑んだ。

 花山真弓は、やや不機嫌だ。
「105SPを全部持ってちゃうの?」
 加賀谷真理が肯定しながらも、言い訳をする。
「装甲運搬車の車体を改造して、105SPの砲塔を載せるから……。すぐに始めるし……」
「でも、真理さん、装甲車輌が足りないの」
「装甲運搬車の牽引用シャーシを利用して、75ミリ砲搭載車も作るから……」
「60口径が積めるの?」
「えぇ、M51の砲の部分が残っているから……」
「レーダーは?」
「レーダーはなし。ベルーガに使っちゃったから……」
「対空戦闘は?」
「無理かなぁ」
「レーザー距離計は着けられる?」
「それはやる」
「とにかく、装甲車輌が足りないの」
 王冠湾では、オークへの作戦発起が近付いていることを察しており、緊張が増していた。

「準備が整い次第、作戦を実行せよ、だって」
 半田千早のため息は、マーニには久しぶりだった。
「要求は?」
「何とかね。
 ボルトアクションが50挺。各銃500発」
「チハヤ、僧兵の銃は調べた?」
「弾は、7.62ミリのラシアンだった。
 少しの改造で、7.62ミリNATOが使える」
「今回使うのは?」
「当然、ドミヤート製。
 それが条件だからね」
「中古とか送ってくるんじゃない?」
「中古でもいいよ。
 いまは、1挺でも欲しい」
「パウラに頼んで、クマン製を送ってもらおうよ」
「マーニ、パウラはもう、元首じゃないから……」
「そうかぁ」

 4輌の水陸両用トラックは、物資を満載して到着した。荷の中には、50挺のType99ボルトアクション小銃と銃剣50振、弾薬2万5000発が含まれていた。
 4日後、クマンのデルピス作業機20輌からなる輸送隊が山脈越えで到着。クマン製の半自動小銃30挺と弾薬4万発を運んできた。
 対オーク戦を意識した物資の集積が始まったのだ。
 クマン製半自動小銃は、M1ガーランドの派生形であるベレッタBM59のコピーなのだが、全量がスパルタカスのグループに渡された。
 クマンからの“友好の印”として。
 クマンは、スパルタカスたちを西サハラ湖東岸における一定の勢力と認めたのだ。
 たぶん、パウラがクマン政府に何かを伝えた。クマンが動けば、各勢力も動く。スパルタカスの意思がどうであれ、各国・各街がスパルタカスたちをこの地域における正当な行政府と承認すれば、流れは決まる。

 西ユーラシアには、輸送機が6機種ある。単発のボナンザは最大5人乗り、双発のツインボナンザは最大8人乗り、双発のアイランダーは最大10人乗り、双発のツインオッターは最大20人乗り、双発のスカイバンは最大36人乗り、双発のフェニックスは60人以上乗れる。
 このうち、ツインボナンザとツインオッターは旧クフラック製、その他は旧ノイリンのの製造。
 輸送機は船とは異なり、必要とする機数を確保している。

 クフラックはノイリンと同様、ドラキュロのアフリカ進出を特に恐れており、拠点を大陸から離したいと切望していた。
 だが、同時に島嶼部では大きな発展が望めないことも理解している。バンジェル島はクマンとの連帯を、クフラックは他の街や国を巻き込みながらセネガル川河口付近に巨大拠点を築きつつあった。

 ヒトが分散して居住しようとしているアフリカ大西洋岸では、長大な生存圏を維持するために航空機は必須だ。
 競合は過度に排除せず、同時に重複を避け、効率的に製造する必要がある。
 そういった話し合いは断続的に続いており、単発の戦闘攻撃機に弱いノイリンは開発を止めてクフラック製ツカノに一本化し、その交換に輸送機に弱いクフラックはツインオッター以外の製造は行わないとする交渉は何度もまとまりかけながら、何回も破談になった。

 そこに王冠湾という新たな不確定要素が加わった。

 王冠湾の自走105ミリ榴弾砲部隊は、ラダ・ムーを指揮官として、隊員8で出発する。ギガスとの戦いを制止され、目的を見失いかけているサビーナが同行する。彼女を心配するセルゲイは、2号車車長兼医師として同行する。
 今回の戦いはオーク(白魔族)が相手なので、王冠湾付近に住む精霊族からの志願者がいた。2人を受け入れた。他は、ヒトの志願者だ。
 ドラア川経由でNキャンプに着いたのは、王冠湾の2輌の自走105ミリ榴弾砲がN作戦メンバーの最後だった。
 2輌は、長旅の疲れを癒やすことなく出発しなければならなかった。

 ヌアクショット川の源流となる西サハラ湖南端に至るまでは、何事もなかった。道はないが、装軌車には困難な地形ではない。
 事前の偵察でルートを探っており、1日で200キロを走破した。

「大きいな」
 ラクシュミーの感想を聞いた半田千早は、奇異に感じる。
「見たことない、なんてないよね?」
「チハヤ、初めてなんだ。見るのは。
 存在自体は知っていたし、見たことのあるヒトから話を聞いてもいた。
 だけど、見るのは初めて。
 労働市民は、湖に近付けないから」
「ラクシュミー、魚は?
 魚は獲らないの?」
「魚は、川で獲る。
 湖ではしない。
 貴尊市民は、労働市民が湖に近付くことを極度に嫌った。
 その理由なんだが、スパルタカスによれば西岸のヒトに理由がある」
「アトラス人?」
「あぁ、アトラス人は自由なんだ。
 アトラス人は、自由、平等、博愛が基本理念なのだそうだ。湖に出れば、必ずアトラス人と接触する。彼らから悪しき思想を植え付けられる可能性がある。
 だから、労働市民は湖に近付けない」
「弾圧のための、施策……」
「私は、スパルタカスと出会うまで、弾圧という言葉さえ知らなかったんだ」
「父さんは、ヒトとヒトは争ってはいけない、とよく言っていた。
 だけど、弾圧者、抑圧者、征服者とは戦わなくてはいけない、とも……」
「チハヤの父上は偉人なのだな。
 お噂をいくつか聞いた」
「う~ん。偉人じゃないよ。変人かな」
「変人?」
「変わってる。とにかく変わっている。普通のヒトとは考え方が違うんだ」
「ヒトの指導者だと聞いたが……」
「影のね。根回しが上手で、敵を作るのも上手」
「敵を作る?」
「うん。誰を、どこを叩けばいいのか、よく知っているんだ。
 あれは、本能だね」
「チハヤは、父上を尊敬していないのか?」
「尊敬かぁ。
 父さんのことは大好きだったけど、尊敬とは違うかも」
 半田千早は泣き出しそうになっていた。彼女はまだ、父の死を受け入れてはいなかった。

 Nキャンプでは、アトラス山脈側、湖西岸への航空偵察は控えていた。Nキャンプからだとヘリコプターでは行動範囲の限界に近く、常駐する固定翼機が1機しかないことが直接的理由。だが、偶然、湖西岸上空を飛行した西ユーラシアの輸送機が、威嚇の対空砲火や急上昇してくる小型機を目撃している。
 ヒトと精霊族の混血の街カラバッシュは、双発と4発の輸送機を運用しているが、彼らは単発戦闘機に並走されたと報告している。
 好戦的ではなさそうだが、強く警戒したほうがいいことは事実。それと、西ユーラシアで「アトラス山脈の東」と言った場合は湖西岸を意味し、東岸は眼中にない。
 だから、サハラ打通作戦の進路は、湖西岸は考慮されず、東岸だけが調査対象になった。半田千早は、西ユーラシアの総意として、東岸は引っかき回してもいい、とのことだと理解している。
 湖東岸にもヒトは住む。ならば、できるだけ穏便に作戦を進めたい。だから、スパルタカスの仲間の同行を許可した。
 地域の事情を知っているし、ヒトの血を流さないよう配慮してくれると期待したから……。

「明日は、この川を渡る。
 この川を渡れば、我らの土地だ」
 ラクシュミーの説明を半田千早は理解しかねていた。
「ラクシュミー、この川に橋は?」
「ある。
 石のアーチ橋が。その先には道もある」
「それが、南北街道?」
「そうだ。
 チハヤ、この橋を渡れば貴尊市民が支配する土地に入る」
「怖い?」
「あぁ、怖いよ」

「俺は怖くない」
 大男が微笑んでいる。ラクシュミーの副官、ガレリア・ズームだ。噂によれば、貴尊市民だったらしい。長剣の使い手だ。
「貴尊市民は怖くない。
 残虐だが、正体はヘタレだ」
 ガレリア・ズームは不敵な眼差しでターフ下の全員を見る。キャンプが設営され、日没が近い。
「橋を渡り、北には進まず、川に沿っていったん南に向かう。
 丘陵を迂回すると、7姉妹のうちの6女と7女を回避できる。
 湖岸に出たら、北上する。
 南北街道は1000キロ以上ある。
 5女は回避できない。
 問題は中心都市である長女だ。
 ここには、化け物がいる。化け物は戦車を持ち込んでいる。戦いは避けられない。
 7姉妹は、北から次女、3女、4女、長女、5女、6女、7女と湖岸に沿って並ぶ。
 貴尊市民の後ろ盾は、ヒトを食う化け物だ。化け物の助けを借りて、労働市民を支配し、労働市民の子を集めて化け物に渡す。
 そして、労働市民を見下す」
 半田千早は、ガレリア・ズームの情報はスパルタカスとは少し違うと感じた。
「7姉妹、つまり7つの街。
 北からと南から4番目の首都と最北の街に白魔族、オークがいる?」
「そうだ」
「街道を進むと、必ず白魔族と戦うことになる?」
「そうだ」
「戦車の数は?」
「わからないが、多くはない」
「推定でいい」
「最大36、最小12」
「3個小隊から8個小隊……。
 真ん中をとっても6個小隊24輌か。
 厄介だね。
 車種はわかる?」
「あんたたちがルノーと呼んでいるやつじゃない。オチキスだ」
「装甲の厚いやつね。
 ラーデン砲なら正面装甲でも貫徹できる。あれは、装甲が柔らかいんだ」
「でも、相手の大砲でもあんたたちの戦車を撃ち抜ける」
「あたればね」
「あたらない?」
「あぁ、ピュトーの弾は遅いからね」
「だが、あたることもある」
「……」
「戦車との戦い方を知っていたら、教えて欲しい」
「あんたの怪力で持ち上げる」
「それは無理だ。
 あるのか?
 素手でも戦車と戦う方法が」
 半田千早は火炎瓶の作り方を思い返していた。

 丘陵と丘陵に挟まれた狭い回廊を進むことは、気持ちのいいものではない。
 高所からの攻撃に備えてはいるが、態勢は決定的に不利だ。高速で通り抜ける以外ない。
 特に狭い谷部では、ラクシュミーたち50人はウマの疲労を避けるため、車輌に鞍上させた。
 路外660キロを3日で駆け抜けた。
 ガレリア・ズームによれば、最南部の6女と7女は7姉妹からの離脱を画策している。6女と7女は湖西岸との交流が深く、7姉妹成立時から他5姉妹との関係はよくなかった。
 スパルタカスの南への逃走でも、妨害はしなかった。そのため、5女の追撃を振り切れた。
 スパルタカスによれば、6女と7女にも貴尊市民と労働市民はいるが、労働市民は抑圧されていないという。
 どのような社会体制なのかもよくわからないらしい。その点は、ガレリア・ズームも同意だった。

 湖岸に出ると橋があった。長さは目測で50メートル。橋の周囲は石組みの護岸があるが、それ以外は自然河川だ。
 橋の北詰に立派な軍装の騎馬50がいる。

「止まるな、進め」
 半田千早はシミターの砲塔から半身を出し、速度を緩めず前進する。
 騎兵は、正体不明の軍勢を阻止するつもりだったのだろうが、無勢を悟って道を空ける。

「隊旗を掲げよ!」
 ラクシュミーの号令に応じて、旗手が隊旗のカバーを外す。
 黄色地に黒で染め抜いた獅子の横顔が風にはためく。
 スパルタカスの旗印だ。
 貴尊市民にとって、多くの労働市民が見ている前で、正体不明の軍勢に道を空けることは屈辱だが、その正体がスパルタカスの軍勢となれば、屈辱以上のものがあった。
 専制社会の中に内在されている被抑圧者の反乱。わずかなきっかけで、労働市民は反乱を起こす。それを防ぐには、徹底的な抑圧しかない。恐怖を精神の奥底に刻むのだ。

 反乱は現実の問題となった。
 貴尊市民の兵がスパルタカスの軍勢に道を譲ったからだ。

 7女と6女を迂回し、5女を抜ければ、首都である長女に至る。姉妹の間隔は、130キロから160キロ。未舗装でも整備された道ならば、ウマなら7時間から8時間で達する。
 5女の中心部を過ぎると、人影どころか人工物を見ることさえほとんどなくなる。
 半田千早は、労働市民の村を見た。石を積み上げて壁を造った草葺きだった。とても、豊かとは思えない。
 対して、貴尊市民の街は実に豊かだった。広大な敷地に宮殿か古城のような豪邸が建ち並ぶ。
 ただ、貴尊市民にも貧富があるらしく、誰もが宮殿に住んでいるわけではなさそうだ。狭い敷地に普通の邸宅も多い。
 半田千早はふと、この街での市街戦を想像していた。

 明日の早朝、白魔族がいるという首都たる長女に突入する。

「市街戦はしたくない!」
 半田千早はガレリア・ズームの作戦に迷うことなく異議を唱えた。
「長女の連中は、ヒト食い化け物に泣きついたはずだ。あの生き物はおだてれば何でもやる。それにヒトを舐めきっている。
 必ず出てくる。
 どこで戦うかが問題になる。
 たぶん、貴尊市民と化け物は、街の南郊外で待ち受けているはずだ。
 そこで戦いたくない。
 畑が荒らされる。収穫が減っても貴尊市民は容赦なく挑発する。労働市民を苦しめたくない。
 ならば、貴尊市民のエリアで戦うしかない」
 半田千早は、ガレリア・ズームの作戦は的を射ているとは感じなかった。
「だけど、貴尊市民は西に展開するはず」
「だから、貴尊市民の居住区に突入するんだ。そうすれば、否が応でも追ってくる。
 俺たちが突入するから、援護してくれ」
 ラクシュミーが不安な顔をする。
「あの瓶で本当に、化け物の戦車を壊せるのか?
 チハヤ?」
「あぁ、できるよ。
 材料がないから、ガソリンと使い古しのエンジンオイルを混ぜた。それと食用油。あり合わせだけど、十分に効果があるはずだ。
 車体にぶつけて、瓶を割るんだ。
 即効性はないけど、戦車を止められる」
 半田千早は「戦車に騎馬で突撃するなんて自殺行為だ」と心の中で呟いていた。
 それは、彼女だけではなかった。ラクシュミーたち以外の誰もが知っていることだった。
 だが、戦場を選ぶ主導権を握るには、機動性が高い騎馬に頼るしかなかった。
 それに、オークの戦車の前に飛び出すのではなく、戦車をかいくぐって街に突入するのだ。
 上策とは言えないが、下策とも言いがたい。
 だが、半田千早は不安だった。
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