200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第8章

08-194 探検船

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 探検船キヌエティには、複数の目的があった。
 単純で表向きの目的は、絹の産地を探し、その地との交易を開くこと。
 大地溝帯の現状を確認し、分離したアフリカ東部の地理を調べること。
 海面下となった大地溝帯周辺と、分離したアフリカ東部の動植物相を調査すること。
 ヒト属動物で文明を築いている種がいた場合、接触を図ること。
 大別すれば、この4つ。
 そして、文明を築いているヒト属動物との接触に成功した。同時に小規模ながら戦闘に巻き込まれた。

 里崎杏は、ダフラク諸島と思われる島々の対岸にある縦深50キロほどの入り江から動こうとはしなかった。
 つまり、現在位置は、200万年前の紅海に面した海岸で、エリトリア付近だ。
 大地溝帯の現状は、正確にはわかっていない。東西アフリカが分離しており、大地の裂け目に海水が浸入していることは推測している。だが、完全に分離したのか、一部がつながったままなのか、それはわかっていない。 紅海からアデン湾に抜け、ソコトラ島を回ってインド洋側を南下することは、それほど危険ではないと判断しているが、大地溝帯が生み出した海への進入は躊躇われた。
 まったく未知の海域なのだ。
 だから、里崎杏は、少なくとも地形が推測できる場所から上陸し、陸路で探検を始めることが安全だと判断していた。
 だが、上陸直後に現地武装勢力と交戦するとは、考えていなかった。
 里崎は、安全確保のためにも徹底した航空偵察が必要だと判断する。
 キヌエティが投錨する入り江は、周囲の陸地が平坦で高い山がなく、風が東から西に常時吹いている。
 この風を利用して、サファリのパイロットたちは発船と着船を行った。

 キヌエティで唯一の装軌車輌は、クフラック出身者が持ち込んだM9ACE装甲ドーザーだ。装甲を施したブルドーザーなのだが、9トンの土砂を積載できるスクラッパー・ボウルが付いている。ドーザーであり、ダンプでもある。
 この便利な車輌を持ち込んで、クフラックからの4人はキヌエティに乗り込む切符を手に入れた。
 この4人は商人や軍人ではなく、地理学、地質学、植物学、言語学の学者だ。かなりくたびれた車輌だが、船内で大規模な整備を行った。
 4人との契約では、学問の徒としての立場は尊重するが、必要な土木工事には協力すること、だった。
 そして、この装甲ドーザーとにわか土木作業員たちは、海岸段丘を切り崩して、内陸に向かうための傾斜路を造っている。
 段丘の高さが3メートルほどの場所があり、傾斜路の建設は2日ほどで終わる。
 この工事によって、この入り江と内陸とが直接アクセスできるようになった。

 王冠湾は、同系の8輪装甲車BTR-60とBTR-80、民間向け寒冷地調査用車輌のGAZ59037を入手した。BTR-80はドミヤート地区からの購入だった。
 このソ連/ロシア系3輌の部品を使って、居住性がよく、走破性が高く、一定の貨物積載量があるGAZ59037を再生する予定だ。
 加賀谷真梨が計画している8輪水陸両用装甲車の開発用研究資料でもある。

 長宗元親が計画していた30メートル級(100フィート級)高速通船は、1番船が南島の周回航路に投入された。乗客は200だが、1隻ではとても足りず、2隻目が竣工間近だ。3隻目と4隻目は暫定政府が運航の予定で、5隻目と6隻目はクマンの海運会社が購入を希望している。
 この船は双胴船で船体幅が広いが、最高25ノットを出せ、航海速力は22ノットに達する。悪路をトコトコ進むなら、海路のほうが断然速いのだ。陸路はスタックの可能性が相応にあるが、海路は座礁や沈没以外の心配はない。
 7隻目と8隻目は、クフラックの行政が購入し、カナリア諸島と大陸間の輸送に使う。
 7隻目以降は、船体が5メートル延長されて大型化する。
 これとは別に、探検船キヌエティへの補給を目的とした90メートル級補給船2隻の改造が計画され、1番船ブランドバーグが竣工間近だった。
 この2隻は既存船の改造だ。
 2隻の50メートル級武装測量船の建造も計画している。船首に単装40ミリ機関砲、船尾に連装20ミリ機関砲、両舷に12.7ミリ機関銃を装備している。
 ヒトの輸送船を狙って飛来する、セロの小型飛行船を追い払うことができることから、船団護衛や沿岸警備での需要を狙っていた。
 従来、航路と沿岸の警戒警備は、船主の責任とされていたが、どの勢力も“無策”を貫き通すことはできなくなっていた。各勢力の勢力圏は、行政または公的組織が航路の安全を守る方向に移りつつある。
 それに適する船は、バンジェル島の35メートル級高速砲艇しかなく、長宗元親はその市場に割り込もうとしていた。測量船名目で開発すれば、バンジェル島を過度に刺激しないという目論みがある。
 この1番船も竣工目前だった。

 武装測量船シンビリスは、小型だが4500キロの航続距離がある。だが、カルタゴで燃料を補給しても、単船では探検船キヌエティが停泊する入り江まで到達できない。
 補給船ブランドバーグと行動を共にしなければ、レムリアまでは行けない。

 里崎杏は、迷っていた。15メートル高速艇による調査では、海となった大地溝帯東岸、レムリアの西岸は非常に浅い。部分的に深い場所もあるが、それでも100メートル程度。10メートル程度の水深が多く、一部は岸が見えない海域であっても2メートルを切る。
 キヌエティのような大型船が入れば、座礁しかねない。
 上陸している調査隊を呼び戻して、インド洋沿岸を南下しながら調査するか、ここに留まって一帯の調査を続けるか。レムリアの全体像を把握したいが、同時に現地のヒト属動物と接触に成功した以上、交流を深めるほうが今後の益になるとも考えられる。

 香野木恵一郎は、パレルモ近郊にいた。風通しがいい快適な部屋で、ノートパソコンの画面を見ている。
 入り江の出口に複数の島があり、入り江自体はとっくり形で、波は穏やか。入り江の縦深は40キロほどで、小さすぎず、大きすぎず。
「拠点建設にはいい場所だな」
 少し慌てて周囲を見る。
 誰もいない。
 誰にも聞かれていない。

 大地溝帯(グレート・リフト・バレー)は、大地が裂けていく現場。事前の予測では、アフリカ東岸はマントル対流が地表近くまで上昇していることから、海溝のように非常に深いと考えられている。水深は1000メートルから2000メートルに達する可能性がある。
 一方、レムリアの西側は大陸棚のようになっており、非常に浅い。海底まで太陽光が届く、豊潤の海だと推測している。
 この大陸に挟まれた4000キロを超える狭い海は、西側のアフリカ沿岸だけが極端に深く、それ以外は極端に浅い、実に奇妙な海だ。
 この奇妙な環境に生きる生物は、環境同様に奇妙である可能性が高い。
 その一端が高速艇から報告されている。
「四肢がヒレ化したカバのような動物がいる」
 西アフリカ沿岸にもカバに似た水棲哺乳類がいる。アフリカゾウに匹敵する大きさの個体が多い。四肢は足だが、陸上には上がれないと推測されている。
 だが、四肢は足でヒレではない。外見は、デスモスチルスやパレオパラドキシアによく似ている。
 四肢がヒレ化しているとするならば、西アフリカの水棲哺乳類とは別の動物の可能性が高い。報告者は、爬虫類ではなく、哺乳類だと確信している。
 また、上陸した調査隊からは、ドラゴンの目撃情報がない。同時に大型トカゲの発見報告もない。

 半田千早は衝撃を受けていた。
 その動物はハイイログマよりも大きく、頭はウマ、胴体は尾の短いカンガルー、腕が長くナックルウォークをするので、類人猿のようでもある。
 この異様な動物の正体はわからないが、容易に想像が付く。
 有袋類であるオポッサムの一種だ。南アメリカを原産とし、南北大交差によって陸続きとなったことからオポッサムは北アメリカに進出する。
 大消滅以後、ユーラシアに進出したようで、過酷な環境下において適応性の強い有袋類の特性を発揮して大繁栄する。
 もともと雑食性だったが、草食、肉食、雑食などあらゆる食性に適応した。
 水中に進出したとしても不思議ではない。 アリクイやナマケモノを含む有毛目とアルマジロなどの被甲目も適応放散に成功した。彼らも南アメリカから北アメリカに渡り、ベーリンジアを経てユーラシアに移動した。そして、アフリカに達している。
 水中の鯨偶蹄目は絶滅した。クジラとイルカは、もういない。ネコ目の鰭脚類も絶滅。アシカ、オットセイ、セイウチの姿はない。
 しかし、200万年前は絶滅の危機にあった、海牛目は絶滅しなかった。浅い海にはジュゴンがいるし、穏やかな川にはマナティが住む。
 種としての全体像はわからないが、中型犬くらいの大きさから体長10メートルに達する寒冷地適応型まで、多くの種がいる。
 海牛目は大繁栄とは言えないが、一定の適応放散に成功した。
 どちらにしても、ユーラシアの北側では、有袋類と有胎盤類がニッチ(生態系における地位)をめぐって熾烈な戦いを行っている。
 ヒト科ヒト属動物もその戦いに含まれる。

 そして、レムリアのことは、何もわかっていない。

 6輪装甲車と2輌の水陸両用トラック“ダック”と合流したのは、キャンプで2晩過ごした昼頃だった。
 水陸両用トラック1輌には物資が満載され、もう1輌には木材と金属で作られた急造のシェルが取り付けられていた。
 保護した子供たちが寒くないようにとの整備員たちの心配りだ。
 輸送要員を除く、新規の隊員は10人ほど。 動物生態学者、植物学者、地質学者、地理学者、気候学者、歴史学者、考古学者、文化人類学者、衛生隊員が2人。
 学者と聞くと、ひ弱な印象があるかもしれないが、この世界では違う。ヒトが踏みいらない場所に行く彼らは、一般のヒトよりもドラキュロの脅威にさらされることが多い。
 だから、相応に腕が立つ。そうでなければ、とっくに死んでいる。
 動物生態学者は巨漢で、顔に3本の爪痕がある。ハイイログマに襲われ、一撃を辛うじてかわした際に受けた傷だという。
 そのハイイログマとはピッケルで戦い、追い払ったという。
 穏やかな男だが、見かけは相当に怖い。
 学者たちから武勇伝を聞かされ始めたら、子供たちは眠れなくなる。
 面白いのと、恐怖で。
 そして、キャンプの3晩目はそうなった。

 シェル付きダックには、通訳のカート・タイタンと現地の言葉を覚えたいというアルベルティーナが乗った。衛生隊員も1人乗車する。

 テシレアは道案内のために、先頭から2輌目の6輪装甲車に乗った。

 この地方は小河川が多い。そして、必ず石のアーチ橋がある。このことから、現地ヒト科ヒト属動物は、一定の土木技術を有していることがわかる。
 建物は木造で、構造はログハウスに近い。角材を組んで、壁面を構成する。柱は立てない。

 テシレアによると、西にある山地を越えるルートには複数ある。本道を山地を西に進むと、ティターンの宿営地に至る。間道の南に向かうルートは山中に長く居続けることになるが、ティターンの宿営地は避けられる。
 西に向かう場合、この間道は適しておらず、南に大きく迂回し、別のルートを北上してから、西に向かう本道を進む。
 テシレアたちの時間距離では、10日以上の迂回になる。
 西の海岸に至ると、アリギュラという交易の街がある。ここにもティターン兵がいる。

 保護した子供たちの意見は割れていた。
 テシレアは、ティターンとの接触を避けたがっている。
 しかし、年齢の低い子を中心に「お母さんに会いたい。お姉さんを助けて」という意見がある。
 で、アルベルティーナが安請け合いをする。「よい、私〈わらわ〉が助けよう」
 軽率ではない。故意に。強引にティターンとの接触をしようと画策した。
 だが、アルベルティーナの意見に学者先生たちが賛成する。
「どのみち接触するんだ。
 早いほうがいい」

 テシレアは、震えていた。
「そんなに怖がらなくてもいいよ。
 テシレア……」
「だって、ティターンは大勢だよ。
 大軍なんだよ」
「私たち、大軍相手には慣れているんだ」
「パウラさんたちが、いくら強くても、何百人も相手にはできないよ」
「どうかな……」
 テシレアはパウラの不敵な微笑みが気になった。
「パウラさんは王女様だって聞いたけど、ほんとうなの?」
「えぇ。
 王女様だった。
 昔ね」
「いまは違うの?」
「いまは、商人かな」
「王女様だったのに?」
「ところで、アルベルティーナはいまでもお姫様よ」
「大きな国の王様のお后様なんでしょ」
「王様ではないかな。
 でも、王様に近いヒトの奥方様ではあるね」
「ティターンの司令官は、奥方様を連れている。
 その奥方様はひどいことをするらしい。
 鞭で打ったり……」
「奴隷はいるの?」
「私たちには奴隷なんていない。
 でもティターンにはいる。私たちが捕らえられると、奴隷にされちゃうんだって。
 奴隷のことはよくわからないよ。
 無理矢理働かされることは知ってるけど……。
 ねぇ、どうしてチハヤは偉いの。
 王女様でも、お姫様でもないんでしょ」
「チハヤのお父さんは、ハンダハヤト。
 テシレアたちが無動耳族と呼ぶ、私たち全体の指導者だった。
 王や貴族や権力者や大商人や豪傑や英雄や、すべてを超える偉大なヒト。正しいことも正しくないことも、すべてを飲み込んだヒト。
 チハヤはそのヒトの娘であるだけでなく、そのヒトの意志を継ぐもの。
 だから、誰もがチハヤに敬意を表すんだ」
「王様よりも偉いの?」
「ある意味ね」
 テシレアは、納得しかねていた。彼女は、族長がティターンの象徴である獅子頭に敬意を示すよう強いられて、跪いて口づけするところを見た。
 族長でもティターンの皇帝には、敬意を払わなくてはならない。半田千早がティターンの皇帝よりも上位とは思えなかった。

 5輌の探検隊にとって、道幅が狭く、未舗装であっても、60キロの山道はそれほどきついものではなかった。
 テシレアによれば、ウマの疲労を考えると、荷馬車で2日の行程だそうだが、4時間で走りきった。橋は渡らず、渡渉するか浮航した。
 テシレアは「こんなにたくさんの荷を積んでいるのに、何て速いの!」と感嘆したが、確かに荷馬車では急坂が多くきつい道のりだ。

「大草原。周囲には森。背後に山。行く手は平坦。
 草原のただ中に木柵か……」
 6輪装甲車のルーフ上に立つラダ・ムーが双眼鏡を覗く。
 木柵内では、路上に現れた6輌を警戒する。盾と槍を持つ兵が、激しく動いている。
「右手奥の柵を見ろ!
 誰かが縛られている。
 女性のようだ!」
 ガレリア・ズームの叫びで、誰もが双眼鏡の方向を変える。
 半田千早は見ていた。長い髪、細い腕、傷だらけの膝。両手を広げて、柵の横桟に両手首を縛られている。腕は伸びきっていて、膝は地面に届いていない。身体全体が縛られた手首で支えられているような状態だ。
 そして、上半身の着衣ははぎ取られている。
 ラダ・ムーの判断は速かった。
「ハンダを呼べ」

 車輌の横で簡単な打ち合わせをする。
「ハンダは、キュッラとケンタを降ろせ。
 代わりに、カートとガレリアが乗る。
 カートは北からの商人を名乗れ、シルクを買いに来たと。
 交渉はカートとガレリアに任せる。
 チハヤは、クルマから離れるな。
 絶対に。
 武器は拳銃と剣、何かあっても剣は抜くな。物騒な状況になったら、迷わずぶっ放せ。拘束されそうになったり、攻撃の構えを見せたら、容赦するな。
 適当に弾を撒いて、逃げるんだ。
 絶対に捕まるな」

 キュッラと半田健太が同じ顔をしている。口がとんがっている。いよいよのこのときに、降ろされたからだ。

 大きな男2人が乗り込むと、車内の温度が一気に上がる。半田千早は、この2人が「本物の野蛮人だ」と心の中で呟いていた。
 どう見ても旅の商人には見えない。山賊なら納得できる。

 ティターンの防御柵は強固ではない。だが、騎馬の突撃は確実に防げる。歩兵の侵入は防げない。柵の目が粗すぎる。
 観音開きの木製扉が開く。一応城門だ。道はこの城門へと真っ直ぐに向かっている。
 西に向かうには、城門を通らなければならない。
 半田千早は、時速20キロほどで未舗装の平坦な道を進む。

 軽装甲バギーは、粗末な城門の200メートル手前で止まる。城門の左右には木造の塔があり、塔の見張り台から弓兵が矢をつがえて狙っている。弦は引いていない。
 助手席からガレリア・ズームが、後部ハッチからカート・タイタンが車外に出る。

 城門が開き、10騎が出てくる。開いた城門から、砦内に無数の幕舎が見える。柵越しに見るよりも、リアルだ。半田千早は、複数の女性を視認した。服装は保護した子供たちに似ている。それ以外に、まったく異なる意匠の服を着る女性も見た。

 無線の周囲に多くが集まっている。通訳を依頼されたテシレアは、金属の箱から聞こえてくる声が不思議でならなかった。
 遠く離れたカート・タイタンの声が聞こえてくるから……。

 カート・タイタンは、大きな身体を精一杯丸めていた。商人らしく振る舞おうとしているのだが、そのようには見えない。
 交易商人なのだから、もっと横柄に振る舞っていい。

 半田千早は、車内でにやけていた。カート・タイタンの芝居が、ダイコンすぎてコメディになっている。
「お役人様、私はこの地方のものではありません。北からやって来た商人です。
 シルクを求めて海を渡ってきたのです。
 どうかお通しください」
 カート・タイタンが“お役人様”と呼んだ兵士は、クロムメッキを施したような銀の鏡面胸甲を着けている。
 よく光っている。カート・タイタンとガレリア・ズームはボディアーマーを脱ぎ、その他のプロテクターも着けていない。左腰に剣を佩き、拳銃を隠し持つ。
 カート・タイタンの両刃の剣はやたらと長いが、刃肉は極端に薄い。板バネのようによくしなる。長いが、長さに相当する重さはない。
 応対する立派な胸甲の男は、非常に尊大だった。
「北から来た?
 北には獣しかいないぞ」
「いいえ、北にも家を建てる種族がいます。
 私たちのような」
「木の小屋か?
 ここの連中のような」
「木の家もありますし、レンガの家もあります」
「レンガ?」
「はい。決して燃えない建材です」
「石のようなものか?」
 カート・タイタンは、いい加減だった。
「まぁ、そんなものです。
 通していただけますか?」
「税を払え。
 通行税だ」
「如何ほど?」
「奴隷を連れているか?
 子供を産める女の奴隷4人だ」
「黄金ではいかがでしょう?」
「黄金だと?」
 半田千早はモニターしながらまずいと思った。金貨を持っていることが知られると、それを奪われかねない。
 正規軍であっても、容易に山賊に変わる。インカ帝国を滅ぼしたコンキスタドールだって実態は盗人と大差ない。
 だが、すぐに理解する。
 カート・タイタンは、問題を引き起こそうとしている。金貨の存在をちらつかせて、本性を暴こうと画策しているのだ。
 カート・タイタンがガレリア・ズームから布製の小袋を受け取る。
「これでいかがでしょう」
 袋の大きさから判断して、フルギア金貨10枚ほどか?
 カート・タイタンは、東方フルギアとレムリアの北方諸族とが金貨での支払いで交易していたことを知っていた。
 絹織物をフルギア金貨で購入していた。
 ティターン軍の交渉役は、小袋を返さない。それを兵に渡すと、その兵が砦内に走り戻る。
「美しい金貨でしょう。
 純金です。サクラという名の特別な金貨です」
 ラダ・ムーは驚いている。サクラ金貨はほとんど使っていない。2人がどこから手に入れたのか?
 クマンかドミヤート地区か、そのどちらかだ。
 ティターン軍の交渉役は、さらにたたみかける。
「あの金貨はまだあるのか?」
「もちろんでございます。
 シルクの買い付けにやって来たのですから、手ぶらではございません」
 カート・タイタンは、明らかに徴発している。
 交渉役を上回る立派な胸甲を着けた男性が城門から出てくる。護衛なのか、兵が20ほど続く。
 ラダ・ムーが「総員戦闘配置」と命ずると、パウラが嬉しそうな顔をする。
 フィンランド製6輪装甲車の後部が慌ただしくなり、テシレアは通訳を続けるために、仲間のもとに帰ることが許されなかった。
 半田千早は、新たに登場した立派な胸甲男を見ていた。
「鋼板をピカピカに磨き上げて、金の象眼をしているんじゃないかな?
 塗装じゃないね。
 さて、どうでるか?」
 交渉役だった男性の声が無線から聞こえる。もちろん、意味はわからない。
 だが、カート・タイタンに促されて、ガレリア・ズームが走ってくる。
 少し遅れて、テシレアが「怪しいから、捕まえろ、って!」と無線で叫ぶ。
 彼女の声を聞く前に、半田千早は軽装甲バギーを急発進させていた。
 カート・タイタンとガレリア・ズームが、車体の左右に捕まる。足を小さなステップに乗せ、両手でルーフレールをつかむ。
 半田千早は急停車後、ギアをリバースに入れ、今度は全速後進する。

 矢が数本飛んできたが、どうにか逃げ切った。

 調査隊員たちは全員、ボディアーマーを着けた完全装備だ。顔をペイントしている隊員もいる。
 学者たちも完全装備だ。
 この雰囲気に違和感を感じない。

 キュッラは、ノイリンにいた頃に見た映画を思い出していた。
「本物のエクステンダブルズだぁ」
 彼女はテシレアにボディアーマーとヘルメットの付け方を教えている。
 テシレアはキュッラの落ち着きが理解できないでいた。
「怖くないの?」
「怖いよ。戦いの前はいつもね」
「初めてじゃないの?」
「最初の戦いは12のときだった。
 父さんと母さんが殺された。姉さんと弟のことはわからない」
「悲しいね」
「そうだね。
 だけど、戦うべきときに戦わなければ、大切なものを失う。戦いは避けるべきだけど、避けられないときは戦わないと。
 だけど、今回は違う」
「どう違うの?」
「カートとガレリアは、相手の本性を見定めようと徴発したんだ。
 こっちが戦いを誘った」
「どうして~」
 キュッラは、テシレアの泣き出しそうな目を見る。
「私たちは負けないからだよ」

 パウラは内心で笑っていた。クマン政府を説得して、鉄道利用の支払代金の中に含めさせたサクラ金貨が役に立ったのだ。

 調査隊からの報告を受けて、里崎杏はヘリコプターの発進準備を命じる。

 挑発には成功したものの、調査隊は次の一手に困っている。
 迫撃砲弾を撃ち込めば、捕虜を傷つける可能性がある。複数箇所で柵を突破するとしても、輪禍があり得る。
 軽装甲バギーを含めて、車列は動かなかった。

 探検船キヌエティでは、搭載車輌の少なさが問題になっていた。この時点で船に残る車輌は、装甲ドーザーと2輌の水陸両用トラックだけで、機動性の高い軽車輌がなかった。
 ジープクラスの軽オフロード車が必要だった。航続距離の長いヘリコプターや、飛行艇は無理だとしても、小型4駆の追加投入は現実的に感じられた。
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